ヴェステリア王国と親衛隊【七】


 第一戦でガリウスさんを倒した俺は――続く第二戦。


「八の太刀――八咫烏やたがらすッ!」


「ぬぉっ!? が、はぁ……っ」


 開始と同時の電光石火、わずか三秒で対戦相手を沈めたのだった。


「ろ、ロメルド=ゴーラ戦闘不能! 勝者、アレン=ロードルッ!」


 実況が勝敗を宣言すると、大闘技場は不穏な空気に包まれた。


「お、おいおい……っ。何だよあいつ……強過ぎねぇか!?」


「とにかく速ぇし、力も強ぇ……っ」


「つ、次負けたら……私たちの負け、なんだよな……?」


 その空気を煽るように、実況は大袈裟に言い放つ。


「ヴェステリア城内において、名うての剣士がまさかの二連敗!? 謎に包まれた異国の剣士、アレン=ロードル! 彼はいったい何者なんだぁああああっ!?」


 そんな異様な空気が流れる中、俺は自分の手のひらをジッと見つめていた。


(不思議と力が湧いてくる……。これなら、いけるぞ……っ)


「さぁ! 本日のスペシャルマッチもいよいよ最終戦でございます! 最後はこの人! リア王女殿下専属の親衛隊隊長! クロード=ストロガノフッ!」


 アナウンスが終わると同時に、正面の東門からクロードさんが姿を現した。


「く、クロード様ぁああああっ!」


「お願いします! もうあなただけが頼りなんです……っ!」


「にっくきアレン=ロードルを葬ってください……っ!」


 観客席は今日一番の盛り上がりを見せた。

 さすがは親衛隊隊長、凄まじい人気ぶりだ。


「変態ドブ虫め……。まさかここまでやるとはな……想定外だったぞ」


「……最後はあなたですか、クロードさん」


「ふん。覚悟しろ、昨日の借りをたっぷりと返してやるからな……っ!」


 そう言って彼女は、まだ開始前だというのに剣を抜き放った。

 昨日の一件と合わさって、やる気は十二分のようだ。


「ではこれより! 本日最後の試合を開始致します! 両者準備はよろしいでしょうか!? それでは――はじめっ!」


 開始の合図と同時。


「覇王流――剛撃ごうげきッ!」


 クロードさんは一瞬で俺との間合いを詰め、大上段からの切り下ろしを放った。


(やはり、そう来たか……っ)


 彼女の攻撃的な性格から、この行動を予測していた俺は、


「――ハッ!」


 鞘の中で十分な加速をつけた居合斬りで迎撃した。

 互いの剣が激しくぶつかり合い、火花が舞い上がる。


「ど、ドブ虫め……っ。なんて馬鹿力だ……っ!?」


「それはどう……もっ!」


「くっ!?」


 鍔迫つばぜり合いを制した俺は、追撃を仕掛けるべく半歩前へと踏み込んだ。


 しかし、


「――舐めるなぁっ!」


 彼女は流れるように無駄のない動きで反転し、鋭い横薙ぎの一撃を放った。


「っ!?」


 前傾姿勢を取っていた俺は、咄嗟にバックステップを踏み――その一撃を回避する。


(……うまい)


 技と技の繋ぎが絶妙だ。

 今のような僅かな『崩し』では、クロードさんの守りは破れないらしい。


「ちっ、無駄にいい反応をしている……っ」

「クロードさんこそ、見事な体捌からださばきでした」

「ほざけっ!」


 それから俺たちは、激しい剣戟けんげきを繰り広げた。


 彼女の剣は基本に忠実。

 先ほど見せた切り下ろしにしろ、横薙ぎにしろ――基本的な動作の一つ一つがまるでお手本のように洗練された美しい剣だ。


 さらに、


「覇王流――撃滅げきめつッ!」


「ぐっ!?」


 繊細さと緻密さの中にも、確かな力強さがあった。


 この研ぎ澄まされた剣術は、厳しい修業の果てに身に付けたものに違いない。


 だがしかし――。


「――ハァ゛ッ!」


「ぐ……っ!?」


 お互いの身体能力には、大きな差があった。


(いける……っ。今の俺なら、押し切れる……っ!)


(こいつ、なんて力だ……っ!? 本当に同じ人間か……っ!?)


 筋力は全ての剣術の基本だ。

 技量がほとんど互角ならば――後は単純な筋力の差がモノを言う。


「ふんっ!」


 俺の放った袈裟切り、


「……く、くそっ!?」


 その威力に押されたクロードさんは、大きく後ろへと吹き飛んだ。


「……変態ドブ虫がっ」


 彼女は地面を転がりながらも受け身を取り、衝撃を完全に殺し切った。

 その後すぐに起き上がって剣を構えたが――この大きな隙を見逃す俺ではない。


「一の太刀――飛影ッ!」


 追撃の一手として、遠距離から一方的に仕掛けれられる飛影を放つ。


「飛ぶ斬撃……っ!? 覇王流――剛撃ッ!」


 目前に迫る斬撃をなんとか打ち消した彼女だが――それはただの陽動だ。


「消えた……っ!?」


「――後ろですよ」


「なっ!?」


 飛影を隠れみのにした俺は、クロードさんの背後を取った。


「桜華一刀流奥義――鏡桜斬きょうおうざんッ!」


 鏡合わせのように左右から四撃ずつ――八つの斬撃が彼女を襲う。


「ぐっ……きゃぁ!?」


 驚異的な反応と剣速で五つの斬撃を撃ち落とした彼女だったが……。

 あの態勢から全てを捌くことはかなわず、右肩と腹部と太ももに三つの斬撃を浴びた。


 しかし、


(……さすがだな)


 どれも傷は浅い。

 彼女はギリギリまで目を見開いて斬撃を見切り、深手を避けるべく体をよじったのだ。


「き、貴様……っ」


 手傷を負ったクロードさんは、大きく後ろへ跳び下がって距離を取った。

 一瞬頭に血が昇りかけた様子だったが、大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「……悔しいが、ただのペテン師ではないようだな」


 彼女は苦虫を嚙み潰したような表情でそう呟く。


「……そもそもペテン師ではないんですけどね」


 一応訂正はしておいたが……あまり効果は無いだろう


「人としての貴様は、最低最悪の変態ドブ虫――『女の敵』と言っても過言ではない。だが、アレン=ロードルという『剣士』は――尊敬に値する」


「……どうも」


 褒められているのか、けなされているのか……正直よくわからない。


「それだけに惜しいな……アレンよ。貴様には『才能』がない。それも――絶望的なほどに」


 クロードさんは、そう断言した。


「……ずいぶんはっきり言ってくれますね」


 剣術の才能が無いことは、自分が一番よくわかっている。

 しかし、こうも面と向かって言われると……さすがに少しきつい。


「気の毒だが、これは事実だ。――私は十歳の頃から親衛隊を率いる身であり、これまで指導してきた剣士は五万を軽く越える。だからこそ、剣士の才能を見抜く目には自信がある。――断言しよう、貴様に魂装の習得は無理だ」


 彼女はとどめを刺すようにそう言った。


「確かに貴様の『努力』は驚嘆に値する。そんな非才の身でありながら、私を相手に互角の剣戟を演じる優れた剣術、鍛え抜かれたその体。おそらくは十数年・・・、地獄のような修業に耐え抜いたのだろう。その常識を逸脱した精神力は――もはや『化物』だ」


 正確には十数億年・・・・だけど……まぁ、そこはいいだろう。


「だがな、剣士として大成することは絶対に無い」


 クロードさんは、淡々とした口調で続けた。


「剣士の力量は、魂装の力に依存するところが大きい。これはこの世界の常識だ」


「……えぇ、もちろん知っていますよ」


「魂装を習得できない貴様は、おそらく死ぬまで努力を続けるだろう。つらく苦しい修羅の道だが……きっと貴様ならばやり遂げるだろう。だが、その果てにあるのは『無』だ。一生涯を賭けても『魂装を習得できなかった』という絶望的な現実が待つだけだ」


「……そうかもしれませんね」


 魂装を発現できるのは、ほんの一握りの優れた剣士のみ。


 そしてその一握りに俺は……きっと入っていないだろう。


「そんな地獄の道を歩むくらいならば、いっそここで――貴様の剣の道を断ってやろう」


 そう言って彼女は、右手を前に突き出した。


息吹いぶけ――<無機の軍勢アビオ・トゥループ>ッ!」


 その瞬間、何もない空間から一振りの剣が現れた。

 刃渡りの長い――長刀ちょうとうと呼ばれる剣だ。


「……魂装」


「あぁ、これが『才能』だ」


 短くそう答えた彼女は素早く三度、舞台の石畳を斬り付けた。

 するとそこには、青白い光を放つ三つの紋章が浮かび上がった。


(……なんだ?)


 次の瞬間、石畳の一部がパキパキと音を立て、その姿を変えた。

 握りこぶしほどの石は、みるみるうちにつばめからすへ。

 酒樽ほどの大きな石は、ふくろうへと変貌を遂げた。


「チーチチチチッ!」


「グワァー……ッ!」


「フロロロ……ッ!」


 それらはまるで生きているかのように鳴き声をあげ、彼女の周囲を自在に飛び回った。


「これは……っ。操作系の能力、ですか……?」


「ふふっ、さぁな? わざわざ自分の能力を教えてやるほど、私は甘くないぞ」


 そう言ってクロードさんは、長刀の切っ先をこちらに向けた。


「行くぞ――アレン=ロードルッ!」


「――来いっ!」


 ここからが本番。


 ここからが最終決戦だ……っ!

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