ヴェステリア王国と親衛隊【八】


 クロードさんの周囲には、彼女を守るようにつばめからすが飛び回り、それよりやや高い位置取りでふくろうが俺を見下ろした。


(……一見すれば、石などの物質を支配する操作系の能力だ)


 単純に手数が増えるのは厄介だし、そのシンプルさゆえに強力な能力だ。


(しかし、まだ断定できない……)


 相手は親衛隊隊長、クロード=ストロガノフ。

 その能力が、ただ物体を操作するだけとは考えづらい。


(未知の力を前にしたときは……攻めるっ!)


 攻めて攻めて攻め続けて――魂装の能力を『攻撃のため』に振るわれないようにすべきだ! 


「はぁあああああああっ!」


 俺は機先を制すべく、クロードさん目掛けて一直線に駆け出した。


「魂装使いとの戦い方も心得ているようだな……いい判断だ。だが、相手が悪かったな」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子の彼女は、その場で長刀を振り下ろした。


 すると、


「フロロロロ……ッ!」


 彼女の頭上を飛んでいた梟が、こちらへ急降下を始めた。


(速い……っ!?)


 ただの自由落下とは違う。

 明らかに魂装の力で後押しされた速度だ。


 だけど、この程度ならば問題ない……っ!


「ハッ!」


 迫り来る梟を真っ二つに両断した瞬間――クロードさんは笑った。


「――爆ぜろ」


「なっ!?」


 その刹那せつな、石の梟はまばゆい光を発し――大爆発を起こした。



「ぐっ!?」


 咄嗟の判断で大きく後ろへ跳び下がったが、爆風で飛散した石の破片が俺の体に突き刺さる。


 硝煙で視界がつぶれる中、


「覇王流――剛撃ッ!」


 クロードさんは間髪を容れずに攻め込んできた。


「くっ」


 俺は態勢不利の状態ながら、咄嗟に剣を水平に掲げて迫り来る切り下ろしを防ぐ。


「いい反応だが――腹ががら空きだぞ!」


「がはっ!?」


 彼女の鋭い前蹴りが、腹部に突き刺さった。

 ズンとのしかかるような鈍い痛みが走る。


「~~っ」


 俺は態勢を整えるために跳び下がり、大きく距離を取った。


「ふぅー……っ」


 呼吸を整え、思考を回し――<無機の軍勢アビオ・トゥループ>の能力を分析する。


「……なるほど。ただ物体を操作するのではなく、斬り付けた物体を『爆弾』に変えた上で操作する能力ですか……」


「ご明察。頭のキレも悪くないようだな」


 そう言って彼女は石畳を切りつけると、


「――フロロロロロロロッ!」


 先ほどと全く同じ形をした梟が、再び息吹いぶきをあげた。

 元となる材料がある限り、爆弾は無限に作れるようだ。


(……これは厄介な能力だな)


 俺は下唇を噛み、自分の状態を確認する。


(傷は……そう深くない)


 これは咄嗟に大きく後ろへ跳び下がり、熱波と爆風を回避したことが大きい。

 石の破片は精々薄皮を切った程度の軽いもの。

 お腹を蹴られたダメージも既に回復している。


(よし……戦闘続行になんら支障はないな)


 後は、<無機の軍勢アビオ・トゥループ>の攻略法を見つけるだけだ……っ。


 そうして剣をへその前に置き、正眼の構えを取ると、


「では、次はこちらから行くぞ!」


 クロードさんはまるで指揮棒タクトのように長刀を振った。


 すると次の瞬間、


「チーチチチチチチッ!」


「クワァアアアアーッ!」


 握りこぶし大の燕と烏が、凄まじい速度で接近してきた。


(は、速いっ!?)


 先ほどの梟とは比べ物にならない。


「セィッ!」


 素早く二羽を両断したその瞬間、小規模な爆発が起きた。


「……っ」


 俺は短くバックステップを踏み、同時に石の破片も全て回避した。


(移動速度こそ恐ろしく早いが……。爆発の規模と威力は『梟』よりも遥かに小さい……)


 ギリギリではあるが、熱波・爆風・石の破片――その全てを回避し切れる。


 すると俺の動きを遠くからジッと観察していたクロードさんは、静かに口を開いた。


「この速度についてくるとは、さすがの剣速だな」


「……それはどうも」


 俺が短くそう返事を返すと、


「――仕方ない『数』を増やそう」


 そう言って彼女が、素早く地面を斬り付けた次の瞬間。


「「「「「――チーチチチチッ!」」」」」


「「「「「――グワァーッ!」」」」」


 燕と烏が五羽ずつ――合計十もの爆弾が息吹をあげた。


「……冗談、だろ?」


 ひんやりとした嫌な汗が背筋を流れた。


(いくら小規模な爆発とはいえ、この数はヤバい……っ)


「さぁ、踊れっ!」


 彼女の命令と同時に、


「「「「「チーチチチチチチッ!」」」」」


「「「「「クワァアアアアーッ!」」」」」


 高速で飛翔する十個の爆弾が俺の元へ殺到した。


「くそ……っ! なんて馬鹿げた能力だ……っ!?」


 それから俺は全神経を集中させ、迫り来る燕と烏を斬り付けた。


 だが、爆風と石の破片――その両方を回避することは難しく、俺の体には一つまた一つと生傷が増えていった。


「はぁはぁ……っ」


「はぁ……。貴様がいくら努力したところで、結局『天性の才能』には届かない。今の有様を見ろ――魂装一つで戦局は一変しただろう? 残念だが、これが現実だよ。アレン=ロードル」


 クロードさんは多くの鳥に囲われながら、憐むようにそう言った。

 きっともう勝利を確信しているのだろう。


(くそ……っ。間合いさえ、間合いさえ詰められれば……っ)


 歯を食いしばりながら、彼女の頭上で待機する梟を睨み付けた。

 俺がわずかでも接近する兆しを見せると、彼女はすぐさま梟で防御態勢をとるのだ。


(……本当に、厄介な魂装だ)


 近寄れば、大きな梟の大規模爆破。

 距離を取れば、素早い燕と烏の連続小規模爆破。

 さらに爆弾は、ほぼ無限ときた。


(……参った。このままじゃ、ちょっと勝てないな……)


 彼女の能力は、魂装を持たない俺と相性が悪過ぎた。


 何かしらの打開策が無いかと、周囲に目をやるが――ここは舞台の上だ。

 爆発を遮る遮蔽物も無ければ、姿を隠す木々も無い。


 そうして視線だけを右へ左へと動かしていると、視界の端にリアの姿が映った。


「アレン……っ」


 彼女は胸の前で両手を重ね合わせ、祈るように俺の勝利を願っていた。

 こんな絶望的な状況でも――俺の勝利を信じていた。


(……覚悟を、決めよう)


 あの梟の爆発は、燕や烏のソレより遥かに大きい。

 だけど、大同商館で見た特大の爆発よりは――遥かに小さい。


(……大丈夫だ、体が吹き飛ぶ威力ではない)


 ――覚悟を、決めろ。


 爆発に飛び込む覚悟を。

 痛みに耐え抜く覚悟を

 何よりも――生きる覚悟を!


 そうして不退転の決意を固めた俺は、


「――うぅおおおおおおっ!」


 ただまっすぐ――クロードさん目掛けて最短距離を走った。


自棄やけになったか、愚か者めっ!」


 彼女が長刀を振り下ろすと、


「フロロロロロロ……ッ!」


 梟は自らの役割を果たさんと急降下を始めた。


「ハァッ!」


 迫り来る巨大な爆弾を斬り付けたその瞬間、まばゆい光が溢れ出した。


(……っ)


 コンマ数秒後、確実に訪れる激痛に足がすくんでしまう。


(……怯えるなっ! 進め、前へ……っ!)


 自らを鼓舞し、光の中へと踏み込んだ次の瞬間――大爆発が起きた。


 熱波が爆風が石の破片が――嵐のように全身を打ち付ける。


 硝煙しょうえんが巻き上がり、視界が完全につぶされた。


「ちょ、直撃……っ!?」


「お、おいおい……死んだんじゃねぇか?」


「あの大爆発だ……無理もねぇ」


 これは観客のどよめきだ。 


「あ、アレン……? 嘘、だよね……?」


 これはリアの震えた声。


「だから、降参しろと言ったのだ……。……愚か者め」


 そしてこれが――クロードさんの声だっ!


 硝煙で視界の通らない中――俺は声だけを頼りに彼女の位置を掴んだ。


 そして、


「――まだ、終わってませんよ?」


「なっ!?」


 立ち込める硝煙を一気に突き抜けた俺は、反撃の狼煙のろしをあげた。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


「ぐっ!?」


 二発の斬撃が肩と足を捉え、クロードさんは苦悶の表情を浮かべる。


「き、貴様……不死身か!?」


「いいえ、さすがに少し効きました……よっ!」


 言葉を交わしながらも俺は果敢に剣を振るう。


「くっ!?」


 それに対し――彼女は防戦一方となった。


(よし……っ! 間合いさえ詰めれば、圧倒的にこちらが有利だ……っ!)


(くそ……っ。ここまで接近されては、爆弾が使えない……っ)


 <無機の軍勢アビオ・トゥループ>能力は、操作と爆発。

 共に中遠距離での戦闘を得意とするものだ。


 さらには長刀という形状。

 長刀は中距離を制する武器であり、ここまで接近されれば、そう簡単には切り返せない。


(このまま一気に……決めるっ!)


「五の太刀――断界ッ!」


 大振りの一撃を繰り出そうとしたその瞬間、クロードさんは笑みを浮かべた。


「弱点の接近戦は――既に対策済みだ」


 彼女がパッと右手を開くとそこには、


「ピーッ!」


 小石で作られた小さなインコがいた。


(隠し持っていたのか……っ!? だが、このサイズの爆発なら――問題ないっ!)


「はぁあああああっ!」


 俺が必殺の一撃を振り下ろしたその瞬間。


「ピィイイイイイイッ!」


 インコの体から眩い光がほとばしり――視界が白一色に染めあげられた。

 こいつは爆弾ではなく、閃光弾だったのだ。


「くっ!?」


 暴力的な光に視界を奪われた俺は、大きな隙を見せてしまう。


「――そこだっ!」


 クロードさんは、がら空きになった俺の腹部に斬撃を放った。


「がは……っ!?」


 鋭い痛みが走り、俺は咄嗟に後ろに飛び退いた。

 明滅する視界が徐々にはっきりとしていき、すぐさま切られた傷の具合を確認すると、


(……え?)


 不思議なこと・・・・・・傷は浅かった・・・・・・


(切り損じたのか……? それとも踏み込みが甘かったのか?)


 なんにせよ、彼女のミス・・・・・に救われた。

 そうして俺が胸を撫で下ろしていると、


「き、貴様、日ごろから鉄でも食べているのか……!?(剣が通らない……だと!? あり得ない、なんて硬い皮膚・・・・だ……っ。そもそもあの大爆発を受けて無傷・・だと!? 身体強化系の魂装……いや、その気配は無い。くそ……いったいどんな魔法を使ったんだ!?)」


 何故か顔を青く染めたクロードさんは、よくわからないことを叫んだ。


「……何を言っているんですか? そんなわけないでしょう?」


 鉄を食べる人なんて聞いたことがない。


「では――いきますよ?」


 そうして俺が一歩前へ進むと、


「……っ」


 クロードさんは一歩後ろへと後ずさった。

 彼女の顔色は悪く、先ほどまで浮かんでいた余裕の色は消え去っていた。


(爆発には――もう慣れた・・・・・


 <無機の軍勢アビオ・トゥループ>の力が弱っているのか、それとも俺の体が爆発に適応したのか。


 梟の大爆発を受けても、思っていたほどのダメージは無かった。

 今なら燕や烏の連続爆破を受けても、多分傷一つ負わないだろう。


(もう――恐れるものは何も無い)



 後は、ただひたすらに攻めるのみだ!


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