ヴェステリア王国と親衛隊【一】
南海のリゾート地ヴェネリア島から会長の屋敷まで。
俺たちは行きと同様に、プライベートジェットで移動していた。
機体が巡航高度に到達し、揺れが収まったところで、
「さぁ、帰りは『大富豪』で勝負よ!」
会長がいつものように突然、ゲームの開催を告げた。
「いよっし! いっちょやるか!」
「えぇ、やりましょう!」
ノリのいいリリム先輩と勝負事が大好きなリアは、すぐにその誘いに飛び付いた。
一方朝に弱いローズとフェリス先輩は、座席でグッスリと眠っており、今回は参加できそうもない。
レイア先生は昨晩少し飲み過ぎたようで、うめき声をあげながら眠っている。
「もちろん、アレンくんも参加するわよね?」
「はい、お手柔らかにお願いします」
「うん! 合計四人、ちょうどいい人数ね! さぁ、始めましょう!」
そう言って会長は、鼻歌まじりにカードを配り始めた。
(……『今回は』普通のカードだな)
何も賭けられていない今回は『ギミックカード』ではなく、どこにでもある普通のカードが使われていた。
それから約一時間、俺たちはただひたすら大富豪を続けた。
個人的にはそろそろ別のゲームもやりたかったのだが……。
「じゅ、十二連続大富豪……っ!?」
「あ、アレンくん……。君、ちょっと強過ぎやしないかい……?」
「も、もう一回! もう一回やるわよ、アレン!」
会長、リリム先輩、リア――三人が三人ともかなりの負けず嫌いであったため、『大富豪』というゲームから抜け出せずにいた。
さすがに一時間耐久大富豪はちょっと退屈だった。
(そろそろ一回ぐらい負けておこうかな……)
ボンヤリそんなことを考えていると、
「アレンくん! 今ならお姉さん怒らないであげるから、正直に白状しなさい! また何かイカサマをしてるでしょ!?」
連敗に次ぐ連敗で機嫌を損ねた会長は、そんな言いがかりをつけてきた。
しかし、今回は何もイカサマをしていない――これは完全に冤罪だ。
「いえ、さすがに遊びの場でイカサマなんてしませんよ。――
「……ぎくっ」
そう。
この会長は性懲りもなく、また
一つの試合が終わり、次の試合へ移行するとき。
彼女は『ジョーカー』や『二のカード』といった大富豪の強カードを山札の一番下へセットしている。
その後、自分にカードを配るときだけ、こっそりと山札の一番下から取っていた。
トランプのイカサマでよく使われる『ボトムディール』というテクニックである。
(誰も気付いていないようだし、少し会長が有利になる程度の可愛いイカサマだから見逃してあげていたけど……)
こちらにイチャモンを付けてくるというのならば、話は別だ。
「あ、あああ、アレンくん!? お姉さんにそんな揺さぶりをかけたって無駄よ!」
さすがは会長。
その往生際の悪さは、目を見張るものがある。
(ここでネタバラシをするのは、さすがに可哀想だな……)
会長にだって威厳もあれば尊厳もある。
だから俺は笑顔のまま、右手の人差し指を高速ではじく動作を――ボトムディールをやってみせた。
『ネタはわかっていますよ』という無言のサインを受けた彼女は、少しの硬直の後――パンッと手を打った。
「……さぁ、次のゲームに行きましょう!」
「ちょっと待て、シィ。今の長い間はなんだ?」
「ま、まさか会長……イカサマを!?」
「こ、この話はおしまいよ! みんな人を疑うのはよくないわ! 信じる心を大切にしましょう!」
そう言って会長は、すぐに次のゲームを始めようとした。
自分が真っ先に俺のイカサマを疑っておきながら、見事なまでの開き直りだ。
「逃げたな」
「うわぁ……」
「会長……」
リリム先輩、リア、俺――三人の冷ややかな視線を浴び続けた会長は、
「も、もう二度としないから許してぇ……っ」
ついには白旗をあげ、素直に謝罪した。
「ったく、仕方ないなぁ……。今回だけだぞ、シィ?」
「イカサマは、絶対にダメですからね?」
「会長、今度はせめてバレないようにやりましょう」
「み、みんな……ありがとうっ!」
その後、会長はイカサマに手を染めることはなく、七並べに神経衰弱など様々な遊びを楽しんだのだった。
■
プライベートジェットは無事に着陸し、俺たちは解散することになった。
会長とリリム先輩とフェリス先輩は、これからさらに会長の屋敷で遊ぶとのことだ。
俺たちも一応誘われたけれど……。
さすがにそろそろ一呼吸置きたかったので、丁重にお断りさせてもらった。
「――会長、いろいろとありがとうございました。夏合宿、楽しかったです。とてもいい経験になりました」
「ありがとうございました! 本当に楽しかったです!」
「ふわぁ……ありがと……」
俺とリア、ローズがそうお礼を伝えると、
「どういたしまして。それじゃみんな、また学院で会いましょうね」
会長はそう言って優しく微笑んだ。
そして生徒会の顧問であり、引率として同行したレイア先生は、
「えー、諸君。夏休みは誘惑が多いので、ハメを外し過ぎないようにな」
そう先生らしいことを言って、この夏合宿を締めた。
昨日、フェリスさんと盛大な飲み比べをして、ハメを外し過ぎたレイア先生に言われても……あまり説得力がなかった。
「それじゃ、帰ろうか」
「うん」
「……帰ってひと眠り。……くわぁ」
「私も途中まで同行しよう。このまま自宅へ帰りたいところだが、今日は来客があってな」
そうして俺たち四人は千刃学院へと向かった。
オーレストの街を右へ左へと進んでいき、千刃学院の寮が連なる場所へ到着した。
「私の寮、ここ。みんな、またね」
ローズは立ち止まってそう言うと、小さく手を振った。
「あぁ。またな、ローズ」
「朝はちゃんと起きないとダメよ?」
「体には気を付けるんだぞ」
そうしてローズと別れた俺たちが、二人の寮へと足を向けたそのとき――カラッとした一陣の風がサッと吹き抜けた。
「いい風だねー」
「あぁ、そうだな」
そうして俺とリアが二人で肩を揃えて歩いていると――前方にこの辺りでは見慣れない、貴族服に身を包んだ男性が目に入った。
(千刃学院の中で私服か、珍しいな……)
すると次の瞬間。
「覇王流――
彼は一瞬にして俺との距離を詰めると、殺意の籠った鋭い斬撃を放った。
「っ!?」
俺は咄嗟に剣を引き抜き、かろうじてその一撃を防ぐ。
(……ぐっ、なんて力だ)
目にも止まらぬ加速、それにこの重さ――並の剣士ではない。
それに何より、『覇王流』はリアと同じ流派だ。
「い、いきなり何をするんですか……!?」
「ゲスなドブ男め……っ。リア様に近付くな……っ!」
壮麗な男性剣士は、憤怒の形相でこちらを睨み付けた。
(……リア『様』?)
すると、
「く、クロード!? どうしてこっちに!?」
「おー、久しぶりじゃないか、クロード!」
リアと先生は謎の剣士をクロードと呼んだ。
何故か俺を睨み付ける、切れ長の鋭い目。
やや長めの艶のある黒髪。
白を基調とした貴族服。
多分、年齢は十五歳前後だろうか。
身長は俺よりやや低い、百六十五センチぐらいだ。
「えーっと……リア、紹介してくれると助かるんだけど?」
「あっごめんね。あの子はクロード=ストロガノフ。ヴェステリア王国、親衛隊隊長。向こうでの仕事があったはずなのに、いつの間にこっちへ来ていたのかしら……」
「な、なるほど……」
何故突然斬り掛かってきたのかは、不明だが……。
一応、味方ではあるらしい。
「リア様、お久しぶりでございます! そして――どういうことだ、レイア! リア様の近くに汚らわしい羽虫が舞っているではないか!」
(け、『汚らわしい羽虫』って……)
まだ会って間もない。というか一言も交わしていないのに、少し言い過ぎではないだろうか……。
クロードさんに厳しく叱責されたレイア先生は「やれやれ」といった様子で首を横へ振った。
「そう怒ってくれるなよ、クロード。二人は何というかその……特別な関係にあるんだ」
「と、特別な関係……だと!? ま、まさか……っ。こ、こここ……恋人!?」
彼は顔を青くして、震えながらそう問いかけた。
「あー違う違う。それよりももっと過激な『主従関係』――言ってしまうと『奴隷』だな」
まるで追い打ちをかけるように、衝撃の事実を告げられたクロードさんは、
「しゅ、主従関係……? 奴隷……? ……え?」
憑き物が落ちたみたいに、全ての感情が抜け落ちた顔でそう呟いた。
「せ、先生っ!?」
「ちょ、ちょっとレイア!? なんでバラシちゃうのよ!?」
「はっはっはっ! 嘘を言っても仕方が無いだろう?」
そう言って彼女は高らかに笑った。
(こ、この先生は……っ!)
完全にこの状況を楽しんでいる――いっそ清々しいほど模範的な愉快犯だ。
相手はヴェステリア王国の親衛隊隊長。
俺とリアの奴隷契約が知られたら……いったいどれほど面倒なことになるか予想すらできない。
「り、リア様……それは本当なのでしょうか?」
クロードさんは最後の砦――リアに直接そう問い掛けた。
(……ちゃ、チャンスだっ!)
ここで彼女がはっきり『ノー』と言えば、それでこの話は全て終わり。
だが、
「え、あ、その……。う、うん……っ」
彼女は何故か顔を赤らめながら、コクリと頷いた。
(うん……こういう正直で嘘をつかないところはリアの美徳だな)
人としてとてもいいことだし、今後もずっとそうあって欲しいと思う。
(だけど……『時と場合』があるだろう!?)
リアからの絶望的な現実を突きつけられたクロードさんは、
「そん、な……っ。リア様が、奴隷……? ~~っ」
あまりのショックの大きさに、その場で卒倒してしまった。
「く、クロード!? しっかりして!?」
「はっはっはっ! これはまた面白いことになりそうだな、アレン!」
そう言って先生は俺の背中をパンと叩いた。
(……まずい。これは多分、今までで一番……まずい)
形式上とはいえ、一国の王女を奴隷にする。
その事実は、とてもとても重たいものだ。
それにリアのお父さん。つまりヴェステリア王様は、とても親馬鹿だと聞いている。
(クロードさんが意識を取り戻してから、たった一つでも選択肢を、立ち回り方を間違えれば……)
きっと、かつてないほど面倒なことになってしまうだろう。
(はぁ……。なんで俺ばっかりこんな目に……)
俺は大きなため息をつきながら、どこまでも青い空を見上げたのだった。
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