夏合宿と出会い【五】
レイア先生の後について行くと、彼女の自室へと通された。
室内は意外にも整頓されており、脱ぎかけの服などは見当たらなかった。
「さて早速だが、まずはこれに目を通してくれ。口で説明するよりも現物を見た方が早い」
そう言って先生は、机の中から一通の茶封筒を取り出した。
表面部分には『重要書類』と印字されている。
「これは……?」
「つい先ほど上がってきた聖騎士協会からの報告書だ。少し量が多いから、ザッと流し読みしてくれ」
「わかりました……っ」
俺は口の開いた茶封筒から報告書を取り出し、そこに目を落とした。
ヴェネリア島カルロス地区で発生した事件について
七月一日正午:取り調べの結果、拘束した五十人は神聖ローネリア帝国からの刺客だと判明。押収した癖のある暗器から見ても間違いないだろう。彼らは
七月一日夕方:霊晶丸の副作用により、彼らの状態が急変した。ヴェネリア支部常設の救護班では対応不可。そのため急遽、近くの大病院へ極秘裏に移送することを決定した。
七月一日夜:移送中に突如現れた何者かの襲撃を受け、五十人全員が殺害された。彼らの遺体は燃やされてしまい、これは情報を隠蔽するための処置と思われる。
「殺害、された……?」
「あぁ。神聖ローネリア帝国、もしくは黒の組織からの刺客だろうな。移送中に警備を担当していた腕利きの聖騎士は――全員気絶させられていたらしい」
先生は肩を竦めて、さらに話を続けた。
「現場検証を行った結果、あの海の家の付近でいくつかの不審な足跡が見つかったそうだ。君たちを襲ったのとは別に、小規模な集団が潜伏していたのだろう」
「小規模な集団、ですか……?」
先生はコクリと頷く。
「今回の一件は、霊晶丸を使った戦闘実験と見て間違いない。その際に敵は、二つのグループを用意していた。捨て駒である五十人と、観測されたデータを集計する小規模集団をな」
「す、『捨て駒』って……。人の命をそんなに軽く……っ」
「この件の黒幕は、こういう非人道的な奴等ということだ。――君もよく注意してくれ」
最後にそう短く忠告をして、先生は話を締めくくった。
「でも、どうして俺だけに? リアやローズ、会長たちには伝えなくていいんですか?」
「それは君が――いや、
「……?」
「まぁとにかく――大人にはいろいろな事情があってな。
「そう、ですか……。わかりました……」
あまり納得はできないけれど……。
これ以上聞いても何も教えてくれなさそうだったので、俺はひとまず頷いた。
「とはいっても
「ありがとうございます」
先生の実力のほどは、ここ最近ちらほらと耳にしている。
彼女がそう言ってくれるのはとても心強い。
「さて話は以上だ。こんな夜遅くに悪かったな。明日以降も合宿は続く! グッスリと眠って、しっかりと体調を整えてくれ!」
「はい。では――おやすみなさい、先生」
「あぁ、おやすみ」
そうして俺は、レイア先生の部屋を後にした。
■
その後、四日間はひたすらに勝負と修業が繰り返され――いよいよ今日が合同夏合宿の最終日。
俺たちは疲労の溜まった体を引きずり、いつものようにフェリスさんのプライベートビーチに集まった。
するとレイア先生とフェリスさん、それに会長が全員の前に立った。
「さて、諸君! 楽しくも厳しい夏合宿によくぞ耐えてくれた!」
「お疲れさんやったなぁ、ほんまによう頑張ってくれた思う」
「ということで最後の一日は――パーッと遊びましょう!」
最後に会長がそう言った瞬間。
「いやったーっ! やっと海に入れるよぉーっ!」
「今年はかなりきつかったんですけど……。やっと解放されて心底嬉しいんですけど……」
「いよっしゃっ! 今日は丸一日、遊び倒すぞぉおおおおおっ!」
千刃学院と氷王学院、両生徒から大歓声が巻き起こった。
みんなはとても喜んでいたけれど……。
正直少し……いや、かなり残念がっている自分がいた。
(もう終わりか……。もっとみんなで修業したかったな……)
一人で静かに剣を振るのも楽しい。でも、みんなで振るともっと楽しい。――このあたりはご飯と一緒だ。
そうして一人肩を落としていると、
「ねぇねぇ、アレンくん! ちょっといいかな?」
「一年生であのシドーとやり合うなんて……凄いね、君!」
「あ、ありがとうございます」
氷王学院の――おそらくは先輩と思われる女性徒に囲まれた。
(これはいい機会かもしれないな)
少し気になっていることがあったので、それとなく聞いてみることにした。
「そう言えば、氷王学院の会長ってお休みなんですか? 合宿中、一度も見てないような気がするんですけど……」
「あぁー、それね。うちの会長は暑いのが大の苦手でさ。今頃は北方の避暑地にいるんじゃないかな?」
「ついでに副会長と書記もね。あの二人は会長にベッタリなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
ということは、今回の夏合宿で氷王学院側は要職に就いた三人が欠けている状態というわけだ。
(それで勝ち越せないというのは、少し頑張らないといけないな……)
一人そんなことを考えていると、
「わっ、やっぱりいい体してる!」
「すごーい! カッチカチだね!」
「え、あっ、ちょ……っ!?」
両脇に立った二人が、興味津々と言った様子で俺の腹筋を触り始めた。
細い指が皮膚を伝う感触は……とてもこそばゆい。
すると、
「ちょ、ちょっと! うちのアレンが困ってますから!」
「そんなに触らないで!」
「り、リア、ローズ!?」
氷王学院の先輩たちを跳ね除けるようにして、二人が俺の両腕をがっしりと掴んだ。
「ほら! 行くよ、アレン!」
「海で遊ぼう」
「あ、あぁ、わかった」
そうして何故か少し機嫌の悪い二人に連れられ、俺は海辺の方へと向かった。
「うん……やっぱり綺麗だな」
「そうね、私の国でもこんな綺麗な海は中々無いわ」
「水が澄んでるよね」
連日の勝負と修業から一歩離れて、落ち着いた状態で見る海は――本当に綺麗だった。
「さてと、何して遊ぼうか?」
海辺では既に多くの生徒が、思い思いのことをしていた。
岸の方で釣りをしている生徒。
砂浜でお城を作っている生徒。
浅瀬で水を掛け合っている生徒。
みんな夏合宿の最終日を目一杯楽しんでいた。
「えっとね、ちょっと考えたんだけど――これなんかどうかな!」
そう言ってリアは、小脇に抱えていたしぼんだ状態の浮き輪を三個取り出した。
「……浮き輪?」
「うん! 今朝会長から借りて来たの! これで一緒に広い海をお散歩しましょ!」
「潮風もあって、きっと気持ちいいよ!」
「なるほど、それはいい案だな」
それから俺たちは浮き輪をパンパンに膨らませて、ゆっくりと海へ入った。
「おぉ、川の水とは少し違うな!」
なんというかほんのりと『肌につく』ような感じがする。
「んー、冷たいっ!」
「気持ちいいね」
何度か海を経験している二人は、『水の感触』よりも『冷たさ』を楽しんでいるようだった。
「さてと、どういう感じで進もうか?」
「まずは遠くの方まで行きましょう!」
「それがいい!」
「よし、そうしようか!」
その後、ほどのほどの深さになったところで浮き輪に乗り、波に揺られながらいろいろな話をした。
「――それでね! その手紙をラブレターと勘違いしたお父さんが『うちの娘が欲しければ、ヴェステリア最強であることを示せ!』ってカンカンに怒っちゃたのよ!」
「ふふっ、その勘違いはひどい」
「あはは、ちょっと可哀想な話だな」
いつもと違った環境でする話は、時間を忘れてしまうほどに楽しかった。
そうしてプカプカと浮かんでいると、
「……なんか素振りがしたくなってきたな」
『素振り欲』が体の奥底から湧き上がってきた。
地に足のついていないこの状況。
より鋭い斬撃を放つためには、いったいどのような体重移動がベストなのだろうか。
それを知るためにも――ぜひ素振りがしたい。
「ふふっ、アレンは本当に素振りが好きだね」
「ずっと剣術のことばかり」
「そ、そうか? 照れるな……っ」
「「褒めてないよ!?」」
そうして浮き輪に乗ったまま三人で楽しんでいると、
「……き、きゃぁああっ!?」
「……い、いやっ!?」
「リア、ローズ!?」
突如海中から何かが浮かび上がり――その勢いで浮き輪に乗った二人はひっくり返ってしまった。
「な、なんだっ!?」
そうして海中から姿を現したのは、
「――はっはぁ! 今日のメシは決まりだぜぇっ!」
「凄いな、シドー!? 泳いでいる魚を鷲掴みとは!」
両手に二匹の魚を鷲掴みにしたシドーさんと、それを称賛するカインさんだった。
「シドーさん、カインさん!? ど、どうして海中から!?」
「あ゛ぁ? ……なんだいたのか、アレン」
「おぉ、アレン様! 驚かせてしまい、大変申し訳ございません。現在私どもは『素潜り漁』なるものを体験しておりまして……いや、これが中々に面白いのですよ!」
「そ、そうですか……」
どうやら二人とも、ただこの海を満喫しているだけのようだ。
「んっしょっと……っ。ちょっとあなたたち! もうちょっとゆっくり上がってきなさいよっ!」
「び、びっくりしたでしょ!?」
なんとか浮き輪に戻ったリアとローズは、当然の文句を口にした。
「馬鹿野郎がぁ! こいつはスピードが命なんだよ!」
「いや、シドー……。それは獲るときの話で、浮上するときは関係ないよ……。今回は僕たちが悪い、次からは気を付けよう」
「ちっ……理屈をこねやがる……っ」
「お騒がせして申し訳ございません。それではみなさん、またお会いしましょう」
そうして二人は――また海の底へと戻って行った。
その後、浮き輪での遊泳を終えた俺たちは、会長たちと合流して目一杯遊び回ったのだった。
■
その晩、俺たちは氷王学院のみんなと一緒にバーベキューをすることになった。
場所はフェリスさんの別荘の前で集合時間は十九時だ。
一通り遊び終えた俺たちは、会長たちと一緒にフェリスさんの別荘へと向かった。
「こ、これは凄いな……」
「うわぁ、おいしそうっ!」
「いいにおいっ!」
フェリスさんの別荘も凄かったが……。
お腹の空いた今は、その前に並べられたたくさんの食材に目が引き付けられた。
「千刃学院のみなさん、いらっしゃい。それじゃもう準備できとることやし――バーべキュー開始といこかぁ!」
フェリスさんがそう言った瞬間。
「っしゃぁああああっ! ありがとうございます!」
「フェリス先生、最高ーっ! 大好きーっ!」
「肉だぁああああああっ!」
あちこちで喜びの声が巻き起こった。
「ごちそうになります、フェリスさん」
「ありがとうございます、フェリスさん!」
「感謝する!」
俺たちは感謝の言葉を述べてから、中央の机に山のように盛られた食材を取った。
「さてと……ここでいいかな?」
「うん!」
「了解!」
空いている席を見つけて俺が腰を下ろすと、
「よいしょっと」
「ちょっと詰めて」
「あ、あぁ……」
どういうわけか、二人は俺の両隣へ腰を降ろした。
(普通、こういうのはどちらかが前に座ると思うんだけど……まぁいいか)
それぞれ取ってきた食材を机に並べたところで――既に火がつけられていることに気が付いた。
「っと、火までつけてくれているのか。これは助かるな」
「それじゃ後は焼くだけね!」
「まずは串に刺さないと!」
それから俺は、脂のたっぷりと載った肉を二本の串に刺して金網の上に乗せた。
リアは次々にお肉を串に刺していき、凄まじい数を焼いていった。
……さすがだ。
ローズはバランスがいい。お肉と野菜を交互に差し、それから小ぶりの魚を金網に乗せた。
それから一分、二分と経過したところで――食欲をそそる芳ばしいにおいが立ち上った。
そろそろ食べ頃だろう。
「それじゃいただこうか」
「うんうん! 食べましょう!」
「いただきます!」
そうして俺たちが、思い思いの串を手に取ったそのとき。
「――おぃ、こらてめぇ!」
目の前を横切ったシドーさんが、ローズが持っていた魚の串焼きを奪い取った。
「し、シドーさん?」
「きゅ、急になにするのよ!?」
「……なに?」
俺たちが矢継ぎ早に疑問を投げかけると、
「ちっ……やっぱり『メノリカサゴ』じゃねぇか」
シドーさんはそう言って、魚をポイと投げ捨てた。
その瞬間、
「め、メノリカサゴ!?」
「ちょっ、それ毒ある奴だぞ!?」
「待て待て! 全員、魚は食うな!」
周囲が大きくざわついた。
メノリカサゴ――わずかながら体内に麻痺毒を持つ魚だ。
「お嬢、どうなってやがる!?」
「お、おかしぃなぁ……? 釣った魚は全部地元の漁師に見せて、『毒は無い』言われたんやけど……」
「ちっ、適当な仕事しやがって……。おい、魚類は全部こっちに持って来やがれ! 俺様が直々にチェックしてやる!」
それから彼は、クーラーボックスに入った大量の魚を素早く調べていった。
「し、シドーさんて魚に詳しいんだ……」
俺がポツリとそうこぼすと、たまたま近くにいたカインさんが口を開いた。
「えぇ、それはもう――『魚博士』と言っても過言ではありません。シドーは幼少期、かなり特殊な環境で育ったそうで、『生きる知識』はとても豊富なんですよ。もし無人島に何か一つだけ持って行くならば、ぜひ彼をお勧めします」
「な、なるほど……」
いったいどんな環境で育ったのだろうか……。
いろいろと謎の多い人だ。
「と、とにかく……魚はちょっと危なそうだし、お肉を食べようか」
「えぇ、そうしましょう!」
「うん、そうだね」
それから俺たちは気を取り直して、バーベキューを再開した。
「――うん、うまい!」
「お、おいしいね、これ!」
「凄い脂……ジューシーだね!」
外で食べるご飯というのは、何故だかとてもおいしく感じる。
そうして三人で串焼き肉に舌鼓を打っていると――夜空に大きな花火が咲いた。
「綺麗ね……」
「うん」
「あぁ、本当に綺麗だな」
赤・青・緑――真っ黒なキャンパスに浮かび上がるそれは、とてもとても美しかった。
「ねぇ、アレン、ローズ……」
「ん、どうした?」
「なに?」
「また来年も一緒に夏合宿、行こうね?」
「あぁ、きっとそうしよう」
「もちろん」
こうして波乱に満ちた千刃学院と氷王学院の合同夏合宿は――ひとまず無事に終わりを迎えたのだった。
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