夏合宿と出会い【四】
氷王学院との合同夏合宿が決まった後。
俺たちは会長の屋敷へ、氷王学院の人たちはフェリスさんの別荘へと移動した。
それぞれの荷物を置いたり、着替えを済ませるためだ。
「さてと、そろそろ行くか」
制服から水着に着替えた俺は、ひとまず集合場所の広間へと向かった。
下は『サーフパンツ』と呼ばれるごくごく一般的な水着。無地の生地に黒という地味目なもので、上は白いパーカーを軽く羽織っている。
誰もいない静かな広間で、俺は先ほどの一件を思い返した。
(結局、どうなったんだろうか……)
俺が気にしているのはもちろん、謎の集団からの襲撃についてだ。
あの後――聖騎士協会の救護班が到着し、重症だった彼らに応急処置を施した。それから慣れた手つきで五十人全員を拘束し、速やかに協会へと連行して行った。
聖騎士協会ヴェネリア支部長は、レイア先生とフェリスさんに 『詳細な情報がわかり次第、すぐに連絡致します』と言っていた。
(……彼らのターゲットは、間違いなくリアだった)
何度か口走っていた『王女』という言葉。
『リアへの恨み』からではなく、『ヴェステリアの王女』だから狙った――そう考えて間違いないだろう。
(おそらくはリアの母国ヴェステリアと敵対する国や組織からの刺客だろう……)
いつも一緒にいるから忘れそうになるけど、リアはヴェステリアの王女だ。
暗殺や誘拐といった、俺のような一般庶民には縁の無い危険がすぐ身近にあるのだろう。
(できることなら、彼女の力になりたいな……)
そんなことを考えながら、みんなの着替えを待っていると――右奥の扉がゆっくりと開かれた。
「お、お待たせ……っ」
「アレン、どうかな?」
そこから姿を現したのは、頬を赤く染めて少し恥ずかしそうにしたリアと、いつも通り堂々とした様子のローズだった。
二人の水着姿を見た俺は、
「……っ」
思わず息を呑んでしまった。
リアは首周りに紐が通った――『ホルターネック』のビキニ。白い生地に赤いフリルが走った可愛いらしいデザインだ。
何より、胸元が強調される形になっていて……とても刺激が強い。
ローズはシンプルな黒いビキニ。腰には黒い薄布が巻かれた――確か『パレオ』と呼ばれる種類の水着だ。
ピンクがかった綺麗な銀髪と黒の水着のコントラストは美しく、少し大人びたその姿はとても魅力的だった。
「何というかその……。い、いいと思うよ……っ」
俺は視線を左上へ泳がせながら、率直な感想を述べた。
「そ、そう? ありがと……っ」
「ふふっ、それは良かった」
そうして俺が感想を言った後は――シンと静まり返った。
「……」
「……」
「……」
何故かチラチラとこちらを見るリア。
棒立ちのまま微動だにしないローズ。
そして彼女たちの水着姿を直視するわけにもいかない俺。
なんとも言えない微妙な空間ができあがってしまった。
(な、なにか気を利かせて喋った方が……いいよな?)
俺が必死に頭を回転させて話題を探していると、
「お待たせーっ!」
今度は左奥の扉が勢いよく開かれ、水着に着替えた会長たちが姿を見せた。
「ねぇ、アレンくん。どうかなどうかな?」
会長は縁取りが青の白いビキニに、上から長袖の灰色のパーカーを羽織っていた。
パーカーの前が全開のため、胸のあたりがとても強調されており……何と言うか、意外と着痩せするタイプのようだ。
「と、とてもお似合いだと思います」
さらに目のやり場に困った俺は、伏し目がちにそう言った。
こんなに綺麗な女性の――それも水着姿に囲まれてしまっては、本当にどこを見ていいのかわからない。
するとそれを敏感に察知した会長は、
「あれれー? アレンくん、どうしたのかな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、わざわざ少し前かがみになって俺の顔を覗き込んだ。
「か、会長……意地悪はやめてくださいよ」
「ふふっ、
そう言って会長は楽しげに笑った。
(多分……『なんでも一つ命令できる権利』で、俺が会長にちょっと意地悪したことを言っているんだろう)
今の今まですっかり忘れていたけど、どうやら彼女はしっかりと覚えていたようだ。
「さて、みんな揃ったことだし――行きましょうか!」
「えっと、レイア先生は?」
「先生ならもうとっくの昔に着替えて、先に行っているわよ」
「そ、そうですか」
お、男の俺より着替えが早いのか……。
「それじゃ行きましょう! 今日こそ、打倒氷王学院よ!」
そうして身支度を済ませた俺たちは、フェリスさんの所有するプライベートビーチへと向かった。
■
その後、レイア先生とフェリスさんが話し合った結果、千刃学院対氷王学院で様々な勝負を執り行うことになった。
初戦はビーチバレーボール対決。
千刃学院代表は、俺とリア。
対する氷王学院代表は、シドーさんとカインさん――奇しくも一年生対決となった。
試合は一進一退、互角の戦いが続いていた。
「さすがはシドーさん……とんでもない守備範囲の広さですね」
「凡人風情が……っ。粘ってねぇで、さっさと諦めやがれ……っ!」
息の合ったチームワークで効率的に得点を重ねる俺とリア。
圧倒的な身体能力にモノを言わせ、強烈なアタックとブロックで強引に得点を稼ぐシドーさん。相方のカインさんは、完全にレシーブとトスに徹していた。
「アレン、お願いっ!」
リアのあげてくれた絶好のトスを、
「ハッ!」
俺はラインギリギリに叩き込んだ。
「ちく、しょうが……っ!」
「さ、さすがはアレン様、鋭い……っ!」
これでカウントは20-19。
後一点もぎ取れば、うちの勝利だ。
「ナイスアレン! さすがね!」
「リアがいい位置にトスをあげてくれたからだよ」
そうして俺たちがハイタッチを交わしていると、
「……気ん持ち悪ぃ。……凡人共がどれだけ息を合わせようが、ゴミはゴミなんだよっ! 見せてやる……絶対的なまでの『格の違い』って奴をなぁっ!」
シドーさんの放つ空気が変わった。
凶暴で凶悪――大五聖祭での戦いを思い起こさせる凄まじいプレッシャーを放っていた。
「リア、ここが大一番だ……っ!」
「えぇ、確実に仕留めるわよ……!」
それからリアは大きく息を吐き、手のひらでクルクルとボールを回した。
そして、
「そー……れっ!」
彼女は回転のよくかかった鋭いサーブを放った。
だが、
「甘ぇぞこらっ!」
シドーさんはその驚異的な反応速度で、コート隅を狙った一撃をなんなく拾った。
「――あげろ」
「あぁ!」
既にトスの姿勢に入っていたカインさんは、コートの中央へ絶好のボールをあげた。
「食らいやがれ――<
シドーさんの打ち込んだスパイクは、超が付くほどの速球――それも四球に分身する魔球だった。
「くっ……アレン、お願い!」
リアのブロックをすり抜けたその一撃は、
「雲影流――うろこ雲ッ!」
俺の四連続レシーブによって完封された。
「な、にぃ……っ!?」
ふわふわと弧を描くようにして返ったボールは――敵陣内の奥深くにポスリと落ちた。
「21-19! よって、千刃学院の勝利です!」
審判を務めた氷王学院の生徒が、結果を高らかに宣言した。
「ボールが四球に化けるなら、その全てを打ち返せばいいだけです」
「こんの、ゴミカスがぁ……っ!」
こうして初戦――二対二によるビーチバレー対決は、見事千刃学院の勝利となった。
「さっすがアレン! 凄いわ!」
「リアが息を合わせてくれたおかげだよ」
「さっすがはアレン様! 驚天動地のレシーブ! このカイン、感動のあまり一歩も動けませんでした!」
「え、あ、ど、どうも……っ」
「てめぇは、どっちの味方だクソ眼鏡っ!」
「痛いっ!?」
そうして俺たちがワイワイと騒いでいると、
「ふふっ、やはり今年はうちの生徒の方が優秀なよぅだなぁ……えぇ、フェリスよ?」
「くっ……次や次! 『ビーチフラッグ』行くで!」
すぐさま次の勝負の開始が告げられた。
ビーチフラッグ――二十メートル先に一つだけ差された旗を奪い合う定番のスポーツだ。
出場選手はフラッグに背を向けたままうつ伏せになって、ホイッスルとともに立ち上がり――旗を目掛けて走り出す。
そして一番先に旗を取った人の勝利という、ごく単純なルールだ。
千刃学院からは俺、ローズ、会長の三人が出場する。
「ビーチフラッグ……スタートが肝心だな」
「瞬発力は自信ある!」
「ふふっ、負けられないわね!」
対する氷王学院からはシドーさん、カインさん、氷王学院の生徒会の女子生徒の三人だ。
「お゛ぃ、邪魔だけはすんじゃねぇぞ?」
「もちろん、わかっているさ」
「頑張れ、シドー!」
そうして全員がうつ伏せになったところで――ホイッスルが鳴らされた。
すぐさま立ち上がり、振り返った瞬間。
「はっ、トロイんだよ、クソ雑魚どもがぁっ!」
シドーさんは既に前を向いて走り出していた。
「くっ、早い!?」
反応速度が段違いだ……っ。
そうして悠々と旗を掴み取った彼は、
「はっはぁっ! てめぇらとは
凶悪な笑みを貼り付けたまま、そう言い放った。
(ホイッスルを聞いた後の初動の速さ、まるで全身バネのようなしなやかな走り……さすがはシドーさんだ)
(……このゴミカス、俺の加速について来やがった。どういうわけか身体能力が格段に上がっていやがる……っ。『あの化物』の力に引きずられてか? それとも気ん持ち悪ぃ、地道な修業の成果か? ……とにかく油断ならねぇ)
そうしてビーチフラッグが終わったところで、
「ふ、フライングだ、フライングっ! ゼロコンマ一秒、早かったぞっ! なぁ、みんな!?」
「あーいややわぁ、負け犬の遠吠えは聞き苦しくてかなわんなぁ?」
レイア先生とフェリスさんは、いつものように白熱した煽り合いを繰り広げていた。
(学生時代からずっとあの調子って……むしろ仲がいいんじゃないか?)
その後も千刃学院と氷王学院の拮抗した戦いは続き――結果として十勝十敗の引き分けに落ち着いた。
レイア先生とフェリスさんは、白黒つけるべくもう一試合を望んでいたけれど……。
「今回はせっかくの合同夏合宿ですし、決着は夏休み明けの『
会長が二人の意識を『次の戦い』へ誘導することによって、うまくその場を収めてくれた。
こうして初日の合同合宿を無事に終えた俺たちは、それぞれの宿舎へと帰った。
■
それから俺たちは、みんなで一緒に晩御飯を食べて、楽しくお喋りをして――とても楽しい時間を過ごした。
「ふぅ……楽しかったな」
みんなと別れて自分の部屋に戻った俺は、大きく伸びをしながら掛け時計をチラリと見た。
「もう十一時か……。そろそろ寝るとしようかな」
あまり夜更かしをすると、明日以降に響いてしまう。
そうして寝支度を整え、電気を消そうとしたそのとき。
部屋の扉がコンコンコンとノックされた。
(こんな夜更けに……いったい誰だろうか?)
「はい、どちら様ですか?」
俺がそうたずねると、
「――遅くにすまないな、アレン。私だ」
レイア先生の硬い声が返ってきた。
すぐに扉を開けると、そこには腕組みをして真剣な表情を浮かべた彼女が立っていた。
「どうしたんですか、先生? こんな夜遅くに」
「今朝の――リアを襲った集団について話がある」
先生はいつになく真剣な顔つきでそう言った。
「こんな時間で悪いが、少し付き合ってくれないか?」
「……わかりました」
やはり今朝の
(とてつもない面倒ごとだけど……。今回ばかりは仕方が無いな……)
大事な友達、リアの身に危険が迫っているんだ。
もし俺にできることがあるならば――全力で協力するつもりだ。
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