夏合宿と出会い【一】


 生徒会に庶務として加入した翌日。


 午前の授業を終えた俺とリア、ローズの三人は、生徒会室の前に集まっていた。

 毎日開かれるお昼休みの定例会議に参加するためだ。


 三人を代表して俺が扉をノックすると、


「――どうぞ」


 鈴を転がすような会長の声が返ってきた。


「失礼します」


 ゆっくりと扉を開けるとそこには――会長とリリム先輩、フェリス先輩の姿があった。

 みんなそれぞれ自分たちの席に座り、机の上にはお弁当箱が置かれていた。


「いらっしゃい。アレンくん、リアさん、ローズさん」


「これは君たちが参加する初の定例会議……気を引き締めてくれたまえ!」


「別にいつも通り、ご飯食べるだけなんですけど……」


 準備のいいことに俺たちの机は既に準備され、三人の名前と役職が書かれた卓上席札たくじょうせきふだが置かれていた。


 先輩たちに簡単な挨拶をして、俺たちが席に座ったところで、


「それじゃまずは、自己紹介をしましょうか!」


 会長はそう言って、左隣のリリム先輩に視線を移した。


「えー、ゴホン。――私は二年A組、書記のリリム=ツオリーネだ。書記と言っても名ばかりで、仕事はほとんど副会長にぶん投げてるぜ! これからよろしくな!」


 リリム=ツオリーネ。

 少し短めの明るい茶色の髪。

 ピンク色の髪留めで左分けを作っており、おでこがよく出ている。

 大きな猫目が特徴的な元気のいい女生徒だ。


「二年A組、会計のフェリス=マグダロート。会計と言っても名ばかりで、仕事はほとんど副会長あの馬鹿にぶん投げてる。仲良くして欲しいんですけど……」


 フェリス=マグダロート。

 肩口辺りで切られた暗い青色の髪。

 右目は前髪で隠れており、リリム先輩とは対照的にダウナーな印象を与える顔つきだ。

 身長は会長より少し高い、百六十センチ前半ぐらいだろう。


「同じく二年A組、生徒会長のシィ=アークストリアよ。生徒会長と言っても名ばかりで、仕事は全部副会長にお願いしているわ。これから楽しくしてきましょうね!」


 驚いたことに、うちの生徒会は全員『名ばかり』だった。


(全ての仕事が副会長に集中しているんだけど……大丈夫なのか?)


 不意にレイア先生と十八号さんの関係が脳裏をよぎった。


 それから俺たちは、会長たちにならって簡単な自己紹介をした。


「アレン=ロードルです。会長の誘いを受け、庶務として生徒会に入らせていただきました。よろしくお願いします」


「リア=ヴェステリアです。今年一年、よろしくお願いします」


「ローズ=バレンシア。よろしくね」


 そうして互いに自己紹介を終えた俺たちは、六人で楽しく昼食を取った。

 会長もリリム先輩もフェリス先輩も――みんないい人で、とても楽しい時間になった。


 ただ一点だけ気になったのだが……。


これ・・って『定例会議』とは名ばかりの『お昼ご飯の会』……だよな?)


 定例会議中、生徒会の仕事についての話は何も出てこなかった。


(……いや、考えてみれば今日は『初顔合わせ』みたいなものだ。きっと早く打ち解けられるように気を回してくれているんだろう)


 しかし、そんな俺の予想……というか願望は、見事に裏切られた。


 その後、一週間二週間と過ぎたが……生徒会は本当に何の仕事もしなかった。

 それを象徴するのが、副会長の机に積もり積もった書類の山だ。


 そしてそんなある日。

 日に日に巨大化していく書類の山を見かねた会長がポツリと呟いた。


「予想より副会長の帰りが遅いわ……少しマズいかも」


 副会長――確か部費戦争のアナウンスで『罰ゲームにより出国中』と言っていたっけか……。

 前々から少し気になっていたことだし、この機会に聞いてみよう。


「そう言えば、副会長は出国中と聞いていましたが……。どちらまで行かれているんですか?」


 すると会長は、ごく普通にとんでもない返答を返した。


「神聖ローネリア帝国の地下鉱脈よ」


「……は?」


 神聖ローネリア帝国――悪逆皇帝が悪政を敷く独裁国家であり、国の指定する渡航禁止国の一つだ。


「そ、そんな危険なところに、副会長は何をしに行ったんですか!?」


「発掘よ」


「……はっくつ?」


「そう。罰ゲームを決めるときに私が『ブラッドダイヤが欲しいなー』って言ったら『任せてくださいっ!』って……。本気で採りに行っちゃったのよね、困ったわ……」


 そう言って会長は、小さくため息をついた。


 ブラッドダイヤ。

 確か神聖ローネリア帝国の地下深くでわずかに採掘されるという超希少な鉱物だ。

 真紅に輝くそれはあまりに美しく、宝石として王侯貴族に好まれている。

 しかし、採掘場所が採掘場所なため市場にほとんど流通していない。

 稀にオークションに出された時は、目玉が飛び出るほどの価格で落札され、紙面で大きく取り上げられるほどだ。


(でも、そんな軽いノリで……あの神聖ローネリア帝国に……!?)


 話を聞く限り、副会長はかなりヤバい人のようだ。


 すると今の会話を聞いていたリリム先輩とフェリス先輩が口を開いた。


「そういや、あいつ帰り遅いね。もしかして……死んだ?」


「ないない。あの馬鹿が死ぬところとか想像つかないんですけど……」


「ははっ、それもそうだなっ!」


 どうやらその頑丈さは、生徒会メンバーから太鼓判を押されるほどのものらしい。


(い、いったいどんな人なんだろうか……)


 少しだけ会ってみたくなった。


 その後、午前は魂装の授業、お昼休みは生徒会室で定例会議、午後は再び魂装の授業――そして放課後はひたすら素振り部の活動、と充実した毎日を過ごした。


 楽しい時間はあっという間に流れていくもので、気付けばもう六月三十日。

 千刃学院の前期最終授業日となっていた。


「――よし、これにて答案用紙の返却を終了だ! 採点ミスや質問のある生徒は、私のところまで来るように!」


 そう言ってレイア先生は、パンパンと手を打った。

 前期課程の最終日ということもあり、先日受けた期末テストが全て返却されたのだ。


「うん、まぁこんなところかな……」


 俺はたった今返ってきたばかりの答案用紙を見て、静かに頷く。


 国学六十八点。

 数学七十八点。

 歴史学六十二点。

 化学七十五点。

 兵学八十五点。


 赤点である四十点を越えたことにホッと一息をつくと、その様子を見たリアが胸を撫で下ろした。


「よかった、大丈夫だったのね!」


「あぁ、なんとかな」


 赤点を取った生徒は夏休み中も補習があるので、これを回避したのは大きい。


「リアは……っと相変わらず、凄いな」


 彼女の点数はどれも九十点を越えており、兵学なんて百点満点。小さい頃から英才教育を受けたと聞いていたけど――この結果は本当に見事だ。


「えへへ、ありがと」


 そうして互いに赤点回避を確認し合った俺とリアの視線は――問題の・・・ローズへと向けられた。


 そう。彼女は意外にも勉強がとてもとても苦手だった。

 真剣な顔で「何がわからないのかが……わからない」と呟くローズを見て「これは冗談でも何でも無く、本当にヤバい奴・・・・だ」と確信した。


 それから泊まり込みの勉強合宿を開き、俺とリアが交代で限界ギリギリまで知識を詰め込んだ。


(何とか試験範囲内は全て終わらせたんけど……)


 本人曰く「手応え無し」とのことだが、果たして……。


「ど、どうだった……ローズ?」


「だ、大丈夫だったかしら……?」


 すると彼女はゆっくりと振り返り、


「セーフッ!」


 全て四十点台――赤点ギリギリの答案用紙を高らかに見せつけた。


「おぉ、やったな!」


「凄いわ! あそこからよく頑張ったわね!」


「ありがと、助かった……っ」


 なにはともあれ、無事に全員赤点を回避することができた。


 これで明日から予定されている生徒会執行部の夏合宿に参加できる。


 その後、採点ミスや質問対応を終えたレイア先生が最後のホームルームを始めた。


「さて、明日からは諸君ら待望の夏休みだ!」


 五学院の夏休みは、他の中等部の剣術学院と比べると少し早い。

 七月一日から七月三十一日までの丸々一か月が休みだ。


 これは過酷な魂装の授業漬けで疲れた一年生に対するケアという意味があるらしい。


「高等部最初の夏休み。浮かれる気持ちもわかるが、みんなハメを外し過ぎないようにな! それでは――解散っ!」


 こうして千刃学院における前期課程は、無事に全て修了しゅうりょうしたのだった。



 その翌日。

 俺は会長から渡された地図を片手に、オーレストの街へ繰り出した。

 後ろには制服姿のリアとローズが付いて来ている。


「ねぇ、アレン。今どのあたり?」


「多分、この筋を右に曲がったところに……あった。ここだ」


 目の前の筋を曲がるとそこには――広い庭のある大きな屋敷があった。

 石の表札には『アークストリア』と彫られており、ここが会長の家であることは間違いない。


(それにしても、立派な屋敷だな……)


 地上三階建ての威風堂々とした佇まいを見上げていると、


「あっ、アレンくーん! こっちこっちーっ!」


 庭の真ん中でぴょんぴょんと小さく跳ねる会長が、手を振りながら声を掛けてきた。

 彼女の後ろには、いつもの生徒会メンバー二人の姿もある。


「会長、リリム先輩、フェリス先輩――おはようございます」


「うん。おはよう、アレンくん」


「おはよう、アレンくん! 今日もいい天気だな!」


「……ん。……おはよう」


 会長とリリム先輩はいつも通りだったが、フェリス先輩はいつにも増して気だるげだった。

 欠伸をしながら目を擦っているところから見るに、ローズと同じで朝が苦手のようだ。


(でも……寝ぐせがひどい分、ローズの方が眠たそうに見えるな)


 そんな風にローズとフェリス先輩を見比べていると、


「ねぇねぇ、アレンくん。お姉さんの私服姿は……どうかな?」


 会長は俺の服の袖をクイクイと引っ張って、そう問い掛けてきた。


 シンプルな白いワンピースに身を包んだ彼女は――いつもより少し大人びて見えて新鮮だった。


「とてもお似合いだと思いますよ」


「ふふっ、ありがとっ」


 途端に上機嫌になった彼女は、鼻歌まじりに大きな倉庫のような建物へと歩き出した。


「みんなー、こっちだよーっ!」


 彼女の後について建物へ入るとそこには――大きな飛行機が収納されていた。

 既に離陸準備は整っているようで、操縦席には三人の操縦士が座っていた。


「ジャジャーン! 当家のプライベートジェットです! 今日はこれでヴェネリア島までひとっ飛びよ!」


 立派な屋敷に大きなプライベートジェット――五豪商と見紛うほどの豪華さだ。


「か、会長ってもしかして貴族だったんですか?」


「んーちょっと違うかな? アークストリア家は代々『政府』の要職に就いていてね。『ロディス=アークストリア』――父の名前なんだけど、聞いたことないかしら?」


「その名前、何度か新聞で見たことがありますね……」


 あまりはっきりとは覚えていないけれど、確かどこかの省庁で大臣を務めていたはずだ。


「さっ、もう準備はもうできているわ。みんな遠慮せずに乗って乗って!」


「春休みぶりのフライト! わくわくするなーっ!」


「リリム、機械系好き過ぎなんですけど……」


 それから俺たちは、会長の後に続いて乗り込み口を登った。


 プライベートジェットの中は、まるで豪華な客室のようだった。

 ソファにベッド、キッチンに冷蔵庫まで完備されている。


 その後、ゆったりとした空の旅を楽しんだ俺たちは、数時間後に南海のリゾート地――ヴェネリア島へと到着した。


 ヴェネリア島。

 この国を代表する観光スポットの一つだ。

 美しい海と砂浜を目当てに、近隣諸国から大勢の観光客が押し寄せて来るという話だ。


 そうしてプライベートジェットから降りた俺たちを迎えてくれたのは――視界一面に広がる海だった。


「うわぁ、綺麗っ! 見て見て、アレン! とっても綺麗だよ!」


「凄いね」


「うーん、いい風ね」


「やっほーっ!」


「リリムさぁ、それ山用の奴なんですけど……」


 みんなが思い思いの感想をこぼす中――俺は一人感動していた。


(これが、海……っ)


 幼少期は内陸のゴザ村で過ごし、中等部はグラン剣術学院でずっと剣を振っていた俺にとって、海を見たのはこれが初めてだった。


 どこまでも青く澄んだ水。

 特徴的なにおいのする潮風。

 真っ白で綺麗な砂浜。


(凄い、全部母さんの言っていた通りだ……っ!)


 そうして俺が初めて見る海に心を打たれていると、


「さてと……私とリリムとフェリスは、この先にある別荘をちょっと掃除してくるわね。しばらく使ってなかったら、少しだけ・・・・散らかっちゃってると思うのよ」


 どういうわけか、会長は別行動を提案してきた。


「それでしたら、俺たちも一緒に――」


「――い、いいの、いいの! 気にしないで! 掃除は私たちだけでササッと終わらせちゃうからっ! 本当に大丈夫だから!」


 会長は気を遣ってくれているのか、素早く首を横に振った。


「あははっ! シィの部屋、散らかってるもんなーっ! この前なんか下着が……へぐっ!?」


 何かを口走りかけたリリム先輩だったが――会長の放った恐るべき速さの手刀が、彼女の意識を容易く奪った。


「口はわざわいの元って、昔から言われてるんですけど……」


 フェリス先輩は動かなくなったリリム先輩を突きながら、ポツリと呟いた。


 この一連のやり取りで、なんとなくわかった。


(……多分、あまり見られたくない会長の私物が散らかっているんだろうな)


 使用人に掃除を任せず、わざわざ自分が動くところから見ても……それは間違いないだろう。


「――ゴホン。とにかく! 私たちは別荘を少し掃除するから! アレンくんたちは……そうね。この先にある『海の家』で少し時間を潰してもらえるかしら?」


「わ、わかりました」


 それから俺たち三人は、この先にあるという海の家へ向かった。


 綺麗な砂浜を歩くこと数分、前方にとても大きな海の家が見えた。


「っと、これのことだな」


「大きい海の家ね。お客もいっぱいよ!」


「中々の混み具合だね」


 そこは平均的な民家を三軒くっつけたような、木造建ての海の家だった。


 店舗の右半分では、焼きそばやカレーライスなどのご飯ものを販売している。

 もう一方の左半分では、ビーチボールや簡易式のゴムボートといった遊び用の商品が所狭しと並んでいた。


(うん、これだけいろいろなものがあれば、十分に時間は潰せそうだな)


 そうして店の中へ散策していると、リアがあるものに反応した。


「す、スイカ割り……?」 


 彼女の視線の先にあったのは、スイカと棒と目隠しが一緒になった『スイカ割りセット』だ。


 そこへいつものようにローズが解説を加える。


「この国の伝統的な遊戯。目隠ししてスイカを叩き割る」


「そ、それは楽しいのかしら……?」


 ヴェステリアにはスイカ割りという文化が無いようで、リアは不思議そうに首を傾げていた。


「あはは、後でやってみるのも面白いかもな」


 そうして俺たちが様々な商品を見て楽しんでいると、前方にいた老人が――突如リアに斬り掛かった。


「危ない、リアっ!」


「きゃっ!?」


 右手で彼女を抱き寄せ、左手で剣を抜き――なんとか凶刃を防いだ。


「ぐっ、小僧が……っ。邪魔をしよって……っ」


「……仕込み杖。あなたはいったい何者ですか?」


 これは通り魔とは違う。

 リアに対する明確な殺意があった。


 すると、


「はぁ、だから言ったじぇねぇか……。不意打ちなんかせずに、さっさと全員で襲えばいいんだってよぉ……」


「リア王女。あんたに恨みはねぇが、国のためにここで死んでもらうぜ」


 この店にいたお客たち全員が――抜き身の剣を持って、俺たちを取り囲んだ。


(四十、いや……五十を超えるか……)


 どうやら夏休み開始早々、とてつもなく面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。

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