新勧と奇妙な集団【五】


 ギミックカードを指摘され、黙り込んだ会長は、


「……と、ととと、とんだイチャモンを付けてくれるじゃない? ぎ、ギミックカードだなんて、私がそんなイカサマをする人に見えるの……?」


 動揺を隠せない様子で、三拍ほど遅れて反論をしてきた。


(指摘されて、なお騙し通そうとするとは……)


 見かけによらず、中々強引な人だった。


「そう言われましても……。確固たる証拠がここにありますし」


 机の上にある山札へ視線を向けた。


 このカードの裏面には、小さな×印が左上から右下までギッシリと記されている。

 それらを注意深く見てみると――×印の棒が一つ欠けた『エラーマーク』があるのだ。


 そのエラーマークが左上から右に向かって『何番目にあるか』によって、表に書かれた数字が一目でわかるようにできている。


「例えば、山札の一番上にあるカードですと……左上から右へ数えてちょうど『七番目』。ここだけ×印の棒が一本足り無いですよね? つまり、これは――」


 そうして裏向きのカードをひっくり返すと、


「やっぱり『七』のカードですね」


 予想通りの結果が現れた。


「うーわ。本当に見抜いているじゃん、すげーな!」


「気持ち悪いレベルの洞察力なんですけど……」


「……くっ」


 言い逃れのしようが無くなった会長は、悔しそうに下唇を噛んだ。

 どうやらようやくイカサマを認めてくれたようだ。


「……い、いつから気付いていたの?」


「もちろん最初からですよ」


「さ、最初から……!?」


「はい。勝負において『相手の持ち出した道具は信用するな』と竹爺が――知り合いの『遊びの達人』が教えてくれたんですよ。それでちょっと注意してトランプを見てみたら、案の定……って感じですね」


 典型的なギミックカードやよくあるイカサマの手法などなど、竹爺にはいろいろと教わった。


「で、でもっ! このカードの秘密に気付いたとしても、どうやってあんな手ロイヤルストレートフラッシュを仕込んだの!? カードを配ったのも、シャッフルをしたのもずっと私。あなたは一度も山札に触ってないのよっ!?」


 そう言って彼女は机の中央に置かれた山札を指差した。


(……こ、困ったな。どうしようか)


 別に竹爺に口止めされているわけではないけれど……。

 イカサマのタネを公表するのは、あまり褒められたことではない。


「え、えーっとですね……。その、『秘密』というわけには――」


「そ、そんなの生殺なまごろしよ!? お、お願いアレンくん、教えて! 今晩寝られなくなっちゃうからぁ!」


 そう言って会長は、こちらにすがりついてきた。


「ち、近い……っ。ちょっと近いですよ、会長……っ」


 ほんのりと甘いかおりがして、少しだけ鼓動が速くなった。


 すると、


「さぁさぁ、アレンくんケチケチせずに教えてくれよー」


「私も超気になるんですけど……?」


 リリム先輩とフェリス先輩は俺の背後に回り、軽く脇腹をつついてきた。


 どうやら二人もイカサマのタネが気になっているらしい。


「はぁ……わかりました。ですが、誰にも言わないでくださいね?」


「ありがとう、アレンくん!」


「口は堅いから安心しなよーっ」


「超絶安心して欲しいんですけど……?」


 それから俺は、今回のイカサマのタネを教えた。

 と言ってもこれは、そんな大したものではない。


 まず俺は、この賭け試合が始まってすぐ『カード集め』に走った。


 その方法はごく単純。

 お互いが役を明かして、手札を山札に戻すとき――目当てのカードを制服の袖の下に忍ばせるだけ。


 これを何度か繰り返して『袖の下に』ロイヤルストレートフラッシュを作った。

 後は好きなタイミングで手札を全て捨て、同時に隠し持った五枚を山札の上にソッと置く。そうすれば俺が引く札は、絶対にロイヤルストレートフラッシュとなり、確実な勝利が約束されるというわけだ。


「――ね? 別に山札に触らなくとも、イカサマなんていくらでもできるでしょう?」


 イカサマを仕掛ける側は、まさか自分が『仕掛けられている』とは思わないものだ。

 実際に会長はギミックカードを悟られないよう視線をあちこちに飛ばし、俺のイカサマを疑いもしなかった。その結果、いとも容易くカードを集めることができた。


 そうして静かに俺の話を聞いていた会長は、


「ひ、ひどいっ! ひどいわ、アレンくん! あなたがそんな子だとは、お姉さん思いもしませんでした!」


 怒りで顔を赤く染め、俺の肩をユサユサと揺らした。

 いっそ見事なまでの開き直りだ。


「あはは。俺は『勝利のためなら、会長はきっとイカサマもやるだろうな』と思っていましたよ」


 あのとき――部費戦争のときもそう。

 彼女は負けた悔しさからずっと俺のことを睨み付けていた。

 典型的な負けず嫌いの行動だ。


「……も、もうっ! ちょっと聞いてよ、リリム、フェリス! アレンくん、見た目の割に全然可愛くないんだけど!」


「それ思った。優しい顔して意外としたたかだよね」


「初見で見抜いたのには、ビックリしたんですけど……。二年やってて気付かない副会長あの馬鹿とは、モノが違うんですけど……」


 どうやら現在罰ゲームで出国中の副会長は、ずっとコレ・・でカモられているようだ。

 ……不憫だ。


「さてと……それでは、会長。この勝負は俺の勝ちということでいいですね?」


「う、うぅ……っ」


 彼女は唇を噛み締めながら、コクリと頷いた。

 ギミックカードを看破されたうえ、イカサマにめられては――さすがの会長も敗北を認めざるを得ないだろう。


「会長になんでも一つ命令できる権利、どう使いましょうか……」


 生徒会長は部活動の敷地の割当、七夕や年越しカウントダウンのような各種イベントの開催など様々な権利を持つ、とローズが言っていた。


 だけど、俺は今の千刃学院に特に不満はない。

 A組のみんなは良い人だし、授業や設備にもとても満足している。


(……正直、会長にお願いしたいことは何も無いな)


 そうしてこの使い道の無い権利をどうしようかと悩んでいると、


「あ、あーっ! その顔はえっちなこと考えてるんだ! 私にえっちなことしようとしてるんだ!」


 会長は俺を困らせるために、意地悪なことを言い出した。


 ……そういうことをするならば、こちらにも考えがある


「そうですね……。確かにそういうの・・・・・もありかもしれません」


「……え?」


 予想外の返答に、会長は目を丸くした。


「たとえどんな命令・・・・・でも、敗者は絶対に従わなくてはならない……ですよね?」


「あっ、いや、そ、その……それは……っ」


 彼女は頬を真っ赤に染め、俯きながら一歩たじろいだ。


 どうやら意外と押しに弱いようだ。


(お、おぉ……っ。意外と攻めっけが強いな、アレンくん……っ!)


(あのシィが完全に遊ばれてるんですけど……。かなりのやり手なんですけど……)


 会長の意地悪に対するちょっとした反撃は、そろそろ終わりでいいだろう。

 あまりやり過ぎると、後々面倒なことになりそうだし。


「あはは、冗談ですよ。もちろん、そんなことには使いません」


「……っ! も、もう……っ! お姉さんをからかわないでっ!」


「すみません。でも、先に意地悪をしたのは会長ですから、ここは『おあいこ』ということで一つお願いします」


 とりあえず、この権利はひとまず寝かせておこう。

 もしかすると、またどこかで使えるときが来るかもしれない。


「それでは会長。俺はこのあたりで失礼しますね」


 勝負の後始末が付いたところで、生徒会室を出ようとすると、


「ちょ、ちょっと待って、アレンくん!」


 会長が慌てて俺の手を掴んだ。


「なんでしょうか?」


「一つ、お願いを聞いてくれないかしら?」


「お願い、ですか?」


 そう問いかけると、彼女はコクリと頷いた。


「実はね……アレンくんには生徒会に『庶務』として入ってもらいたいの」


「俺が生徒会に?」


「えぇ、うちは伝統的に完全な実力至上主義でね。ここにいるリリムとフェリスもとっても強かったでしょ? 二人とも私がスカウトしたのよ」


 リリム先輩とフェリス先輩に視線を向けると、


「ふふっ。試合は見ただろう、アレンくん? 私はかなり強いんだ!」


「あのときのシィ、超しつこかったんですけど……」


 二人はそれぞれ異なった反応を返した。


「アレンくんには、ぜひともうちに入ってもらいたくて。それであの勝負を持ち掛けたのよ」


「なるほど、そういうことだったんですね……」


 会長は『なんでも一つ命令できる権利』を使って、俺を生徒会に引き抜くつもりだったらしい。

 かなり強引な手段だけど……会長らしいと言えば会長らしいやり方だ。


「ダメ……かな?」


 彼女は恐る恐るといった感じで問いかけてきた。


「……それじゃさっきの権利を使って、生徒会に入らないというのは」


「それはズル! ダメ!」


「……そうですか」


 自分のことをたまに『お姉さん』という割に、子どもっぽいところのある人だった。

 一つ上の先輩だけど、少し可愛く思えてしまう。


「……ふふっ」


「ちょ、ちょっと今笑った!? 私を見て笑ったよね!?」


「いえ。気のせいですよ、会長」


 それから俺は脱線しかけた話を元へ戻した。


「まぁ冗談はここまでにして……。生徒会入りの件ですが、俺一人では決めることができません」


「素振り部の活動に支障が出ることを考えているのなら、全く問題ないわよ? 『庶務』の仕事はほとんど何も無いし、昼休みに開かれる定例会議にだけ顔を出してくれれば全く問題なしだから」


「わかりました、それを踏まえたうえで少し話し合ってみます。それでは、この返答はまた後日ということで――失礼します」


 そうして短く話をまとめた俺は、今度こそ生徒会室を後にしたのだった。



 その後、A組の教室に戻った俺は、リアとローズに生徒会室で起きたことを話した。


 すると、


「アレンが生徒会に!? そ、そんなの絶対にダメよ!」


「アレンは私たちのもの!」


「そ、そうか」


 いつローズたちのものになったのかは不明だけれど……。

 とにかく二人が反対だということはよくわかった。


「そうか、それじゃその話は断るよ」


 お昼休みは……よし、まだ十五分あるな。

 何事も連絡は早い方がいい。


 そう思った俺が椅子から立ち上がると、


「ちょっと待って! 今回は私も行くわ!」


「私も行く! こういうことは、はっきりと強く断るべき!」


 何故か熱くなった二人が、一緒に付いてくると言い出した。


「そ、そうか、頼もしいな」


 そうしてリアとローズを先頭にして、俺は生徒会室へと向かった。

 広い校舎を早歩きで二分ほど進むと、目の前に生徒会室が見えてきた。


「ここね」


 リアはなんの躊躇いも無く『コンコンコン』と三度ノックすると、返事も待たずに扉を開けた。


「失礼します!」


「失礼する!」


 生徒会室の中では、会長とリリム先輩とフェリス先輩が仲良く『大富豪』をしていた。


「あら、あなたたちは確か素振り部の……?」


「あー、なんだっけ……名前忘れた」


「リア=ヴェステリアとローズ=バレンシアなんですけど……。『王女』と『賞金稼ぎ』ってけっこう有名なんですけど……」


 リアとローズは会長たちの前に立つと、


「『うちの』アレンの引き抜きはやめてください!」


「生徒会入り、断固として拒絶する!」


 はっきりと強い口調でそう言った。


 すると会長はスッとその場で立ち上がり、口を開いた。


「えーっと……どうしてあなたたちが拒否するのかしら?」


「アレンは私たち素振り部の部長だからです!」


「その通り!」


「アレンくんから聞いていると思うけれど……。庶務の仕事は本当に何も無いから、素振り部の活動に影響は出ないわよ? お昼休みに開かれる定例会議に出るだけで大丈夫だから」


「あ、アレンは私と一緒にお昼ご飯を食べるんですっ!」


「わ、私も……っ!」


 二人がそうして強く反論をすると、


「あぁ、なるほど……。そういうこと・・・・・・ね……」


 会長はいったい何を理解したのか「うんうん」と頷いた。


「では、アレンくんと一緒にリアさんとローズさんも生徒会に入るというのはどうかしら?」


「私たちが……」


「生徒会に……?」


「そう。庶務の枠はまだまだ空いているし、実力的にもあなたたちなら大歓迎よ。生徒会に入れば、楽しいことがいっぱいよ? 例えばそう……大量の部費を使って、月に何度かお菓子パーティを開くの!」


「アレンと一緒に……っ」


「お菓子パーティ……っ」


「いや、会長……。部費はちゃんと生徒会の運営に使いましょうよ……」


 どうやら会長はターゲットをリアとローズに絞ったようで、二人を落とそうと様々な話を持ち出した。


「他にも生徒会では夏に合宿があってね? 今年は南のリゾート地に決まっているのよ? アレンくんと一緒に海にバーベキュー……っ! ……どうかしら?」


「アレンと一緒にリゾート……っ」


「海にバーベキュー……っ」


 ……何だか話の流れがおかしな方へ向かっているような気がする。


 すると会長は、突然リアとローズのもとにすり寄り――小さな声で密談を始めた。


「アレンくんも男の子よ? 普段の堅苦しい制服姿とは違って、開放的な水着姿を見せたらそれはもう……イチコロじゃないかしら?」


「「……っ!?」」


 いったい何を言われたのか、二人は一瞬だけ頬を赤らめた。


 そして次の瞬間には、


「アレン……生徒会に入りましょう!」


「冷静に考えれば、悪くないと思うよ!」


「……え?」


 信頼の置ける二本の刀は――いつの間にか会長の手に渡っていた。


「……会長。二人に何を吹き込んだんですか?」


「ふふっ、ひ・み・つ! イカサマをするような悪い子には教えてあげませーん!」


 まだあの勝負を引きずっているのか、会長は子どものようなことを言い出した。


「さぁ、アレンくん! これであなたの生徒会入りを阻むものは何も無いわ! もちろん、入ってくれるわよね?」


 リアとローズの方に視線を向けると、二人はコクリと頷いた。


(あれだけ強硬に反対していたのに……。本当にいったい何を吹き込まれたんだ……?)


 よくわからないが、ともかく二人は賛成しているようだ。

 まぁ俺個人としては、素振りの時間が減らないというのなら文句はない。


「はぁ……わかりました。入りますよ、生徒会」


「ぃやった! アレンくんゲット~っ!」


 こうして俺の素振り部と生徒会執行部の――兼部学院生活が始まったのだった。

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