新勧と奇妙な集団【四】
部費戦争の翌日。
午前の授業を終えた俺が、いつものようにリアとローズと一緒にお昼ご飯を食べていると――院内放送が流れた。
「一年A組アレン=ロードルくん、大至急生徒会室まで来てください。繰り返します。一年A組――」
その声は間違いなく、つい昨日戦ったばかりの会長の声だった。
『大至急』と言われてもな……。
しかし、わざわざ放送を使ってまで呼び出されたものを無視するわけにはいかない。
俺は重たい足を引きずって、生徒会室へと向かったのだった。
■
そして現在、
「ねぇ、アレンくん」
「……なんでしょうか、会長」
俺は生徒会室で、気味が悪いほどニコニコとした会長に質問攻めにあっていた。
部屋の中にいるのは俺と会長、それから書記のリリム先輩と会計のフェリス先輩の四人。
リリム先輩は剣の手入れをしており、フェリス先輩はお菓子を食べながら、ファッション誌を読みふけっていた。
二人とも会長の暴走を止めるつもりはないらしい。
「昨日の
会長は立派な椅子に座りながら、机一つ挟んで立つ俺にそう問いかけた。
「……アレとはいったい何のことでしょうか?」
「ふーん、とぼけるんだ……? じゃあ質問を変えましょうか。――明らかに最初、手を抜いてたよね?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
昨日の大将戦、俺は最初から最後まで全力で戦った。
すると、
「嘘! それじゃ、あの一撃は何だったの!? 私の剣を叩き折ったアレは何だったの!?」
彼女はバンと机を叩いて立ち上がり、矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。
「いや、それはその……」
正直、アレが何だったのかは今もわからない。
(多分だけど、アイツは関係ない……)
体を乗っ取られるときの奇妙な感覚とはまた少し違う。
何より魂の高ぶりが、全くと言っていいほどに無かった。
「追い詰められてからの大逆転劇――さぞ気持ちよかったでしょうね! 私は赤っ恥をかかせられちゃったんですけど!」
「そ、そう言われましても……」
……いかにも『お姉さん』然とした外見と空気を発しながら、中身は少し子どもっぽいところがあるようだ。
会長はムスくれた顔をしながら、どっかりと椅子に座る。
「……ねぇ、女の子いじめて楽しい?」
「い、いえ、そういうつもりは無いんですけど……」
「……」
「……」
彼女は途端に黙り込んだ。
そんなジト目で睨まれても困るんですが……。
「……そう。謝る気は無いのね」
どうやら今の時間は、俺の謝罪を待っていたようだ。
はっきり口にしてくれないと、さすがにわからないぞ。
「そんな頑固者なアレンくんには――勝負を受けてもらいます」
「しょ、勝負ですか?」
俺がそう聞き返すと、
「デケデケデケデケデケデケデケデケ――デデン!」
突然下手なドラムロールを口にした会長は、一組のトランプを取り出した。
「……トランプで勝負、ということですか?」
「その通り! アレンくんは『ポーカー』って知ってる?」
「一応、ルールぐらいは……」
「そう、それは良かった」
そう言うと彼女は、机の引き出しから二十枚のコインを取り出し――半分の十枚をこちらに手渡した。
「これは……?」
「ふふっ、それは『ライフ』よ」
彼女は妖しい笑みを浮かべ、説明を始めた。
「これから私とアレンくんは、このライフを賭けたポーカーをします。ルールはとても簡単だから、サラッと聞き流しても大丈夫よ」
そう言って彼女は話を進めた。
「まず最初にお互い一つずつライフを賭けます。それから五枚のカードを引いて、最初のベットタイムに入るわ。追加でライフを賭けるもよし、そのままの数でもよし。――でも相手が追加でライフを賭けた場合は、同じ数のライフを賭けないとダメよ」
特段珍しいところもない。
よくあるポーカーの流れだ。
「それから一度だけカードを交換して――最後のベットタイムに入ります。いい
「降りた場合はどうなるんですか?」
「それまで賭けたライフの半分を失うわ。端数は切り上げね」
なるほど……。
「両方とも降りなかった場合は、お互いに手札をオープンして――『より強い役』を持ってた方の勝ち。勝者はその試合に賭けられた全てのライフを総取りします」
そうして大まかなルール説明を終えた会長は、
「まぁ簡単に言うと――普通にポーカーをして、先にライフがゼロになった方が負けよ」
最後に短くそうまとめた。
「わかりました」
ルールに目立ったところは無かった。
どこにでもあるごく普通のポーカーだ。
(よし、適当なところで
ここで下手に勝っては、またこういう面倒くさいことに巻き込まれてしまう。
(遺恨を残さないためにも、適度に勝ちつつ――最終的には負けるようにするか)
そんなことを考えていると、会長は最後にとてもとても面倒くさいことを言い出した。
「そして敗者は、勝者の言うことを『なんでも一つ』聞かなければなりません!」
「……本気ですか、会長?」
「本気も本気よ。それがたとえ
「はぁ、わかりました……」
どうせ『ノー』と言ったところで、彼女が折れるわけがない。
それならば、ここでしっかりと勝負を付けて早いところ終わらせた方がいい。
(幸い、トランプ系統のゲームは苦手じゃないしな)
まぁ多分、勝てるだろう。
「よろしい。――それじゃ記念すべき第一戦を始めましょう!」
それから俺と会長は、お互いのライフを一つずつ机の中央に並べた。
「ふふっ、ドキドキするわね」
そう言って彼女はしっかりと山札を握り締め、カードを五枚ずつ配った。
(あー……これ、
試合が始まってすぐにわかった。
(子どものように勝負を持ちかけておきながら、裏では平気で
まだ二年生でありながら『生徒会長』という重職に座るだけあって、やっぱり少し腹黒い……。
でも、懐かしいなぁ。
(トランプのイカサマは、竹爺が得意だったんだよな……)
小さい頃。
あの手この手でイカサマを繰り出す竹爺に「どうやってやったの!? 教えて!」とよくせがんだっけか……。
そんな昔のことを思い出しながら、俺は淡々と試合を消化した。
幸いなことに会長のイカサマは、とても可愛いらしいものだ。
こちらが
それから二戦、三戦と消化し――こちらの準備は整った。
(これでよし……っと。後は会長が仕掛けてくるのを待つだけだな)
その後は、ライフを取ったり取られたりの繰り返し。
完全なシーソーゲームとなっていた。
そして第七試合目に差し掛かったところで、
「その顔……いい役が入ったのね、アレンくん?」
ようやく会長が動いた。
俺の手札は二と五のツーペア。
まだカード交換をしていない現状、スリーカードやフルハウスも狙える非常にいい手だ。
「さすがは会長、なんでもお見通しなんですね」
「えぇ、その顔を見れば一目瞭然よ」
彼女が
全てこちらに筒抜けとは微塵も思わずに、会長はしたり顔を浮かべていた。
「このままシーソーゲームを続けるのもどうかと思うし……。この一戦――お互いに全てのライフを賭けるのはどうかしら?」
予想通りの展開に内心ほくそ笑みながら、俺はいたって冷静に対応する。
「……怖いですね。どんな強い手が入ったんですか、会長?」
「ふふっ、多分アレンくんと同じぐらいかしら?」
「……わかりました。俺も
「そう、それじゃ私は一枚チェンジでっ!」
そう言って彼女は、
どうやら山札の一番上にあったあのカードが、最後の鍵だったようだ。
「ふふっ、さぁアレンくんも交換をどうぞ」
会長は既に勝利を確信しているのだろう。
ずっとニコニコと上機嫌に笑っていた。
「わかりました。では、カード交換をしますね」
俺は手札を全て捨て、
「……えっ?」
山札から引いた五枚のカードを机の真ん中に裏向きのまま積んだ。
「ご、五枚全替え……っ!?」
「はい。こういう大きな勝負のときは、運に身を任せるって決めてるんですよ」
「それにカードも確認しないなんて、正気なの!?」
「えぇ、俺はこの手札で勝負に行きますよ」
「……っ」
予想だにしない事態を前に、会長は思わず息を呑んだ。
「……どうします? もちろん、降りるという選択肢もありますよ?」
そう。
彼女はまだ降りることができる。
そうすれば失うライフは半分で済み、この場での即敗北は回避できる。
「ふ、ふん……っ! そんな揺さぶりは効かないわ!(細工をされた……? いや、あり得ない……っ! 最初のカードを配ったのも私。その前にシャッフルをしたのも私。アレンくんが盤面に干渉する隙はゼロ……っ! つまりこれは……百パーセントただのハッタリ!)」
「そうですか、残念です……」
彼女は、最後のチャンスを手放してしまった。
「か、カードオープン! 私の役は八の『フォーカード』よ! さぁ、あなたの役を見せてちょうだい!」
「わかりました」
それから俺は、小さな山となった五枚のカードを一枚一枚上から順にめくっていった。
スペードの十。
スペードのジャック。
スペードのクイーン。
スペードのキング。
「う、嘘……でしょっ!?」
そして最後の一枚は――スペードのエース。
「すみません、会長。『ロイヤルストレートフラッシュ』――どうやらこの勝負は、俺の勝ちみたいですね」
フォーカード対ロイヤルストレートフラッシュ。
結果として俺は、圧倒的な大勝利を収めたのだった。
すると聞き耳を立てていたのだろう。
リリム先輩とフェリス先輩が、こちらにササッと寄ってきた。
「す、すご……っ!? マジでロイヤルストレートフラッシュ揃ってるし……っ!?」
「と、とんでもない確率なんですけど……!?」
こうしてまさかの完全敗北を喫した会長は、
「こ、こんなの絶対におかしいわ! イカサマよ、イカサマ!」
震える手でこちらを指差しながら、そう言い放った。
「あはは、イカサマは
「な、なんのことかしら……?」
あくまで
「これ、裏の模様で表の数字がわかる『ギミックカード』……ですよね?」
「……っ!?」
はっきりとイカサマをいい当てられた彼女は――咄嗟に反論を返せず、顔を青くして黙り込んでしまったのだった。
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