新勧と奇妙な集団【三】
今日も厳しい魂装の授業を乗り切った俺は、A組の教室で帰りのホームルームを受けていた。
教壇に立ったレイア先生は、いつものように簡単な挨拶と連絡事項を伝えていく。
「――ふむ。今日はこんなところかな? ……っと、そう言えば来週は『部費戦争』だったか。出場する生徒諸君は、ほどほどに頑張るように!」
「「「はいっ!」」」
「それじゃ、今日ははここまで。また明日な!」
そう言って先生は教室を後にした。
「……部費戦争?」
みんなは知っているようだったけど……。
千刃学院や五学院について全く詳しくない俺には、なんのことかさっぱりだった。
(……パンフレットに書いてあったっけ?)
そんなことを考えながら、荷物をまとめていると、
「アレン、ついに来たわよ……部費戦争がっ!」
「熱いよ、これは!」
リアとローズが興奮気味に詰め寄ってきた。
「……その部費戦争っていうのを良く知らないんだけど」
「えっ、ほんとに!?」
「五学院名物の部費戦争だよ?」
「め、名物なのか……。悪いけど、詳しく教えてくれないか?」
リアはコクリと頷き、詳しい話を聞かせてくれた。
「部費戦争とは、部員総数が十名を越える部に参加が義務付けられた――戦争よ!」
せ、戦争って、そんな大袈裟な……。
内心そう思いながらも、余計な口は出さずに話の続きに耳を傾けた。
「各部は
「な、なるほど……」
部費戦争とはつまり、活動資金である『部費』を巡った真剣勝負のようだ。
「これを見て」
そう言ってローズは『部費戦争実施要項』と書かれた紙の束を取り出した。
そこには部費戦争についての詳細なルールと、順位ごとに与えられる部費の倍率が記されていた。
これによると、十六位以下は一律に一倍。
ベストエイトが四倍で、四位が八倍。
三位が十六倍で二位が三十二倍で……一位が六十四倍となっていた。
「十六位以下と一位で六十四倍の差か……。確かに、これは大きいな」
「えぇ、もしも剣術部のような大所帯が十六位以下なんかになった日には……地獄ね」
「まぁそうだろうな……」
あれだけの部員を抱える剣術部が、もしも十六位以下になれば……。
木刀や防具のような備品。
治療薬や包帯のような消耗品。
遠征に行った際などの雑費。
その全てを部費で
「それでね。部費戦争に出場する三人には、必ず一年生を含まなければならないの。つまり――今日までの壮絶な勧誘は、全てこの部費戦争のためと言っても過言ではないわ!」
「なるほど……。それであんなに先輩たちは必死だったのか……」
彼らが目の色を変えて勧誘していた理由が、ようやく少し理解できた。
それから部費戦争実施要項をパラパラと流し読みしていると、二つほど気になるルールを見つけた。
『一年生の出場する試合においては魂装の使用を禁ずる』か……。
魂装をまだ発現していない、もしくは制御し切れていない一年生にもチャンスがあるように配慮されているようだ。
それに今回は大五聖祭と違って『勝ち抜き方式』ではないらしい。
先鋒・中堅・大将に分かれるところまでは、大五聖祭と同じだ。
しかし、初戦で勝利した先鋒が、次戦で相手の中堅と戦うことはできない。
先鋒が戦うのはあくまで先鋒戦一回のみ、次の中堅戦はお互いの中堅同士が戦う。
合計三戦のうち、先に二勝を挙げた部が勝利という単純明快なルールだ。
「もちろん、私たちも優勝目指して頑張るわよ!」
「部費は多い方がいい!」
「……でも、そこまでの部費がいるか? 俺たち、素振り部だぞ?」
素振り部の活動に必要なものと言ったら……健康な体ぐらいだ。
正直、そんなに大量の部費がいるとは思えない。
というか、部費そのものの必要性すら疑わしい。
「部費はたくさんあった方が便利よ? 例えば……そう、敷地の使用権を購入できたりとか!」
「敷地の使用権……?」
「えぇ。水泳部や剣術部と交渉して、一定額の部費と引き換えにプールや体育館を貸してもらったりできるの!」
「へぇ、それは便利だな」
どうやら俺が思っていたよりも部費には、たくさんの使い道があるようだ。
「それじゃ早速出場選手を決めましょう!」
それから俺たちは他の部員と――A組のクラスメイトと話そうとした。
しかし、テッサをはじめとしたA組の多くは、既に他の部の出場選手として登録されていた。
(まぁ、普通に考えれば当然のことだよな……)
千刃学院のクラス分けは、成績の上位順にA組からF組へと振り分けられていく。
そして部費戦争は、必ず一年生を出場させなければならない。
さらに一年生の試合では魂装が使用不可ときたら――純粋な剣術で最高評価を受けたA組の生徒が選ばれるのは、当たり前のことだった。
結果として素振り部の選手は、俺とリアとローズの三人に決定した。
「なんか、いつもの感じになったな」
「ふふっ、優勝目指して頑張りましょう!」
「絶対勝とうね」
■
その一週間後、ついに部費戦争が開催された。
会場は地下大演習場。
中央に置かれた正方形の舞台。
さらにそれをグルリと囲うように観客席が設置されている。
この学院に入学した初日にリアと剣を交えたあの場所だ。
観客席には大勢の生徒が詰め掛け、会場全体が凄まじい熱気で包まれていた。
(しかし……まさか、
初戦の山岳部。
第二戦のチアリーディング部。
第三戦のアームレスリング部。
第四戦の柔道部。
並み居る部を退けて、俺たちは決勝へと駒を進めていた。
「ふふっ。素振り部、大躍進ねっ!」
「当然の結果!」
「さ、さすがだな二人とも」
この決勝の場に至るまで、俺は一度も戦っていない。
というのも先鋒のリアと中堅のローズが確実に二勝をもぎ取り、ストレート勝ちを決め続けているのだ。
(出場選手が全て一年生で構成されるチームなんて、誰も想像していなかったんだろうな……)
一年生との試合で魂装は使用不可。
このルールによって魂装を封じられた先輩たちは、思い通りの試合運びができず、リアとローズの前に一人また一人と敗れていった。
「さてさてっ! それではこれより、決勝戦を開始しますっ! 既にご存知かとは思われますが、念のために決勝戦の『特別ルール』をご紹介します!」
部費戦争の実況を務める女生徒が、よく通る大きな声で説明を始めた。
「これまでは先鋒中堅で二連勝――ストレート勝ちとなった試合は、大将戦を実施しておりせんでした。しかし! この決勝戦に限り、先の二戦で勝敗が決まった場合でも大将戦を執り行います! 全生徒の模範となるような、剣術と剣術の頂上決戦をぜひともお願い致します!」
これは部費戦争開始前にアナウンスがあったことだった。
「それでは早速、各部の紹介へ移りましょう! 校庭の一画で剣を振り続ける変人集団! 創部直後にして部員数三十人を誇る、部費戦争のダークホース! 素振り部の入場です!」
……素振りをしているだけで『変人集団』は無いんじゃないか?
そんなことを思いながらも、俺はリアとローズと一緒に舞台へと上がった。
「先鋒リア=ヴェステリア選手! 中堅ローズ=バレンシア選手! そして大将は部長のアレン=ロードル選手!」
すると、
「頑張れーっ! アレン、リア、ローズ!」
「負けるなー! あたしたちがついてるよー!」
「ここまで来たら、優勝しかねぇぜっ!」
観客席の一画に集まったA組のみんなから、心強い声援が送られた。
「そしてそして――対するは千刃学院の陰の支配者! 生徒会執行部っ! 先鋒は書記のリリム=ツオリーネ選手! 中堅は会計のフェリス=マグダロート選手! そして大将はもちろん我らが生徒会長――シィ=アークストリア選手! ……えーっと
対戦相手は意外にも全員が女子生徒だった。
(それにしても副会長は、罰ゲームで出国中?)
いったいどんなゲームをしたんだ……。
「さてそれではこれより! 第一戦――先鋒戦を開始いたしますっ!」
こうして決勝戦、素振り部対生徒会執行部の戦いが始まった。
■
その後、先鋒と中堅の試合が行われたが……結果は惨敗だった。
「……強い」
書記のリリム=ツオリーネ。
会計のフェリス=マグダロート。
これまで無敗を誇ったリアとローズが、まるで手も足も出ないほどの強敵だった。
「ご、ごめんね、アレン……っ」
「ふ、不覚……っ」
「気にするな。二人に大きな怪我が無くて何よりだよ」
リアとローズに声を掛けた後、背後をチラリと振り返ると、
「さっすがリリムにフェリス! これで
「まぁ、当然の結果ですね」
「勝ちはしましたが、予想以上に強かったんですけど? 本当にアレで一年生なんですか? ……年齢
生徒会の面々は嬉しそうにハイタッチを交わしていた。
(まさか、基本的な技量にここまでの差があるとはな……)
そんなことを思いながら、生徒会執行部の面々を見ていると、
「さて、ここまで生徒会執行部の二連勝! 既に素振り部の敗北は決定しておりますが、これは決勝戦! きっちりと大将戦までやり切ります!」
実況がアナウンスを再開し、観客のボルテージが一気に上がった。
「それでは早速参りましょう! 素振り部が大将! 大五聖祭において魂装使いを圧倒したが、素行不良により失格&停学処分! 千刃学院の問題児! アレン=ロードル選手です!」
うん……何も間違っていない。
全て嘘偽りの無い正しい情報なんだけど……少し悪意のある紹介だった。
「そしてそして――二年生にして会長の座を射止めた超天才剣士! 生徒会執行部が会長! シィ=アークストリア選手です!」
シィ=アークストリア。
背まで伸びた長くて美しい黒い髪。
雪のように白い肌。
身長は百六十センチほどだろうか。
とても可愛らしい顔をした、何だか『お姉さん』といった感じの人だった。
「ふふっ、お手柔らかにね。アレンくん?」
そう言いながら彼女は、スッと右手を差し出した。
「こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね。会長」
俺はその手を取り、しっかりと握手を交わした。
(あのリアとローズを倒した生徒会執行部の長――間違いなく格上の相手だ)
胸を借りるつもりで行こう。
そうして俺たちが舞台の中央に立ったところで、実況が口を開いた。
「両者、準備はよろしいですね? それでは大将戦――開始っ!」
試合開始の合図と同時に、俺は一気に仕掛けた。
「一の太刀――飛影ッ!」
大きな斬撃を飛ばし、その背後に隠れて一気に距離を詰める。
初見では対応の難しい、俺の得意戦術の一つだ。
しかし、
「――視界を遮るような技は、目くらましには最適よね?」
「っ!?」
冷静に飛影を受け流した会長の目は、その背後に隠れる俺をしっかりと捉えていた。
(……読まれたっ!?)
「う、
焦った俺は、最も出の早いこの技で四つの斬撃を同時に放った。
誤魔化しの一手だ。
「あら、四つじゃ全然足りないわよ?」
彼女は二つの斬撃を華麗に回避しつつ、残りを
落ち着き・動体視力・剣術――全てが高水準にまとまっている。
(強い……っ。それもシドーさんとは真逆の『
ここまでの技量を持つ相手は……多分、初めてだ。
きっと彼女相手に生半可な攻撃は通用しないだろう。
「さすがですね、ではこれはどうでしょうか……? 桜華一刀流奥義――
鏡合わせのように左右から四撃ずつ、合計八つの斬撃を同時に繰り出した。
「綺麗ね。でも、まだ足りないわ」
彼女は流派の技を使うことすらなく、八つの斬撃を一閃のもとに切り払った。
(す、すごい……っ)
まさかここまで完璧に受け切られるとは、想像だにしていなかった。
単純な技量ならば、間違いなく彼女の方が上だろう。
だけど――俺にはまだ
時の牢獄を切り裂き、ドドリエルの<
「五の太刀――断界ッ!」
空間を、世界をも断ち切る一撃は、
「わっ、凄い一撃……っ!」
余裕を持ってヒラリと
「……っ!?」
「でも……ちょっと一振りに時間をかけ過ぎかな? 当たらなければ、どうということはないもの」
たった一度見られただけで、断界の弱点を見破られた。
彼女の言う通り、威力こそ最高クラスの断界だが……技の出がわずかに遅いという弱点があった。
(……もはや言葉が無いな)
会長を褒める言葉が見つからないほどに、その剣術は研ぎ澄まされていた。
「ふふっ。おいで、アレンくん?」
彼女はまるで小さな子供を誘うように、優しい笑顔でそう言った。
「う、うぉおおおお……っ!」
それから俺は何度も何度も斬り掛かった。
しかし、避けられ、いなされ、受け流され――どれ一つとして会長を捉えることはなかった。
これまで磨いてきた剣術がまるで通用しない。
剣術の高み――『技量の
それがどうしようもなく――楽しかった。
(ふっ、はは、ははは……っ!)
自分がまだまだ未熟だと知るのが、楽しい。
自由に力いっぱい剣を触れるのが、楽しい。
斬っても斬っても斬れない相手と戦うのが、楽しい
(あぁ、本当に楽しい……っ。本当に――楽しいなぁ゛っ!)
その瞬間。
ほんの一瞬だけ――凄まじい力が全身を駆け巡った。
「らぁ゛っ!」
「……えっ?」
次の瞬間。
自分が放ったとは思えないような凄まじい一撃が、世界を切り裂いた。
彼女の剣は偶然にもその一撃を受け流したが――あまりに馬鹿げた威力に耐え切れず、ポッキリと半分に折れてしまった。
「「……っ!?」」
俺と会長は同時に息を呑んだ。
驚異的な威力を誇った――なんの変哲も無いただの横切りに。
(い、今一瞬だけ、
胸に手を当ててみたけど、
(き、気のせいか……?)
そうして俺が顔をあげるとそこには――呆然と立ち竦んだ会長の姿があった。
「その……どうしますか?」
個人的には新しい剣を持って、もう一度立ち会ってもらいたいところだが……。
「……っ」
すると彼女は一瞬だけ俺をキッと睨み付け、静かに首を横に振った。
「
その直後、
「シィ=アークストリア選手、棄権! よって勝者、アレン=ロードル選手ッ!」
審判が勝敗を高らかに宣言し、会場中が騒然となった。
「な、なななんとぉっ!? まさかここまでの力を隠し持っていたのか、アレン=ロードル選手!? 大波乱! ダークホース! 大金星! あの生徒会長シィ=アークストリアが敗れましたぁあああっ!?」
実況解説の煽りを受けて、会場中は大盛り上がりを見せた。
最終的に部費戦争は一位生徒会執行部、二位素振り部、三位柔道部という結果で幕を閉じた。
創部初年度にして部費戦争で二位という輝かしい結果を残した俺たちには、先輩や同級生からたくさんの拍手が送られた。
こんな風にみんなに祝福された経験がほとんど無かった俺は、素直に嬉しかった。
(ただ一つ、どうしても気になるのが……)
つい先ほど俺に敗れた生徒会長が、ブスッとした表情でジッと俺を見つめていることだ。
(はぁ……。頼むから、面倒なことは起きてくれるなよ……)
俺は心の中で大きなため息をつきながら――会長の鋭い視線に対して、知らんふりを決め込むのだった。
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