夏合宿と出会い【二】
謎の集団が俺たちを取り囲んだ次の瞬間。
「桜華一刀流――
「な――がはっ!?」
いつの間に剣を抜いていたのか――ローズがいきなり強烈な突きを放ち、一人の男を店の外まで吹き飛ばした。
「こっち! 多人数相手に狭い屋内は不利!」
そう言って彼女は、すぐさま海の家を飛び出した。
(……さすがはローズだ)
おそらくは魔剣士としての経験からだろう。
突発的な戦闘にもかかわらず、彼女はいたって冷静だった。
――心強い。
「リア、行くぞ!」
「えぇ!」
俺たちは包囲の崩れた一角を突っ切り、店の外へ走り抜けた。
「ちっ、待ちやがれぇえええっ!」
いきり立った彼らは、怒声をあげて追いかけて来た。
その後、無事に海の家から脱した俺たちは、背中合わせになって互いの死角をカバーする。
「学生風情が調子に乗りやがって……っ! お前ら、斬撃包囲陣で行くぞっ!」
「「「おぅっ!」」」
一人の号令により、彼らはすぐさま三人一組となった。
そして、
「おらぁあああああっ!」
「しゃぁあああああっ!」
「死ねぇえええええっ!」
切り下ろし・突き・袈裟切り――三人それぞれが大振りの一撃を繰り出した。
(統率された動き、似通った剣術……。もしかして、どこかの軍人か?)
だが、
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「桜華一刀流――
「覇王流――剛撃ッ!」
一人一人の練度が低い。
「が、はぁ……っ」
「ぎゃぁああああっ!?」
「つ、強ぇえ……っ!」
少し剣術をかじったぐらいでは――天才剣士のリアとローズはおろか、落第剣士の俺にさえ届かない。
「――勝負ありです。もしもこれ以上やるようならば、容赦はしません」
「く、糞が……っ」
結局俺たちは、ものの数分で彼らを制圧することができた。
「ローズ。念のため海の家の店員さんに、聖騎士を呼ぶように伝えてくれ」
「わかった」
ひとまずは、これで一件落着だ。
事情聴取や身元の特定は、専門の聖騎士に任せる方がいいだろう。
そうしてひと段落ついたところで、
「この人たち……。私を狙ってた、よね?」
リアがポツリとそう呟いた。
「『王女』と言っていたし、リアを狙っていたのは間違いないだろうな……」
軍人らしき動きもあったことから、ヴェステリアと敵対する国からの刺客――そう考えるのが妥当だろう。
すると地に倒れ伏した彼らが、
「……
「しょ、正気か、お前……っ!?」
「任務に失敗した俺たちは、どうせ帰っても殺される……っ! それなら一か八かに賭けるしかねぇだろうが……っ!」
よく意味のわからない、奇妙なやり取りを始めた。
「さっきから何を話しているんですか……?」
その直後、彼らは一斉に懐から青いガラスのようなものを取り出し――それを口へ放り込んだ。
次の瞬間。
「うぅ、ぐ……あ゛ぁあああああああっ!?」
「はぁ゛はぁ゛……っ。が、ぁああああああっ!?」
彼らは苦悶の声をあげながら、その場で転がり回った。
「な、なんだ……っ!?」
「今、何か変な塊を飲んだわよっ!?」
明らかに尋常の様子ではない。
俺たちは念のため距離を取り、警戒を強めた。
その後、幽鬼のようにゆっくりと立ち上がった彼らの手には、
「はぁはぁ……っ。へ、へへ……これでお前らは、終わりだぁ……っ!」
魂装が握られていた。
「なっ、全員が魂装使いだったのか!?」
「でも、何か様子がおかしいわ……っ!」
リアの言う通り、確かに
(なんだ、あの魂装は……?)
彼らの持つ魂装は――刻一刻とその形態を変化させていた。
「お、俺たちゃもう長くねぇ……。さっさと終わらせんぞ……っ!」
誰かがそう呟いた次の瞬間、
「うぅ……がぁあああああああっ!」
敵の一人が、その巨大な魂装を砂浜に叩き付けた。
視界が白い砂一色に染まったところで、
「お゛らぁあああああっ!」
彼らは一斉に斬り掛かってきた。
そしてその動きは、
「は、速い……っ!?」
見違えるほどに素早くなっていた。
「ずぇりゃぁっ!」
「く……っ!?」
速いだけじゃない……力まで上がっている……っ!?
(この場にいる全員が強化系の魂装……?)
いや、さすがにそれは考えづらい。
「いったい、なにをしたんですか……っ!?」
次々に繰り出される連撃を
彼らは今なお肩で息をしており、目の焦点が合っておらず――尋常の様子ではない。
「はぁはぁ、れ、
「霊核を、暴走……っ!?」
そんな無茶なことをすれば、とんでもない負荷が体にかかるはずだ。
「そ、そんな無茶をしたら、あなたたちの体がもちませんよ!?」
「あぁ……っ。だからこうして急いでんだろうがよぉっ!」
そう言って彼らは何度も何度も――『命を載せた剣』を振るった。
「ど、どうしてそこまでして……っ。自分の命を投げ出してまで、リアを狙うんですか……っ!?」
「そんなもん、皇帝陛下の命令が……王女の抹殺だからだっ!」
「ぐっ!?」
でたらめな威力の袈裟切りが繰り出された。
俺はその威力を殺すために、剣でしっかりと防御しつつ大きく後ろへ跳び下がった。
「まだまだぁああああっ!」
「くたばれぇええええっ!」
「クソガキがぁあああっ!」
わずかに空いた間合いを彼らはすぐさま詰めてきた。
不安定ながらも、その力をまき散らす魂装。
リミッターの外れた驚異的な身体能力。
そして何より、死を覚悟したその心。
(……厄介だ)
だが、剣術を捨てて、身体能力と制御不能の魂装に頼っただけの彼らに――負けるつもりはない。
「五の太刀――断界ッ!」
力には、より大きな力を。
世界を引き裂く一撃は、彼らの斬撃を容易に打ち破った。
「がは……っ」
「つ、強ぇ……っ」
「い、命を張っても、届かねぇのかよ……っ!?」
地に倒れ伏した彼らは、うめき声をあげるだけで、再び立ち上がることは無かった。
多分、肉体が活動限界に達したのだろう。
「はぁはぁ……こ、こいつを殺すのは無理だっ! だが……王女なら殺れるっ! ぜ、全員でかかれぇええええっ!」
すると次の瞬間、残りの四十人あまりが――捨て身でリアへ突撃を仕掛けた。
「なっ!?」
防御など一切考慮に入れない――文字通り決死の突撃だった。
(まずい……っ)
いくら<
いや、もしその力があったとしても――優しいリアにはできない。
そこまでの冷徹さと非情さを、彼女は持ち合わせていない。
「逃げろ、リアっ!」
「えぇっ!」
リアは冷静に退避行動を取った。
そう。
今頃はローズが聖騎士を呼んでくれているはず――俺たちが無理に攻める必要はない。
しかし、
「えっ!?」
彼女の足元に倒れていた男が――その足首をしっかりと掴んだ。
「へ、へへ……っ。お前だけは絶対に仕留める……っ!」
「ちょ、ちょっと放しなさいよっ!?」
「リア、前だっ! 防御しろっ!」
足元に気を取られた彼女の眼前には、
「「「う゛ぉおおおおおおおお……っ!」」」
目を血走らせた暴徒が迫っていた。
「……き、きゃぁあああああっ!?」
「「「死ねぇええええええっ!」」」
四十もの暴走した魂装が一斉にリアへ放たれたその瞬間。
「――気ん持ち悪ぃなぁ、おい。女一人に何人がかりだ……あ゛ぁ?」
突如として巨大な氷の壁が出現した。
それも――ただの氷ではない。
「か、硬ぇ……っ!?」
「な、なんだこりゃっ!?」
「誰の魂装だ……っ!?」
暴走した魂装を持ってしてもヒビ一つ入らない――恐ろしい硬度を誇る特別製の氷だ。
「こ、この技は……っ!?」
さらに次の瞬間、
「――氷結槍」
空中に出現した十を越える巨大な氷の槍が、まるで雨のように降り注いだ。
「ぎゃぁああああっ!?」
「痛ぇ、痛ぇよぉ……っ」
「なんだよ、これ……っ!?」
冷徹で非情――情け容赦の無い攻撃が彼らを襲う。
南海のリゾート地すら極寒に変えるこの力を――俺は知っている。
「おぃおぃ、こんなザコ野郎になぁにを手こずってんだぁ……ゴミカスよぉ?」
声のした方へ視線を向けるとそこには、
「し、シドーさん……っ!?」
氷王学院がエース――シドー=ユークリウスの姿があった。
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