千刃学院と大五聖祭【五】

 カインさんに勝利した俺は、一度千刃学院の控室へ戻っていた。


「凄い凄いっ! さすがはアレンねっ!」


「うむ! よくぞあの精神干渉系の魂装こんそうをねじ伏せた! 凄まじい精神力だっ!」


 リアとレイア先生は、手放しに誉めてくれた。


「ありがとうございます。……でも先生、よくカインさんの魂装が、精神干渉系だとわかりましたね?」


「ふっ、こう見えても私は、かなりの場数を踏んでいるんだぞ? 相手の魂装を見れば、それがどんな系統かぐらいはすぐに予測がつくさ」


「なるほど……さすがです」


 レイア先生が場数を踏んでいると聞いても特に驚きは無かった。


(間違いなく、レイア先生は相当に強い)


 実技試験のとき、ベテランの測定士でも見落とした俺の居合斬りをただ一人看破した。


 鉄格子を素手で破壊し、割り箸を剣に見立てて壁を切る凄腕の変態剣士――十八号さんもレイア先生には反抗の意志すら見せなかった。


 それに千刃学院の学生だった時代は、全ての大会で全戦全勝――黄金世代だったという話だ。


(いったいどれだけ強いんだろうか……)


 正直、一人の剣士としてかなり興味があった。


(大五聖祭が終わったら、一度手合わせをお願いしたいな……)


 そんなことを思っていると、ローズが俺の服をクイクイと引っ張った。


「アレン……どうして私の技を使えるの?」


 彼女は「信じられない」と言った顔でそう呟いた。


「えっと、それはだな……」


 それから俺は、さっきの戦いの全貌ぜんぼうを伝えた。


 カインさんの<百年の地獄ヘル・ハンドレッド>によって百年もの間、異界に閉じ込められたこと。


 そこには必要最低限の物資が揃っており、生活するには何不自由なかったこと。


 そこでひたすらに素振りと修業をして、A組の友達から聞いた流派の基本理念・型・真髄を思い出し、なんとか習得したこと。


 ローズの桜華一刀流だけは、教えてもらっていなかったので記憶を頼りに見よう見まねで習得したこと。


 すると、


「わ、私が長い年月をかけて父から学んだ桜華一刀流を……見よう見まねで……っ!?」


 彼女は言葉を失い、悔しそうに下唇を噛んだ。


 特に悪いことをしたわけでもないのに、何故か心がチクチクと痛む。


「え、えーっとだなっ! さっきのあの技は正確には、桜華一刀流奥義――鏡桜斬きょうおうざんとは少し違う! 八の太刀――八咫烏とのかけ合わせたものなんだ! だから完全に真似できたわけではなくて――」


「――やっぱり、改良してたのね。道理で私のよりも遥かにキレがあるはず……っ」


 なんとかフォローしようとしたつもりが、むしろ余計なことを言ってしまったようだ。


「……」


「……」


 俺とローズは二人して黙り込んでしまい、何とも言えない居心地の悪い空間ができあがった。


 リアとレイア先生はジト目でこちらを見つめ、無言で「なんとかしろ」と伝えてくる。


(ど、どうすればいいんだ……っ)


 必死に頭を捻り、ローズが元気を取り戻すような名案を考えた。


「あ、えーっと、その……そ、そうだっ! こ、今度教えてあげるよ! 俺がさっき使った鏡桜斬をっ!」


 するとわかりやすいことに、ローズはピクンと顔をあげた。


「ほ、本当?」


「あぁ、そもそもアレは元々ローズの技だからな」


「あ、ありがとう……っ!」


 彼女はパッと明るく笑うと、素直にお礼を言った。


(ふぅ、何とか元気になってくれたみたいで何よりだ……)


 そうして丸くこの場を収めたところで、


「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。これより千刃学院対氷王学院の第二試合を開始いたします!」


 実況者のアナウンスが鳴り響いた。


「頑張ってね、アレン! 応援してるからっ!」


「この調子で勝ってきて」


「お前は強い――自信を持って、胸を張って行ってこい!」


「はい、ありがとうございます!」


 リア、ローズ、レイア先生の後押しを受けた俺は、再び戦いの舞台へと足を向けた。


「それでは西門――千刃学院が先鋒、アレン=ロードル選手の入場です!」


 俺が舞台に足を踏み入れた瞬間、


「きたぁあああああっ! アレーンッ!」


「勝ってくれぇえええっ! これに勝ちゃ、うちの勝ちなんだぁああああっ!」


「いけるぞっ! これはマジでいける奴だぞぉおおおおっ!」


 西側――千刃学院側の観客席は、尋常ではない盛り上がりを見せていた。


 多分、さっきの試合で俺が勝利したから期待値が跳ね上がっているのだろう。


「続きまして東門――氷王学院が大将シドー=ユークリウス選手の入場ですっ!」


 実況のアナウンスの後、対面からシドーさんがゆっくりと姿を現した。


 シドー=ユークリウス。氷王学院の真っ白い制服を着崩した男だ。その雪のように白い髪は乱雑に切られ、褐色の肌をしている。ギョロリとした大きな黒目に鋭い目付き。獰猛さを感じさせる凶暴な顔立ちだ。


 彼が姿を見せた瞬間、東側――氷王学院側の観客席は、水を打ったかのようにシンと静まり返った。


 奇妙なことに応援・声援・歓声――そう言った後押しの声が一切無い。


 それどころか誰も口を開かない。

 いっそ不気味に思えるほどに静かだった。


 西と東の観客席には、驚くほどの温度差ができていた。


 そんなことには気にも留めず、シドーさんは舞台の真ん中へと足を進める。


 なんとなく……わかった。


(おそらく彼はとんでもなく強い――多分、俺が戦ってきた中でもぶっちぎりの一番だろう)


 そんな強者特有のオーラのようなものを感じさせた。


 お互いが舞台に揃ったところで、実況者が場を盛り上げる。


「氷王学院は先鋒に選手登録をしなかったため、シドー選手は大将となります! つまりこれが最後の戦いになるやもしれません! もしアレン選手がこの試合に勝利した場合、千刃学院は十年来となる最下位脱出となりますっ!」


 アナウンスの良い意味での煽りを受けて、千刃学院の観客席はさらに沸きあがった。


「また事前に入ってきた情報によりますと……両者はなんと我流っ! 誰からも剣の教えを受けておりませんっ! きっと型にはまらない、刺激的な試合を見せてくれることでしょうっ!」


 実況がそう語った次の瞬間。


「い、今の時代に我流って……っ。ぷぷっ、レベルの低い試合になるんだろうなぁ……っ」


 一部の観客たちから嘲笑が巻き起こった。


 多分、千刃学院とも氷王学院とも関係の無い――完全な一般客だろう。


 正直、悔しいが……彼らがこういった反応をするのも無理はない。


 せっかくの大将戦だというのに、お互い我流の剣士と聞けばがっかりもするだろう。


 それぐらい世間が『我流』を見る目は冷たい。


 俺がそんなことを思っていると、シドーさんはおもむろに懐に手を伸ばした。

 そして制服の裏にズラリと並んだサバイバルナイフを一本掴むと――何の躊躇も無く観客席へ投げ込んだ。


 正真正銘、全力の投擲とうてきだった。


 ナイフは凄まじい速度で、先ほど俺たちを嘲笑していた男の元へ飛んだ。


「ひ……ひぃっ!?」


 ターゲットにされた男は偶然その場に屈みこみ、運よくナイフを回避した。


 よくよく見れば外れたナイフは、その根本までしっかりと壁に突き刺さっている。


 もしこれが彼の頭部を直撃していたならば……間違いなく死んでいただろう。


「……ちっ、外したか」


 いきなりそんな凶行をしでかしたシドーさんは、ナイフが外れたことに真剣に苛立っていた。


 つまり――彼は威嚇でも何でも無く、本気で当てるつもりだったのだ。


(な、なんて人だ……っ!?)


 会場全体が騒然となる中、シドーさんはゆっくりと口を開いた。


「てめぇ……今俺様のこと笑ったろ?」


 よほどの地獄耳なのか、彼は先ほどの男性を睨み付けながらそう言った。


 その低く冷たい低音は、会場全体に響き渡った。


「い、いいいえっ! そ、そんなことは、ありませんっ!」


 男はあまりの恐怖に歯をガタガタと震わせながら、必死に首を横に振った。


「てめぇの面……しっかりと覚えたからな? 精々夜道に気を付けろよ?」


「~~っ!?」


 恐怖のあまり彼はその場から走って逃げ出し、会場を後にした。


 突然の事態に会場がシンと静まり返る。


(シドーさん、か……)


 なかなかにキレた・・・人であることは間違いないようだ。


(今のは決して褒められた行為じゃないけど……素晴らしい投擲だった)


 ここからあの観客席まで百メートルはある。

 そのうえ今は無風状態というわけでもない。


 そんな中で、さっきの一撃は狙い通りの箇所を正確に射抜いた見事なものだった。


 鋭敏な聴力、超人的な視力、強靭な腕力、そして負けん気の強さ――剣士として必要な素養を高い水準で兼ね揃えているのは、今の一幕を見ただけでわかる。


(やっぱりただ者じゃない……)


 向かい合った時の圧迫感は――リアとローズを遥かに越えている。


 俺がそんなことを考えていると、実況者が静まり返った空気を盛り上げようと、やや上ずった声で大五聖祭を進めた。


「え、えーっと……っ。ちょ、ちょっとしたハプニングはありましたが、仕切り直していきましょうっ! こ、これより大五聖祭、第二試合を開始したいと思います!」


 いよいよ始まる。


 俺は適度な緊張感を維持したまま、剣のつかに手を伸ばす。


「両者準備はよろしいですかっ!? それでは試合――開始っ!」


 試合開始の合図と同時に、俺は剣を引き抜き、いつも通りに正眼の構えをとった。


 一方のシドーさんは、面倒くさそうに腰の剣をゆっくりと引き抜いた。


 そしてそれを右手でだらりと持ったまま、何の構えも取らず、ただ棒立ちを決め込んだ。


(こ、これまで様々な流派の型を見てきたけど、さすがにこんなのは初めてだな……)


 いくら我流といっても彼の構えは、あまりに独特過ぎた。

 剣先は完全に下を向いており、まるで酔っ払いが気だるげに持つ鞄のようだ。


 こんなものは決して『構え』と呼んでいい代物ではない。


(……誘っているのか? それとも……俺のことを舐めているのか?)


 少しの苛立ちが胸の中でフツフツと沸きあがったが……。


「ふぅー……っ」


 大きく深呼吸をして冷静さを取り戻した。


(レイア先生はフェリスさんを強く警戒していた。そして目の前のシドーさんは、そのフェリスさんが大将に指名した剣士だ)


 きっとこの構えにも俺には理解できないような、特別な何かが仕込まれているに違いない。


(下手に突っ込めば、どんな手痛いカウンターをもらうかわかったものじゃないな……)


 通常ならば、このまま互いに睨み合いが続き、盤面が膠着状態に陥る盤面だろう。


 しかし、俺にはこういうときに使える便利な技がある。


「一の太刀――飛影ッ!」


 間合いを詰めずに遠距離から一方的に斬撃を飛ばせる飛影ならば、相手の出方を見ることができる。


(さぁ、どう動く……っ!?)


 一直線に彼目掛けて飛んでいった斬撃は――突如として消えた。


「なっ!?」


 俺は思わず目を見開いた。


(な、何が起きた……!?)


 シドーさんは、あそこから微動だにしていない。


 それにもかかわらず……俺の飛影は何の前触れも無く突然消滅した。


(ど、どういうことだ……!? 彼はいったい何をしたんだ……!?)


 ジッとシドーさんの方を見つめるが……彼は試合中だというのに大きな口を開けて欠伸あくびをしていた。


 何か特別なことをしたような素振りは全く無い。


(もしかして……既になんらかの魂装を発現しているのか!?)


 それなら納得がいく。


 魂装は先ほどの<百年の地獄ヘル・ハンドレッド>のように様々な能力を持つ。


 飛ぶ斬撃や飛び道具の類を完全に無効化するようなものも、きっと存在するだろう。


(とにかく……もう一度だっ!)


 俺は剣を振りかぶり、先ほどよりも強く・速く振り下ろした。 


「一の太刀――飛影ッ!」


 先ほどよりも遥かに鋭い斬撃がシドーさんへ殺到する。


(さぁ、どうやって凌ぐ……っ!?)


 彼の一挙一動を見逃さないよう、しっかりと目を見開く。


 すると――彼は目にも止まらぬ速さでブラリと垂らした剣を振るい、飛影を正面から切り捨てていた。


 そう、本当にただそれだけだった。


(冗談、だろ……!?)


 そのあまりの剣速にゾッとした。


 シドーさんの剣速はリアよりも――あのローズよりも遥かに速かった。


 集中した状態で剣先がギリギリ見えるレベルの……圧倒的な速度だった。


 そうして俺が息を呑んでいると、シドーさんがギロリとこちらを睨み付けた。


「おい……こちとら『戦い』に来てんだよ……。つまんねぇ『射的ゲーム』やんならよぉ……潰すぞ?」


 彼の全身から凄まじい殺気が放たれた。


(来る……っ!)


 正眼の構えを堅持し、俺は万全の態勢で待った。


 すると次の瞬間、気付けば目と鼻の先にシドーさんの姿があった。


(は、速いっ!?)


 俺は咄嗟に剣を水平に構え、彼の振り下ろしを防いだ。


 互いの剣がぶつかり合い、キーンという高音が鳴り響く。


(な、なんて馬鹿力だ……っ!?)


 俺は両手で必死にこらえるが、シドーさんの顔にはまだまだ余裕の色が見えた。


「ふーん……反応はボチボチだな」


 そう言うと彼はすぐさま反転し、俺の腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。


「が、は……っ!?」


 肺の空気が一気に漏れ出し、背後に大きく吹き飛ばされた。


(くそっ……ただの蹴りがなんて威力だ……っ)


 俺はしっかりと受け身を取り、すぐさま正眼の構えに戻る。


 しかし、シドーさんからの追撃は無かった。


 彼はだらしなく剣をブランと垂らしては、大きく伸びをしていた。


 悔しいが、まだ敵としてすら認識されていないようだ。


 俺はその隙を見て、先ほどの一連の攻防を反芻はんすうする。


(シドーさんの高速接近は、かつてローズが俺に見せたものとはまるで違った……)


 ローズは相手の呼吸・まばたきに合わせた『柔の移動法』。

 対してシドーさんは、ただその馬鹿げた脚力に任せた『剛の移動法』。


(何より、一番気になったのが……彼の振り下ろしだ)


 はっきり言ってさっきの一撃は、あまりにお粗末なものだった。


 握りも中途半端で、脇もちゃんと締まっていない。

 ただ力いっぱい振り下ろしただけの雑な一撃。


(そう言えば……今の蹴りだってそうだ)


 ただその優れた脚力に任せただけの、でたらめな回し蹴り。


(確かに十分驚異的な威力だったが……それだけに粗が目立つ)


 しっかりと重心を落とし、ちゃんと地面から力を伝導させていれば、今頃俺はもっと大きなダメージを負っただろう。


 そう。

 彼はただ持って生まれた天性の身体能力でゴリ押しているだけに過ぎない。


(シドーさんは間違いなく、十年に一人の天才だ)


 悔しいが……俺なんかとは比べ物にもならない。


 埒外らちがいの腕力。

 強靭な脚力。

 バネのように柔軟な体。


 そのどれもが一級品であり、そして全て……俺が持っていないものだ。


(だが、決して勝てないわけではない……っ)


 彼には努力が、修業が、そして何より――剣術と向き合う真摯な心が決定的に欠けている。


(そこに勝機がある……っ!)


 シドーさんの分析を終えたところで、彼は大きく舌打ちをした。


「……ちっ。なぁにをジロジロ見てやがんだ、気ん持ちわりぃなぁ……。どうせてめぇみたいな才能のねぇゴミは、俺様にゃ一生勝てねぇんだ。無駄な抵抗はやめて、とっと降参でもしたらどうだぁ?」


 そう言って彼は、俺を嘲笑あざわらった。


「……確かにシドーさんは天才です。俺なんかとはモノが違う。でも――この勝負は勝たせてもらいますよ」


「……あ゛?」


 彼の額に青筋が浮かび上がった。


「そーかいそーかい……。あーあー、困るなぁ……。そんなに死にてぇなら……さっさと言ってくれなきゃよぉっ!?」


 次の瞬間、彼は爆発的な加速をもって、一瞬で俺との距離をゼロにした。


「おらおらおらぁあああああっ!」


 そうして力任せに、我武者羅に剣を振り回した。


 彼の馬鹿げた身体能力は、素人染みたそんな攻撃さえも恐ろしく鋭い四連撃へと昇華させる。


(くっ、出の遅い八咫烏では間に合わない……っ)


 こういうときは、彼の技の出番だ。


雲影うんえい流――うろこ雲っ!」


 同時に四つの斬撃、と数こそ少ないものの、出の速さはピカイチの雲影流――うろこ雲。


 これによって俺は、全ての斬撃に対処して見せた。


「ちっ、こざかしいぞっ! ゴミカスがぁっ!」


 四連撃全てを撃ち落とされたシドーさんは、その場で高く飛び上がり――全体重を乗せた大振りの振り下ろしを繰り出した。


 彼の持つ埒外の腕力に加えて、全体重の乗った強烈な一撃――俺の力では受け切ることは難しい。


 だが、こういうときは彼の教えが効いてくる。


「斬鉄流――鉄崩しッ!」


 両者の剣が衝突する瞬間、俺は全身に力を込めた。

 肉体と剣が一つの鉄になったかのように一体化させ――衝撃を大地へと流す。


身心しんしん鉄となれば、鉄もまた柔し』――斬鉄流の真髄だ。


「ぐっ……しゃらくせぇっ!」


 大振りの一撃さえも防がれた彼は、大きく後ろに飛び下がり、剣を鞘に収めた。

 そしてその直後、一直線にこちらへ向かって駆け出した。


 超高速の居合斬りでくることはあまりに明白――そもそも隠すつもりもないのだろう。


「死にさらせぇえええええええええっ!」


 目にも止まらぬ速さで俺に肉薄するシドーさん。


 こういうときは、彼女の最速の剣が効果的だ。


「桜華一刀流――雷桜らいおうッ!」


 雷鳴の如き一閃が、彼の居合斬りとぶつかる。


 ほとんど互角――いや、こちらの方がわずかに速度は上だ。 


「ぐっ!? ころころとスタイル変えやがって……気ん持ち悪い奴だなぁっ!?」


 全ての攻撃を防がれたシドーさんは、一度俺との距離をとった。


 これで彼のターンは終わり。



 ここから先は――俺のターンだ。



 俺はこの戦いで初めて自分から距離を詰めた。


 そして――必殺の一撃を放つ。


「桜華一刀流奥義――鏡桜斬きょうおうざんッ!」


 鏡合わせのように左右から四撃ずつ――目にも止まらぬ八つの斬撃を同時に繰り出した。


「こんなもん……全部撃ち落としてやらぁああああああっ!」


 彼はその高過ぎる身体能力にものを言わせ、全ての斬撃を撃ち落として見せた。


(……さすがの反応速度と剣速だ)


 もはや彼の才能には閉口するしかない。


(だが……俺の狙いはここからだっ!)


 左右から四撃ずつ襲い掛かる鏡桜斬を防いだシドーさんは、その体のど真ん中――正中線せいちゅうせんががら空きになっていた。


 そこへ狙い定め、


「八の太刀――八咫烏ッ!」


 八つの斬撃を同時に放った。


「ぐ、ぬぅぉおおおおおっ!?」


 しかし、それでも彼は食らいついた。

 驚異の反応速度によって、次々と斬撃を撃ち払うシドーさん。


 だが、


「ぐ……がはっ!?」


 二連続――合計十六の斬撃をはじき切ることはできず、たった一発。


 たったの一発ではあるが、斬撃が彼の頭部をとらえた。


 その額からダラリと赤い血が流れ落ちる。


「……てんめぇっ」


 彼は右手で負傷した頭部を抑えながら、血走った目でこちらを睨み付けた。


 俺はその視線をしっかりと受け止め、はっきりと宣言した。


「――シドーさんは本当に強いです。腕力・脚力・剣速・反応速度――どれ一つとして俺はあなたに勝てません。だけどたった一つ、ただひたすらに剣を振るうことにおいては――『剣術』においては、俺はあなたの上をいく!」


「ぐ……っ」


 すると彼はゆっくりと天を仰ぎ見て――固まった。


 そして、


「くくく、かかかかか……く、ぎゃははははははははははは……っ!」


 突如、狂ったように笑い始めた。


「あ゛ー……うぜぇ。うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇっ! ほんっと……気ん持ち悪いなぁ、てめぇはっ!」


 ギョロリとした大きな目で俺を睨み付け、ひたすらに罵声を浴びせた。


「そう! その目! てめぇのその目が気ん持ち悪ぃんだよ……っ。努力とかさぁ、剣術とかさぁ……そういう気ん持ち悪ぃのを心の底から信じてるその目がよぉ……っ!」


 彼は間を置かず、叫び倒した。


「ゴミがどれだけ剣を振ろうがゴミはゴミ――ゴミゴミゴミッ! 変わらねぇんだよ、どれだけ剣を振ったって、どれだけ努力したってゴミはゴミなんだ! わかれよ、いい加減にさぁ!?」


 そうしてひとしきり騒いだ彼は、突如何も無い空間に手を伸ばした。


「見せてやるよ……『努力と剣術』が『惨め』に思えるような、絶対的な才能って奴をな」


 その瞬間、彼の全身から凄まじいプレッシャーが発せられた。


 この感覚はリア、カインさんに続いて三度目だ。


(やはり……シドーさんも使えるのか)


 俺は警戒を新たに、剣をしっかりと握り締めた。


 そして彼は凶悪な笑みを浮かべて――叫んだ。


「食い散らせ――<孤高の氷狼ヴァナルガンド>ッ!」


 その瞬間、何もない空間に巨大な亀裂が走り、そこから一振りの剣が姿を現した。


 刀身は雪のように白く、柄は夜闇のように黒い剣。


(出たな、魂装……っ)


 俺は警戒を最大レベルに引き上げ、再び正眼の構えをとった。


「これでてめぇはもう……終わりだぁ……っ!」


「……来いっ!」


 ここからが本番であり――最終決戦だ。

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