千刃学院と大五聖祭【六】
シドーさんが魂装<
(……気温が、落ちた?)
今はちょうど昼間であり、空には雲一つ無く、太陽は天高く昇っている。
それにもかかわらず、既に肌寒く感じるほどに外気が冷やされていた。
よくよく目を凝らして見れば、彼の持つ剣からは薄っすらと白い霧状のものが噴出されていた。
(あれは、冷気か……?)
そうして彼の魂装の能力を分析していると、
「そんじゃま、ぱっぱと終わらせますかぁ……っ! ――<
身の丈ほどもある巨大な槍が空中に出現した。
それはどこまでも透明な美しい氷の槍だった。
(やはり……彼の魂装は冷気を操るタイプか……っ)
俺は正眼の構えを堅持したまま、氷の槍に意識を集中する。
すると次の瞬間、
「そぉら、踊れぇっ!」
氷の槍は凄まじい速度で発射された。
「――ハァッ!」
俺はそれを切り捨てるべく、正面から迎え撃った。
しかし、
(か、硬い……っ!? なんて馬鹿げた硬度だっ!?)
それは鉄よりも硬く、鉄よりも重い――ただの氷ではないことは明らかだ。
「ぐ、ぅおおおおおおっ!」
俺はなんとか槍を上方へいなし、空中へと打ち上げた。
そうして再び前方へ視線を移したそのとき、
「おぃ……どこ見てんだぁ?」
シドーさんは既に俺の背後に立っていた。
「っ!?」
「そらぁっ!」
咄嗟に前へ大きく跳んで必死に回避を試みたが、
「ぐ……っ!?」
彼の剣は俺の背を斬りつけ、同時に焼けるような痛みが走った。
俺はすぐさま起き上がり、視界の中心にシドーさんを置く。
(傷は……深くはない。大丈夫だ、まだ戦える……っ!)
自らを奮い立たせ、顔をあげるとそこには――既に二本目の槍ができあがっていた。
「ほらほらぁ次ぃ、行くぜぇっ!」
槍が放たれる前に、俺はすぐさま右方向へ駆け出した。
(足を止めては駄目だ……っ)
あの<氷結槍>は、俺の力では破壊できない。
それならば、せめて的にならないように動き回るべきだ。
すると、
「ちょこまか逃げてんじゃねぇぞぉっ!」
シドーさんは一足で俺と肩を並べ、すぐさま四連撃を繰り出した。
「くっ……
最も出の早い雲影流によって防御を試みるが、
「かは……っ!?」
最後の一発を撃ち落とし損ね――強烈な一撃が左肩を直撃した。
幸いなことに骨には届いておらず、まだ両手で剣を握ることはできた。
(くそっ、さっきよりも速くなっているぞ……っ!?)
<
その後、同様の
「はぁはぁ……くそ……っ」
あまりにも絶望的な状況だが、決して諦めることはできない。
「アレーンッ! 負けるなぁーっ!」
「が、頑張ってーっ!」
「足だっ! 足を使って翻弄するんだっ!」
千刃学院のみんなが、今も大声を張り上げて応援してくれているんだ。
(みんなのためにも、この試合は絶対に負けられない……っ)
だが、シドーさんを倒すための糸口はまだ見つかっていない。
(<
冷気を自在に操り、とてつもなく硬い氷の槍を作り出す。
加えて、所有者の身体能力を向上させるオマケ付きときた。
(さすがに反則だろ……っ)
すると、
「お前さぁ……もしかして、俺が『速くなった』とか思ってねぇかぁ?」
俺の思考を読んだのか、彼はそんなことを問いかけた。
「違うんだよなぁ……。
クククと笑いを噛み締めながら首を横に振るシドーさん。
「……どういうことですか?」
「はぁ、やっぱりまぁだ気付いてねぇのか……。お前自身が『遅く』なっちまってることによぉ」
そう言って彼は俺の手を指差した。
俺は言われるがまま両手に目を落とすと、
「こ、これは……っ!?」
ようやく気付いた。
俺の手足が薄い紫色に変色しかかっていることに。
「よぉよぉ、低体温症って知ってますかぁ?」
シドーさんは種明かしをするように、今も冷気を放出し続ける<
(くそっ、やられた……っ)
あの氷の槍とシドーさんのプレッシャーに意識を取られたせいで、体の異変に気付けなかった。
(一見したところ、シドーさんが寒さに震えている様子はない……)
<
(これは……まずい……っ)
試合が長引けば長引くほど体温を奪われ、こちらが不利になる一方だ。
(このままじゃ、ジリ貧だ……っ)
まだ体が言うことを聞いてくれている今、早急に決着を付けなければならない。
焦った俺はすぐさまシドーさんの元へ駆け出した。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
本来ならば八つの斬撃を生むはずの八咫烏は――六つの斬撃に終わった。
「ぎゃははははっ! どうしたどうしたぁ!? たったの『六』だぞぉ!?」
シドーさんは笑いながら、六つの斬撃を容易く撃ち落とした。
「ぐっ……」
ここまで機能の低下した体では……真っ向勝負においてもはや勝ち目はない。
(だったら
それから俺は、不自然にならないように彼との剣戟を交えつつ「二の太刀――
その後、
「はぁはぁ……っ」
「んー、もう限界かなぁ?」
勝ちを確信したシドーさんは、肩に剣を背負ったままゆっくりとこちらへ向かってきた。
(……位置取りは完璧だ)
後は彼がこのままこっちへ来れば、朧月が炸裂する。
(いくら反応速度が早くとも……死角からの一撃は絶対に避けられない……っ)
そうして俺が不自然にならないよう正眼の構えを堅持していると――彼の足がピタリと止まった。
そして、
「……おいおいおい、なんだぁ? このわかりやすいトラップはよぉ?」
彼は朧月を仕込んだ空間に剣を素通りさせた。
その動きに反応し、朧月は虚しく空を切った。
「クククッ、こんな見え見えのトラップが通用するのなんざぁ、精々二流の半端剣士までだろぉ?」
そう言って彼は一瞬で俺との距離を詰めると、
「そらよっと」
強烈な前蹴りを腹部へと叩き込んだ。
「が、はぁ……っ!?」
骨を砕いたような嫌な音が響き、俺はボールのように地面を転がった。
「……っ、ゲホゲホッ!?」
折れた骨が内蔵を傷付けたのか、口から血を吐き出した。
「おぃおぃ汚ねぇなぁ! 後で誰が掃除すると思ってんだぁ!? ……っと悪ぃ、俺様も知らねぇわ!」
それからシドーさんは俺の顔面を容赦なく踏みつけると「ぎゃははははははははっ!」と高らかに笑った。
「ちょ、ちょっと、いくらなんでもやり過ぎよ!」
「あまり調子に乗らないで……っ」
殺気立ったリアとローズが、シドーさんを睨み付けた。
すると彼は複雑な表情を浮かべて、ポリポリと頬を掻いた。
「あー……すまねぇな。確かにちょっとやり過ぎたな……うん、サクッと殺しとくわ」
そう言って彼は<
大五聖祭のルール上、相手を死に至らしめる行為は禁止されている。
だが、彼ならばそんなことは気にもせず、何の躊躇も無く殺るだろう。
「じょ、冗談でしょっ!?」
「し、審判っ! 止めさせてっ!」
「し、シドー選手、やめなさいっ!」
リアとローズが顔を青くし、審判が舞台へ飛び乗った。
しかし、この距離では到底間に合わない。
(くそっ、こんなところで……終わりなのかよ……っ)
重度の凍傷を起こしているためか、体はもうまともに動いてくれない。
いや、そもそもシドーさんに腹を踏まれているため移動は不可能だ。
「ははっ! せっかくだし、笑えるようなおもしれぇ
そして、
「――<|氷狼の一裂(ヴァナル・スラスト)>ッ!」
<
こんなものを食らったら――ひとたまりもない。
(ここまで、か……)
毎日毎日、寝る間を惜しんで剣を振った。
誰よりも修業をした。
誰よりも剣術に時間を費やした。
果てには十数億年もの間、ただひたすらに剣を振り続けた。
それでも結局――俺は駄目だった。
絶対的な才能を前に敗れてしまった。
(リア、ローズ、レイア先生、ポーラさん、それに母さん……ごめん)
間違いなく、俺は今日ここで命を落とすことになる。
体はもはや指一本として動かない。
剣はもうどこかへ弾き飛ばされてしまった。
でも、それでもまだ――心だけは折れていない。
目前に迫る死を前に――俺はカッと目を見開いた。
ここで目をつぶってはいけない。
息絶えるその瞬間まで『生』にかじりつく。
動かない体に相反して、心の中は感情の
(悔しい、死にたくない、負けたくない――この天才に勝ぢたい゛っ!)
そのとき、俺の心の奥底で――『魂』のような何かが
【
その瞬間、俺の意識は暗黒に飲まれた。
■
シドーの放った<|氷狼の一裂(ヴァナル・スラスト)>は、一直線にアレンの喉元へ向かう。
「アレンっ!?」
「い、いや……っ!?」
リアとローズが膝から崩れ落ち、観客の多くが目を覆ったそのとき。
「……あ゛ぁ!?」
シドーの不快げな声が響いた。
彼の一撃は――アレンの右手によってガッチリと掴まれていた。
そのうえ強靭な腕力を誇る彼がその手を振り払おうとしても、まるで巨大な岩石に刺さったかのようにビクともしない。
「ちっ、火事場の馬鹿力ってやつかぁ……?」
すると次の瞬間、アレンは<
「なん、だと……っ!?」
予想だにしない事態に困惑するシドーだったが、すぐさま頭を切り替えて冷静に受け身を取った。
その後、<
その体に刻まれていたおびただしい傷は――どこにも見当たらない。
さらに、その風貌はこれまでと違って明らかに異質なものだった。
ふわりと浮かび上がった長い白髪。
左目の下あたりに浮かび上がった黒い紋様。
そして何より――普段の彼とは似ても似つかない凶暴な顔つき。
まるで別人のように、変貌を遂げていた。
アレンはキョロキョロと周囲を見回し、大きく口角を吊り上げる。
「ひっさびさだなぁ、お゛ぃ! 何億年――いや、何十億年ぶりだぁ!? ずいぶんとまぁ、発展してんじゃねぇか、え゛ぇっ!?」
上機嫌に肩を揺らして、一人大笑いを始めるアレン。
リア、ローズ、その他この場にいる全員が驚愕に目を白黒とさせる中、
「……やはり
レイアはただ一人、鋭い眼光をアレンに向けていた。
ひとしきり笑い終えた彼は、語りかけるようにつぶやいた。
「それにしても……。こんなに
それはその体の持ち主である
シドーは異様な変貌を遂げた彼に問う。
「てめぇ……何者だぁ? まさか、『
霊核――人間の魂に必ず一体は宿ると考えられるものだ。
祖霊・幻獣・精霊などその種類は多様であり、魂装とは自らの魂であるこの霊核の一部を具象化した装備だと考えられている。
「俺かぁ? 俺ぁ……」
そこまで口を開いた彼だったが、静かに首を横に振った。
「あ゛ー……やめだやめぇ……。これから死ぬ奴にわざわざ教える必要もねぇわなぁ」
彼は遠回しに「シドーを殺す」と宣言していた。
それをすぐさま理解したシドーは、
「てめぇ……誰に向かってものを言ってんだぁ? 目障りだから消えろ――<氷結槍>ッ!」
先ほど放ったものの倍以上にもなる超巨大な槍を即座に発射した。
この槍の大きさこそが、シドーの
「アレン、避けてっ!」
「お願い、逃げてっ!」
リアとローズの悲鳴が響く。
そして当たれば即死は免れない絶望的な一撃を前にしたアレンは、
「はっ、くだらねぇ」
迫り来る槍を――ただ無造作に左手で殴りつけた。
その瞬間、巨大な槍は粉々に砕け散った。
「ば、馬鹿な……っ!?」
シドーは我が目を疑った。
あれはただの氷でできた槍ではない。
魂装という魂の力で作った――鉄以上の硬度を持つ特別性の槍だ。
名匠の打った業物でも破壊の難しいその一撃を、素手で粉々に粉砕する――そんな馬鹿げた光景を前に彼は言葉を失った。
「ぷっ……ぎゃはははははっ! なんだぁ、その間抜けな面はよぉ! こんな『氷遊び』がこの俺に通用するとでも思ったのかぁ!?」
アレンがシドーを煽ったそのとき、彼の視界の端にほんの僅かな『赤色』が映った。
「んあ……?」
不審に思ったアレンがその赤色の出所を確認すると、彼の左手――さきほど槍を殴りつけた手の甲からほんのわずかに出血が見られた。
その瞬間、彼はぶち切れた。
「てんめぇ、
怒髪天を衝く勢いで怒鳴り散らしたアレンは、バッと後ろを振り返り、観客席の一点を睨み付けた。
そこにはこの大五聖祭の開始から、ずっと試合を見守っていた一人の
頭髪も眉毛も髭も――全てが真っ白で腰がはっきりと曲がった彼は、
「ひょほっ!? く、くわばら、くわばら……っ!」
すぐさま透明になってこの会場から姿を消した。
「ちっ、腰抜けジジイめ……何も変わってねぇなあいつは……。今度見つけたら、ただじゃおかねぇ……」
そのとき――アレンのがら空きの背中を目にしたシドーが不敵に笑う。
「さすがに油断し過ぎだろぉ? この俺様に背を向けるたぁなっ! ――<|氷狼の一裂(ヴァナル・スラスト)>ッ!」
爆発的な冷気を噴出し、凄まじい推進力を得た必殺の突き。
しかし、その一撃は、
「おいおい、勘違いするなよ……。これは『油断』じゃなくてよぉ、『余裕』って言うんだぜ?」
親指と人差し指で優しく
それも――まるで服についたご飯粒をつまむような気軽さで。
「じょ、冗談、だろ……?」
「あ゛ー? もしかして……今のが最強の技だったのか……?」
シドーは言葉を失ったまま、ただ呆然と目の前の化物を見つめた。
(か、勝てっこねぇ……っ)
彼はこれまで生きた十五年の中で、初めて『恐怖』という感情を覚えた。
シドーが無言を貫いたことにより、先ほどの突きが彼の最強の技だと知ったアレンは、
「……おいおいマジか? そりゃぁお前……、気の毒過ぎて言葉が見つからねぇなぁ……っ」
必死に笑いを堪えながら、大袈裟に首を左右へ振った。
「ふぅー……。さてと、それじゃちぃとばかし体をならすから……付き合ってくれや」
そこから先は――もはや
アレンが次々に繰り出す拳と蹴りを――シドーはひたすらにその体で受け続けた。
腕力・脚力・反応速度――そのどれもが桁違い。
シドーが絶対的優位を誇っていた天賦の才能は、アレンの驚異的な身体能力を前に脆くも崩れ去った。
彼の自信は完全に打ち砕かれた。
「はぁはぁ……っ」
だが、全身に青あざと裂傷を作りながらも、シドーはまだ二本の足で立っていた。
彼の超人的な反応速度が、正確に急所を狙うアレンの攻撃をほんの数センチずらし続けていたのだ。
「いいぞいいぞぉ! 回避だけは立派なもんじゃねぇかぁ!」
アレンは全く心の籠っていない乾いた拍手を送る。
「ちっ……ふざけろ……っ」
血の混じった唾を吐き捨てるシドー。
格の違いを見せつけられた彼だが、その目はまだ完全に死んでいない。
(この馬鹿げた力が『霊核』によるものならば、絶対に『持続時間』が存在する……っ。あの化物さえ引っ込めば……まだ俺様にも勝ちの目はある……っ!)
彼はひたすらに持久戦を望んだ。
アレンの体を支配する『ナニカ』の消耗を待った。
しかし、
「あ゛ー……飽きたわ」
その作戦が日の目を見ることは無かった。
アレンの右手に突如として、
刀身も柄も――何もかもが黒一色のそれは、見ているだけで不安を煽るような深淵の黒。
(なん、だよ
シドーの本能が「今すぐこの場から逃げろ」と警告を発する。
それほどにあの黒剣は異質であり、
だが、
(この俺様が逃げる……? あのゴミカスを相手に? そんなこと、できるか……っ!)
彼のプライドが逃亡を許さなかった。
天賦の才を持つ自分が、一度は格下と見下した剣士を相手に尻尾を巻いて逃げることは――彼にとって死よりも重い選択だった。
そして、
「それじゃあな」
友人と別れるときのような気楽さでそう言ったアレンは――黒剣を前に突き出し、爆発的な速度の『突き』を繰り出した。
人体など木っ端微塵に吹き飛ぶ一撃を前に、シドーは<
「――
その瞬間、薄い氷が一億層も折り重なった巨大な壁が両者の間に出現した。
その一枚一枚は鉄以上の硬度を誇り、これを突破できた剣士はたったの一人としていない絶対防御。
しかし、アレンの一撃は止まらない。
黒剣はまるで紙を引き千切るかの如く、氷の壁を突き破っていく。
「ぐっ――重ねて、時を閉ざせ<氷瀑壁>ッ!」
苦肉の策として彼は二重の――二億層もの防壁を展開した。
精神力の消耗は著しいが、この一撃を止めなければ確実に自分は死ぬ。
その確信がシドーにはあった。
そして一億と数万枚の防壁を突破したところで――アレンの突きはようやく止まった。
(……くそがっ! ただの突きがなんて威力をしてやがる……っ!)
シドーがホッと胸を撫で下ろすのも束の間。
「さーん……っ」
どこか間の抜けたアレンの声が、会場全体に響き渡った。
その瞬間、シドーを守る防壁が再び音を立てて破れ始めた。
アレンがゆっくりと力を込め始めたのだ。
「にーい……っ」
氷の壁を破壊する速度は、数を数えるごとに増していく。
「いーち……っ」
このカウントの意味を正しく理解した審判は、すぐさま舞台へ飛び上がった。
「ま、待てっ! そこまでだっ!」
試合の中止を宣言したが、アレンはもう止まらない。
「ぜーろ……っ!」
その瞬間、全ての氷の壁を貫通した突きは、シドーの心臓目掛けて一直線に飛んだ。
「っ!?」
彼はその神がかった反応速度でなんとか身をよじり、心臓への直撃を回避した。
しかし、黒剣はシドーの右肩へ深々と突き刺さり、彼はその衝撃で会場の壁まで吹き飛ばされた。
「が、はぁ……っ!?」
肺の中の空気を全て吐き出し、後頭部を強打した彼は――完全に意識を手放した。
そこへ、
「ふーん、ふーんふふーん、ふーんっ!」
鼻歌まじりにアレンがやってきた。
その手には
「それじゃスパッといきますかぁ」
ピクリとも動かないシドーを前に、子どものように無邪気に笑うアレン。
そうして上機嫌な彼が、黒剣を振り上げたその瞬間、
「もうやめてよ、アレン……っ!」
二人の間にリアが割って入った。
「……あ゛?」
「や、やり過ぎだよっ! あ、アレンはこんなひどいことをする人じゃないよっ!」
「……誰だぁ、てめぇ?」
氷のように冷たい目が、リアの心をギュッと締め付けた。
それでも彼女は、気丈に必死に語りかけた。
「わ、私はリア=ヴェステリアよ! ……ほら、忘れたの? あなたの奴隷のリア=ヴェステリアよ!」
「はぁ? 知らねぇよ……。邪魔すんなら、お前も殺すぞ」
彼は感情の無い冷めた目のまま淡々とそう言って――黒剣をリアに突き付けた。
「……あ、アレン? ほ、本気で言っているの……?」
彼女のかすれた声が会場中に響いた。
しかし、ただ一か所――アレンの心にだけは響かなかった。
リアは目尻に涙を浮かべながら、必死に語りかける。
今ここにいるアレンにではなく、彼女の知っているいつもの優しいアレンに。
「お、覚えているでしょ、アレン!? 一緒にラムザック食べて、一緒にいっぱいお話しして! たまにちょっと喧嘩もして! でもいっぱいいっぱい楽しくて……っ!」
二人の思い出を語るうちに、彼女の目からは
「ちっ、うるせぇ女だなぁ……もういいから、死んどけ」
苛立った様子のアレンは、無造作に振り上げた黒剣を――リアの胸元へ振り下ろす。
「お願い……っ。いつもの優しいあなたに戻ってよ……アレンッ!」
その瞬間、彼の腕はピタリと止まり――その手から黒剣がこぼれ落ちた。
「あ、アレン……っ!?」
アレンは苦悶の表情を浮かべ、左手で胸を押さえつけながら片膝を付いた。
「こ、この俺から、主導権を奪い返すほどの根性がっ、あ、あんならよぉ……っ。最初っから、もっと気張りやがれ、ってん、だ……っ」
そうして彼は、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
長く伸びた白髪はいつも通りの黒髪へと戻り、左目に浮かんでいた黒い紋様も消えた。
「あ、アレン……っ!? だ、大丈夫なの……っ!?」
リアは慌ててアレンの元へ駆け寄り、浅い呼吸を繰り返す彼を膝の上へ乗せた。
「り、リア……こ、怖がらせて、ごめん、な……」
アレンは朦朧とする意識の中、リアの頬に手を伸ばした。
「う、うぅん、大丈夫……っ。信じてたから……っ」
彼女はその手をギュッと優しく包み込み、決して離さなかった。
「声、届いてた、よ……。ありがと、う……っ」
その言葉を最後に彼は
「……アレン? ねぇ、アレン……? へ、返事をしてよ、アレンッ!」
静かに意識を手放した。
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