孤独に耐えられなかった大学生ちゃん Ⅶ
お兄さんが帰省してから4日が経った。
私はすでに限界だった。
「お兄さん……お兄さん……ぅぅ……お兄さんが居ないよぉ……会いたいよぉ……」
もらった合い鍵を使って、お兄さんのベッドの上でただ泣いていた。
お兄さんの温もりを探すように転がっている。
~~♪
不意に着信音が鳴った。
「もしもし! お兄さん!?」
『おぉ。定時連絡だ。星見さんがそろそろ寂しがっていると思ってな』
「寂しいです」
『やけに素直だね?』
「だって……寂しいものは寂しいんだもん」
『予想はしていたけど、星見さんは寂しがりやなんだな』
「うん」
『……なんか素直過ぎて逆に心配なんだが……大丈夫か? 精神的な意味で』
「大丈夫じゃないですよ? 誰かさんが私を置いて離島へ行っちゃうので」
『そ、そうか。それは本当にごめん』
「お兄さんの温もりが欲しいです」
『……くっそ照れること言わないでくれる?』
「だって……充電切れたんだもん。早く抱き着かせてください。夜空ちゃんを充電させてください」
『なるべく早く帰れるようにするよ』
「絶対ですよ? 私、あまりにも寂しくて毎日お兄さんの部屋にいるんですからね?」
『……それはいつもそうだったような?』
「お兄さんのベッドで匂い嗅いでます」
『それは非常事態だな!?』
「温もりが欲しくてお兄さんの服まで来ちゃってます」
『別にいいけどさ!? それはなんか解決になるの!?』
「ちなみにパンツもお兄さんの物を着用しています」
『本当に早く帰るね! キミの精神が持たなそうだから!』
「ありがとうございます」
『あとパンツ脱げ!』
「その言葉は二人きりの時にまた言ってください」
『言わないよ!?』
お兄さんとの通話で少しだけMPが回復したけれど、すぐに空っぽになってしまう。
お兄さんの温もりが残っていそうなものを探して部屋の中をフラフラするが、全部回収済だった為もう何も見当たらない。
仕方なく、再びお兄さんのベッドに転がり込む。
微かにお兄さんの香りがするタオルケットに身を包める。
「(昔は一人が大好きだったはずなんだけどな)」
自分はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。
いや——もともと矮小な存在だった自分に安心できる場所ができただけのこと。
その安定剤が居なくなってしまい、拠り所を失っただけなのだ。
弱いのは今も昔も同じだった。
「もう……一人はやだよ……お兄さぁん……」
温もりを覚えてしまった飼い犬はもうノラへは戻れない。
自分はご主人を失った犬なんだ。
そういえばお兄さんから自分は犬っぽいって言われたことあったっけ。
アレ、当たっていたんだなぁ。
「いいもんいいもん。犬は犬らしく……大人しく飼い主の帰りを待つんだもん」
ご主人様が玄関のドアを開けたら飛びついてじゃれついてやる。
犬らしく尻尾を振りながら身体中を舐め回してやる。
飼い主不在のわんこは玄関のドアを開けてくれるのをじっと待ちながら、ベッドで泣きながら眠ることにした。
「あれ……? 夜?」
時計を見ると23時を回っていた。
お兄さんと通話したのが昼前だったので12時間以上微睡に落ちていたことになる。
不規則な時間に寝てしまったが、逆にそれが嬉しく思える。
毎日、『早く時間過ぎないかな』って思いながら過ごしていたのだから。
「おー、起きたか星見さん。めっちゃ熟睡していたね」
「——えっ?」
お兄さんの声が聞こえた気がする。
幻聴だ。
だってお兄さんが帰ってくるまであと6日もあるはずなのだから。
「おはよう。星見さん。これお土産な」
ポンッ、と四角い箱が手渡される。
何かの米菓のようだった。
いや、そんなことよりも——
手の中にある感触は夢でも幻でもない。
私の手の中に、確かにおみやげが存在している。
微睡からゆっくり覚めていく。
見開かれた私の瞳には最愛の男性がはっきりと映し出されていた。
手渡されたお土産を丁重に横におく。
両手がフリーになった私は、大きな跳躍と共に思いっきりそれに抱き着いた。
「うわぁぁぁぁぁん! お兄さぁぁぁぁぁぁん!」
「うぉわ!」
勢いに押され、お兄さんは思いっきり尻もちをついていた。
痛がっている様子を無視して、私はお兄さんの胸の中で泣きながら頬ずりをしていた。
「ほ、星見さん。寂しがっているのは分かっていたけど、まさか泣きながら抱き着いてくるとは思わなかった」
「だ、だだ、誰の、ぐすっ……! 誰のせいだと……! うわぁぁんん!」
「よしよしよし」
大きくて暖かな手のひらが私の髪を掻き揺らす。
この温もりに包まれていると、本当に充電されているように私の心が落ち着いていく。
十数分の間、お兄さんは無言で優しく私の頭を撫で続けてくれた。
力強くお兄さんを締め付けていた腕も徐々に緩やかになっていく。
長い沈黙の時間の後、落ち着きを取り戻した私はお兄さんの胸の中にスッポリ収まりながら視線だけ交差させた。
「……私の為に……早く帰ってきてくれたんですか?」
「それもあるけど、半分は自分の為かな」
「半分?」
「……俺も星見さんに早く会いたくてさ」
「そ、そですか。良い心がけだと思いますよ? でも親御さんを説得するの大変じゃなかったです?」
「ああ。『カノジョが寂しがっているから』みたいなこと言ってちょっと嘘ついて説得したよ」
「……?? 嘘って? 私、ちゃんと寂しがっていましたよ?」
「いや、そこじゃなくてさ。俺、親に星見さんのことを交際相手みたいなこと言ったんだよ」
「????」
「どうして心底不思議そうな顔するの!?」
「そりゃあこんな顔にもなりますよ。『寂しがっていること』も『私がお兄さんの彼女』であることも嘘じゃありませんよね?」
「えっ?」
「えっ?」
見つめ合いながらしばし硬直。
「「……えっ?」」
なにか決定的な思考のすれ違いを感じつつ、私とお兄さんはもう一度声を重ねて首を傾げ合ったのであった。
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