勇気をくれたメッセージ(後編)
「お、おはよう……はる——井内さん」
「う、うん……おはよう…………小畑君」
恋人になってから初めて対面した僕らは、互いに顔を見合わせることもできないくらい緊張し合っていた。
あ、あれ? くっそ照れくさい。
「…………」
「…………」
互いにモジモジしながらその場で硬直してしまう。
チャットではかなり踏み込んだ話まで出来ていたのに対面すると陰気な二人に戻ってしまうようだった。
「おっはー 小畑っちにいのっち 教室の真ん中で何してるんすか?」
「「……はっ!!」」
クラスメイトの押川さんに呼び掛けられ、飛び跳ねるように硬直から脱する僕ら。
「な、なんでもないよ。そ、それじゃあ、井内さん、放課後のクラス会議頑張ろうね」
「う、うん。わ、私、がんばるからね…………れ、れぉきゅ……ん——小畑君」
放課後に開かれるクラス会議。
グダらないように二人で事前に作戦会議はたっぷりしてきたのだが、僕ら二人がこの調子でうまくいくだろうか? 今から心配だ。
「あ、あのぉ~、皆さん文化祭の出し物の案を出しては~……くれないっすか?」
ガヤガヤ、ガヤガヤ
「はぁ~」
デジャブかな?
思っていた通り、クラスメイト達は全く会議に参加してくれなかった。
「ていうかさ~。小畑っちが決めちゃっていいよ~。あたしら~、委員長の決めたことなら~、従ってもいいっていうか~?」
コピペセリフかな? 押川さん。
ここまでデジャブが過ぎると自分がタイムスリップしたかのような気持ちになってくる。
ぐぃ
んん?
井内さんが僕の袖を引っ張ってきた。
その表情を見てギョッとしてしまった。
デジャブのような展開が続いているがこの子の表情だけは先週と全く違っていた。
しっかり顔を上げて僕の目を見てきている。
その表情を見て、僕は先週の彼女のセリフを思い出した。
『……わ、私……月曜日は……もっと……頑張るから』
彼女はスマホの先端を僕に見せつけてきている。
スマホをみろ、ということなのか?
/ \ /レ 香 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
『玲央キュン
一緒に頑張ろう
まずははるちんが突撃するでごわす』
えっ?
メッセージを見ながら僕が戸惑っていると、井内さんは強い表情のまま僕と入れ替わるように壇上に立ち、叫ぶように言葉を発した。
「やほやほ山です!」
「「「………………」」」
井内さんが顔を真っ赤にさせながらはるちん流挨拶を皆に向けて解き放った。
その瞬間、喧騒はピタっと止まり、お化けをみたような驚きの視線が彼女へ集中される。
だけど井内さんはみんなの注目に一切負けず、逆ににらみつけるように次なる言葉を解き放った。
「皆さん、今は私語をする時間じゃないよ! 小畑く——玲央キュンが話しているでしょ! ちゃんと聞いて!」
「「「「玲央キュン!?!?」」」」
一同の視線が一気にこちらに向いてきた。
その迫力につい足が竦んでしまう。
井内さん——いや、はるちんはこんな視線の渦に打ち勝ったのか……
僕にはとてもはるちんのようには——
ブブッ
ポケットの中のスマホが震える。
隣を見ると、堂々とスマホを取り出しているはるちんが優しく微笑んでいた。
はるちんだ。はるちんが僕にメッセージを送ってくれたんだ。
僕はクラスメイト全員に注目されている中、スマホを取りだしてメッセージを確認する。
/ \ /レ 香 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
『玲央きゅんガンバレ光線ずびびび~!
玲央きゅんの勇気が1500%上昇した~
さぁ玲央キュン無双が始まるよ(*''▽'')』
はるちん。
はるちんはるちんはるちん!
そうだったね。
僕の彼女は援護が得意のヒーラーだった。
大好きな人からのバフで血が熱くなるのを感じる。
ありがとうはるちん。
勇気をくれたメッセージをありがとう!
内気なはずのはるちんがみんなの前で啖呵をきってくれている。
彼女と並び立つために、僕もはるちんに負けないくらい瞳に力を加えながら、しっかりと一歩前に脚を踏み出してみた。
さて——
無双を開始しようか。
「——おい、お前ら。言ったよな? 文化祭の出し物は俺が勝手に決めていいっていったよな!?」
「「「…………!?」」」
僕の豹変にクラスメイト達は更に困惑に満ちた顔へと変容する。
一番前に座っていた押川さんが皆を代表するように言葉をかけてきた。
「お、小畑っち? ど、どうしたっすか? 急にいつもの小畑っちとは別人みたいに——」
「押川さん。発言するときは手を上げながら『やほやほ山』といえ」
「やほやほ山!?」
「よし。発言を許す。反論があるなら言っていいぞ」
「い、いや、別に反論あるわけじゃないっすけど……急に様子が変わったから心配になっただけどいうか……」
「見方変化の術をつかっただけだ。そんなことでいちいち会議の進行を妨げることするな。押川さんぷんすか斬首な」
「見方変化の術ってなに!? ぷんすか斬首ってなんすか!?」
僕はチャットが苦手だ。
キャラが違うとか普段とギャップのある喋り方をするとか言われたことあるからだ。
だがギャップというものは使いどころによっては飛躍的な効果を発揮するものである。
その証拠にこの空間は俺に支配されていた。
それこそが俺なりの見方変化の術だった。
「お前ら文化祭では演劇をやれ」
「「「「えっ!?」」」」
突然の俺からの提案——いや、『命令』にクラスメイト達の顔に戸惑いが浮かぶ。
「今井、お前演劇部だったよな? お前が舞台指導をしろ」
「えっ? ちょ、ちょっと待て! ど、どうして俺がそんなことをしないといけないんだ!」
「は? 文化祭の出し物は全部俺が決めていいんだろ? なら従え。実際お前が舞台指導するのがベストを着たスピーディ小林だろ?」
「スピーディ小林って誰!?」
「命令だ。引き受けろ。お前に許されている返事は『OKパンチ』だけだ」
「OKパンチ!?」
「武藤、お前は被服部だったよな。衣装はお前が中心で作れ」
「えっ? わ、私? そ、そんなの無理——」
「全部をお前が作れって言っているわけじゃない。舞台に上がらないヤツは全員武藤を助太刀の助になれ」
「「「助太刀の助ってなんなの!?」」」
「それと脚本だが——」
文芸部でもクラス内に居れば良かったのだが、残念ながらこのクラスには不在だ。
うーむ。こればっかしは適した人材がいないな。
「玲央きゅん! シナリオははるちんが作るよ!」
「「「「はるちん!?」」」」
「えっ!? はるちん脚本とか作れるの?」
「えへへ。実はweb小説を投稿していたことがあるのです。はるちんに任せて玲央きゅん」
「マジか! さすが愛しのはるちんだ! らぶりーらぶりーどっきゅんこだよ!」
「「「「らぶりーらぶりーどっきゅんこ!?」」」」
いちいち声を揃えてツッコミをあげるクラスメイト達。
なぜか団結力が高まってきている様子だった。
「小畑っち~。やほやほ山っすけど~」
「えっ? 急にどうしたの押川さん。脈絡もなく変な造語向けてこないでよ」
「小畑っちが発言するときはやほやほ山って言えっていったんでしょうが!」
「あっ、そうだったか」
俺が掲示した謎ルールなのに素直に従ってくれるのね。
押川さん。意外と素直な性格なのな。
「もしかしてなんすけど、小畑っちといのっち付き合っていたりするんすか?」
「「キミにドストライク」」
「急になんすか!?」
「『キミにドストライク』っていうのは『イエス』って意味だときまっているだろ!」
「きまってねぇわ! いちいちわかりづらいな!」
「てなわけで、俺的には早く会議を終わらせてはるちんとデートがしたいんだ」
「おっと。それは重要なことっすね。みんな、小畑っちといのっちのデートがかかっているっすよ。協力して早く会議を終わらせるっす!」
「「「「「キミにドストライク!」」」」」
急にノリが良くなるクラスメイト達。
彼らなりに俺とはるちんの仲を祝福してくれているのかもしれない。
「みんな、ありがとう。あと決めることは各々の役割だけか。さっさと決めてしまおう。全員スピーディ小林に頼むぞ」
「「「「「キミにドストライク!!」」」」」
その後、嘘みたいにポンポンと各々の役割が決まっていく。
あの主体性の無かったクラスが嘘みたいだった。
「よし! これで役割が決まったな。みんな、お疲れ様! 文化祭頑張ろうな!」
「「「「「キミにドストライク!!」」」」」」
こうして無事に文化祭の出し物決めを終えることができ、俺とはるちんも初デートに出向くことが出来た。
余談だが、一致団結した俺たちのクラスは文化祭で無双し、俺らの演劇は最優秀文化賞を勝ち取ることができたのだった。
―――――――――――――――
作者より
読んでくれていつもありがとうございます。
今後なのですが、この短編集は更新頻度が落ちてしまうかもしれません。
本当に申し訳切腹です。
理由につきましては近況ノートの『今後に関するご報告』を参照頂ければと思います。
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