勇気をくれたメッセージ(前編)

「あ、あのぉ~、皆さん文化祭の出し物の案を出しては~……くれないっすか?」


    ガヤガヤ……ガヤガヤ……


「はぁ~」


 思わずため息が出てしまった。

 僕は元々隅っこを好む陰キャであるのだが、内気故にクラス委員長という誰もやりたがらない役職を押し付けられてしまい、委員長の最初の仕事で早くも躓いていた。

 僕らチラリと隣に立っている女子に視線を移す。

 彼女は僕以上に視線を下に落としながら絶望に満ちた顔をしていた。


 この人も僕と同じように副委員長を押し付けされた可哀想な人だった。

 彼女の名は井内晴香いのうちはるかさん。

 内気度合いで言えば僕以上の素質の持ち主であり、この会議が始まってから一言も喋っていなかった。

 いや、喋ろうとはしてくれていた。


「……ぁ、ぁの……静か……に……ぁぅぅ……」


 だけど声が小さすぎて彼女の声は喧騒にかき消されてしまう。

 そして表情を沈ませて俯いてしまっていた。

 大丈夫、気持ちはわかるよ井内さん。僕も仲間だから。


「ていうかさ~。小畑っちが決めちゃっていいよ~。あたしら~、委員長の決めたことなら~、従ってもいいっていうか~?」


 じゃあアイデア出してくれよ押川さん。

 良いように言ってくれているが、つまりの所は丸投げである。

 このクラス、本当に当事者意識薄いよな。委員長決めにしても出し物決めにしても主体性がまるでない。

 誰かがやってくれる、誰かが決めてくれる、全員がそんな思考に陥っている気がした。

 ……まぁ、僕も同じ考えだったので何も言い返せないのだけれど。


「…………」


 そしてもう一つ言えることは隣でうつむいている井内さんが限界ということだ。

 みんなの前に立って仕切らなければいけないという行為は、陰仲間の彼女には苦痛でしかないのだろう。


「……埒が明かないので今日は終わりにしましょう。明日の放課後も話し合いしますので各自アイデアを纏めてきてくださいね」


「小畑っちさぁ。明日土曜よ? 休日登校っすか?」


「……週明けの月曜に同じ会議します! はい以上! 今日おしまい!」


 手を叩いて会議終了の合図をするとみんな嬉々として教室から去っていく。

 何にも考えて居なさそうな呑気な表情だった。

 これは月曜日の話し合いでも同じ感じになるんだろうなぁ。


 皆が教室を出ていったのを見届けたので僕も帰ろうとしたのだが、壇上でうつむいたままの井内さんの姿が目に入ってしまった。

 僕は怪訝に思いながら彼女に近づき、怯えさせないように優しく声をかける。


「井内さん? どうしたの?」


「——さぃ」


「えっ?」


「……ごめん……なさい……私……何にも……できず……全部……小畑君に……進行おしつけちゃって……」


「あっ……」


 気にしてくれていたのか。

 謝る必要なんて全然ないのだけど、申し訳なく思ってくれたその気持ちは素直に嬉しかった。


「気にしないでいいからね? それに井内さんが喧騒を止めてくれようとしてくれたのは僕も気づいていたよ? みんなを注意しようとしてくれてありがとう」


 そう、悪いのは話し合いの進行を私語で邪魔していたクラスメイト達の方だ。

 井内さんが気に病む必要は一寸たりともない。


「……わ、私……月曜日は……もっと……頑張るから……だから……その……」


 井内さんはおずおずと言葉を区切りながら頑張って何かを伝えようとしてくれる。


「……月曜日……グダらないために……その……作戦会議……」


 ポケットからスマホを取り出し、QRコードをこちらに見せてきた。

 メッセージアプリの……友達認証コード?


「あっ、なるほど! 月曜日の話し合いを円滑に行う為に二人で作戦を立てるんだね!」


「う、うん。私、チャットなら、その、ちゃんと話せると思うから」


 なるほど。それでメッセージアプリの友達申請か。

 でも、チャットか……

 実は苦手なんだよな。

 なんか僕ってチャットだとキャラが違うと親に言われたことあるし。


 でもせっかく井内さんが勇気を振り絞って僕に連絡先を聞いてくれたんだ。

 その勇気には応えなければいけないよな。


「ありがとう井内さん。友達申請しておいたよ。今日の夜チャットを送ってみてもいいかな?」


 井内さんはコク、コクと嬉しそうに首を縦に繰り続けていた。

 その様子が小動物みたいで微笑ましく見えた。







 夜21時。

 そろそろ井内さんにチャットを入れてみるかな。


「(今思えば、夜に女の子とメッセージ送る合うって初めてじゃないか。超ドキドキする」


 小柄で内気で小動物みたいに可愛い井内さん。

 短いサイドテールが特徴的な垂れ目で温厚なクラスメイト。

 健気で守りたくなる存在だ。


「(実は普通に可愛いんだよなあの子)」


 なんだか急に意識し始めてしまい、スマホをもったまましばし固まってしまう。

 気が付けば20分が経過していることに気づき、僕は慌ててメッセージを送った。



 小畑玲央

『よっ 井内さん

 今日の会議は災難だったな

 まっ、切り替えていこうぜ!

 作戦会議タイムといこうや』



 文章を送信した後に気づいたけど、傍からみても僕ってメッセージだとキャラ変だな。

 井内さん、これが僕だってちゃんと気づくかなぁ? HNがフルネームだから気づいてくれるかなとは思うけど、戸惑わせてしまっているかもしれない。


    ピロン


 そんな風に思っていると、即座に井内さんから返信がきた。

 チャットではちゃんと話せるって言ったけど、井内さんはどんな返信してくれたのかな?



 / \  /レ  香 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

『やほやほ山だよ~玲央きゅん

 災難 遭難 大困難だったね(´;ω;`)ウゥゥ

 でもめげずに切り替えていける玲央キュンはさすがの助だょ

 はいぱーポジティブ太郎だにゃ =^_^=』



 い、いのうちさんんん!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る