ファイアーボールが得意の大学生ちゃん Ⅰ
大学生活にもようやく慣れ、一人暮らしも二年目に突入しようとしている。
大学から近いアパート。家賃は若干安くあちこち家具は痛んでいるけれど、この部屋にも愛着が湧いてきた。
順風満帆で静かな俺の一人暮らし生活は——
「——最古の煌めきより創出されし朱よ。赫灼たる煌めきを映し出す咒力の影よ。現世に蘇りし光となりて、今ここに放たれん! 穿て……ファイアーボール!!」
先日より隣に住み始めた魔導士の女の子によって掻き乱されることになるのであった。
言っておくけど俺は異世界の住人とかじゃないよ?
東京に住む普通の大学生だよ?
剣と魔法の世界はラノベの中だけの話だけだよ?
「またやってるよ……星見さん」
先週から隣に住みだした女子大生。
田舎から上京し、大学進学と共にアパート暮らしを始めたみたいなのだけど……
「——東京は魔力の粒子が乱れているみたい。私のファイアーボールは今日も不発かぁ」
この人、いつも夕飯前の時間くらいに呪文詠唱を始めちゃうちょっと不思議ちゃんなのである。
昨日も夕飯作成中に急に呪文が聞こえてきた時はフライパン落とすかと思っちゃったよ。
いやね、わかるよ? 一人暮らしでテンション上がっちゃってついつい呪文詠唱しちゃったんでしょ?
カメ〇メ波の練習みたいなものだよね。うん。わかる。とってもわかる。
でも星見さん。
このアパート、壁が薄いんよ。
話し声とか独り言とか普通に聞こえるんよ。
どうしよう。そのこと伝えてきた方がいいのかなぁ? でもまともに話したことないからなぁ。引っ越し挨拶に来てくれた時に一言会話しただけだし。
「(あっ、そうだ)」
否が応でも壁の薄さを知ってもらえばいいんだ。
例えば——
「よし、もう一回! 最古の煌めきより創出されし朱よ。赫灼たる煌めきを映し出す咒力の影よ。現世に蘇りし光となりて、今ここに放たれん! 穿て、ファイアーボール!」
今だ!
「ぐ、ぐわあああああ! も、物凄い魔法だぁ! や、焼け死ぬぅぅ!」
と、まぁ、こんな感じ。
俺の迫真の演技がきっと星見さんにも届き、今さら顔真っ赤にしていることだろう。
うんうん、良いことしたな。恥は一瞬だけだよ星見さん。俺も今日のことすぐ忘れるから。
バタバタ……ドタドタ……っ!
ん? 壁の向こうが急に騒がしく——
ピンポーン! ピンポン、ピンポン!
うぉう!? 急にピンポン連打!?
壁薄いんだから他の部屋にチャイム音聞こちゃうっつーの!
「はいはいはい! どちらさ——ま?」
慌ててドアを開けると、そこにはダボダボのピンクTシャツと同色のハーフパンツを履いたショートヘアの女の子が立っていた。
この生活感丸出しの女子こそ、先ほど呪文を詠唱していた魔導士、星見夜空さんであった。
「あ、あのあのあの! お兄さん!」
「は、はい!?」
急に『お兄さん』呼ばわりされて動揺してしまう。
確かに1年だけお兄さんだけど……
って、そんなことはどうでもいい。
急に訪ねてきて、一体どうしたんだ?
「あの!!!」
「はい!?」
「——私のファイアーボール、来ていませんか!?」
「……はい?」
「間違えました! 私の魔法が壁を貫通してお兄さんに当たりませんでした!?」
「……あっ」
そういうことか。
俺がファイアボールを被弾したような声をあげたものだからこの子は心配してきてくれたのか。
ここは心配かけないように小粋なジョークでもプレゼントしてあげるか。
「大丈夫。あの程度のファイアボール俺には通じないよ」
意味不明な強者感を設け、彼女を安心させる。
……つもりだったのだけど、彼女が瞳を潤ませていることに気が付いた。
「し、心配です! 私のファイアーボールは毒効果があるのでこの後徐々にお兄さんの身体を蝕んでいくはずです!」
付与効果強烈だな。
火属性なのか毒属性なのかはっきりしろ。
「い、今すぐ治療させてください! すぐに秘伝の薬持ってきますので!」
それだけ言い残すと、星見さんは自室に駆け込んでいった。
俺はその様子を見送りながら少し冷静になっていた。
「(大学生にもなってあそこまでの中二病はちょっとやばいかもしれないな)」
ちなみに俺にも中二病の時期は在った。当然在った。
でもさすがに卒業して今は真人間になったつもりだ。
だけど、もし俺が今でも中二病のままだったら……
おれも彼女と同じようになっていたかもしれない。
「(なんだか他人事には思えなくなってきた)」
元中二病として今も同じ病を患っている彼女を救ってあげたい。
俺の悪乗りのせいで『自分は魔法が使えるんだ』って本気で思ってしまわぬよう少し現実をみせてやるか。
「お、お兄さん! お待たせしました! 毒で死んでいませんか!?」
随分即効性の高い毒だなぁ。
「あー、星見さん? 実は俺ファイアーボールに被弾していないんだ」
「えっ!?」
「ていうか魔法なんか飛んできていない」
「えぇっ!?」
「更にいうと、この世にファイアーボールを飛ばせる人間などいない」
「えええっ!?」
あからさまにショックを受けている。
この子、本気で魔法を夢見る少女だったんだな。もう少女って年じゃないかもだけど。
でも良かった。これでこの子は今日から現実に目を向けることができるんだ。
「つ、つまり……」
「うん」
「私の適性は……魔法ではなく……剣だった!?」
「なんでそうなる!?」
「剣に魔法を込めて戦う……魔法剣士だった!?」
「魔法要素残してきやがった! 違うからね!? 魔導士でも剣士でも魔法剣士でもないからね!?」
「じゃあ私はなんなのですか!?」
「あえて言うなら村人Aだよ! 戦場に出ない普通の女子大生だよ!」
「部屋で魔法詠唱を行う女子のどこが普通だというのですか!」
「自分で言うな!」
ぐぅぅ~~
「それよりお兄さんの部屋からいい匂いしますね。これからお夕飯ですか?」
「急に村人Aっぽいセリフ言ってきたな!? そうだよ! これから夕飯だよ!」
「私も一緒に食べていいですか?」
「自由だな!? お前!?」
もう何が何だか分からないまま、俺は自称魔導士且つ剣士且つ魔道剣士の村人Aを部屋に招きいれることにした。
ちなみに今日の夕飯はカツカレー。
彼女はとても幸せそうにお代わりを要求してきたのでカツをオマケしてカレーに乗せてあげた。
たぶんそれがキッカケだと思うだけど……
この後、なぜかめちゃくちゃ懐かれてしまったのだった。
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