両片思いはハイスピードに溶けていく

 隣の席の三嶋さんは寡黙な人である。

 どのグループにも属さず、常に一人でいる無口な子。

 そう、彼女を一言で表すなら『クール』。

 その整った容姿と組み合わせるなら『クールビューティ』。

 その言葉こそが彼女にふさわしい。


 俺はずっと三嶋さんのことが気になっていた。

 彼女は『自分の世界』を持っている気がするからだ。

 小説家とか芸術家がよく陥る思考の深淵に潜るような神秘感。

 いつしか俺はその淵に触れてみたいと思うようになっていた。


 まぁ、何が言いたいのかというと、そんなスピリチュアルなキミが気になって仕方ないということだ。

 しかし俺は隣の席でありながら三嶋さんと喋ったことがない。

 どんな声しているんだろうか。

 不意に聞いてみたくなった。






「み、三嶋さん。おはよう」


 どうしても声が聞いてみたくなった俺は三嶋さんに挨拶を試みた。

 彼女は少し目を見開き、驚いたように見つめ返してくる。

 うっ……いきなり挨拶はハードル高かったか。彼女からしてみれば急に話しかけてきた変なやつだからな俺。

 そんな風に卑屈な方向に考えが寄ってしまっていたのだが……

 三嶋さんは姿勢を正し、こちらに身体を向けると、丁寧な仕草で顔を少し下げてきた。

 そして——


「……おはようございます」


 挨拶を返してくれた。

 えっ? 声綺麗すぎん? 惚れそう。惚れた。


「う、うん! おはよう!」


 つい嬉しくなり、俺はもう一度彼女に同じ挨拶をしてしまった。

 彼女と交わした会話はそれで終わったが、俺にとっては大きな前進だ。

 よし、明日も声を掛けてみよう。







「(えっ? なに!? なに!?? 急に坂井くんが挨拶してくれたんですけど!?!)」


 私、三嶋華乃は内心キョドリまくっていた。

 だって、だってだってだって、今まで一度も話したことのなかった隣の席の坂井君が急に挨拶をしてきたんだよ!?

 えっ? 神様、どうしてそんなご褒美を私に下さるのですか? 日頃の行いが良いからサービスしてくれたのですか? ありがとう神様。もっとやれ神様。


「(えっ? 坂井君絶対私のこと好きじゃん! ど、どうしよっ! ま、まぁ? 私も? 彼のこと良いなってずっと思っていたわけですが? ていうか好き度を測れば絶対私の方が上ですが? 毎日結婚生活を妄想するレベルで好きでしたが? ってそんなことはどうでもいいの。坂井くんは私が好き。それはもう疑いようのない事実。好きでもない人に『おはよう、華乃。今日もキミから素敵な香りがしてくるよ。俺を魅了させたいジャスミンさんめ♪』だなんて言わないよね! キャーっ! 朝からジャスミンティがぶ飲みしてきて良かったよぉぉ!)」


 もう駄目だ。墜ちた。

 元々堕ちかけていたけど、もう私の瞳には彼しか映っていない。

 坂井君。明日辺り告白してくれてもいいのよ?

 現時点で坂井君の彼女に一番近いのはこの私、それは間違いないわ! んふ。







 隣の席の三嶋さんは寡黙な人である。


「んふ……んふふ……んふ……」


 ……寡黙?


 三嶋さんがなんだかご機嫌だ。

 今まで見たことないくらい表情が緩んでいる。

 『んふふ』みたいな笑い声が外に漏れるくらい上機嫌のようだ。

 笑顔可愛すぎる。惚れるはこんなん。惚れてたわ。

 今なら話しかけやすいかもな。今日も挨拶から入ってみるか。 


「三嶋さん。笑顔に惚れました」


「~~~~~~~~っっっ!!!???」


「あっ、間違えました。三嶋さん、おはよう」


「えっ? えぇぇ!? お、おひゃよう!?」


 うん。

 今日も三嶋さんは可愛いや。







 ほ、ほほほほほほほほほほ、本当に告白してきた!?

 えっ? 告白だよね? 私の幻聴じゃないよね? 今確かに『三嶋さん。キミの笑顔は大輪のガーベラのように麗しい。その花束を俺だけのものにしたい』って言ったよね!?

 きゃー! 坂井君きゃー! きゃーーーー!!

 嬉しいよぉぉぉぉ! ハイパーめちゃんこワンダフル嬉しいよぉぉぉぉぉぉっ!

 

 って、待って。

 ちょっと待って!?

 あまりに衝撃過ぎて私お返事していない!?

 世界一素敵な告白に対して無言とか私最低すぎる! 最低! くそ女! 生きる価値なし! 胎児からやり直せ!

 い、今からでも坂井君に返事するべきだよね?

 『私はとっくに貴方の花束です』って返事するべきだよね?


 ……ぁ、ぁぅぅ……は、恥ずかしい。

 まだ……勇気が出ない。

 あ、明日だ。

 明日絶対にお返事する。

 そして堂々と坂井君の彼女になるんだ!


 んふ……んふふふふふふふふふふふふふふふ……







 三嶋さんは『自分の世界』を持っているちょっとスピリチュアルな女の子だ。


「神様私に勇気をください。神様私に勇気をください。神この野郎早く勇気を渡しやがれください」


 ……うん。自分の世界を持っていることは間違いない。

 しかし、心の中に神様を飼っているとは思わなかった。

 三嶋さんってばハイパースピリチュアル。


「よしっ!」


 神様から勇気を貰えたのか、三嶋さんは自信満々な表情で不意に立ち上がる。

 そのままクルッと俺の方に首だけ動かした。


「さ、坂井君!」


「は、はい!?」


 三嶋さんから話しかけてくるのって今が初めてだ。

 つい俺もつられるように背筋をビーンと伸ばしてしまう。

 おかしな体勢のまま俺は彼女の次なる言葉を待った。


「私、結婚式はロマンチックなナイトウェディングが良いです」


「はい!?」


「こ、子供は3人欲しいです!」


「はい!!?」


「し、幸せになりましょうね」


「はいぃぃ!?」


 いや、確かにさ、キミの持つ独特な世界観に触れてみたいとは思っていたよ。

 でもそれはさ、淵をちょんと触る程度で良くて……

 こんな風にキミの世界に引きずり込まれる展開は予想してなかったって。


「あ、あの、えと、もしかして三嶋さんは……俺の彼女になってくれる……の?」


 昨日『笑顔に惚れました』みたいな誤爆をしちゃったけど、もしかしてそれが俺からの告白と捉われた?


「えっ!? か、彼女ですか!?」


 あっ、違うっぽい?

 じゃあさっきの式やら子供やらの話は一体——


「坂井くんのバカ! 私をお嫁さんにしてくれないのですか!?」


 そのままの意味かよ!?

 ていうか泣いてる!?


「わ、わかったから。三嶋さんをお嫁さんにします!」


「んふふ。やったっ。やったぁ~! ぎゅふ!」


 この子めちゃくそ可愛い。

 えっ? これが俺の物になるの? 最高過ぎない?


「そんな……っ! 最高過ぎる理想の嫁だなんて言いすぎですよぉ」


「俺、口に出してた!?」


「好きな人の考えていることって何もかも相手に伝わるものなのですよ」


「俺の嫁が俺のことを好き過ぎて怖い!?」


 勇気を出して挨拶をしただけなのに……

 わずかその3日後、その子は俺の嫁になってくれたようです。

 俺のはぴねす、ハイスピード過ぎない?








 隣の席の三嶋さんは寡黙な人である——

 と思っていたのはどうやら俺の勘違いだったようだ。


 彼女はクールでもなければクールビューティでもなかった。



 俺の隣の席の三嶋さんは……


 よく喋る人で——


 感情豊かで——


 盲目的に俺のことが大好きなだけの——



 俺の理想のお嫁さんだった。

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