女神は堕落に染まってく(前編)
何もない真っ白な空間。
俗界では考えられない現実離れな空間にポツンと俺は立っていた。
「ここは……天国か?」
ブラック企業勤めが祟って俺は死んでしまったのか?
疲労困憊の中でゲームなんかするもんじゃなかったな。普通に身体を労わって睡眠を取るべきだったわ。
「——いいえ。違います。ここは現世と別世を繋ぐ狭間の空間。そして貴方には選ばねばなりません」
「うわっ!?」
背後から突然響く女性の声。
自分以外に誰かがいるとは思いもしなかったので飛び上がるように驚いてしまった。
「
ああ。なるほど。アニメで見たことある。
これ異世界転生モノの導入でよく見るやつだ。
「貴方は……女神様なのか?」
「はい。私は転生の女神トレシアと申します」
ペコリと一礼してくれる女神トレシアさん。
女神という立場を笠に着ることなく、物腰柔らかで低姿勢な人だなぁ。
「もし、異世界転生を選んでくれた場合は、特殊な力を貴方に付与して差し上げます。その代わり、絶対に魔王を倒してくださいね」
もう異世界転生を選べと圧を掛けられている気がする。
でも、現世で生まれ変わることに何のメリットも感じないし……
俺も凡例に肖って異世界転生を選ぶべきなのかな。
「……あ、あの、蒼汰さん? ず~っと気になっていたのですが……」
「はい?」
「手に抱えている『箱』みたいなもの、なんですか?」
「えっ?」
言われ、自分が手ぶらでないことに初めて気づく。
手に持っているもの……やたら馴染む感触のそれは……
「ヌンテンドースイッチ!」
「ヌンテンドースイッチ!?」
俺に続いて女神さまも跳び退きながら驚きを示していた。
「た、たのしい! たのしいいいい! なにこれ! なんですこれ!?」
女神トレシアさんはスイッチの携帯モードで『ミリオカート』を遊んでいる。
日本のゲームすげぇ。女神すら魅了しているよ。
「ていうかなんで俺はスイッチ持ってたんだ?」
死ぬ間際ゲームしていたからか? ていうか現世でもない狭間の世界で起動するスイッチってやっぱりすげぇ。
「そんなことより! 蒼汰さん! どうしてDLCを購入されていないのですか!? 48個も追加コースあるんですよ!?」
すでに俗に馴染み過ぎじゃないか、この女神。
さっきまでゲームの『ゲ』の字も知らなかった人がダウンロードコンテンツ未購入を嘆くんじゃないよ。
「あのさ。ゲームに夢中になる気持ちは分かるけど、遊んでいていいの? 俺、異世界に転生して魔王倒さなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
「魔王討伐なんて別の勇者に任せればいいじゃないですか! 蒼汰さんは私と一緒にゲームで楽しんでくれればそれでいいんです!」
「それでいいんだ!?」
目を輝かせながら夢中でゲームを楽しむ女神トレシアを見ているとつい俺も口角が緩んでしまう。
そういえば俺、ゲーム友達を作ることが夢だったっけ。
結局その夢を果たせずに過労で死んでしまったみたいだけど、死した後に夢がかなうことってあるんだな。
「トレシアさん。ミリオパーティやろうぜ。多人数でミリパやってみたかったんだ」
「はい! やります! えへへ。楽しいよぉ~!」
先ほどまでの威厳はどこに行ってしまったのか。
今や目の前に居るのは女神様というよりはゲームを買ってもらった小さな女の子にしか見えないのであった。
「あ、あの、トレシアさん? 転生希望っぽい方々が数人並んでいるみたいなんだけど」
「今いい所なんですから後にしてください。オープンワールドのゾルダ神ゲー過ぎです♪」
ゾルダに手を染めてしまったか。100時間は抜け出せないなこれ。
「え、えっと。先に俺が代行して進路調査させて頂きます。皆さんは現世への生まれ変わりと異世界への転生どちらが希望ですか? ちなみに異世界転生の場合、魔王を倒すことがノルマとして課せられますが、そこのゲーム廃人からチート能力がもらえるみたいです」
なんで俺、女神代行みたいなことやっているの? まぁ、暇だから全然良いのだけれど。
これも全てトレシアさんが悪い。この子最近多人数ゲームより1人用ゲームにハマっているからなぁ。俺が暇になってしまって仕方がないのだ。
「トレシアさん。一旦ゲームストップな。ここにいる皆さん異世界転生を希望みたいなので早く送ってあげて?」
「むー、面倒くさいですね」
「お仕事全うできるまでゲームはお預けです」
ひょいっとトレシアからスイッチを取り上げる。
トレシアは不満そうに思いっきり頬を膨らませていた。
「うわーん! 私のゲームが!!
女神様と仲の良さそうな俺に怪訝の視線が集まっている。
いつの間にか蒼ちゃん呼びされてしまっているくらい俺とトレシアさんはゲームを通じて仲良くなっていた。
「はぁ。わかりました。やればいいんですよね。それじゃ手前の貴方。貴方には『ジャンプ』のスキルを差し上げます。手から球体状の『ファイアボール』も出せる様にしてあげます。『マンマミーヤ』って言葉以外喋れなくなる副作用ありますが、それくらい別にいいですよね? 魔王討伐頑張ってください」
「マンマミーヤ!」
最強のヒゲ戦士が出来上がったみたいだけど副作用えぐすぎない?
まぁ、この人なんか嬉しそうだし、別に良い……のか?
「貴方には伝説の剣を差し上げます。回転切りが得意の剣士として活躍してください。『でやぁぁぁぁぁっ!』っていう言葉以外喋れなくなりますけど、どうか気にせずに」
「でやぁぁぁぁぁぁっ!」
剣だけじゃなく、爆弾やブーメランもおまけして貰えたそうだ。めちゃくちゃ嬉しそう。
「貴方には暴食のスキルを差し上げます。食した者の能力をそのままコピーできるチートスキルです。見た目が1頭身になりますが可愛らしいので別に良いですよね」
「ぽよ!」
くっそ可愛いピンクの球体がプカプカ浮かんでいる。この愛らしさは異世界でも人気出るだろうなぁ。
スキルを授かった3人は仲良く異世界に送られる。頑張ってくれ。異世界の勇者として。
「よしっ! 終わりました! 蒼くんゲームタイムに戻りますよ! なんだか無性に『ヌマブラ』したい気分です!」
「奇遇だね。俺もだよ。今日もボコボコにしてあげるね」
「むぅぅ。今日こそは絶対勝つんですから! アイテム無しの終点で良いですよね?」
「もち!」
何もない真っ白な空間。
そこに存在する一つのゲーム機。
そこには責務を忘れてゲームに没頭する女神が存在する。
女神とゲーマーは今日も微笑み合いながら幸せそうにコントローラーを握っているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます