女神は堕落に染まってく(中編)
「きゃあああああ! 続編キター! ね! ね! 私の言った通りでした! 絶対今回のヌンダイで続編情報来るって思っていましたよ!」
「うおおおおおお! これ絶対現世では祭りになってるわ。くそー! ヌイッターのトレンド漁りてぇ!」
「スイッチでヌイッター見れませんでしたっけ?」
「まじ!? 知らんかった! ていうかなんでトレシアさんは知っているんだよ!?」
今日も現世と異世界の狭間では一人の女神と一人のゲームオタクが——いや、二人のゲームオタクが騒がしく燥いでいた。
一つのスイッチで二人で見ているものだから自然と距離が近くなる。
もちろん最初はこの距離感にドキドキしたものだけど、今やこの距離こそが自然と思えるようになってきた。
「はー! 今回のヌンダイは大満足でした。前回薄味だったのでちょっと心配だったんですよ」
はしたなくその場でゴロンと寝転がるトレシアさん。
もはや女神の威厳はゼロに等しかった。
「一休みしたらまたリングフットアドベンサーの続きやろうぜ」
「もちろんいいですよ。でもさすがに仮眠取らせてください」
「だな。俺達たぶん15時間くらいぶっ続けでゲームしてたと思うし」
生前でもそんなにぶっ続けでゲームをやったことなんてなかった。
この真っ白で何もない空間だからこそゲームの娯楽性に魅入られているのだろうか。
「(いや、そうじゃないな)」
一人でやるゲームはもちろん面白い。
でも俺はここで多人数プレイの面白さを初めて知った。
その新鮮さが俺の心を躍らせる。
でもこの気持ちの昂りはきっと他にも理由がある。
隣でスヤスヤと眠っている女神の顔をじっと見つめる。
「(たぶん、こいつと一緒だから……俺は……)」
………………
…………
……
『——個体名、七井蒼汰。起きてください』
「……え?」
ふと、頭の中でフルネームを呼ばれた気がした。
トレシアさんの声じゃない。
少し年老いた別の女性の声。
ゆっくりと目を開ける。
トレシアさんはまだ眠っていた。
「……気のせい……か?」
『——気のせいではございません。貴方の脳に直接語りかけております』
「!?」
テレパシーというやつだろうか。
頭の中に声だけが響いてくる。
中々気持ち悪い感覚だった。
『私は女神長のエリオットと申します。急に起こしてしまい申し訳ない。でもどうか聞いてほしい』
「は、はぁ」
『女神トレシアが起きないよう、返答は脳内でしてもらえればと思います。蒼汰様、単刀直入に申し上げます。今すぐ異世界に転移してもらえませんか?』
『ど、どうしてでしょう?』
『理由は2つございます。まず1つに、異世界で魔王の勢力が増してしまっていることです。このままでは近いうちに国が滅んでしまう。故に異世界転移者の存在が急務となってしまったのです』
転生者ではなく転移者を求めている辺り、かなり切羽詰まっているようだ。
『でも俺なんかが転移した所で状況が好転するとは思えないのですが……』
『今回はこちらからの転移依頼です。蒼汰様の欲しいスキルを仰っていただければどんなものでも授けてあげましょう』
欲しいスキルなんでも与えられるってとんでもないな。さすが天使長というべきか。
『それに——』
『それに……?』
『2つめの理由の方が切実です。貴方の隣で寝ているその子の為に貴方は転移しなければいけないのです』
『トレシアさんの為?』
どうして俺が転移することがトレシアさんの為になるのだろうか?
疑問符が頭に浮かぶ。
『彼女の最近の不真面目な態度は天界中に知れ渡っております。私は女神長として彼女の堕落を放置するわけにはいかなくなりました』
うっ……
確かに最近この子がまともに仕事をしているところを見たことがない。
ゲームばかりしているけどいいのかなぁ? とは思っていたけど、やっぱり駄目だったようだ。
「息抜きでゲームをするくらいなら私も見逃してあげたのですが、ゲームが生活の中心になってしまっている状況は見過ごせません」
ゲーム好きの娘をもったお母さんみたいなこと言ってきたな。
まぁ、ゲームを持ち込んでしまった俺にも責任の一端はあるけども。
「本来なら神罰モノの状況なのですが、もし貴方が転移し、魔王討伐で成果を上げたのなら彼女の堕落は不問と致します。さて、どうしますか?」
どうしますか、とまるで選択肢があるように言ってくるが、俺に残された道は一択しかないように思える。
『わかりました。女神長さんの言う通り、異世界転移してみます』
『おぉ! そう言ってくれると思っていましたよ。では好きなスキルを申してください。どんなスキルでも施してさしあげましょう』
『ありがとうございます。ついでと言ってはアレですが、俺からお願いさせてもらってよろしいでしょうか?』
『なんでしょう?』
『それは——』
こうして俺の異世界転移が急遽決定した。
俺に化せられた使命は魔王討伐。
幸いにも俺には女神長自ら付与してくれた『力』がある。
待っていろ魔王。
この俺が……ハイスピードで駆除してやるからな。
「……蒼ちゃん?」
目を覚ますと蒼ちゃんの姿が見当たらない。
見渡していても真っ白な空間が広がっているのみ。
私の足元には所持者不在のゲーム機がポツンと置かれていた。
「蒼ちゃん? どこいったの?」
おかしい。
見当たらないわけがない。
だって、ここは私が主る白の世界なのだから。
この空間にあるもの全部感覚的に場所を察知できる。
「どうして? どうして蒼ちゃんいないの?」
どうしても空間察知で蒼ちゃんの場所が見つけられず、焦りが生じてくる。
いないわけがない。
蒼ちゃんはどこにもいけるわけがない。
私の元から……離れて行くわけがない!
起きたら一緒にゲームする約束したんだもの!
「蒼ちゃん!? ねえ! 蒼ちゃん!!」
呼んでも呼んでも返事がない。
焦燥は次第に不安へと変わり、身体に震えが奔ってしまう。
瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「蒼ちゃん! お願い! 出てきて! 私が何かしちゃったの!? だったら謝るから! ねえ! 蒼ちゃんってば!」
焦燥が悲鳴となって、必死に彼の名前を呼び続ける。
しかし、いくら叫んでも探し人は見つからなかった。
「蒼……ちゃんってばぁ……うわぁぁぁぁぁんっ!!」
身体に力が入らなくなり、ついにはその場で跪いてしまい、私はそのまま涙を落した。
ここ数年泣いた記憶なんてない。
悲しいことない世界。
ずっと独りぼっちで過ごしてきた世界。
蒼ちゃんが現れてからすっかり忘れていた孤独の感情は……
今の私にはとても耐えられないものとなっていた。
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