負けず嫌いの才女は今日も勝負を挑んでくる(後編)

 敗北の日々は半年間続き——


「赤井さん、ついに今日で高校生活最後だね。早かった。ここ半年間は本当にそう感じたよ」


 萌黄くんが窓の外をぼんやり眺めながらしんみりと言葉を投げてくる。

 この風景を脳裏に刻んでいるのだろう。

 ……私が隣にいるのに風景を優先する彼が許せなかった。


「萌黄くん! 面白卒業証書授与対決で勝負よ!」


「どういうことなの!?」


 心底驚いた顔で振り返ってくれた。

 彼の注目を引くことができた。私は風景に勝ったのだ。

 あとは萌黄くんに勝つだけね!


「卒業証書を貰うとき、変顔で校長先生を笑わせた方が勝ちね!」


「さすがに不謹慎すぎるからそんなの絶対やらないからね!?」


「……残念」


「心底残念がってる!?」


 あの小テスト対決で敗北してから私は結局一度も萌黄くんに勝つことはできなかった。

 負けっぱなしが悔しくて半年間毎日勝負を挑んでいった。

 住所を割り出して土日祝日も萌黄くんの家に押しかけたりもした。


「そうだ。赤井さん。今日は僕から勝負の提案をしてもいいかな?」


 萌黄くんから勝負の提案だなんて珍しい。

 ……いや、初めてな気がする。


「もちろん受けて立つわ! なんでも来なさい! 貴方に勝つためなら卒業式をぶち壊してもいい覚悟よ!」


「相当な覚悟だね!? そんな重すぎる覚悟なんていらない対決だから!」


「で!? 勝負の内容は何よ!? 早く言いなさいよ! ねぇ、早く、早くぅぅ!」


「わ、わわわ、わかったから肩を揺らさないで」


 彼からの勝負の提案に心が躍っていたのだろうか。

 私はいつもよりもテンションが上がってしまっているようだった。


「勝負の内容は簡単だよ。卒業アルバムのメッセージ欄にそれぞれの想いを書き綴るんだ。そしてより感動させた方が勝ちということで」


「受けて立つわ! さっ、卒業アルバムをよこしなさい。卒アルメッセンジャー検定準2級の実力を見せてあげるわ!」


「キミはいつも準2級止まりだねぇ」


「準2級を馬鹿にしたわね!? 見てなさい! 私の感動メッセージに跪かせてあげるわ!


「……いちども馬鹿にしたことなんてなかったよ。ううん、それどころか——」


 萌黄くんがポツリと呟いた言葉はか細すぎて私の耳には届くことはなかった。

 それよりもこの対決、負けられない。

 負けられないのだけど——


「………………」


 萌黄くんが物凄く真剣にメッセージを書いている。

 その真剣な横顔に私はしばらく目が離せなかった。

 彼が私の為にメッセージを書いてくれている。

 何を書いているの? どんなメッセージを送ろうとしてくれているの?

 ……あれ? どうして私、こんなにも鼓動が……


「……よし。できた」


 20分くらい経過しただろうか。

 メッセージを書き終えた萌黄くんが満足そうに卒アルをバタンと閉じた。


「あれ? 赤井さんどうしたの? 手が止まってない?」


「…………ハッ!? ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしていたわ」


「あはは。珍しいね赤井さんが勝負に集中できていないなんて」


「ま、待ってなさい。すぐに感動メッセージを仕上げて見せるわ!」


 私が萌黄くんに伝えたいこと。

 ……うん。やっぱりこれよね。

 こういうシンプルなメッセージこそ心に響くというもの。

 何より、こういう姿勢が私らしい。


「出来たわ! さぁ、勝負よ!」


「うん。まずは僕のメッセージを読んでほしいな」


「受けて立つわ!」


 萌黄くんから渡された卒アルを開き、彼の文章ページに視線を移す。

 そこには彼らしい綺麗な字で空白を埋め尽くすかのようにビッシリと文字で染まっていた。




『赤井 紗理奈さん


 いつも楽しい時間を本当にありがとう

 キミのおかげで僕の高校生活に彩りができました

 毎日、たくさんの勝負を行ってきたね

 勝負ばかりの日々に最初は戸惑ったけど、毎日が本当に楽しくて

 そして本当に嬉しかったんだ


 キミと出会う前の僕は陰鬱でクラスでも全く目立たない存在でした

 いつも独りぼっちの僕

 そんな僕の手を引いてくれたのは赤井さんです


 赤井さんが広い世界に連れ出してくれたおかげで僕も自分に自信を持つこと

 ができる様になりました

 キミにもらった自信を胸に僕の気持ちを打ち明けます


 赤井紗理奈さん

 僕はずっと貴方のことが好きでした

 初めて声を掛けてくれたあの日からすでに好きになっていたのだと思います


 だから君へ勝負を持ち掛けることにしたんだ

 高校最後の日、キミに告白をする

 僕の気持ちを受け入れてくれたら僕の勝ち

 受け入れてくれなかったら、素直に敗北を認めます


 どうか僕の気持ちを受け取ってほしい

 今ばかりは僕に完璧な勝利を与えてほしい

 そしてこれからはキミの恋人としてずっと僕と共に居てほしいです


 萌黄 蓮』




 彼からの真摯な文章を読み終えた私は——

 瞳から大粒の涙を浮かべていることに気が付かなかった。


 私の心を埋め尽くしているのは間違いなく喜びの感情。


 そうか。


 私は——


 きっと彼のことを——


「また負けたあああああああああああああああああああああああっ!!!」


「うわ、ビックリした!? 急に叫ばないでよ!」


「私が負けた時、絶叫で終えるのはお約束のパターンでしょう!」


「確かにそうだった!?」


 アッサリと私の涙腺を奪った彼が恨めしい。

 今回もあっさり勝利をもぎ取っていた彼が憎らしい。

 この人はいつも私の一歩先を行っている。


「そ、それで、どう、かな? んと、結構勇気だしての告白だったんだけど……」


 頬を赤く染めながら両指でツンツンと突き合いながら俯き加減で言葉を投げてくる。


「私の負けだって言ったでしょ!」


「え、ええっと……?」


「貴方の気持ちを受け取ったのだから貴方の勝ちだって言っているの!」


「そ、それって!?」


「ふ、ふん。恋人になったからと言って私からの勝負を避けられると思わないことね。貴方は一生私の勝負に付き合う選択をしたのだから」


「……! う、うん!」


 う、嬉しそうにしてくれるわね。

 そんなに私と、こ、恋人になれたことが嬉しいというの? ふ、ふーん。


「それじゃ、そろそろ講堂に行きましょう。卒業式が始まるわ。恋人一発目の勝負は面白卒業証書授与対決よ」


「だから不謹慎だからそれはやらないって!」


「冗談よ。ほら、手」


「えっ?」


「恋人なんだから手くらい繋ぐでしょうが! 何!? それとも敗北者の私の手なんて握るに値しないとでも言いたいの!?」


「そんなこと一言も言ってないよね!? 繋ぐ! 繋がせてください!」


 萌黄くんがとてとてと私の元へやってきて、おずおずと私の手に触ってくる。

 その手はとても熱が籠っていて暖かかった。


「——あっ、そういえば赤井さんからの卒アルのメッセージまだ見てないな。見ていい?」


「くぅ……勝者の余裕ね。敗北確実の私のメッセージを見て勝利の愉悦に浸ろうと?」


「そんなこと思ってないからね!? その、好きな人が僕にどんなメッセージを送ってくれたのか単純に気になっただけで」


「そ、そう。そういうことなら、はい」


 恋人になった途端、彼の一言一句に心が揺れ動いてしまう。

 私の恋人さっきから可愛すぎない?


「じゃ、読ませてもらうね」


「ど、どうぞ」


 萌黄くんが私の書いた文章に視線を移す。

 その表情は……一瞬で驚愕のものへと変容していた。


「『大学では私が勝つ』としか書いてない!?」


「ええ。私の気持ちを一言で体現させてもらったわ」


「長文書いてた自分が恥ずかしい!」


「でも気持ちは伝わったでしょ?」


「う、うん……あっ、そういえば赤井さんも進学だったんだね」


「ええ。当然ながら貴方と同じ大学よ」


「そうだったの!? 知らなかったんだけど!?」


「言ってないもの。勝ち逃げなんて許さない。私たちの戦いは高校で終わりだなんて誰が言ったの? 私が勝つまで地の果てまでも追いかけてやるつもりだったわよ」


「勝負へのこだわりがとんでもないな!?」


「住居も貴方の部屋の隣にしてあるから」


「次々と衝撃の事実を打ち明けるのやめてくれない!?」


「うふふ。恋人になったのだから同じ部屋に住んでもいいかもね」


「さすがに一人の時間は欲しいよ! 気が休まらなそう!」


「我慢なさい。一緒に住むことにしたらまずは『寝つきの良さ対決』をやりましょう。同じベッドで先に眠ってしまった方が負けね」


「さすがに勝てる気がしなくなってきた!」


 高校生活は全戦全敗。

 そして舞台は大学へと移るのだけど……

 結局大学でも一度も勝てなかったのはまた別の話である。

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