第8話 掛け違ったボタン
ずっとずっと、不安だった事が、起きた。彼女と僕のほんとに一寸した食い違い。
価値観や考え方の違いで、言い合いをする様になった。
今思えば、本当に取るに足らない事。幾らでも譲歩できる事に目くじらを立て、喧嘩した。若いと言う事は、ある意味残酷で、絶対、此処はこうでなきゃ、と思ってしまうと融通が利かない。何処からか違ってしまうと修正が利かない。
決定的な事は、連絡が着かない事だった。僕は出張先の公衆電話からしか連絡を取る手段が無かった。しかし、友達と出掛けている彼女と話が出来ない。当然、彼女から連絡は出来ないので、意思の疎通が無くなった。
研修が一段落し、実家に帰った。早速連絡を取り合って会う事になるが、のっけから険悪なムード。当然、最後には別れようのの言葉。
あの時のお互いの気持ちを推測するなら「こんなに好きなのにどうして?」という気持ちで一杯だったと思う。
そんな行き違いのような事で、連絡を取ら無くなり、寂しい日々が続いた。
母親にも「最近彼女と会ってないの?」と心配される始末で。胸が痛む。素直になれば「ごめん」の一言で済む話なのだが、いったん拗れると厄介だった。
そうこうして居るうちに、研修が終了して実家に帰り、本格的に父親の家業を継ぐ事となった。忙しい日々を過ごし、彼女を忘れようと必死だった。でも如何しても、忘れられない。忘れる訳がない。わずか3年位の時間だったが、この時間は僕の一生分の時間だったと思う。
ある時、噂で「彼女が結婚するらしい」話が聞こえて来た。そんな話を聞いて穏やかで居られる訳がない。がしかし、その噂を教えてくれた友達にも「いいんじゃない」と言って、スカシてた。
そんなある日の朝、まだ起きて居なかった僕の所に、彼女から電話があった。母親が慌てて2階の僕の部屋に呼びに来た。
「容子さんから電話だよ。」と言われびっくりしたが、電話に出た。
「もしもし。おひさしぶり。」
「うん」
「あのう、私、結婚する事になったの。」
「そう、おめでとう。」
「それだけ?」
「他になんて言うの?」
「・・・」
「どうぞお幸せに。」
と言って、一方的に電話を切った。
少しして母親が「また容子さんから電話」と言いに来たから。
「もういい。出ない。二度と掛けてこない様に言って。」とベットに潜り込んだ。
そこから暫く、僕は抜け殻になって居た。何を見ても、何を聞いても、何を食べても、何の感情も湧かない。
「もういい。絶対あいつより可愛くて、僕に似合った娘を探す。絶対に。」そう決意した。
そして、落ち着きを取り戻したある日、姉が出産の為産婦人科に入院した。
なんとそこの病院で、僕の母親と彼女の母親が出くわすと言う事が起きた。
姉が甥を出産した翌日、病院に見舞いに行ったら、母親から「容子さん、結婚して子供が出来たみたい。昨日お母さんとばったり会ったの。この階の反対側の病室に入院しているらしい。」と聞いて、びっくりした。
「えっ、まだ1年位しか経って無いのに?」事の重大さと、起きた出来事があまりに早すぎて、追いて行けなかった。
多分この頃からだと思うが、彼女に対する嫉妬心と言うか悔しさを感じ始め、絶対もっと良い娘を探す。と決意を新たにした。
そこからの僕の行動が酷かった。彼女と言うより、嫁探しに必死になり、数か月おきに付き合う人を変え、ようやく落ち着いたのが僕が28歳になる時だった。
遠縁の親戚の娘で、落ち着いた。
最初相手の親に反対されたが、子供が出来結婚する事になり「これで僕も幸せな家庭が持てる。」そう思って居たが、それは大きな勘違いだった。
やはり、楽しいのは最初だけ、慣れてくると、妻の良い所、悪い所が解って来る。そう、自分の悪い所を棚に上げて。
口が立つ僕は、いつも妻と口喧嘩をすると、最後は妻が泣き出して終わると言う、最悪な夫婦になってしまった。
子供は、いつも怒って居る父親、いつも泣いている母親。そんな光景を幾度となく見る事になる。父親として最低だった。
それでも僕は、本気で、一生懸命しているのに、何故?といつも自分の非を認めず、自分の首を絞め続けた。
そんな結婚も、20年が過ぎようとした時、妻から離婚の申し入れがあった。
流石にびっくりしたが、冷静を装い「子供が小さいうちは離婚しない。」と拒否をした。そしてまた、「何故?」と言う疑問符が沸き起こって来た。
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