第7話 旅立ちの朝
卒業式も無事終わった。僕の母親と彼女と彼女の母親の4人で食事をして帰る事になった。子供の頃から良く行って居たお寿司屋で、修業して独立した寿司屋がある。こじんまりとした店だが、ネタは新鮮で母親のお気に入りの店だ。
此処に二人を連れて行くと言う事は、母親も彼女を気に入っていると言う事だった。テーブルで4人顔を合わせての食事は、ちょっと照れ臭かったけど、良いもんだと思った。
母親同士は初めてだったので、お互い大人の挨拶で、丁寧に挨拶をしているのを見ると、結構、周りから固まって行く感じが、ちょっと息苦しくもあった。
食事を終え、免許を取ったばかりの僕が車を運転し、彼女の家まで送って行った。
家の入口よりも手前で良いと言うので、お言葉に甘えて、手前に止め、彼女と彼女の母親を下ろして、自宅に向かった。
「気さくで良いお母さんね。」と母が言ったので、「うん。」とだけ答えておいた。
それから1週間が過ぎ、研修に行く準備に追われていて、彼女に会えない日が続いた。彼女は彼女で、県庁に出勤するためのスーツを買いに行ったりして、それなりに忙しくして居る様だった。
来週の月曜日から東京に行くので、行く前に彼女に会いたいと連絡をして、デートした。「どうしたの?浮かない顔して。」と聞くと「だって東京に行っちゃうんだもの。可愛い子も沢山いるし。」
「あのね、仕事で行くし、職場は研修であちこち行くから、そんな女の子なんて構う筈ないし、僕が浮気でもすると思ってる?」と膨れると「違う違う。ただすぐに会えないから、寂しいだけ。」
今とは違って、まだまだ携帯電話やメールなんて想像すらできなかった時代。
考えれば、確かに一度出たら連絡はつかない時代だったから、今生の別れみたいになったのは、確かだった。
「大丈夫、年に何度かは帰って来るし、電話もするから。」と言って、なだめたがやはりべそをかいていた。
お互いの両親にも挨拶を済ませ、プロポーズこそしていなかったが、研修から帰ったら、そうなるだろうなと思って居た。しかし、現実は違ったんだ。
出発の当日、駅まで見送りに来ると言う。「恥ずかしいから、やめてくれ。」と言ったが、まだ仕事が始まって居ないからと、ホームまで見送りき来た。
そして、真っ赤に晴れた目に更に涙を浮かべ、口をしっかり結んでいる。
なんか、田舎者が上京するシーンのようで、とても嫌だった。とはいえ、思いっきり田舎者だったけど。
走り出した電車と一緒に小走りについて来て、手を振る。
なんか気が滅入った。僕は「そんなに彼女が心配するほど、信頼が無いのだろうか?」と思ってしまったんだ。
最初の派遣先は、隣の県だったので、仕事が休みの日には、実家に帰ってきて彼女とデートした。しかし、翌日仕事に向かおうとすると、駅まで見送りに来て、また泣くんだ。その都度で僕も嫌になった。ひょっとして、僕の運命の人は。この子では無いのだろうか?」さえ思うようになって来た。
ちょっとした価値観の違いが、あとで大きくなるのは嫌だったので、真剣に悩み始めていた。もともと、本当にこの子と結婚して、一生一緒に居るって大丈夫だろうかって思った位だったから。あの頃の僕には「一生一緒」という言葉がかなり重くのしかかっていて、背負いきれないでいたから、尚更だった。
いや、信頼されていない位なら、もっとほかに合う人が、居るのではとさえ思った。
「吉田和哉19歳。」まだまだ人生なんて解らない小僧だった。
本当に人生なんて解らない。特に当事者でああれば。
今は時間と空間が開いているから冷静に考えられる。間違いなくあの子は、運命の相手だったと、今更気付いた。
現在の僕、63歳。人生終わってる。どう考えても気づくの遅すぎ。
別に未練ではないが、あの時の自分にとっては最高の彼女だった。とても気が利くし、僕が考えている、何手も先を読み準備に抜かりが無い。家事も得意だったし、掃除も手際がとてもよく。できた彼女だった。
ほんとに僕は人を見る目が無かった事は、素直に認める事にする。
少し前までは、特に40代の頃は絶対に認めたくなかった。小さい男だったと思う。
正直、釣り逃したなんとかでは無いが、一番出来が良かったと認める事にしよう。(大体失礼でしょと言う言葉が飛んで来そうで怖い)
でもその時の僕は、恐らく、もっと僕に合った子が居るに違いないと、大きな勘違いをしていた。
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