第6話 満開の桜の下で
楽しかった高校生活も、あと少し。うちの学校はほとんどの生徒が高校を卒業すると地元の企業に就職する。3学期になると、卒業を待つだけと言う人がほとんどで、大学入試なんてよその国の話みたいで、皆、卒業までの最期の高校生の時を楽しんだ。
僕の家は、親が商売をしていたため、卒業後は勉強の為2年くらい日本中に有る同業者の店を研修して歩く事になって居た。
彼女は、生徒会などの活動して、更に成績は常にトップクラスに居たので、学校推薦で県庁の経理課に内定していた。
「もうすぐ卒業だね。」そんな会話があちこちで聞かれ、ちょっと寂しい気持ちと、ちょっと解放されるトキめきが、心の中で鬩ぎ合っていた。
僕と彼女も、学校帰りの喫茶店で、コーヒーを飲みながら、卒業したらどうしようと話をしていた。
僕にとって彼女が、本当の彼女になったその日は、1年くらい前の冬の日、彼女の家の近くにある小学校に「懐かしい。」といって学校帰りに寄り道したことが切っ掛けだった。
夕方、ブランコに乗り、話をしていた時に突如僕は「ちょっと来て。」と言って木陰に彼女を誘った。なぜか、夕方が暗闇に染まる前の時間が人恋しく感じ、衝動を抑えきれなくなった。
周りから見えないように、少し太めの木を選び、彼女を抱きしめた。
「えっ、」って言って身を固くしたが、すぐに全身の力が抜け、僕に体を預けて来た。制服の上から来ているコート越しに、思い切り抱きしめた。
3分か5分か定かではないが、間違いなくその時の時計は止まっていた。
そして、少し体を離した時、彼女と目が合った。
その次の瞬間、彼女が目を閉じたので、初めてのキスをした。ほんのちょっと唇が触れる程度だったはずだが、心臓がこれでもかと言うほど脈打ち、耳元から頭のてっぺんまでかけて、ざわざわが上がって行った。「ごめん。容子がすき。」とだけ言って、体を離した。
そんなことが有った半年後の夏休み、その時は来た。彼女の家の離れに、彼女の部屋だ出来た。今まで使っていた部屋は、妹も大きくなって自分の部屋欲しいと言う事で親が彼女の部屋を増築してくれたのだ。
何度も彼女の家に行き、自然と溶け込んでいたので、僕が一人で彼女の部屋に居ても全然不思議じゃなかった。そんな馴染んでいたある日、ほかの家族は親戚の家に出掛ける事になった時、ついに二人きりになった。
このチャンスを逃したら、一生チャンスがないと思い、速攻彼女を抱きしめた。最初は、ふざけっこの様にしていて、抱きしめて、キスして。
夏は、Tシャツ1枚。直接彼女の肌に触れる。またあのドキドキが襲ってきて、耳元からざわざわが頭頂部に抜ける。耳の奥がキーンとなって、ほぼどうしたか記憶がないが、夕方、電気もつけずに絡み合っていて、ついに結ばれた。お互い、初めてだったので上手く行かなかったが、ついに、ついにこの人と結ばれた。
そんな思い出が詰まった高校生活も、本当にもうすぐ終わる。僕の部屋に遊びに来た時は、よく下手なギターを弾いて彼女に歌を聴かせた。吉田拓郎がお気に入りで、あと長渕の曲も歌った。ツイストは彼女からレコードを借りて、テープに録音してコピーしようとしたが、コードが難しくて、挫折した。代わりに何度もアカペラで歌った。本当に僕の青春は、彼女一色で染まっていたから、何処を切っても金太郎あめのように、彼女との想いでしかない。どっぷりと漬かった3年間だった。
蠍の毒。今思えば、既に僕の躰には全身毒が回った状態で、此の侭取り込まれて人生を終えるのだなと、なんとなく思って居た。
しかし、そんな僕の中に有る疑問が首を持ち上げて来るのだ。
「本当にこれでいいのか?」その心の声は最初は小さくけれど力強く、次第に大きくなって行った。
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