第3話 蕾の膨らみ
約束をした日曜日の午前中に、僕は駅前に居た。
やっぱり嬉しい。約束の30分以上前に着いたが、あの子は既に来ていた。
「早いね。」と言うと、丁度良い電車が無かったので、早めの電車で来たと言う事だった。
映画の時間には、だいぶ有るので映画館の並びの、DOM DOMバーガーに行く事にした。
お店に入って、BLTバーガーとコーラを注文した。あの子は、ドリンクだけで良いと言ってメロンソーダを注文した。席に座って、バーガーに齧り付く。コーラを飲み、アット言う間に食べ終えた。その間、あの子はメロンソーダを飲みながら僕を見て笑っていた。
それでも映画が始まるまで、少し時間が有ったので、基本的な質問をした。
なんせ、代理人を通しての面接みたいな、お見合いみたいな、妙な出会いだったので、あの子の事を僕は何も知らない。何処から学校に通っているとか、兄弟は何人とか、誕生日は何時とか、本当に基本的な事を聞いた。
そした、らあの子が言うには「私、誕生日が10月24日で、ギリ蠍座なんです。」
「うわぁ、やばい人じゃん。」と僕が言うと「そうなんです。」と笑った。
なんか笑顔が可愛いな、と思いながら、やっぱこの子とお付き合いするのかな?
となんとなく思った。
映画の始まる時間が来たので、映画館まで歩き、窓口でチケット2枚買った。
中に入り、もぎりのおばちゃんにチケットを渡し、半券を貰た。
「再入場する時には必要だから、無くさないでね。」と言いながら渡してくれた。
この田舎の小さな町には、映画館が2軒あり、1軒は日活ロマンポルノ専門みたいな映画館で、もう一軒は、良く怪獣映画や、任侠映画を掛けていた。
古びた木製の階段を上り、館内に入ると席は全部自由だった。昔は映画館の中でタバコが吸えたので、床にはたくさんの吸い殻が落ちていた。その光景がとても印象的だった。
映画の半券には『幸せの黄色いハンカチ』と書いてあり、あの子に1枚半券を渡すと、「この映画が見たかったんですか?」と聞かれたので、「そう、桃井かおりが出ているから。」と答えた。
映画は、まだ高校生という所で、深く理解は出来なかったと思うが、それなりに楽しんだ。マツダの赤いファミリアで北海道まで主演の高倉健、桃井かおり、武田鉄矢が旅する話で、北海道に着いた時、黄色いハンカチが目印と言う設定でそこに行く、と言う事だったように記憶しているが、40年も前に見た映画は、既に僕の記憶の中では白黒映画のように色褪せてしまった。しかし、ラストの黄色いハンカチが物干しのてっぺんから、万国旗のようにたくさん縛ってあったことは鮮明に覚えている。
しかし、その映画館は、僕が二十歳を過ぎた頃、火災になり、今はもう無い。
映画が終わって、僕たちは遅めのお昼にしようと、駅前に戻り喫茶店に入った。
そこは、友達がバイトしている店だが、この日は休日で会えなかった。
ちょっとだけ顔見知りの店長が「いらっしゃいと」と言って水とおしぼりを持って来た。僕はナポリタンとホットコーヒーを注文し、あの子はサンドイッチにホットコーヒーを付けた。
余り話の話題が無く、なんとなく食事をして、喫茶店を出た。まだ時間が早かったが、駅まで送り、「うん、また学校で」と言って別れた。
これが僕の人生初のデートだった。
翌日、学校に行くと例の3人組が寄ってきて「ねえねえ、デートどうだった?」と聞いて来たが、映画を見終わって、喫茶店に行って別れたと言ったら、叱られた。
「なんだ、吉田君って詰まんないんだね。」って言うから「ほっとけ」って切れた。
そして放課後、いつものようにバイトに行くのに、速攻で帰宅した。
原チャに乗って、颯爽と街を走る。すでに寒い季節になって居る。走ると涙が横走りして耳に入る。鼻はズルズルで全然かっこよくない。それでも昔、原チャはノーヘルOKだったので、つまらない見栄で寒さを我慢していた。
その日の夕方、あの子が友達と喫茶店にお客として来た。
流石に、心臓ドキドキで、セーラー服のお客さんはあまり来ない喫茶店だったから目立つし、もう、パニクった。それを見ていた厨房のチーフが「吉田、お前の彼女はどっちだ?」と二人いる高校生をみて、僕に聞いて来た。「まだ彼女じゃありません」と言ったが、「こっち見て座っている方だろう?」と図星を刺された。
そして、その数日後に付き合うような雰囲気になるのだが、これが人生の最大の試練の始まりだとは、まだまだ僕は気付けなかった。いや、むしろ有頂天だった。
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