第1話 過去からの伝言
若さって、怖いもの知らず。大丈夫、なんとかかる。そう思って僕は彼女と別れた。しかし40年後、その棘がずっと消えずに、刺さったままに成るとは、考えなかった。だから今、40年前僕に言いたい。君が思うほど、想い出は簡単に消えない。
その子と出会ったとき、僕は図書館の司書の人と談笑をしていた。
いきなり3人の女子が僕の所に来て、「すみません、ちょっと話したいことが有るんですが。」とまるで強制的に連行される感じで、呼び出された。
僕、何かやったかな?と思いながらついて行く。
図書館の端の席に座らされ、その僕を3人は取り囲むようにして立った。
「あのう、端的に聞きますけど、彼女いますか?」
「はあ?いきなり何?いないけど。」
「付き合ってほしい子が居るんですけど。」
「僕と?無理。」
「どうして?」
「だって女の子と付き合った事無いもん。」
「じやぁ、会うだけ、会うだけで良いです。」
「どこで?」
「ここで。」
「今?」
「来週。同じ時間で。」
それでも断るならと、凄むように3人の女子は身を乗り出すように言った。
「わ、解った。会うだけ。」
「そう、会うだけで良いから。」
そう言って3人は帰って行った。
その出来事は、空気が乾燥してきて、少し肌寒く感じる頃の季節だった。
「えー、来月の3日金曜日は、ハイキングになります。場所は奥日光の、『切込湖・刈込湖』という所に行きますが、かなり本格的な山の中に入るハイキングですので、歩きやすい服装とお弁当を持って来るように。また、山は寒くなるので上着を忘れないように。」
「せんせー、おやつは幾ら迄ですか?」
「高校生だから制限はありませんが、自分で持てるだけにしてください。終日、山の中を歩きます。では、これでホームルームを終わります。」と言って副担任は教室を出て行った。
女子たちが4,5人集まって、「ねえねえ、どうする?」とか「なんか、だるくない」とか言っている横をすり抜け、僕は自転車置き場に向かった。
夕方のバイトが有るので、早く家に行って着替えて、バイトの向かわなければ。
立漕ぎをしながら、「ハイキング、どうしようか、何を持っていこうか、どんな服装で行こうか」と思いを巡らせる。
僕は、中学生の時、家族でそこのハイキングに行った記憶がある。とにかく丸1日歩き通して、最後「やだ、もう歩きたくない」ってごねて、家族を困らせた記憶が鮮明に蘇った。
確かにだるい。あの、山の中を1日中歩き「足が棒のよう、と言う表現そのものになる事が実感できるような所に行かなくても」と改めて思った。
そうだ、ハイキングに1人はつまらないから、今度会う子と話しながら行けば楽しいかな?と思った。
そんな訳で、翌週、図書館デート?面接?みたいな事をした。
「あのう、名前教えて貰って良いですか?」
「すずきたえこ、と言います。」と、蚊の泣くような声とはこの事かと思いながら
「はい?ごめん聞こえなかった。」と言うと、付き添っていた3人のうちの1人が
「鈴木妙子。」といった。
なんとも、妙な子で「あっ、なる程。」と思った。
恥ずかしくて、俯いて、口元を手で隠しながら話すものだから「ごめん、聞こえなかった。」と聞き返した。会話の中で、たびたび言うものだから「僕は耳が悪い?」って思ってしまうくらい。
まあ良いや、今度のハイキングで、話してみて合わないなと思ったら、丁寧にお付き合いを辞退すれば良いと思った。
この時僕は、此れが人生の棘になる事など、夢のも思わず。
もし今の自分が、過去の自分にアドバイスするなら、「良いのかい?最初に付き合う子がこの子で。後から棘が刺さって、化膿すると痛いよ。」って言ってやりたい。
しかし、その時は「初めて彼女が出来るかも知れない」と言う思いで、目の前が明るかった。いや、明るすぎて、見えなかった。
その日の夕方も、喫茶店のバイトがあり、急いで家に帰り原チャリに乗り換えてバイトに向かった。
裏口から入り「おはようございます」と言って、エプロンをつけ、早速、洗い物をする。
「吉田くん、今度の金曜日、バイト入れる?」
「金曜日は、学校のハイキングで、多分、死んでると思います。すみません。」
と言いシフトを変えて貰った。
翌日、バイトが休みだったので、ハイキングに着て行くブルゾンを買いに行った。
気に入った上着が見つかったが、結構高いので悩んでいたが、バイト代全部はたいて、購入した。「やっぱ、カッコつけなきゃ」と1人張り切っていた。
側から見たら、なんだかんだ言ってるけど、満々だね、って言う事だった。
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