ドライフラワー 〜 re-edit vr. 〜
神田川 散歩
プロローグ
ボックス席で談笑をしていた。
旧友の夫婦と妻の4人で、近々始まる仕事の打ち合わせをした後の、ちょっとした時間だった。
友人とは古い付き合いで、再婚の僕の妻に「こいつの悪事を、いつか聞かせてやる」と語っていた。
「若い頃こいつ、結構無茶していて特に恋愛エピソードは語れる」そう言って、笑っていた。
隣のボックス席には、10人くらいの団体が座っていて、盛り上がっている。多分ゴルフコンペの2次会の様で、ちょっと日焼けした顔が酒の酔いと重なって、ツヤツヤしている人達だった。
友人の話は続く。
「俺、夜中に呼び出されて、彼女の家まで送らされたり大変だった。」と苦笑気味に語っている。確かに僕の黒歴史そのものだった。
「それで?」と妻もニコニコしながら続きを催促している。
その言葉を遮るように「いいじゃないかそんな昔話」と僕。
「何?聞かれて拙いことでもあるの?」と友人の妻が会話に入ってくる。
「いや別に、でもそんな話つまらないでしょ?」と僕が言うと「聞きたいよねぇ?」と僕の妻の顔を覗き込んでいる。
程よい酒が、身体中をかけ始めて頃、その店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」と言う店員の声。
入ってきたのは、背中側のボックス席の団体さんの連れらしく、「いらっしゃい、待ってたよ」なんて声が飛び交う。
その言葉に「すみません、遅くなりました」と言う声が重なった。
その声を聞いた瞬間、僕の心臓が一瞬強い鼓動を打った。
「あれ?聞き覚えのある声。でもまさか。」怖くて僕は振り返れない。
その後も、隣のボックスの会話に心を持って行かれた僕は、固まる。
「間違いない、容子の声だ」と心の中で確信した僕の表情は険しくなって居たと思う。友人が「どうした?」と怪訝そうに此方を見ている。
「あの子だ。間違いない。今話題に出て居た元彼女の声だ」と小声で友人に伝え、目配せする。
友人はなんの事かわからず、キョトンとしている。
「だから、容子」何度も何度も聞いた声は、40年の時間を飛び越えて来ても、変わらないことにビックリした。
僕たち2人の様子がおかしい事に、妻たちも気づいた。
友人は彼の妻に体を寄せて、ことの成り行きを説明している。
僕はあろう事に冷や汗をかき、ハンカチで汗を拭きながら扇子で顔を扇ぎ動揺している。呆れた顔で僕を見て居た妻が「なんでそんなに動揺しているの?挨拶くらいしてら良いのに」とニヤニヤ。
「だって、何十年振りに彼女の話題が出たばかりでまさか、本人登場だなんて、ありえない」チープな映画でさえ、こんな演出はしないだろうと思いつつ、汗が引かない僕に、予約して居たカラオケのイントロが流れる。
覚悟を決めて、マイクステージに歩いた。こともあろう事に、そんな元カノの話題が出たので思い出の曲を入れて居たから、なおさら気まずい。
追い打ちをかけて店のママが「和哉〜っ」ってわけわからん掛け声。
当然、隣のボックスの団体さんも、此方を注目する。
このシュチエーションで流石の元カノも此方に気づいた。
カラオケモニターを必死に見つめ、顔を上げる事なく1曲歌い終わった。
さらに汗が吹き出す。
次の曲のイントロが流れ出すと、隣のボックスから2人のお客が席を立ってマイクステージに向かう。その時、元カノが僕たちの席に所で足を止めた。
僕は顔をあげれないまま俯いていたが、妻と友人たちに会釈をしていった様だった。
とにかく焦りまくった、その後の時間はどうなったか全く記憶になかったが、とにかくビックリした事だけが、心に残った夜だった。
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