ブルーベリーティーの夢
「ここでいいのかな……?」
ツタの装飾がされた扉の前で僕は考えた。というのも、今朝ポストにこんな手紙が入っていたからだ。
「シオンへ
君さえ良ければ、今日遊びに来てくれないかな?君の好物を用意して待ってるよ」
差出人の名前はどこにも書かれていなかった。「名前や好物を知っているということは、知り合いの誰かかもしれない」と思い、字そのものも見てみた。だけど、字で誰か判断しようにもあまりにも特徴が無く、手紙自体も一切の無駄を排除したかのような雰囲気だった。にも関わらず、手紙には僕の家から目的地までの地図も同封されていた。
(……色々突っ込みたい所はあるけど、とりあえずまず行ってみるか)
そんな軽い気持ちで来たは良いものの、いざ目的地に着いて不安になったのだ。手紙を出したのは誰なのか。何が目的なのか。
しばらく扉の前で腕を組み考えていると、「ガチャリ」と音を立て扉が開いた。扉か完全に開いた後、その先にいた人物を見て僕は目を丸くした。
「水蓮さん……?」
扉を開けた人物――水蓮さんは、一呼吸の間を置いた後に真顔で語りかけた。
「シオンちゃん、だよね?よく来たね。えっと……。ここでずっといるのもなんだし、入っちゃって」
水蓮さんは扉を開けたまま僕を待っている。一瞬入るのをためらったが、このまま待たせる訳にもいかない。そう思い、意を決して見知らぬ家の中に入った。
家の中には、沢山の植物が飾られている。鉢植えからツタ、観葉植物に色とりどりの花……。それに、薬草まである。その圧倒的な植物の量に、思わず目を奪われてしまう。でも、本来の水蓮さんの家には、植物はほとんど無いはずだ……。
「……どうしたの?ほら、席に座って?」
水蓮さんの言葉でふと我に帰った。そうだ。ここでぼーっとしてても仕方ない。
とりあえず、一度水蓮さんに言われた通り近くの席に座った。しかし、席に座っても何だか落ち着かない。胸がそわそわするような、そんな感じがするのだ。
とりあえず、まずは落ち着かないと。そう思いながら、何度か大きく深呼吸をする。空気が美味しい。これだけの植物に囲まれているのだから、当然かもしれないが……。
ふと後ろの方を向くと、水蓮さんが何かを持ってきているのが見えた。木製のトレーの上に、二つの物が乗っている。それに、何だかとても良い香りがする。
「えっと……、それは何ですか?」
「これ?これはね、ブルーベリーソースをかけたバニラアイスとブルーベリーティーだよ。ほら、前にシオンちゃん『ブルーベリーが好き』って言ってたからさ……」
そういうと、水蓮さんはトレーの上のバニラアイスとブルーベリーティーを僕の目の前にそっと置いた。
真っ白なバニラアイスの上には、深い紫色のブルーベリーソースがかかっている。形を保っている果実は、ソースのコーティングも相まって宝石のように輝いている。それに、わずかに溶けたアイスとソースが絡まって、下の方にはマーブル模様が出来つつある。
ブルーベリーティーは、明るい赤色の紅茶の中に黒みがかった紫色のブルーベリーがあることで、アクセントが生まれている。ティーカップが透明なためか、よりはっきりとそれが表れている。それに、ふわりと香る紅茶とブルーベリーの香りから、味が保証されているのが分かる。
でも、一つ疑問が浮かんだ。これらの品は、本当に水蓮さんが作ったんだろうか?
「どうしたの?アイス、溶けちゃうよ?」
ふと、我に帰る。そうだ。何はともあれ、美味しいうちに食べた方が良いよね。
「あ、そうですね……。いただきます」
まずは、アイスを一口。口の中でバニラアイスとブルーベリーソースがより一層絡まる。
続いて、ティーカップを手に取り、一口飲む。香りから既に味は保証されているようなものだったが、こうして実際に飲むとそれが確定された事項へと変わる。
「美味しい。けど……」
「どうしたの?」
「これって……、本当に水蓮さんが作ったんですか?だって……」
ゆっくりと顔を上げると、水蓮さんはどこか悲しそうな、寂しそうな顔をしていた。でも、次の瞬間には柔らかな笑顔が戻っていた。
「うん。僕が作ったけど、それがどうしたの?」
……それを聞いた瞬間、僕は「あること」を確信した。
水蓮さんは決して料理が上手な方ではない。まして、甘いものに関しては。それなのに、これらの品々を本当に水蓮さんが作ったのだとしたら……。
「……ここ、僕の夢の中ですね。ブルーベリーティー、美味しかったのにな……。」
僕は、一つ大きなため息をついた。
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