浮島と暗室の夢

 僕は小さな浮島にいた。

 それもただの浮島ではない。空中に浮いている島だ。辺り一帯には大小様々な島がぽつぽつと浮いているが、ここからでは到底他の島へは行けそうにない。

 他に何か無いかと今自分がいる島を見回してみる。何度か見まわしていると、近くに大きな青い箱があるのを見つけた。何でさっきまで無かったのかは疑問だけど、今そんなことはどうでもいい。

 早速近づいてみると、箱の高さは2mくらいあった。中は見かけより広く、何人かが入れそうだ。池以外何も無い小さな島に飽きかけていた僕は、迷うことなくその箱の中に入った。

 箱の中には島の名前が書かれたプレートと、それと同じ数のボタン、光る板があるだけだった。よく見ると、光る板には「何もない島」と書かれている。そこでようやく、僕は初めて「自分が今いる場所」を知った。ボタンの方はかなりある。「紫の島」に「青の島」、「眠りの島」に「黄金の島」や「龍の島」、そして「何もない島」……。

 しばらく悩んだ末、とりあえず最初に目に留まった「紫の島」のボタンを押すことにした。直後箱の扉が一人でに閉まり、そのまま下降を始めた。

 あれからしばらく経った。けど、実際どのくらい経ったのかは分からない。でも、「紫の島」どころかどこかに止まる気配すら無い。あまりにも暇で、次第にうとうとしてきていた。

 半分眠りかけていると、箱は急に下降をやめたのか、「ドン」と鈍い音と衝撃が全身に伝わった。その時の衝撃で思わず起き上がった。そして箱はようやく扉を開けた。でも扉の先には紫なんてどこにも無い、薄暗い倉庫のような場所があるだけだった。光る板を見るも、板には何も書かれていない。

 でも今そんなことはどうでもいい。さっき吹っ飛んだはずの眠気が再びやって来たのだ。そして遂に眠気に耐えきれなくなり、そのまま気を失うように眠りについた。


「あら、やっと目覚めたのかしら」

「突然だか、ここに名前を書け」

 何なのここは。それに君達は誰なの。

 僕は目の前の怪しい二人組の少女に少しの文句と疑問をぶつけようとしたが、どういう訳か言葉が出ない。それに椅子に座ったまま体や手足を動かすことも出来ない。でも、口や手足などを縛られている訳ではない。まるで金縛りにでもあったみたいにだ。

 しかし、目の前の二人は無視するかのように話を続けた。

「この子、何も言わないわね」

「当たり前だろ。さっき薬を飲ませたんだからよ。さて、このまま抵抗されないうちに書かせるとするかな、イッヒッヒ」

「でもお姉様、何も告げないのも悪いわ。この子もあくまで抵抗出来ないだけで意識はあるんだし……。一応、知る権利はあるわ」

 水色髪でロングヘアの子が桃色髪でショートヘアの子を窘める。するとニアは途端に顔をしかめた。

「あー、それもそうだな……。アタシはニアだ。で、こっちが双子の妹のミオだ。……ったく、めんどくせえなぁ」

「そうじゃないわ。こっちのことよ、お姉様」

 水色髪の子・ミオが、桃色髪の子・ニアの持っている紙を指差した。ニアは相変わらず顔をしかめている。

「こっちか……。あー……、これは契約書だ。ほら、とっととここにサインしろ」

 ニアは右手に無理やりペンを握らせた。すると、シオン自身の意思とは関係無く手が動き出し、契約書にはあっという間に彼女の名前が刻まれてしまった。

「『シオン』……。よしよし、ちゃんと書かれてるな。イッヒッヒ」

「ありがとう、シオンちゃん。……それじゃあ、あなたには『もう一回』眠ってもらうわ」

 待って!「もう一回」ってどういうこと?それにさっきの契約書は一体何なの?

 そんな叫びに近い問いは、彼女達には届かなかった。質問の権利も与えられぬまま、口に酸素マスクのような物を当てられ、そのまま「もう一回」眠ってしまった。


 再び目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。それに心なしか周りの物がやたら大きい気がする。

 とりあえず何か無いかと辺りを手探りしていると、何かを見つけた。白っぽい、古びた小さな手鏡だった。そして何となく僕自身の姿をその手鏡で見て言葉を失った。

(周りが大きいんじゃない。僕の方が小さくなっているんだ。それに、外見は多分完全に子どもになっているな……。何でかは分からないけど、服も子ども向けっぽい物になっているし……。見た目の年齢は……10歳くらいなのかな……。でも何で……。もしかしたらあの双子の仕業なのかな……。ていうか、どうやったら元に戻れるんだろう……)

 しかし、一旦浮かんだ不安や疑問をかき消すように頭を横に振った。

(とりあえず、今はそんなことよりここからの脱出が先だよ。元に戻る方法を探すのはその後だよ、自分)

 しばらく悩んだ末に、とりあえずさっき拾った手鏡越しに周りの状況を把握することにした。これならわざわざ身を乗り出す必要も無いだろうし。

 手鏡からはいろんな情報が得られた。今僕が壁の近くにいること。部屋はかなり広いこと。ところどころに箱が積まれていること。扉はあるけど開いていない上に、僕がいる所からは距離があること。そして、真っ黒な人型の化け物が何体か部屋の中をうろついていること……。

 そんな時、突然物が落ちる音と子供の悲鳴が聞こえてきた。慌てて手鏡で悲鳴のした方を見たが、そこに映った光景を見て、おもわず僕も悲鳴をあげそうになった。

 そこには、部屋の角にいた同い年くらいの子供達が、あの真っ黒な化け物に殺される様子が映っていた。それも目や内臓を抉られる、生きたまま四肢や頭部を切断される等の残酷な方法で……。

 このままでは、僕自身の命も危ないと感じ、咄嗟に近くの物陰に身を潜め、化け物が部屋から去らないかじっと待ち続けた。小さな体をさらに小さくし、口元を鏡を持ったままの手で塞ぎながら。その間も、見知らぬ子供達の泣き叫ぶ声や肉をぐちゃぐちゃに掻き回すような音が部屋中に響いていた。

 しばらくすると、部屋は一気に静かになった。物音を立てないようにそっと身を乗り出すと、化け物は扉のある方向へと向かい始めたのが見えた。でも、安心したのも束の間。安心から思いっきり体勢を崩してしまい、その際の衝撃で手に持っていた手鏡が地面に落ちてしまった。よく見えなかったが、鏡は音を立てて粉々に割れてしまったらしい。どうやらその際の音でバレたらしく、化け物は急に方向転換して僕の方に向かってきた。

(もうダメだ。きっと殺される。喉を潰されるに違いない。そしてさっきの子供達みたいに……)

「おい化け物!こっちだ!」

 突如、静寂に一人の子供の声が響いた。声のする方を見ると、そこには親友のゼラニウムに似た黒髪の少女が化け物を睨みつけるように立っていた。彼女の手には拾ったであろうバットが握られている。それに、よく見ると黒い液体のような物も付いている。

「そこのアンタ!こいつの相手はアタシがするから、アンタは逃げて!」

 少女は扉の方を指差した。さっきまで開いていなかった扉は既に開いている。それに、近くには上へと続く階段が見える。でも、化け物は少女の方へと進行方向を変え、じりじりと彼女に迫りつつある。

「で、でも、君は……」

「アタシのことはいいから、アンタだけでも!……ほら!早く!」

 少女に促されるまま、僕は扉の方へ走った。そして振り向く暇もなく階段を上り始めた。

 

 終わりの見えない階段を、ただがむしゃらになって上った。息が切れようと、止まることなく。

 でも、どれくらい上ればいいんだろう。もう足はクタクタだよ。それなのに周りは一向に暗いままだし、全然終わりが見えないよ……。でも……。

「上らないと……。あの子の……ためにも……」

 僕は自分自身にそう言い聞かせつつ、ふらふらになりながらも階段を一歩、また一歩と上っていった。すると、突如目の前に光の玉が現れたかと思うと、瞬く間に辺り一帯が光に包まれた。

 目を開けると、そこは最初にいた浮島――「何もない島」――だった。近くにある池で姿を見てみると、そこには先程までの少女の姿ではなく、今の僕自身の姿が映っていた。最初の場所と元の姿、両方に戻れたことに安堵し大きく息をついていると、突如音も無く目の前に紫色の生き物が現れた。

 大きさは30cmくらいある。空中に浮いているのに翼や羽の類いは無い。代わりに頭部には鹿のような角があり、爬虫類のような尻尾やウロコもある。それに、瞳は金色に輝いている。まるで龍、……それも小さなリンみたいだ。

「リン……?」

 僕は以前夢の中で会った龍・リンの名前を呟いた。するとその生き物は僕の方を見ると軽く頷き、スッと息を吸うと一言告げた。

「お前は解放された」

 そして、紫色の生き物・リンは先程書かされた契約書を取り出すと、目の前で破いてみせた。

「これはお前をあの化け物のいる部屋に閉じ込めるための物だ。だがお前はそこから脱出したから、これはもう効果を失っている。そうそう、あの部屋の扉はな、内側からは開けられないものだったんだ。黒髪の子のおかげだな。どっちにしろ、お前はもう心配しなくてもいいぞ」

「良かった……。そういえば、あの子は?それに、あの化け物は……」

 僕がそこまで言いかけると、リンは軽く笑みを浮かべた。

「……あ、ああ。黒髪の子供のことか。……あの子供は無事だ。だが……、あいつらに関しては何も言えんな。ただ……」

「ただ?」

「今後『また』出会ったら、その時は気をつけることだな」

 それだけ語ると、リンは大空に向かって飛んでいった。僕はその様子を、ただ黙って見送った。

 空には雲と無数の浮島が浮かんでいた。

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