リン様の夢
ある日を境に、人々は変わってしまった。
人間が突如真っ黒な化け物になる。そんな現象がここ、ルーニャ国の各地で相次いでいた。最初こそ住民の間で色々騒がれていたし、国もかなり大変だったらしい。でもいつからか誰も何も言わなくなっていた。化け物は屋外では住民を襲わないことが判明している上、屋外に居続けると次第に溶けるらしい。あと、化け物を駆除する人もいれば仕事もある。それに、化け物が駆除されて溶けてしまえば、誰かが処理を行う。
そして、「それ」は既に人々にとって日常の一部となりつつあった。
でも、日常生活に全く影響が無かった訳ではない。国は化け物の駆除と処理に追われ、それ以外のこと――公共施設の整備など――が疎かになっていた。例えばそう、この橋もだ。いつ頃からか橋にはひび割れが発生していたけど、誰も橋を直すだけの余裕もお金も無かった。そしてこの前、ついに橋のひび割れは橋そのものを寸断する亀裂となってしまった。でも、この橋は多くの人にとって生活には無くてはならない物だ。だから、壊れていてもこの橋を渡らなければならない。でも、橋を渡る際は当然ながら亀裂の部分を飛び越える必要がある。もちろん、落ちたら死ぬ。実際、飛び越えきれずに人が落ちるのを見たことが何度かある。だから、僕達住民にとって橋を渡るのは命懸けの行為になっていた。
でも、今日はなんだか様子が違う。そしてすぐにその原因が分かった。橋の亀裂が消え、元の安全な橋に戻っていたのだ。一体誰がいつ直したのかは分からないけど、これで安心して橋を通れる。
久々に元の安全になった橋を渡っていると、向こう側から二人組の男性が来た。二人は僕の顔をチラリと見るなり、急に表情を変え小声で話し始めた。
「おい、見たか?」
「ああ……。あの子……、いや。あのお方、絶対『リン様』だよな!」
「絶対そうだよな!特にあの目とかさ!」
「もし本当にご本人なら、あのお方がこの橋を直されたに違いないな……!」
二人の会話はたったそれだけだったが、僕は「リン様」という単語が引っかかった。
(僕のことなのかな。……いや。でも、僕はシオンで『リン様』ではない。目がどうとかとも言っていたけど、別にそこまで特徴的でもないはずだし……。第一、『リン様』って誰?)
僕はしばらくの間、その場で「リン様」について、そして僕自身との関係性を考えたが、答えには辿り着けなかった。
その日を境に、周囲の人々の接し方が変わった。
人々は、僕のことを必ず「リン様」と呼ぶ。今まで僕のことを「シオン」と呼んでいた、友人達であってもだ。それに、まるで偉い人と挨拶でもするかのように、皆丁寧に振る舞う。挙げ句の果てに、会ったことも話したことも無いのに、わざわざ家に押し掛けプレゼントらしき物を渡す人まで現れていた。正直不気味だし辟易してはいたけど、色々と物を貰えるのは悪くない。
けど、それだけでは終わらなかった。
それと同じ頃から、僕の周りで魔法とか科学とかでは説明のつかない、奇妙な出来事が起こっていた。
僕が外に出ていると必ず虹が出る。僕が何か――ちょっとした魔法など――をやると、どんなに成功率が低くても必ず上手くいく。些細なことばかりではあったが、流石に妙だった。
しかも、そんなことが起こる時には、決まって何枚かの紫色のウロコのような物がどこからともなく現れる。僕は、無駄だと思いつつも一枚ずつウロコを集めていった。ウロコは徐々に溜まっていき、いつしか小さな箱いっぱいになっていた。
でも、そんなことは所詮序の口でしかなかった。
ある時、僕の目の前で二体の化け物が溶けた。本来なら溶けることのない屋内なのに、だ。当然、人々は口を揃えて「奇跡だ」「さすがリン様だ」と言い、僕を褒め称えた。でも、もう限界。しばらく悩んだ末、僕は口を開いた。
「えっと……、違うんです!これは、えっと……」
(ダメだ。言葉が出てこない。このままじゃ、僕が『リン様』になってしまうんじゃ……。そうなったら……。僕は……違うのに……)
そんな時だった。
外の方から何かが風を切るような音が聞こえた。その音に導かれるように、僕と何人かの人々は外へと足を運んだ。
上を向くと、上空では紫色の美しい龍が空を泳ぐ様に飛んでいた。よく見ると、金色に輝く瞳の形はどことなく僕自身の瞳と似ている。それに、龍のいる所から何かが降ってくる。僕はそれを橋の下に落とさないよう、慌ててそれをキャッチした。それは、あの紫色のウロコだった。よく見ると、その色合いはまるでリンドウの花のようだ。ウロコは光に当たる度、手の中でキラキラと輝きを放つ。
僕はもう一度空を見上げ深呼吸の後、龍に問いかけた。
「もしかして……、君が『リン様』なの?」
龍は僕の方を見ると頷くような仕草を見せ、音もなく僕の近くに降りてきた。紫色の龍・リン様の瞳はじっと僕の方を見ている。
「……えっと、もしかして、君が化け物を退治したの?それに、今までの奇跡とかも全部……」
「ああ、そうだとも」
「そう、なんだね」
「お前達に喜んでもらえたなら、私は嬉しいよ」
リン様の声は、威厳を感じつつも透明感のある物だった。話終えると、リン様はまた遥か上空へと飛んでいった。
ふと後ろに目を向けると、人々は僕では無くリン様に向かって盛大な拍手を送っていた。その様子に、僕はそっと胸を撫で下ろした。
再び手の方に目をやると、手の中では太陽の光に照らされたウロコが一層輝きを増していた。
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