シオンの夢
猫山ゆづき
煙の夢
今日も僕は夢を見る。
僕はいつもと同じように、自室のベランダからぼんやりと外を眺めていた。いつもと同じ風景を、いつもと同じ場所から。
でも、一つだけいつもと「違う」点があった。……ここは僕の夢の中だ。でも、だから何なんだっていうの?ベランダから眺めるこの景色、現実だろうと夢だろうと僕にとってのお気に入りであることに変わりはないんだしさ。変わりない風景とそこに混じるささやかな変化。見ていて飽きない。
でも、今日ばかりはなんだか様子が違っていた。よく分からないけど、いつもの景色の中に一つだけ、「いつもと違う」物が混ざっている。
「何だろう……」
向こうでオレンジ色の「何か」が上がっているのが見えた。もっと見てみようと、僕は必死に目を凝らし、驚きのあまり一瞬固まった。
煙だ。煙は下の方が細長く、上の方が不自然に球状に膨れ上がっている。ざっくりとしたシルエットだけ見たら大きな風船か電球みたいだろう。煙は数十mはあるんだろうか。煙の発生元は近くの芝生みたいだけど、煙の周りに火の気配やそれらしき物の類いは一切無い。
いつもの景色に混じった、いつもと違う物。もしカメラやスケッチブックが今手元にあったら、絶対にその様子を収めていたのに……。周りに誰もいないのをいいことに、僕はその場で一つ大きなため息をついた。
しばらくの間、辺り一帯は静寂に包まれていた。いつもなら聞こえるはずの草木のざわめきや鳥の鳴き声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。あれからずっと煙を見ていたが、特にこれといった変化は無い。
(さすがに見飽きたし、そろそろ部屋に戻るか……)
そう思い、掃き出し窓に手をかけた時だった。後ろの方からパチ、パチ、……と微かに、そしてはっきりと音が聞こえてきた。ちょうど焚き火から聞こえるような、あんな感じの音が。
慌てて芝生の方へ体を振り向かせると、地面がぼうっと青白く光っているのが見えた。それもあの煙の発生元と周辺が。それに、青白い光は煙の方にも伝わっている。光はゆっくりと上昇し、上の方はさっきよりも膨れ上がっている。
嫌な予感がする。早くここから離れるべきなのかもしれない。でも僕はその場から動くことはおろか、煙から目を離すことすら出来なかった。
青白い光が煙の頂点に達した瞬間、煙そのものから強い光が発せられた。光っているせいか、煙は一層風船のようにも電球のようにも見えた。でも、そんな呑気に見ている余裕は無かった。次の瞬間、「ドン」と鈍く大きな音が辺り一帯に鳴り響いた。
(なんで煙の発生元じゃなくて煙そのものが爆発したんだろう……)
一瞬疑問に思ったが、今はそんなことはどうだって良い。どっちにしろ、結局その場から離れられなかったんだから。僕は慌ててその場にうずくまり、目を瞑り耳を塞ぐことしか出来なかった。目を瞑っているのに目の前は白く、耳を塞いでいるのに音は脳に響き、さらに体中に小石のような「何か」がぶつかる痛みまであった。
「どうせ夢なんだからさ、早く目覚めてよ!お願いだから!」
僕は必死に願い叫んだが、それが叶うことは無かった。
しばらくして体に「何か」がぶつかる感覚が無くなった後、僕は恐る恐る目を開けた。足元にはあの光や煙と同じ色合いの、青白い小石のような物がいくつも散らばっていた。僕はその中の一つ、片手に収まる大きさの小石を手に取り、それを手のひらにそっと乗せた。すると小石は水をかけた入浴剤のようにシュワシュワと音を立てながら泡立ち、さらには溶け始めた。僕はそんな奇妙な小石をただぼんやりと眺めていた。あの時、景色や煙を眺めていた時のように。
手に乗せた小石がすっかり無くなる頃、僕は立ち上がりもう一度あの煙が上がっていた場所を見た。しかし、辺りに煙はおろか、爆発の痕跡すら一切無かった。足元も見たが、先程まで周りにあった小石もすっかり消えていた。
辺りはすっかり元の平穏な日常に戻っていた。まるで、何事も無かったかのように。
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