第3話◇出逢い&可愛い…?*拓哉



  何だったんだろ。あいつ。……なんか、笑えた。

  ……ちょっと面白くて。何だか……少し、可愛かった。


  小動物、みたいな?

  つかオレ……男相手に何言ってんだか。



◇ ◇ ◇ ◇


 春。


 オレ、高瀬 拓哉たかせ たくや 二十二才。

 大学を卒業して、ある大手のコンピュータシステムの会社に入社した。



 ……人に言ったら、自惚れと呆れられそうだけれど、事実として、女にそういう目で見られるのは慣れていた。他人から見ると、目立つイイ男、らしい。

 街を歩いていて、何度もスカウトされた。高校の時にその話を受けて、モデルとして一時期活動した。一時はかなり雑誌に出て、結構な問い合わせがあったらしく、役者にならないかとか、散々芸能界を勧められた。


 でも、そこまで興味が持てなかった。他の男性モデルとのライバル争いも心底面倒だったし、そもそも人に見られる事が好きではなかったみたいで、モデルの仕事を始めてみてから、やらなきゃ良かったと後悔した。


 普通に仕事について、普通に人生を送れればそれで良いと思ったので、芸能の世界とは完全に離別して、プログラマーの道を選んだ。


 その入社式、だった。


 急に頭上から、パラパラと降ってきた書類。

 咄嗟に何が起こったのか、頭上を見上げたら。


 バラまいた奴の焦った表情がツボにはまって、笑いを堪えるのが大変だった。


 新入社員の代表挨拶を押し付けられ、嫌な気分で座っていたのだけれど、急に、気持ちが切り替わった。


 笑いすぎてしまったせいか、そいつが、キッと視線を向けてきたのだけれど。間近で視線が合うと、一瞬で、ぽかん、という間抜けな顔になった。


「――――……」


 すぐに視線を逸らされて。

 ん?と疑問。


 女に見つめられるのは慣れていた。

 出会ってすぐにアプローチしてくる女も結構居るし、一目惚れされる時の視線も、何となく分かる位に慣れていて、それを鬱陶しいとすら、思っていた。


 ……女にされるのは慣れていたけれど。

 いくら何でも、男に、ぽけっと見つめられたのは、初めてだった。


 普通、男はそんな事しない。

 むしろ、男はそれが本能なのか、警戒してくる。


「顔だけ」「ルックスだけ」

 最初から、そんな否定的な目で見てくる奴も多い。


 学校生活でも、アルバイトやモデル時代でも、女が勝手に言い寄ってきてるだけなのに、めちゃくちゃ煙たがられたっけ。正直、女絡みになると、男には嫌な記憶しかない。


 もし仮に、男がオレの事を敵視せずに、「イイ男」と認めたとしても。

 あんな風に素直に、ぽけーーと見つめてきたりする男なんて、当然ながら、今まで居なかった。


 女だったら、まさに、「一目惚れしました」というような視線。

 そんな表情で見つめられたら、もう女ですらウザイと思ってるのに。

 それが男だった訳で、それはもう、心底ウザイ……はずだったのだけれど。


 明らかに狼狽えてるそいつが、何だか面白くて。

 書類を並べるのを手伝ってやってたら、その表情と仕草が。

 ものすごくドキマギ不自然に狼狽えていて。


 ……なんか、ちっちゃい生き物みたいで。

 なんだか、ちょっと可愛く見えて。


 そこまで考えて、オレは一瞬、ん?と止まった。

 可愛いって、何だ?


 書類を整えて、ようやく落ち着いたみたいだった。入社式が始まるのに私語をしている訳にもいかないので、無言で過ごしていたら、すぐに入社式が始まるアナウンスが流れた。社長やら先輩やらの話を聞かされ、それから、新入社員代表の挨拶で名を呼ばれた。指名された時からこの上なく面倒だった。

 正直そんなに仕事というものに意欲があった訳でもなく。ただコンピューターやプログラムを弄るのは比較的好きで、この会社が大手で、給料も良かったから選んだ位で。だから適当に、普通なら言うであろう言葉を並び立てながら、壇上で話していた。


 その途中で、ふ、と、会場を見渡した時。

 オレが座っていた所がぽつんと空いていて、目に止まった。


 そして、すぐにその隣に、「織田圭」。


 他の連中が神妙な顔で聞いてる中。 

 多分「すっげー……」とでも、思ってるんじゃないだろうか。


 そうとしか思えない表情で、何やら瞳をキラキラさせながら、織田は、まっすぐオレを見ていた。

 思わず、笑みが漏れそうになってしまって、慌てて顔を引き締めた。


 何故だか少しいい気分になり、途中からやる気を含ませた挨拶に変えて、無事挨拶を終えて、席に戻った。


 間もなく入社式が終わって、そのまま退出させられてお開きになった。


 促されるままに会場を出て、いくつかのエレベーターに別れて一階に降りる間に、織田とは離れてしまった。



 少し、話をしてみたかった。

 そんな風に自分が思うのが珍しいことは、誰よりも自分が知っている。


 家に帰ってからも、何故か、織田の顔が浮かんで、不思議だった。




 何か。

 ……面白かったな、あいつ。



 可愛かった?

 ……てのは、違うか?



 明日からの集合研修でまた会うよな。


 つか。

 何でこんなに思い出してんだか。



 書類をざざーと流した時の、顔。ぽかん、とオレを見つめてた顔。うろたえて、じたばたしてる顔。

 

 勝手によみがえってきて、その日、何度も首を傾げた。

 


 明日からの集合研修――――……。

 ほとんど知ってる基礎からだって話だし。面倒くせえと思ってたけど。

 


 ……何だか少し、楽しみになっていて、不思議だった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る