第2話◇
人生最大の大混乱中なのに、彼はまた、その優しい瞳をオレに向けてくる。
「書類、入ってた順に揃えるか? 多分、その順に説明してくと思うし」
「……え??」
もはや頭が、何も受け入れてくれない。
まったく理解できず、眉を寄せたオレに、また優しい表情で笑って。
「だから……まず一枚目が、このプリント。これ見つけて?」
自分の封筒から書類を出して、上から一枚目を、オレに見せてくれた。
……あ、そういうことか。
急いで、そのプリントを探し出す。
「見つかった? じゃ、次これ」
「うん」
書類を並べながらも、優しい言葉と、優しくて聞き心地の良い、少し低い声を聞いていると――――……ドキドキしっぱなし。
あれ。オレ、心臓、病気になったのかな。
脈が速すぎて、これ、オレ、ヤバいんじゃないのかな……。
壊れるんじゃないかと思う位。
心臓がドキドキしたまま、何とか書類を合わせていく。
色んな意味でやっとのことで、全部元通りの順番に、書類を並べ終えた。
「……落ち着いた?」
またクスクス笑う。すぐ間近で見つめられて、内心焦りながら、頷く。
ドキドキするから見たくないのに、どうしても見たくて、顔を見てしまう。
で、また心臓が、バクバクして。
とにかく、オレ、もう、大混乱。
「――――……オレの名前、これね」
言いながら、見せてくれた封筒には、「高瀬拓哉」と書いてあった。
「たかせ、たくや……?」
「そ。 よろしく」
ふ、と笑う。
流し目みたいに見つめて笑うの、やめてくれないだろうか。
イケメンすぎるんだから、そこらへん、ちょっと考えて笑ってほしい。
……でも、オレは男だから、普通、オレに対して、そんなの考える必要もないか。
ていうか、オレは、何でこんなこと、考えてるんだろ。もう、全然、頭が、ちゃんと働いてくれない。
「……うん。よろしく」
何とか、変に思われないように、そう答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、入社式開始までは、私語を控えて無言で過ごした。
定刻になり、社長が入ってきて、式が始まる。
ざっと見て、同期入社、五十人以上は居る。
入社したら、本社勤務と契約先勤務とに分かれて働くと、会社説明の時に言ってたのを思い出す。
高瀬と一緒のとこで、働けたらいいなあ。
ついさっきまで、かけらも知りもしなかった人なのに、そんなことを願ってしまう。
優しい瞳に吸い込まれそう……。
そんなこと、人生で初めて思ってしまった。
なんなら、吸い込まれてちゃっても、良いかもなあ……。
などと、更に訳の分からないことを、ぼんやり思って。
はっ。マジで、ヤバいぞ、オレ。
はた、と気が付いて、正気に戻り、オレは、ただ眉を顰める。
……なんなんだろ、オレ。
突然、おかしくなっちゃったみたいだ。
全く集中できないまま。
入社式は進んでいった。
すると途中で、高瀬が新入社員代表として呼ばれて、挨拶に立った。
高瀬の名前が司会のマイクで呼ばれた瞬間、オレの心臓が、勝手にまた飛び跳ねた。
高瀬は、ドキドキしたままのオレの前をすり抜けて歩いていき、壇上に立った。離れて見ても、その堂々とした態は本当にカッコ良かった。
背も高くて、足も長い。本当に完璧なんだけど……。
マイクを通して聞こえる、よく通る声も好きだな、と思った。
「――――……」
……うわー。
……ヤバいな。
カッコよすぎて。
オレ、ほんとに、ヤバい。
って、何がヤバい……?
男が、めちゃくちゃカッコよくたって、関係ないはず。
何が、ヤバいの、オレ。
ヤバいって、言ってる、それ自体が、本当にヤバい気がする。
気持をどう整理したら良いんだか。全然、うまく考えられない。
でも。色んな複雑な思いは、高瀬を見てると、何もかも吹き飛んでいく。
もう、壇上の高瀬から、目が離せなくて。
強烈に、その存在が、心に焼き付いてしまった。
今迄、男に興味なんか、本当に欠片も無かったのに。
本当に、普通に、女の子が好きだったのに。
理屈とか抜きで、まるで気持ちが全部引き寄せられてしまうみたいに。
――――……想いが、芽生えてしまった。
その日は、入社式が終わると同時に、解散だった。
オレは、会社から、電車と歩きを含めて三十分の一人暮らしのマンションにまっすぐ帰り、ゴロゴロとベットで悶えた。
もう、本当に、どうしようと思いながら。
しばらく、ゴロゴロ転がり尽くした。
最初は、どうしよう、やばい、どうしよう、と悶えていたのだけれど、その内、楽観的な性格が幸いして、その日の夜には、オレの覚悟は決まっていた。
もはや、どう抗おうとしても、
今の自分が、一目惚れ状態なことは明白。
もう、一目惚れしちゃったものは、しょうがない。
だって、本当に、完璧にカッコよかった。
あんなにカッコいいのに、新入社員代表ってことは、仕事も出来ると期待されているんだろうし。
でもって、あんな馬鹿なボケをかましたオレに、迷惑そうな顔を少しもすることなく、ものすごく優しく、助けてくれた。
……なんかものすごく、笑われはしたけど。
でも、嫌な感じの笑いじゃなかったというか。
……笑い方まで、カッコよかった。
なんだろう。
……完璧。
オレが女だったら、もう今日で、とにかく一度告白したかもしれない。
でも。
オレは、男で。
高瀬も、男で。
オレは、女の子が好きな、普通の男……のはずで。
高瀬は間違いなく、そうだろうし。
……ていうか、オレも、多分間違いなく、そうのはず。
高瀬があまりにカッコ良すぎたから、ちょっと今、おかしくなっちゃってるだけ、のはず。
まだ、ここで、踏みとどまることは可能なはず。
好きだとは思うけど。
カッコよすぎて、ドキドキしまくりだったけど。
男に好きだなんて告げるリスクは、到底、負えない。
しかも、同じ会社だし。同期だし。絶対無理。
そもそも、付き合いたい、とは、オレ、これっぽっちも思わない。
男同士で恋だ愛だ、なんて。
全然、語り合う気にはなれない。
となったら、もはや、これから先の自分の考え方は、決まった。
この上なくカッコイイ奴に憧れて、心の中で、好きでいる。
長い人生の中で、少しの間、その位のことがあっても良いじゃん。
オレは、そう開き直ることに決めた。
一緒に働けずに離れれば、その内、そんな想いも消えるだろうし。
今までそこそこカッコイイと言われてきたし、女の子にも結構モテた。
学生時代は常に彼女が居るような感じで、割と色んな女の子と付き合ってきた方だと思う。大学で最後に付き合っていた彼女とは別れたばかりだったので、今は彼女も居なかった。
だから今だけ。本当に、今だけ、こっそりひっそり。
気になる女の子が、普通に出来るまで。
自分がこの想いから自然と解放されるまでは、こっそり、想う。
それ位、別に良いよね。うん。もうそれで良しとしよう。
いつか、勝手に薄れて消えていくまで、密かに想っていよう。
誰にも、言わず。
自分の中だけで、しばらく楽しんで、その内、忘れる。
そんな軽い気持ちで、オレの想いはスタートした。
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