第12話 オダジマと漢字ダジャレ さあ、みなさん、新しいギャグの地平へ‥‥‥

A君 そういや夏の甲子園もそろそろ決勝だね。

B君 そうだね。暑くて大変そうだけどね。

A オレはやっぱマー君とハンカチ玉子が投げ合った二〇〇八年夏が忘れらんないな。

B 点が一つ余計だよ。「玉子」になっているよ。玉子投げたら単なる暴漢だよ。

A あ、しまった! オレよくやるんだよな、「恵」の肩に点うっちゃったりね。いやー、しかし、この猛暑の中毎日よくやるよな。青春だよなー。なんかこう、全てを投げ打って全力で桃んでる感じがいいよな。

B 「木」偏と「手」偏を間違えてるよ。桃なんか打ったら手ベトベトだよ。

A やや、しまった。またやっちまった! ショーケン、ジーパン、大腸にほえろ!

B 野球で展開できなくなって直でネタを出してきたな(苦笑)。今度は点が足りないよ。

A またやったか! しかしオレ大腸と聞いてグルグルもよおしてきた。実は朝から腹具合がパラグアイなの‥‥‥。

B ははは、今のは単なるダジャレだね。


 ‥‥‥とまあ、以上が、わたくしが長年温めてきた「漢字ダジャレ」という新しいギャグのジャンルだ。「大腸にほえろ」は受け売りだが、今のところ漢字ダジャレの使い手は日本でわたくしだけだ。わたくし自身、これまで研究結果をまとめて発表したこともなかったから、このコラムは本邦初お目見えの貴重な論文と言える。


 この漢字ダジャレが、今までオヤジどもに愛好されてきた単なるダジャレとどう違うのか。

 言うまでもないことだが、単なるダジャレは音がかぶさるものである。例えば、温泉旅館で宴会中、「あっ!」と平目の刺身をつまんで立ち上がり「ひらめいた!」と叫んだり、朝食時に焼き海苔に乗ってイェイェイしながら「ノリに乗ってる男!」と叫んだりするパターンである。

 ちなみに、わたくしは今の例のいずれも実践したことがあるが、特に後者の反応は冷ややかであった。


 これら単なるダジャレと違い、漢字ダジャレは音は全然関係ない。漢字の見た目がかぶっているのである。単なるダジャレが聴覚によるものであるとすれば、漢字ダジャレは視覚から入るものであると言えよう。ワープロの変換ミスもなんだか漢字ダジャレのような肝するが(こういうの)、これも音は同じで字の変換間違いなわけだから、分類としては聴覚のダジャレに属する。


 かような漢字ダジャレであるが、これが成立するには、ていうか実践で使うためには、いくつかの条件が必要となる。

 

 まず一つ目は「間違った先の漢字が面白くないとダメ」ということだ。いくら字が似てても、「粋」と「枠」などは、いずれに間違えてもさして人の心を打たない。桃や大腸だから面白いのである。そういった意味では、「入間」と「人間」なんかも、視覚的には最高レベルの近似性を持つが、単語自体がさして面白くないので、使えない。「大使」と「大便」は使いようで、「マグマ大便!」とか「アメリカ大便館!」というふうに使うと相当面白いが、逆に「ちょっとお手洗いをお借りして、大使してきます」ってんじゃどうにもならず、片面性の高いネタといえよう。もっとも、よそのお宅で堂々と「大便してきます」って言う人もいないだろうから、どっちみち日の目をみることはあるまい。


 次に要件の二つ目は、必ず即時のフォローが必要になるということである。漢字ダジャレは当然会話の中で使うものだが、音の類似が全くないので、解説を加えないと理解不能である。わたくしは以前、某大手商社で新入社員に法律を教えていたのだが、若者相手に「いっちょ桃んでみろ、モミモミ」と言ったところで、誰にも分かるはずもないから、「お、しまった、失礼。手扁だった」と付け加えないと、そのまま会話に埋没してしまう。ネタがスベったというより、ネタが埋まったというべき閉塞状況となってしまう。しかも、頭の中で、木扁と手偏を入れ替えて初めて理解できるわけだから、タイムラグもあるし、最後まで何言ってんだかわかんないという人もいる。なので、漢字ダジャレは講義などの大人数の前でやるのが好ましい。一人クスリと反応すれば、すぐ伝播していくものである。


 あと一つくらい要件があったような気もするが、よく思い出せないので、これにて整理を終ることとする。本邦初の論文と言っておきながら尻切れですまない。


 しかし、わたくしは漢字ダジャレ初心者である皆さんのために、下記の設問をいくつか作っておいた。是非実践されたい。それではいきますよ、はいでは、股間一から あっ!(股間を押さえつつ)間違えた! 言扁と肉月はどっちも横棒ばっかりだからすぐ間違えちゃうんだよね。失礼、では改めていきます、設問一。…というふうに使うんですよ、分かりましたね。練習問題作ったのはウソですよ。それにしても「股間」ネタは書いてみると思ったほど似てないからイマイチだね。会話、それも講義専用のネタと言ったところか。


 以上、このように漢字ダジャレは非常にモダンかつエスプリに富んだ知的な創作活動であることをご理解して頂けたものと思う。山崎12年なんかを片手にバーのカウンターなんぞでやらかしたら婦女子のハートは思いのままであろう。

 皆さんがこのコラムを読まれて漢字ダジャレの習得に励まれ、優れた使い手として社会に羽ばたかれることを願ってやまない。


 ‥‥‥と、きれいにまとめたところで恐縮だが、昔、スシ屋で軍艦巻つまんでよく使った「イラン・イクラ戦争!」っていうのは、よく考えるとカタカナダジャレだね。初めて気がついた。汲めど尽きせぬ創作意欲。わたくしはさらなる新ジャンルの開拓へと向かう! サヨーナラー!

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