第11話 料理人オダジマその4 お妃様は名古屋のアレに夢中! だんだん恋愛小説化

 オダジマとサラ王女その2


【サ】(トントン) オダジーマ、いるー?

【オ】あー、ちょっと待ってください。


 パタっ(ドアが開く音)


【オ】あー、もう、待ってくださいって言ったのに。

【サ】あらら、ごめーん。ええっ! オダジーマ、裸で何やってんの?


 僕は、厨房の椅子に座って、上半身裸で、濡れタオルで体を拭いていたところだ。姫は手で顔を覆って、指の隙間から見てる。


【オ】見ればわかるでしょ。身体を綺麗にしてたんですよ。ホラ、厨房って火を使うから暑いでしょう? だけど、食材を扱うから、匂いのする制汗スプレーとかデオドラントとか使えないんですよ。だから、中休みにこうやって身体拭いてサッパリしてるんです。おやつにお姫様も来てくれるんですから、汗ネトネトじゃ悪いですしね。

【サ】なるほどねー。‥‥‥えー、だけど、オダジーマ、なんかすごい身体してるのね。全然知らなかった。

【オ】週五回ジム通って鍛えてますからね。厨房には肉がいくらもあるので、プロテイン要らずでいいですよ。

【サ】いや、これもう、「ジム通ってます」っていうレベルの身体じゃないわよ。胸肩バキバキで、腹筋なんて板チョコみたい。見ようによっては気持ち悪いかも‥‥‥。

【オ】お、それ、マッチョには誉め言葉ですよ。ははは。私、日本にいた頃はボディメイクの選手だったんです。こっちの人は背が高すぎてボディメイクに向かないから、こういう肉体は、なかなか見ないかも知れませんね。


 そしたら、サラ姫が、「ふふ、いいじゃないの。カッコいいわ。私好きよ」って言いながら、僕にピョンって飛び乗ってきた。


【オ】ワウ、驚いた! これ、純正「お姫様抱っこ」だ。すごく貴重な体験。

【サ】(胸を撫でながらじっと目を覗き込み)ねえ、この身体、エヴェリーナちゃんも知ってるの? 見てるの? 触ってるの?

【オ】いやー、知らないんじゃないでしょうか。裸で表をうろついたりしないですからね。細マッチョは服着たら分かんないだろうし。

【サ】フフ、そう? じゃ、見せちゃダメよ。私だけだからね。(胸にほっぺくっつけて甘えてる)


 いや、しかし、近くで見ると、ホントにお姫さますごいな。九歳にしてこの美貌、この気品。そしてこの可愛らしい性格。ううむ、いけないと思いつつ、クラクラしてしまいそうだ。だけど、ダメー! それ犯罪ー! 火あぶり嫌ー。我慢しろ、俺。


 そんな僕の心の葛藤などおかまいなく、サラ王女は僕の首にキューって抱き着きながら、耳元で「‥‥‥ねえ、今日はね、おやつの時間にもう一人お客様が来るわよ。そろそろかな?」って囁(ささや)いたところで、「トントン」と誰かがノックをする音がした。


「オダジーマ、いるー?」 こ、これは声で分かった。お妃様だ。

「あー! ちょっ、ちょっと、マッチョ! じゃなかった、待って!」


 ガチャ。あー(僕は顔を覆う)


【妃】キャーっ! 裸で何やってんのあんたたち! 嫌ーっ、オダジーマ、変態っ!

【オ】すいませんです‥‥‥。何一つやましいところはないんですけど。

【サ】お母さま、違うの! 私が乗っかったの。それにこれにはこれこれこういう事情があるの(ひとしきり説明する)。

【妃】‥‥‥あ、そういうことだったのか。まったく紛らわしいわね。オダジーマ、すぐ服着なさいよ。にしても、すごい身体だったのね、あなた。

【オ】あー、すみません。今着ます。(モソモソ)

 

 僕は慌てて服を着て、厨房に戻りケトルに水を入れて火にかける。


【サ】オダジーマ。今日は何を作ってくれるの?

【オ】今日はね「小倉トースト」ですよ。「あんこ」って言う、小豆を甘く煮たペーストを、カリっと焼いてバターをしたトーストにたっぷり塗って、クリームも塗って、カットして食べるんです。

【妃】へー、美味しそう。だけどカロリー高そうね。

【オ】確かにそうですねー。だけど、あんこは低脂肪で高たんぱくですから、クリームパンやピザよりもずっとましだと思いますよ。あんこだけ包んで焼いた丸いパンが「あんぱん」って言うんですけど、私もよく筋トレの前後に食べてました。一個三〇〇㎉くらいだし。

【サ】ふーん、そうなんだ。じゃ、作るとこ横で見てていい?

【オ】もちろんですよ。嬉しいな。張り切っちゃいそう。ご存分にどうぞ。


 僕は、オーブンにパンを四枚入れて焼き、その間に三角ドリップでコーヒーを淹れる。タイマーがピっと言ったら、パンを取り出して「アチチ」と言いながらバターをたっぷり塗って、冷やしておいたあんことクリームを取り出して薄く塗り、挟んでギュってやって、四つにカットして出来上がり。


【オ】はい、できましたよ。本当は斜めに二つカットするんですけどね、今日は三人だから四つにカットして(つまり計八つ)、私が二つ、お二人は三つずつどうぞ。お城の高級パンで作ったから、きっと美味しいですよ。

【サ】わー、美味しそう! お腹空いちゃった。それじゃ早速、頂きまーす! お、外はカリッ、中はネチョっと、ん?‥‥‥む、む、これは美味しい‥‥‥。食べた瞬間に叫ぶような感じじゃないけど、なんかじんわりくる。身体が求めてる感じの味?

【妃】本当だ。確かにこれは女心を掴んで離さない味ね‥‥‥。あんこもクリームもあんまり甘くないのがいい。それとたっぷり塗ったバターの塩気が相まってバランス絶妙。お菓子でもない、ご飯でもない、まさにおやつって感じ。オダジーマ、すごく美味しいわよこれ。絶対また作って。

【オ】気に入って頂けたようでよかったです(笑)。日本の名古屋あたりでは、これにゆで卵とミニサラダつけて、「モーニング」っていう朝定食になるんですよ。もちろんブレンドコーヒーもついて、確か五〇〇円くらいじゃなかったかなあ。安いんですよ。

【妃】ああ、確かに朝ごはんに丁度いいかも。それに、紅茶じゃなくて、コーヒーの方が合うような気がするわね。

【オ】あれ? そういえばお姫様はコーヒーで大丈夫だったかな。お砂糖とミルク持って来ましょうか?

【サ】ば、バカにしないで! クリームがついてるし、ブラックがベストマッチよ。子供扱いはやめて。もう、私、ブラだって持ってるのよ! カップは内緒だけど‥‥‥。

【オ】あはは、そうでしたか。それは失礼致しました。おみそれ致しました(鼻に小じわを寄せて笑いかける)。


 そしたら、小倉トーストを両手で可愛らしく食べながら、お姫様が僕を横目で見上げて、おずおずと話し掛けてきた。


【サ】オダジーマ、こないだのことなんだけど‥‥‥。

【オ】「こないだのこと」とは何でしょう?

【サ】はぐらかさないで。将来一緒になる話よ!

【オ】いや、そりゃ忘れてないですけど、今日はお妃様がいるし‥‥‥。

【サ】ふふ、大丈夫。もう話してあるわよ。

【オ】お、そうでしたか。じゃ、いいか。だけどお妃様には反対されたでしょう? 「お姫様がそんなバカなこと言ってるんじゃありません」って。

【妃】いいんじゃない? 私、応援するわよ。

【オ】へ? 今、なんとおっしゃいました?

【妃】だから、一緒になったらいいじゃないの。好きなんだったら。オダジマなら私全然いいわよ。

【オ】えーっ? でも私、王様にはなりたくないですよ。料理人のままがいいんですよ。将来は街で食堂やりたいんですよ。そうなると、お姫様もお城にいられるか分かんないですよ。

【妃】別にそれでいいじゃない。王様には甥姪沢山いるし、代わりはいくらもいるわよ。心配しなくても誰かが王様やるって。それに私だって、パン屋の娘だったんだし、サラをずっとお城に縛り付けておくにのもどうかなって思ってるの。

【オ】お妃さまパン屋の娘だったのか‥‥‥。しかし、これで外堀が埋まっちゃったな。王様のOKが出たら内堀も埋まるな。どうすりゃいいんだ?

【サ】ん? なんか言った?

【オ】いやいや、なんでもありません。お妃様があんまり理解があるので、ちょっと驚いただけです。

【妃】サラが幸せになるのが一番だからね。一緒になったら、二人でレストランやったらいいじゃない。コック長とお姫様のお店なら、絶対繁盛するって。

【サ】いい、それ。私、女将さんやるー! わー、楽しそう。

【オ】うう、なんか同じ話をどっかで聞いた気が‥‥‥。

【妃】まあ、まだまだ先の話だから、今ここで決める必要もないけどね。とにかく、二人がいいなら、私は反対しないわよ。それじゃ、オダジーマ、今日はご馳走様。とっても、本当に、心から、美味しかったわよ。また絶対に作って頂戴ね!

【サ】うん、私も美味しかった。また作ってね。オダジーマ大好き! (ほっぺにチュってする)


 ‥‥‥と、このような次第で、二人がおやつを食べて帰っていった。小倉トースト、すごく気に入ったみたいだな。念押ししてたもんな。よかった。


 しかし、ううむ、女将さん候補が二人になってしまった‥‥‥。

 異世界もののラノベじゃあるまいし、きっと重婚はご法度なんだよな。当然だよな。

 どうする、俺。サラ姫とエヴェリーナ、どっちを取るんだ? いやー、これ、選べるはずないでしょ。もういっそ逃げ出すか? だけど、それじゃ最悪のバッドエンドだな。


 しっかりしろ、俺。ちゃんと受け止めて考えろ。

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