第8話 料理人オダジマその3 オダジマと下宿屋の娘 休日のおやつは、みんな大好き、五袋入りのアレ!

 料理人オダジマと下宿屋の娘

 以下、【エ】はエヴェリーナ、【オ】はオダジマ。


 日曜日の午後、僕が下宿屋の共同キッチンでお湯を沸かしていると、下宿屋の一人娘、エヴェリーナちゃん(二一歳)が声を掛けてきた。亜麻色の髪、とび色の瞳で、見事なボン、キュ、ボンのボリューミーなスタイル美女だ。僕よりちょっとだけ背が高い。 


【エ】あれ、オダジーマ。今日はお休みなんだ。

【オ】うん。お城の厨房も若いのが力をつけて来たんで、日曜日はそいつに任せてお休み貰うことにしたんだ。「ステファン」っていうイケメンコック。まだ二五くらいじゃないかなあ。

【エ】へー、そうなんだ。今は何してるとこ?

【オ】ちょっと小腹が減ったんで、おやつ作ろうと思ってさ。これ、日本から取り寄せたんだ。サッポロ一番塩ラーメン。インスタントラーメンのスタンダードだね。

【エ】五袋入りなのね。どんな食べ物なの?

【オ】まあ、簡易なスパゲティみたいなもんかな。スープや薬味もついてるから、このままでもいいんだけど、やっぱりそれじゃ寂しくて、いろいろトッピングしたくなるな。今日はゆでキャベツとニンジン、それと豚コマを入れよう。って言っても一緒に茹でるだけなんだけどさ。あと、コーンとバターで仕上げかな。

【エ】えー、美味しそう! 

【オ】これは万国共通で好かれる味じゃないかなあ。塩味と不動のツートップでみそ味もあるんだけど、そっちは好みが分かれるかも。‥‥‥エヴェリーナの分も作ろうか? 鍋一つで一緒に作れるしさ。

【エ】えー、いいの? お城のコック長がおやつ作ってくれるんだ。うれしー。じゃあ、お願いしようかな。

【オ】今日は、大家さんもいる?

【エ】ん、お母さん? いるよ。

【オ】それじゃ三人分作って持ってくよ。部屋で待ってて。

【エ】‥‥‥嫌、そんなの。傍(そば)で見てる。私、お料理してるオダジマ好きよ。

【オ】はは、エヴェリーナは食いしん坊だなあ。彼氏が呆れちゃうぞー。

【エ】(違うわよ。もう、オダジマのバカ‥‥‥)


 煮立ったお湯に豚コマ、キャベツ、ニンジンを放り込んで、乾麺と一緒に茹で、二分半で救出! 深皿に盛って、コーンとバターをトッピング、仕上げに小袋の擦りゴマ振って、さあ出来上がり!


【エ】お母さーん、オダジーマがおやつ作ってくれたわよ。一緒に食べようー。

【母】え、ほんと? わあ、美味しそう。オダジーマありがとう。ご相伴にあずかるわ。

【オ】いや、そんな大したものじゃないですよ。冷めないうちに頂きましょう。お二人は、スプーンとフォークでいいですよ。スープパスタだと思えばいいんです。

【エ】うわー、色合いがいいわねー。スープが透き通ってて、その上に緑に赤に黄色。

【オ】ゆで卵半分にして載せたりするんだよ。今日は黄色はコーンだけどね。

【エ】じゃ、早速。ツルツルーっとね。‥‥‥んんー、お・い・し・いー! なにこれ、人生最大級のサプライズ! 初めて食べる美味しさ。スナックみたいなのにさっぱりヘルシーでバランスがいい。

【オ】俺はもう慣れちゃったけど、中毒性のある味だから初めて食べるとインパクトあるだろうな。ツルツルー。ああ、これこれ、うめー。

【エ】うん、本当に美味しいよ。スッキリしてるけど、複雑で繊細な味。なのに、このグルタミン酸のケミカル感がまた不健康そうでいい。逆らえない魔性の魅力がある。

【オ】はは、気に入ったなら、また作ってあげるよ。今後はみそにしようか。この辺でモヤシ売ってるかな?

【母】あっ! バターにつけて食べるとまたコッテリして味わいが変るわね。

【オ】そうですね。全体にアッサリ味ですからね。そういうの「味変」って言うんです。トッピングをいろいろ載せて、手間と愛情かけた分だけ美味しくなりますよ。最後にコーンのサルベージ問題が残りますけどね。スプーンなら大丈夫でしょう。


 その後、「おいしかったー!」って言いながらみんなでお片付け。食後にシナモンロールとコーヒーをご馳走になる。もう晩御飯は軽めでいいな。


【母】ところでオダジーマ。

【オ】なんです?

【母】オダジーマは、誰か日本にいい人待たせてるの。こんな何年もこっちにいていいの?

【オ】へ? 誰も待ってませんよ。両親ももう他界してるし、天涯孤独です。この街がもう第二の故郷みたいなもんです。

【母】ふーん‥‥‥、それじゃさ、よかったらウチのエヴェリーナを貰っておくれよ。

【オ】な、なんですってー! 本気ですか?

【母】こんなこと冗談で言うはずないでしょ(笑)。私、あんたのこと何年も見てきたけど、優しくて面白くて誠実で、いい男だからね。この下宿もそのうちエヴェリーナのものになるんだから、一階の店舗でレストランやんなよ。エヴェリーナ女将さんにしてさ。お城のコック長のお店なんだから絶対繁盛するよ。

【オ】うう、突然降って湧いた夢のようなお話し‥‥‥。確かにここで欧風定食屋できたらいいな。日本食も出そう。カツカレーとか。しかもエヴェリーナが女将さんやってくれるのか‥‥‥ううむ、すっごく楽しそうだ。あー、いやでも、エヴェリーナの気持ちが一番大事でしょう? お母さんの一存で決めたらだめでしょう?

【母】‥‥‥まったく、あんたもどこまで鈍感なのさ(呆)。この子が一七の時から一緒にいて、本当に気が付いてないの? こんな美人で気立てのいい子、ほかにいないよ。どこか不満でもあるの?

【エ】‥‥‥(白い頬から耳まで紅に染め上げて、オダジーマの返事を待っている)

【オ】えーっ? そ、そうだったのか。俺、日本人なんて北欧じゃ全然相手にされないって端から思ってたんで。えー? でも、こないだ、てか一昨日、よそでもそんな話があったような‥‥‥。

【母】えーっ? あんたこっちで約束した人がいるの!

【オ】いや、約束と言うか、留保付きの予定が入っているというか‥‥‥。


【エ】うう‥‥‥ふられた‥‥‥えふっ、グスッ。

【オ】ワーウ、これデジャブー! お願いだから泣かないでー!

【母】うちの子泣かせたわね‥‥‥。一体どこの女よ? 言いなさいよ。

【オ】いやー、これは絶対に言えないですー。勘弁して下さいー。

【母】で、なに。いまその子と付き合ってんの? 婚約してんの?

【オ】付き合ってるなんて、そんなとんでもないことを、犯罪ですよ犯罪。しかも火あぶりにされそう。いや、一昨日、その子にプロポーズされたんですけどね、まだ九歳だって言うので、「大人になったら二人で考えようね」って、答えを先送りしたんです‥‥‥。

【母、エ】あーっ、わかった! お姫さまだー! サラ王女だ‥‥‥まったく、あんたらしい話だわねー。

【オ】うう、結局バレた‥‥‥わたくしは一体どうしたらいいんでしょうか?

【母】まあ、九つの女の子のことだからね。そのうち好きな男の子でも出来て、そんな話立ち消えになるでしょ。

【オ】僕もそう思って、つい安請け負いして「待ってますよ」なんて、指切りして約束までしちゃったんですー。僕、約束は絶対に絶対に破らないことにしてるんです。だから、エヴェリーナちゃんのことは、すみません、しばらく保留にさせて下さい‥‥‥。

【母】プロポーズの相手、どっちも保留なんて、あんたも優柔不断な男ねー。そのうちどっちも誰かにかすめ取られるわよ。

【オ】うう、おっしゃるとおりです。

【エ】グスっ‥‥‥、でも、お母さん、もういいの。私、オダジーマのそういう優しいとこが好きなんだから。ねえ、オダジーマは私のこと嫌いじゃないのよね? 今日はそれだけ聞かせて。

【オ】き、嫌いなわけないでしょうが! 大好きですよ! って、ワー、またデジャブだ。何やってんだ、俺。

【エ】ふふふ、もういいわよ。ありがとう。私も、オダジーマが好きって言ってくれて、今日はすごくいい日だったわ。私、ちゃんと待つからね。これからも変わらず仲良くしてね。今度、一緒にお買い物して、おやつにみそラーメン作ろうね!


→ とまあ、みんなで塩ラーメンすすって終わりにするつもりが、とんでもない展開になってしまいました。だってお母さんがどんどん勝手に進めるんですもの。

 もう、これ、小品集から独立させて、「料理人オダジマ」っていう中編にしようかな?

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