第6話 奇跡?

 うっ、く、苦しい……。眠っているだけなのに全身が苦しい。


 まるで海の中に引き摺り込まれていくような感覚だ。


 命日は三日後だったが変な能力のせいだろう。とても後三日も生きられるとは思えなかった。


 命日は明日か……。


 死ぬってこんなに苦しいんだな。


 よく爺ちゃんや婆ちゃんがぽっくり行きたいと話しているのを聞き流していたが、こんな風に死んでいくのは本当に辛くて大変だ。美久の代わりだから耐えているが、それでも早く死んで楽になりたい!!


 そう言えば、母さんが死んだのは横断歩道での事故だった。大物女優の乗った車が凄い速度で走ってきて追突されたそうだ。示談金は支払われたがマネージャーが運転手だったため、大女優の名前はいくら聞いても教えてくれなかった。急いでたのは大女優の都合じゃねえのかよ!!!


(母さんはぽっくり行けたから幸せだったのよ)


 昔聞いた親戚の慰めの言葉が胸を打つ。そんなわけはない。まだ中学だった俺には母親の存在はほぼ全てだったし、母親にとっても俺を遺して死ぬのは無念だっただろう。


 あれ……、気がつけば苦しかった身体から苦しい原因が取り除かれているように感じた。


(強いモルフイネでも注入されたのだろうか?)


 ここまで痛みを取り除いてくれる薬なんて現代の医学であるわけがない。


 さっきまで重くて開かなかった目を今は開けることができる。ゆっくりと目を開けると涙目の俺の格好をした美久がいた。


「よ、良かったよ。お義兄ちゃん、良かった!!」


「なっ!!」


 目の前の俺の大きな身体がギュッと抱きついてくる。


「ちょっと!! 幸人さん!! 美久さんは!!」


「俺……いや、わたし平気みたいです」


 このままでは美久がまた外に連れ出されてしまう。それだけはお義兄ちゃんとして嫌なので、自分の力で起き上がる。


「ええっ!? 美久さん立ったら……ていうか立ってる!! ありえないわよ!! 危篤状態だったのよ。な、何が起こってるの!!! せんせー……」


 よっぽどびっくりしたのだろう。看護師は慌てて先生を呼びに行ってしまった。それはそうだ。死にかけの患者が元気よく立ち上がったら、俺だって驚く。しかも、医学の発達してない昔ではなく、医療が発達した現代なのだ。見落としなどあるはずがない。


「なあ、美久……お前、何かしただろ!」


「えっ、わたしは何もしてないよ。それとね、わたしは、お義兄ちゃんだよ!!」


 わたしは、と言う部分がかなり強く何もしてないと言うフレーズに来ると消え入りそうだった。要するに美久は何もしてないと言うことか。それにしてもその話し方では完全にオネエキャラだよ。今は錯乱してるからで、理解されるだろうけども、これが続くとオカマキャラが定着する。嫌だなあ。虐められそうだ。


 でも、中身は美久だもんな。あまり指摘するのも可哀想だよなあ。


「なあ、……いや、ねえ……おにぃ……ちゃん」


 なんとか言えたが、この言葉を使うだけで、大切な何かを失う気がする。寒くて熱が出て来そうだ。女子はこんな言葉をいつも使ってるのか。すげえよ。


「うん、どしたの?」


 いや、だから……おれ……どしたの、とか言わないしぃぃ!!!


 暫くは錯乱状態で通すしかない。錯乱状態の時は本音が出やすいことを思い出して、俺は慌てて首を振った。


「どうしたの? お義兄ちゃん、いや……違うか。……えと、みくちゃん?」


 ちげええよ。みくちゃんなんて言わねえし。美久でいいだろ!!!


 俺は心の中で突っ込みまくりなわけだが、声を出すのは、何とか我慢した。


「えとさ、悪魔と契約したか?」


「えっ、なななな、なんのことかなあ?」


 結局、そう言うことね。美久は嘘をつくのが下手だもんな。天使だか、悪魔だか分からんが俺を助けてくれたのならば命の恩人になるのかな?


「美久!!! 大丈夫か!!!」


 看護師に連れられて、父親が病室に入って来た。そういや、母さんは一度家に帰ったんだっけか。美久の一大事でも家のこともしないとならない。掃除や俺の夕食まで作らせて、本当にどんだけ感謝していいやら。


 そんな感傷に浸っていると父親は心電図のデータを見ながら腕を組んでいた。


「美久、辛くはないのか?」


 俺が普通に起き上がってるのだから当然の反応だろう。危篤状態の俺は動くのもままならなかったはずだ。


「何故か分からないけど、痛みが突然なくなったみたい」


「そんな、馬鹿なっ。今からレントゲン撮れるか?」


 父親は父親以前に医師だ。回復する可能性がないことなど百も承知だったのだろう。


「幸人、すまないが少し席を外してくれるか。今から検査を行なう。もしかしたら悪くない結果を伝えられるかもしれない」


 俺は父親をあらためて尊敬した。少しの情報だけで、俺が回復に向かっていることに気づくなんてあり得ないよ。


 俺もあの悪魔の女に出会わなければ信じられなかっただろう。


 それからは診察器具などを付けられて、レントゲンの撮影。MRIも撮影した。そして、本当の男の泣き顔と言うのを見た。


「美久、すまない。俺は何もしてやれなかったけど、何故か……、ガン細胞が綺麗さっぱり無くなってる」


 お父さん、と俺も抱きつきたくなったが、それは美久がやることで俺のやることではない。


「ありがとう。お父さん」


「だから、俺は……」


 分かってる。でも、父親は何もしなかったんじゃなく、出来なかったんだ。だから、少しでも辛くないように考えてくれた。


 それにしても、怪しいのはこの身体の変化だ。宗教広告じゃあるまいし、ガン細胞が突然消える訳がない。きっと、あの女が関わってるのは間違いないが、それにしても不思議だ。本当にあの女が交換条件も無しに、俺を助けるのか?


 絶対に裏がある!!!


 美久、お前は悪魔とどんな約束をしたんだよ!!!!!



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