第6話 助手は悶える

 ◇


「それじゃあ、また明日な」


「はい。それではまた明日です」と、私は投げキッスをする。


「...」と、少し反応に困る先輩が可愛くて仕方ない。


 家に入ると先ほどまで握っていた自分の手を見て、思わずニヤけてしまう。


「おねえーちゃん、なにわらってんのー?」と、幼い弟に言われて「何でもない!」と、満面の笑みで返す。


 ベッドに入るとすぐに先輩に連絡する。


『お礼言うの忘れてました。送っていただいてありがとうございます』


『律儀だな』


『先輩はまだ帰りですか?』


『そりゃな』


『先輩、歩きスマホだめですよ』


『ちゃんと止まって返信してるから』


「むふふ」と、情けないほどキモい笑いが溢れる。


 自分がこんなに情けない人間になるなんて思っても見なかった。


 16歳まで誰かを好きになることもなく、また自分が誰かを好きになることも想像することすらできなかった。


 更に自分が好きになった人には彼女がいて、でもそんな彼女と別れて、私がアタックしても靡かなくて...。


 思い通りにならないことが私にとっての快感でしかなかった。


「...はぁ、大好き」



 ◇


「はぁ...ただいま」


「おかえりー。あれー?リノアちゃん、今日は来ないの?」


「うん」


「それでー?なんで美也ちゃんと別れたの?」


「...別にいいだろ」


「良くないわよー。美也ちゃんは私にとってもう1人の娘みたいなもんなんだから!」


「その割にあっさりとリノアを受け入れた気がするけど?」


「別れちゃったもんは仕方ないからね!」


「...ならしばらくそっとしておいてくれ」


「ちぇー」


 そのまま、ベッドにダイブする。

ふと、1人になった時に考えてしまう。

もう一度、やり直せる道がなかったかな?とか...。そんなありもしない未来。


 リノアから好意を寄せられていること自体は素直に嬉しいが、正直クラス1可愛い彼女がNTRれた後に学校1可愛い女の子と付き合えるほどメンタルが強くない。


 そもそも釣り合わない人と付き合うこと自体、俺からしたらもう怖くて仕方ないのだ。


 しかし、全くそんなことを気にしないかのように、リノアから電話がかかってくる。


『もしもし』と、声が反響している。


「もしもし。なんかすごい声が反響してるぞ」


『あー、はい。こういうことです』と、カメラをつけ始めるリノア。


 その画面にはおそらくお風呂と思われる映像が流れていた。


「...何してんだ」


『何って、お風呂に入ってるんです。見ればわかるじゃないですか』


「なんでお風呂で電話してんだって話」


『暇だからです。あっ、えっろい先輩は今頃私が間違ってインカムに変えないか、画面に張り付いて見てるんでしょうね。あーきもいきもい』


「...そう思うなら画面消せばいいだろ。あと、スマホは横に置いて画面は見えないから」


『へぇ。そうですか。じゃあ、今から3秒だけインカムにしますね。行きますよー。3.2.1、はい終了』


「してないじゃん」


『うわっ、やっぱ期待して見てたんじゃないですか。最低ですね。ゴミムシです。自分のことを好きな女の子になら何しても許されるとか思ってません?』


「思ってねーわ」


『ふーん。まぁいいです。じゃあ、また後ほどお話ししましょう。それではさようならー』と、一方的に電話を切られる。


 本当に勝手なやつである。

でも、リノアがいなきゃ今頃俺は不登校になっていてもおかしくはなかった。


 それほどにメンタル面は限界も限界だったのだ。


「さて、寝るか」

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