~俊足~(『夢時代』より)
天川裕司
~俊足~(『夢時代』より)
~俊足~
或る日の昼頃、とても長閑な一日になりそうだと高を括って居た俺はひょんな事から父親に或る告白をしなければいけなく成って居た。しかしその告白について私は自信が在り、〝しなければ…!〟と思い付いてから言動までにはそう時間が掛らず、父親はすぐ目前に居た為俺の告白を直ぐに聞いてくれた。
「物書きに成る。成って…」
言い終わらぬ内に父親は笑って居た。プハッ!くくく…そうか。半分以上馬鹿にした様な笑いに見えたが〝仕方が無い〟と俺は心のどこかで思い込んで居り、その上母親が少し暗い父親の背後の部屋からいつも父親が仲裁に入る様な姿勢を以て上半身を起こし、バタンと片手を畳に突いて身体を乗り出す形で(父がこれ以上私を馬鹿にするのを)止めた為、それ以上の事は起きなかった。陽が高いのか低いのか分らないまま俺は冷蔵庫を開けた。中にはいつもの品物(大抵いつも見る面々)が揃って居り面白くなかった。風があるのかないのかも分らないまま縁側に出ようとしたが、なかなか縁の外を見る事が出来ず俺は縁側へと続く畳の部屋とキッチンとをうろうろしながら右往左往して居る。別段、父親も母親もそんな私を見ても何にも言わず、唯日々の日課の様な事を淡々と、黙々と、して居る様だった。私がもう家で十年以上は飼って居る金魚の水槽を見に行こうとした時に私の目前に、パアッと光が差し、縁側に近付いたかと思うと縁の外が何故かスッと見えて、白と黒の砂利道が庭を埋めて居た。小鳥がその辺りから頭上でピーチクパーチク鳴き始める。真新しいガラス窓を閉めたくなかったのにピシャッと閉めた俺はその瞬間から空気の中を通ったのか飛んで行ったのか、見知らぬ風景に出る。
そこは江戸なのか現代なのかよく分らない柔らかい空気が流れる場所で、何故か足元は(自分から周囲十メートル程辺りなら)はっきりと鮮明に見る事が出来る状態と成り、真っ暗い空が頭上を覆う夜に居た。俺は新撰組の一隊士と成り、仮初の目的に腰掛け程度で仕える形を採り、周りの隊士の誰にも秘密がバレない様にと算段しながら一緒に歩いて居た様だ。目的地は誰の家か城か知らないがかなり大きな御屋敷の様であって、そうまるで「千と千尋の神隠し」(ジブリ映画)に出て来る〝ゆばあば〟の宿の様で在り、その御屋敷の内には温泉が在る。この温泉、天井が二十~三十メートル程も高く、中で本当に野球が出来そうな広さで在って、誰でもそこへ入ると「ほぇ~~、結構、いや滅茶苦茶凄いなぁ…」と必ず驚愕する位のものである。それだけどでかい温泉が在るだけに、廊下や部屋、大広間等を合わせると確実に戦国期の御城、否それ以上の広さを誇る事は決定的で在ったが、不思議とそこでは、その風呂、入浴室以外の場所を見せない。そこから出ると直ぐに又外の夜へ出てしまうのだ。地面は砂利道である。
俺は始めその隊士の内ではせこい野郎で居て、まるで長渕や哀川等の相方に選ばれる様な奴だった。どこで聞き付けたのか、俺が或る目的を完遂する為に潜入して居たのが(隊士に成ってから直ぐに)途端にバレ、粛清されそうに成り懸命に逃げ回って居たが、いずれは新撰組の強い結束力や情報網、漫画で見知った絶対の剣腕に敗れて負けるだろうと又高を括って居た。真っ暗で誰かに縋り付きたく成る程の夜の城内の砂利道で俺と新撰組隊士の疎らにやって来る多勢とは剣を交えチャンチャンバラバラしながら恐怖の中、それでも刀への執着が物を言う形で俺は誰かに見せる為なのか、とにかく格好を繕おうと躍起に成る。
して居る内に感覚と心情とが麻痺したのか我々が居る場所は現代で見る様なエレベーター付きの大ホテルと成って居り、その館内では不似合いの(日本の)侍達が襷掛けをして走り回って所々で修羅場を作って居る。何人もの死体(倒れて動けない人)がやはり襷掛けで黒い羽織を着たまま戦下で勇姿を飾って居るが、俺は(誰か仲間に成ってくれた者が居た様な気もしたが)その死体達を飛び越え、闇雲に唯逃げ回って居た。その時は逃げる事しか術を知らないで居た様子である。浴室へ入ると湯気が程良くムッと立ち上がって来るが、浴室の両脇に在った長く超高層階段の様な階段を昇り詰めて二つの木製の扉どちらでも開けて外へ出て見ると俺は客観的にワイワイガヤガヤの空気と模様を傍観して居るだけで、自分や自分を追い掛ける隊士達がどこへ行って何をして居るのか見えないで居た。唯、恐らく外へ出ても色んな階段や砂利道を飛び回り死中の内で追い駆けっこして居るのだけは感じて知って居り、又その浴室の自分達が帰って来るのを待つだけである。俺はこの浴室を投げ遣りな気分で好きに成って居たのかも知れなかった。後から思えばきっとそんな気がする。
俺は逃げ回って居る内に次第に「逃げ方」を覚えて心に余裕が出て来たのか、次は物欲が出て来た様で、どこへ居るのか知れないがその隊士達の内にきっと居るであろう(そう思った時は近藤の所在を知らなかった)近藤が所有する〝長曽根虎徹〟が欲しい!とピンと来て、直ぐ様(追い駆けっこして居る内に)見付けた、オフホワイトの道着の様な羽織に小さい十字模様を沢山付け、腹当てのみをしながら襷掛けで頑張って居る近藤からその〝虎徹〟を奪い、〝虎徹〟を奪うと欲の延長か鞘も欲しく成る。近藤は夢中で闘って居た為か途中どこかでその〝鞘〟を落として居たらしく持って居らず(腰にも差して居らず)、このど修羅場の中でもう近藤から奪うのは流石に無理だと諦めた俺は、そこら辺りに誰のでも良いからこの虎徹に合う鞘は無いものか探し始めた。そこが風呂場だった為か俺は〝頭くらい洗っておかないと損だ〟等と得を取る心理が働き、逃げて居る内に敵(隊士)達の目を盗んでは風呂用椅子に腰掛け雑踏の内に居座る様にして姿を隠し、頭をごしごし洗って居た。これは上手く行った様だった。「はぁ、戦争てこんなもんか、弾が飛び交っても、槍や剣が飛び交っても、不意の空気を突き人目(人の意識)に触れなければ敵か味方かも判らず〝はっきりとした敵〟にしか向かって行かないもんなんだなぁ」とか、少々戦国期の戦争というものを小馬鹿にした様な心境で居たのを覚えて居る。なかなか私は見付からなかった。お陰で敵の状況が良く見えた気がする。しかし〝もうそろそろかな…?否もうそろそろだ〟と少々心構えした後には必ず見付かって居り、俺はその度に又逃げて居た。
やはり近藤、土方、沖田辺りは怖かった。先に見知って居た為か異常な偏見が働いたのか、神聖視した為か〝この三人は怖い〟という妄想が俺の心を取り巻いて居た。永倉、藤堂辺りは然程でもなかった様に捉えて居た様子だったが、その二番格では原田左之助がなかなか体力自慢の頑丈で厄介な代物だと少々恐れて居た感が在る。それでもとにかく近藤、土方、沖田には見付からぬ様警戒して居た。(警戒しながら)他の隊士は大体誤魔化せる様に思えた。
女が飯炊きで出て居た。
これも〝ゆばあば〟の宿で働いて居た女中(実際は虫や物の怪だったが)それ等が全て女に変って居り、相応の活気に溢れて居た。又女も着物の裾を足元から膝辺りまで低く上げて結んで落ちない様にして居り、襷掛けで、頭には三角巾の様な物を付けて居り、母性は溢れるが色気は然程無かった。俺は虎徹を手にしてから志々雄真実(「るろうに剣心」に登場するキャラクター)の様にほぼ無敵に成り、描いた様な見えぬ抜刀術を武器とし最後の強靭を取る。自分でそう成る様に仕向けた訳である。志々雄の第一の秘剣〝焔玉〟を先ずは第一のステップの様にして俺の内実を未だ知らぬ隊士達に披露し、全て出来る志々雄の技を態と出し惜しみしながら〝どうとでも出来る強者の楽しみ〟を堪能して居た。しかし近藤、土方、沖田を始めとする隊士達が結局誰と対決して居たのかはっきりとは、最後まで俺には分らなかった。
(その辺りで目覚めた。目覚めると点けっ放しだったテレビでは「ルパン三世」が延々繰り返し流れて居た様で、そのDVDに収録されて居る内の『オイルダラーを狙え』をして居た。目覚めた契機は「母親の声」である。俺は、〝起きなきゃな〟とか軽く考えながら又うとうと眠り始めた…)
中学の頃に同級だった上川幸美と会うのを俺は楽しみにして居た。やはりなのか唯一なのか、俺の手頃な領域には上川が残されて居た。俺は自分の部屋に居りベッドで寝転がって居る。足に、少し開けた窓から思いっ切り入って来る雨交じりの風が吹き当り滅茶苦茶気持ち良く、窓を全開にし、体に当てて居た。上川も(私が通うD大で教える古典の教授の井ノ
上川はゆっくりむくっと起き上がり、八十年代のCMでアイドルが見せる少々野暮ったく光る微妙な笑顔を作り、ベッド横に在るテーブル上のレモンティーを飲んだ。外は雨がサーッと降って居る。〝ベルが鳴る、誰も居ないのに〟このフレーズが丁度しっくり来る位のシチュエーションを彼女が作り上げた様子で、俺は気持ち良く嬉しかった。彼女は俺の方を見ずに、しかし視野には(俺を)入れて居た様子で、ずっと遠くを何の気はなしに見詰めて居ながら俺の心に語り掛けた。
「今は余計なことを考えないでいいよ。夢は簡単にあきらめたらあかんで」と。
彼女の口が動いたかどうかは分らなかった。
~俊足~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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