とりのすみか

とりのすみか

寒空のうえのあの大きなカーテンレースのような上の中に小さな金平糖を模した光、というより人工物に近い光があった。わたしがあの星のようのなるには模造品、紛い物と揶揄されるに違いないものだな。きっと。確かに寒空ではあるし、鈍い光は冷たさをもっているようには見えるが、肌に当たる風は冷たくないのである。いや、風が冷たくないのではない。身体が風を冷たいと感じないのである。自分の体を冷ましてくれてているようで心地よいのである。風邪のあのだるさを含んだ、麻布に包まれたような火照りとは違う。明るい光を体に取り込んだような、自分が太陽になったかのような万能感に包まれた火照りである。何か目の前にしっかりとした喜びが見えるわけでもない。むしろどちらかというと不安の方が見えるのである。しかし、どうしてもはやる足を抑えられない。体に任せて進んでみるのもいいかもしれない。そうして歩をすすめた時だった。足は光のせいで溶解し進めなかった。まだ出る時ではない。然るべきまで待てと。「ならばいつ出る?」一匹の虎は小さな声であの星に歯向かいたかったがなんせ虎には舌がない。昨今の答弁論に飽き飽きして舌を切ってしまった。歯向かいたいにも歯は世間体を気にするあまり抜いてしまったしもう歯も舌も出せない。歯痒い。歯がないあまりに痒い。今はあの星のようなものには手が届かず星にはなれんと悟った虎は小さな街で星が降りてくるのを待ってみることしか出来なかった。星を食べてみたらどうなるだろう、私の身は輝くのだろうか。それとも私の身には合わず私は朽ちるのか。自尊心だけ蓄えてぶくぶくと醜く太った虎にはあの星を追いかける勇気もなかった。ただ届かないと察した虎は怒りに燃えて消え去るような感覚だけがある。虎は未だ幼くたてがみは生えそろっておらず周りの仲間の虎たちには子供だと馬鹿にされていた。仕方なくそこらの小さき動物たちの仲間に輪に入れて欲しいと懇願しても話にもならなかった。街を出ていったたくさんの虎を藪の中からじとっとしたまなこで見送り次の虎が来ないかと日に日にまつ虎にとってはこの街で過ごす時間があまりに長くてとても切ないものだった。虎には縞模様がない。縞模様が抜き切っていったのだ。とても幼かった無邪気な時にはまだその紋様はぎしゃりと生え揃っていたのに。なぜなのか分からなかった。模様が欲しいな。みんなと同じ。普通になりたいな。普通にみんなと喋って普通にご飯を食べて普通にみんなと遊ぶんだ。小さな原っぱでかけっこをしたりみんなと縞模様の数を数えるんだ。家族が欲しいな。帰ったらおかえりと言ってくれる人が欲しいな。あのお星様にも家族がいるのかな。どうなんだろうな。「ねえ、お星さん。君には家族がいるのかい」お星様は答えてくれずただずっとその場で一匹の虎を照らすばかり。なんだか寒いなあ。夏が来ればみんなが戻ってきてくれるのかな。あたたかくなればきっとこの街にも戻ってきてくれるはずだ。私は意気揚々とした気分になっていた。その年の夏は小さかった時にみんなとよく遊んでいた浜辺で小さなあなぼこを作りそのあなぼこの中でゆっくりとにまにまとした顔を作りながら待っていた私だったけれど誰も帰ってはきてくれなかった。波風と強い日差しのせいで毛皮はごわごわになり皮膚は少し赤みを帯びてなんだかじきじきと痛み出していた。それでも虎は待っていた。夏が過ぎ秋が来て虎が嫌いであった冬も来て何ヶ月たったろうか、何年経ってしまったろうか。いつからか数えるのをやめてしまった。とある冬の晩、虎はちいさなあなぼこの中で息絶えた。何年も待っていたせいかちいさなあなぼこの表面は石と化していた。その表面には小さな鳥が巣を作っていて今は鳥にとっては大きな棲家だった。そこから見える景色というのは海が見えて星が見えて風も良く通っていたから抜群の棲家であったはずだったがその鳥の家族の長男坊が言うには「あまりに小さな島」だったそう。

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とりのすみか @shima0029

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