~修道の悪女~(『夢時代』より)

天川裕司

~修道の悪女~(『夢時代』より)

~修道の悪女~

 「人間の現代」として「狂っている時代。或る意味、本当の人生を生きている現代人。今までは生きる目的があったとしよう。今、或る程度のゴールを手にしてしまった。さぁ何をするか?と成った時に、今までの洗脳から解き放たれてしまったその状態によって、新しく目的というものを各々が設定しなければならなくなった。価値観含め、あらゆるものが揃ってしまった。あらゆるものが増えた。あらゆるものが増えた為、規制等も増えてしまっており、個人は雁字搦めに在る。反発、反発、反発。犯罪、犯罪、犯罪。自由、自由、自由。目的はパラダイス、目的はパラダイス。若さ、若さ、若さ。老い、老い、老い。どの処で見る目的も流動的で〝一切が過ぎて行く〟如く、満足感と共に過ぎて行き、その目的が近かったり遠かったりする。又、人生が始まる。男女。夫々で目的が変わってしまったのか、或る程度の接点と設定しか見えなく、心中にさえ残らなくなった。友人が自分と共に生きてくれる事を望む。友人が自分より先に死んでくれる事を望む。人生が在る事を望み、人生が失(な)くなる事を望む。目的とは何なのか。初めから在った筈の目的とは何処へ行ってしまったのか。あらゆる存在(もの)が現在という〝今の時点〟を目の前で目まぐるしく飛び回る如くに流れ去る…。白と青と赤と黒の場所が在る様(よう)だ。何を以て〝一つ〟と成るのか。例えば私にはその辺りで宗教というものに縋り付く心境が生れる。いつまで経っても恐らく確信を持って来てくれないあの宗教である。しかし、この『宗教』に心身を任せるしか無いのだ。目的とは何なのか?人は恐らく現在でも迷っている。いや、だからこそ、今でも人は迷っているのではないだろうか。自分が好んで身を置く〝現実の土台〟が中々消えずに目前に在ってくれなく、哀しいものである。宗教等、始めから『無いものだ』と突き付けてくれている。人は〝信じる〟という姿勢を知り、沢山のこれまでの知識を以て現時点で望む自分の存在を確立するように、その〝信じる〟という姿勢を以て生きる目的へ向かって歩こうとする。この多勢は何処へ向かって流れているのか、それが分かれば、恐らく人は救われるだろうに。」、様々な夢の曲折を経て、安(いずく)んぞ大阪、とてもこの葉裏に生き続けようとする強い心を以て、所々に虫食いの宴(うたげ)が在ったがどうにかこうにか取り付く島を見付け出し、鏡に光った自分の肖像を象る事が出来たようで、俺は爪弾く様な夢を見た。

 白い吐息が口から流れ出る頃、俺は四季を飛び越える程に生き生きしつつ憤慨は心中にて競争し始め、通り一遍に奏でられてく迸る淡い恋の歌は黒い稲妻の海に沈むよりも早く、明日(あす)への碇を地に下ろし、短く過ぎた虚栄を彩っていた。俺は、もう殆ど空が夜の心に解け込み、心によって物を捉え始める季節を迂回して来たらしい体裁により何処でも何時でも物を書く事が出来るように成ったようで、慌しく唯電車に飛び乗り、乗り込んだその汽車は「夜」という名の町のトンネルを潜り抜けた儘で、殆ど隣町に在るE教会へ向かって歩き出したようであった。曇天模様の日和であった。唯、自分の才質を取り巻き続けた白い結界の様な吐息は次第に、霧が晴れて行くようにその儘自然に同化し始め、行き遅れた青い帆柱を立てた「心」の難破船だけが、人人が奏でた遠い空へとその身を匿い、その後、つい意味有り気に講じられ行く無数の境界(はざま)を探したようで、白雲(くも)の内へと初春(はる)の感覚(いしき)は幻想(ゆめ)を見遣って、夢告の昨夜(ゆうべ)に兆しを見付ける不幸な「土手」には未完(みじゅく)が死んだ(…俺の未憶(みおく)は幻(ゆめ)の身元(もと)まで透って入った)。光り輝く晩春(はる)の太陽(からだ)は何時しか黄色い間抜けを装い、自分が見付けた呼笛(あいず)の代わりに脆弱(よわ)い暖気を高空(そら)へと放ち、俺と車内は酷く脂汗(あせ)を掻きつつ腕組をして、何時しか成された分散(よわり)の長久(さか)へと「町」を呑み干し終焉(おわり)を告げた。友人も居たかも知れないその車内では、時折自体を走らす汽笛をぽんぽん鳴らして如何とでもその体を捩(ねじ)り捩(よじ)り狂わして行くようなのだが、人の心々に描かれた文学という昔の文字が時折尚木の葉を木から捥ぎ取り殊勝な表情(かお)して留まらせ、白木に植えた車自体の空虚を遠いお空へと又折り返して行く。白球が夏に空を切って何処かへ駆ける生誕を祝う人の炎の様に暫くは息が続くのであるが、何分(なにぶん)補給の糸が前まで居た町の麓辺りで途切れているようにここでは霧散の体(てい)と成り果てて、どれが自体の為に活性させる昼間を見せるか模索さえ続かぬ軟い骸を来た自分の要塞へと成り変わらされ、その「途切れ途切れ」は何時しか高い空へ掲げた祭壇の様な空路を今暫く飛んで行こうとするのだ。俺は尚且つその車内で時折腕を組み脚を組み換えしながら街の止まった様な清閑な躍動の中に解け込まされて行くような、落陽が残す火照りをその頬と胸の上に受けながら、何時か懐かしく見て知った恍惚から得た恩賞を静かに揚々思い出しつつ明け暮れに咲く筈の蓮への連想を唯一層深めて行った。真っ赤に咲いた太陽だ。空では五月晴れより淡く照らされた初春の憂いが小鳥の声に同化しても尚凍えた白さが鬱蒼と咲き返って、楽器に合せようと春の陽気は未だ知らずの陽気の財産の内にひっそり仄かにその形(なり)を潜めていた様子が在ったのだ。俺は又無鉄砲な表情(かお)して取り留めない苦楽の体(てい)をひっそり人の戯れと自然の動きに絆される儘に追憶せられて〝爛漫〟への透明にやがて穂が付き実る人の栄華は途端にその残虐さを借る妖尾(ようび)へと描写して行く。夕日は落陽から一片へと傾いた。次第に自然を射止めて人には宇宙の星々を映したように、次はその日輪を鱗の様に空へ染めさせ姿を消した。確か、日曜ではなかったように、俺は記憶している。

 途端に列車に触れた振動が己の鉾先を失うように転換した後、景色は止まり、窓には一線続きの時空の闇が唯逆様に拡げられたようでほんの矛盾さえ無く、白羽(しらは)の生えた天使の逆鱗は夢想の内に余波を拡げて俺の骸の色さえ呑み干していた。どうやら列車は白々明けた街の畔(ほとり)、S駅へと到着した様子である。俺は頑なな月が唯密かに瞑想の内に俺の元へとひけらかしつつ、再生して来た一経験への扉を伴って、又俺の心の内にはこれ迄に何度も見て来た白刃の照射が威光を示すかにして黒を留(とど)めた。俺は唯密かに、誰にも見せない栄子の幼体を描(えが)き続けたモノクロのキャンバスを眼(まなこ)に見せつつ、一時(いっとき)の人の屍(しかばね)を闇の内へ又葬ろうとさえして居たのだ。栄子が教会の玄関口からひょっこり現れて、御勝手から入ろうとして居る俺の姿を射止めた体(てい)で次はいつもの白い両腕を仄かに俺まで伸ばしたままで追想してくれ、早くも即席仕立ての二人舞台から陥落させられ落ちて行こうとしている俺の物黒に色を付け添え俺の立身を唱えて、俺の両脇に静かな花を添えてくれる事を約束してくれ得るあの娘へと迄、その姿を変えてくれる事さえ願い、既にそうした環境の内で踊り狂う事になろう二人の情景までを描写しようとしていた。音頭を執り辛い現実に対するその一連の描写についての説明とは一体誰にしたら良いものやら取り留め見当が付かない人の枕に夢見て、落し、いつか又垣間見て素人仕立てに相包められて行く夢想の花火がその光景と一心同体に夢中に成り果てた頃に俺の専念とは又、いつか見知った狂喜の舞台へ迄ひたすら願い還って行くのだ。その内心、栄子に会う事を夢中で気に掛けて居た俺とは全力を奏でた儘で唯闇雲に咲いた道上を疾走して行き、掻かない筈の汗の一粒さえその道上へその身を落して行く時きっと街中の斜光は一斉に照射の向きを変えて又俺の鉾先を照らしつつ、慌てたように背汗を掻いて、自然物が成す体(てい)の内へと帰して行くのだ。一層(いっそ)夕立でも降れば好い、とどんより溜まった人の鬱を俺は自分の心中と背中より啄み見上げて見るが、その所々に又人の描写の入った淡く消えそうな霊にも似せた骸は自らの尻尾を丸めて見えなくなって、遂には夕日が、夕立が、現れる以前にしても、まるで始めに皆無にされた掟の程度を俺とあの娘(こ)は唯知る事に成り果てる。何処からが自分達が追い遣った自然による作物かがとうとう一層分からなくなるのかこの境地に於いての悲愴の内に認める。

 俺は連々(つらつら)文学が唯奏でたような街の階段を下りて行き、下り着いた後で実に後(あと)を振り返って見るとその階段を講じた主(ぬし)とは以前迄にこの太陽の街で見知って歩いたS駅から下界へ続いた階段であった様子が解り、そのまま街の空気の微温(ぬる)さと連動して在る様な障壁の一歩は、次第に俺の麓へと又近付くようなのであった。白日が起した一端(いっぱし)の孤高とは寧ろ俺の心中では既に徒党を組み果てた人が身に付けるべきとされた骸へと姿を変えて、男も女も無い新たな存在へと宇宙という存在までもを放っぽり出した儘の体(てい)で又、何時でも見て来た退屈でもある進化論への定義なるものを必死にごたごた、改築して行く俺の姿から出た分身の様なものが躍起に成る焦燥を俺は自然に覚えていた。口笛が喉から手が出て来るような大胆を講じて鳴り響いた頃には階段を取り囲んでいた障壁は遥か高い黄土色した外壁の様に移り変わって、大空から見下ろしたような快適な夜空が街の外蓋の上で寝そべっているような様子を憶え、俺はひたすら淋しく照り輝いた大阪の一街一街(ひとまちひとまち)毎に構築されて行く路地の中を夢中で闊歩して行った。本当に、何時(いつ)もよりも、これ迄に感じ知って来たよりも淋しい情景というものを、俺はその街の外壁成るものの上に見始め、感じて居たようであった。ゆっくりと、歩いて行った。城壁の様に壮大に横たわるその体(からだ)を呈した路地裏は、S駅から延びたその階段の壁とまるで意気投合したかの様に同化して来たようで、俺の眼(まなこ)から心中の芽に迄その根掘り葉掘りを到達させた故の小さな衝撃を又密かに俺の体温へ解け込ませ、俺は又人体が生き続けようとする様にして自然に屈強を乗り越えた儘の無念に生きてその火照る躍動を唯己のものとして行った。微かで僅かな自然光(しぜんこう)が俺の体の輪郭を捉えたようで、その適確に捉えられた一連の斜光は折好く俺の心中へと姿を又掻き消すように見えなくした儘、匂いも晦まし、遂には今日の陽光は明日の陽光を奏でる迄の能力と技術とを習得していた。仄かな光(きぼう)は何時(いつ)もの型を俺に着せ、唯独りが感じる事の出来る涼しさだけを見せて来た。一体誰に知らせる為か知れないその予兆とは、俺を久しく満足させるには果して十分過ぎた。

 俺が地面を蹴って歩く内に、段々人気(ひとけ)は引いて行き、遂には虫の鳴く音(ね)が静かな耳にゆっくり、うっすらと、聞え出した。誰も居なくなった路地裏を歩いて行く内に又ぽつんと、まるで次の俺が通るべきである様なハードルの代わりに人人が疎らに用意され、街は静かにほっとその活気を取り戻して行こうとしている。太陽は雲に隠れた儘で街に街路樹の様にして在ったコンクリ仕立ての要塞がぽつりと物を言ったかと思うと、次第な有力は認(したた)められた松陰嚢(まつぼっくり)の様にその身を地面へと転がし音を立て、薄ら柔らいだ俺の幻想の内にビル群を創り始めた。何人かが、ビルの陰に隠れた暗い路上に居るのは遠くからでも見え、極端に盛り下がったパン屋の張り出し屋根は緑と赤に分れて、奇麗に地面へ延びるかの様(よう)だった。不思議と副菜(おかず)を焼く美味そうな匂いがしなくなったこの大阪の商店街を醸した街では、人人は何処まで行ってもイメージで突(つつ)かれるようにして在るだけで、未だ我が手許へと転がり落ちる者が居なかった。唯、その人人が俺と同じ方向を向いて歩き続けて行くのが見えるだけだった。

 E教会へ辿り着く為には、唯、今多勢を以て歩いて行くこの路上を歩いて行かねばならなく、空に小鳥が飛ぼうが魔除けの鈴が道端を歩こうが一向に構い無く貫く程の心の強靭を以て謳い歩かねば、あの白い巨針をその屋根に突き刺す教会へは行けぬのである。故に俺は、ひたすら歩き、唯俺は、栄子に会ってこの想いの内を一気に解き放ち打(ぶ)ち当て果てる迄、と歩に躍起を踏ませて歩いたのである。ふと、微かに、女性の悲鳴の様な、仄かに淡い非難の声にも近い様な雷鳴が木霊したのが俺の歩調が耳を澄ます為の注意に襲われた時であり、俺はとっくに有頂天に成り果てそうな無敵の若体を瞬時、咄嗟にその悲鳴へ向けて自分への非難とし、次に、カッカッカッカッ!と勢い良く調子付いた女のヒールが先へ行く世の習わしへ身を向けた時はもう、その声の主、ヒールの音の主は、俺より先回りするかのようにして唯E教会の方へ駆け抜けて行く盗む音が、見知らぬ表情の無い背低の白壁の向うで大きく小さく鳴って行く過程を透視させられ見せられていた。見せられ、知らされた俺は少々気が慌てて、その見知らぬようでもしかすると良く知っている女でもあるかのように慮った後の体(てい)を以てその身を鎮められ、沈静して行く凝視は尚静かに時の声でも聞こうと気を捩(よじ)り、女が走った先の状況を具に観察しようと試み始めて居た。その「悲鳴」は俺に向けられて発せられた、女が栄子の貞操と誠実とを護る為の透視され得る透明の声を懐かしんだカモフラージュの様にその時の俺に捉えられて、何かムードが織り成す激烈な衝動があのE教会へ灯が点された事を契機(きっかけ)にどっと自身へと押し寄せて来る迄の短く長い期間を諭された神秘が俺の内で芽生え始めて、女の正体というものへの注意は尚一層膨らみ、唯密かに俺が成した闇の内で心身を翻しては次に何者かへ移り変わろうとでもして居る害の姿へと循環して行く「謎の女の姿」がその頃から密かな予定調和の内で踊らされて行く事と成った。自分の悪の部分をまるでその「謎の女」の存在に見透かされたかのようにして俺は酷く丸まり従順にして自然に抵抗せず、しかし躍起に成って身の旗を挙げねばならない人の理(ことわり)とは暫し悠長に構え出せば暫くせずとも女を射止めて殺害したくなるのも又理(ことわり)だと、何時しか誇張を始めた空虚に鞭打つ傀儡達は俺を支えて掲げた様に唯、俺の周りで起こり始める些細な展開へと手を入れ身を入れ、成れの果ての姿を浅ましくも悪義が生きる展開へと囃し立てた。俺はその女の「悲鳴」が自分の事を語った事への事実に対して目を見張る事をせず、始めの内は、唯「女」が何処へ向かって、何者であるのかだけを尋ね歩こうとして居た。しかしその尋ねる相手が何時まで経っても現れず、まるで屍の様に身を持ち崩しそうだった為俺は又、密かに悪への魅力を自分の股間へ忍ばせながらゆっくり大きく闊歩を始めて、「声」に注意し出した特別な頃から俺を構築させた虚栄が身を挙げ、栄子への卑しい自信の程度を俺はその「声」と共に見上げ見定める頃合いに直面する事となって行った。

 S駅からE教会迄を辿る何時ものルートを俺は逸れ正規のルートを別の道上へ仕立てた俺は又、その新たな場所に歩を進めた頃から「女の悲鳴」が木霊の様にその正体を何重にも分散させて拡がって行こうとする微動を捉え、やがては大きな力を発揮するぞ、と調子を合せたその躍動の程にすっかり無我夢中にさせられた儘、終ぞ悲しく、その声の主だけに気と心とを奪われる破目になった訳である。

 〝キャーッ!〟と言うその中年女性の声に俺はそれ迄の何時か何処かで聞き覚えがあって、唯、あのE教会の内で、これ迄に構築して来た人の歴史の展開に織り咲かされた厭味な心境を甦らせられる際に聴いた非難の声にその中年女の声はとても良く似て居り、唯主は女で、クリスチャンとしては信仰の根底が打ち壊される程の相当の痛手を織り成す効力が在った。男が女の体を乗っ取る時に出来る周りの表情、神から刺されるような正義の衝動に釘を刺された儘で憶えさせられて行く、あの偶像を拝む程の恐怖を浮き彫りにさせるのだ。〝まさか、幾ら城壁が邪魔して見えない処で鳴り響く女の悲鳴であったとしても、俺に向けられた非難じゃないだろう。幾ら何でもそんなの出来過ぎだ。…〟等と内心で気遣いながらも俺は矢張り徐々に気が気でなくなり、少々小走りに成りつつ女の行く先・正体を定める事を諦め駅までへの歩を速めたが、帰路に就く道上で路地を右へ折れた為どんどんと自身が駅から遠ざかり、まるで車道と車がその舞台の主人公かと錯覚する程の、とても大きな高架・高速道路が目前を走る都会を想わす光景に出会(でくわ)し、その中々人人が物の陰に隠れて見えない大きな道へ出る寸前頃から感じ始めて居た「自分を追う者達」の陰を俺は斑(まだら)に注意し始めて居た。「女の悲鳴」を聞き取ってE教会からまるで蜂の様に出て来た若者達の陰である。俺は、自分の目前にその様に大きく、壮大な大都会を連想させるような大阪の道路と車の陰を感じ取って居ながらでも、ホースの内の水を押す様にして蛇口から少しずつ出て来る水の様な若者達の陰から身を隠すべく、その怖ろしくも感じられた高架・高速、車道の真っ只中へと自身を遣らねば成らなかったのである。唯頼り無く歩かされ、走り過ぎ行く車を避けさせられ、人の陰をその物達の陰に探す事を強いられながら、無い歩道を自分で境界を引いて構築しながら益々強大に成り行く人の造作へ呑まれるより他無かった。途端に心は青空の様に醒めて、俺は一人、ひたすら駅までの道、E教会より放たれて居たとする若者(おって)から逃れて居た時に見た空は快晴に近かったのが、その巨大な運動道路を目前にした時だけは、スキー日和に観る程奇麗な、ぞくぞくさせ得る曇り空へと変わって居た。その曇った真昼の様な空は俺をまるで別世界へと誘う様に姿を射止めて尊く成り立ち、創造も付かせぬ程の遊びの砦を真っ先に俺の骨髄へと落して来るようであった。

 矢張り、あの見知らぬ年増の女中の声とは俺への非難の声であったらしく、E教会の内から出て来た物と感じさせられた信郎、義男を始め、高志や正夫、河合君、他の教会員までもが何人かグループを作り団体と成って、そのコープスを目前に感じた俺にはまるで教会員総出を想わせる程の威力さえ保(も)ち、俺のまるで悪心の様な正義から栄子の心身を護る為にと、本当に、雀蜂が自分達の巣を棒か何かで突(つつ)かれて自分達の砦を護るようにわりわりぞろぞろと教会の内から溢れ出て来たのである。夢の内の出来事故に、俺はその辺りの事情について、殆ど黒が勝った群青色した暗い空から見下ろすようにして眺めて知って居たようで、「女」だけに追われて居た頃までは〝体裁が悪いから嫌だなぁ〟くらいに考えて居たのであるが、ここまで皆が本心を露わにした儘まるで白目を剥く様に自分を追う情景を知った後には、〝自分が如何にかされて仕舞う、殺されて仕舞うのでは―…〟等と此方も本心を露わにした儘身の危険を感じ始めてしまい、俺は唯もう一目散に、路地という路地を、見知らぬ場所も見知った所も、何れにも捕まる事への抵抗が秀でて躍起に逃げた。俺はその時から飛ぶ様にして逃げて居た為、知らぬ内にその薄暗い夜空に飛んで居り、山道に沿って彼等から離れようとして居た様子にあった。始めの内は街中の淋しい住宅地の中を、坂道に沿う様にして低空飛行から段々速度を上げて上空へ向かって飛んで居たのが、何時の間にか随分来たのか、住宅地から山道を移した光景へと移り変わって、その山道から少し冒険心を煽られた為か俺は山林の内へ身を寄せるようにしながら飛び込み、何時の間にか又大きな森の内を森林浴でもするかの様に飛び回って居て、丁度腰を据えて休憩するのに適した洞(うろ)の様な桶が枝の中央に咲いて在り、俺はその森の内へ入る前からその窪みの内に尻を据えて落ち着く事を決めて居た様だった。しかし一度、俺はその森の内へ、窪みが在る場所へ辿り着くまでに一度連中に捕まって居たのである。奴等の追い掛ける能力、俺が何処へ行ったのかを捜し当てる情報網、等は怖ろしく優れて居て、あれだけ彼等との距離が離れて居て、未だ俺が汽車に乗って栄子に会いに来た事等知る由も無い筈であるのにも拘らず彼等は、俺がそうした下心慢心を抱えて教会へ向かって居た事情を突き止め、忽ち俺を駆り立てた上で見事に捕まえて仕舞ったのだ。連中の内の何人かは、特に年少の奴は、少しでも上級の者に褒めて貰いたい等と考えて居た為か、俺を追い掛けるその両足の内に一瞬、会心渾身の一力(ちから)を内在させた儘で振り上げて俺の影へ向かって飛び込み、目覚ましい功績を挙げて居た事を俺は夢の内故上空より見て知っている。連中に捕まえられた後俺は、色々な姿形を以て詰問されて拷問にも似た箴言を植え付けられ、

「もう来るな、二度と来るんじゃない!」

等と念押し、又更に念押しされた豪語を体中に注ぎ込まれた儘で、結局、俺の何気ないふと気付いた時に注いだ栄子への欲心の下で成した追跡がばれた事実を伴い一度彼等の述懐の内へと身を刷り込まされて仕舞った後、漸く自由の身へと解放させられたのである。内でも義男の言葉は今でもはっきりと思い出せる内容(もの)であり、俺にとっては辛辣極まる非情の悪口の様であり、苛立たされたものだった。

「俺、電車に乗って栄子ちゃんに会いに〇〇君(〇〇には確実に俺への愛称が入る)が向って来てんの想像するだけでも腹立つし…」

 そう言った義男の言葉は義男と俺が居座る路頭の形跡の上で相乗以上に歩幅を延ばして生きたものであって、惨(まい)ったものだった。俺は、結局栄子の姿も声も気配さえも一度も見ずに感じない儘で追跡を終らせて仕舞って居て、又、あの「悲鳴」を挙げた声の主とは、何時(いつ)か現実に於いて「栄子が結婚でもして他所へ行ってしまうの嫌やわぁ…」と呟いた鳥居美奈子であったのではないか、等と後(あと)で気付いて居た。

 そうした一連の作業の様なストーリーを終えて後(のち)俺は気を取り戻したように酷く穏やかになり、肩の荷も下りた気がして、自分の跡を振り見てももう自分の姿を影を追う者の姿や気配さえ無く、逆に一通りの罰を受けて済んだ挙句に胸を張れる程度の爽快感を空へ向けて投げた実力が功を奏したのか、あの森の内で既に見知った、程好く流れる清流をメインディッシュにした、サブ・メインディッシュとも受け取れたあの山道から飛ぶ内に知り得た壮観に未だ堪能し尽せて居ない魅力の様なものを覚え込まされ、あの尻の窪みに腰掛けた儘下界に流れる生きた景色を眺めに戻って行った。

 戻ろうとした儘辿り着いた俺は、その沢に〝ティンカーベル〟を連想させる妖精が住んで居る事を事前に本の内に予習して居た為か知って居て、「ティンカーベル!」と叫ぶと、本当に、本に在った様に〝ティンカーベル〟が、俺から少し離れた川面に顔を付き出して居た岩陰から、すうっと抵抗を受けずに姿を現し此方をじっと見て居た。少々煌めく様なオーラを纏いながら、ややゆっくり帆を船が動かす程の勢いを以て躰を上下させ、又蜻蛉(かげろう)の様に翼を小刻みに振動させて羽ためかせながらティンカーベルは、現実の実体(もの)に変わった。俺はそれ迄に本望を果たせなかった為に、その奇麗で優雅に飛行するティンカーベルの容姿に実物が織り成す周到を着せられ魅力を憶えさせられ、自分の近くへ呼び、妖精ながらに又夢故に、ティンカーベルの躰のサイズを俺は自由に変容させて茂みへ誘い、丁度自分の躰と同程度のサイズをそのティンカーベルに憶え込ませて、まるでダッチワイフの姿と成り果てた恋人の振りをさせ、俺に抱き付くように命じても居た。俺に抱き付く頃のティンカーベルの体のサイズはそれでも未だ人の等身程まで達しなかったが、次第に大きく成長し始めごつごつした身体からぶよぶよとした肉付きに変え物を言わせて、その奇麗で燃える様な綽(しなや)かに延びた両脚を捕まえようとした時、そのティンカーベルの肉塊はまるで異次元の世界へ入国させる鍵(キー)の様な役割をする事となり、俺を或る漫画かゲームの世界の内へと誘い、その世界に在ったまるで修道院の様な邸の内に俺の心身を置いてくれて居た。

 その内には、俺と共に一つ屋根の内に居てくれ得る七、八人程の二十~四十歳程度に歳を分けた修道女が存在して居り、その修道女達には夫々或る思惑が成したように、きちんと許嫁や付き合い始めて間もない彼氏、旦那の様な存在も付いて居た。俺は上手くしてその付けられて居た男達だけをその一室から除外する事に成功して居り、とうとう内には俺一人と、七、八人の修道女達だけと相成っていた訳である。夢の効力を生かして俺は、その修道女達を次々に犯し心身共に蹂躙して行き、凍えるその手を柔肌の温もりにおいて伝えて行く事に熱中して居た。そうした過程の内に気付いた事は、先ずは二、三人だけの心身を乗っ取って後(あと)の女は放置する気で居たのかも知れない自身の在り方だった。理由は、そうした俺の女達への愚行がその一室の外界に居た男達に知られて仕舞った為に、俺と彼等とで闘争をする予兆が俺の心身の周りで既に在ったからである。まるでその闘争する折の彼等ときたら、一国の太守を気取る迄の貫録と内に秘めた強靭とを持ち、好き勝手に或る戒律を犯した自分は下手をすれば殺されるかも知れない、等と思った為か、俺は、絶対にその男達を門にさえ近付けないほど強固に護りを固め、必ずこの部屋の内へは通さない事を必死に誓い合って居たのだ。そうしながらも俺は先ず、一番その修道女の内で可愛らしく見えて居た女の処女を奪い取り、その女を脇へ遣った後次は旦那持ちの妊婦の恰好をした女の内へ入り、淀んだ安心の中、俺は怯えながらもその狂気に寄るスリルを糧とし、唯ひたすらに瞑想に耽りつつ野暮用に勤しんで居た。しかし女達はこっそりと、自分達の安全の為にその部屋の内から何等かの手法を以て外に在る男達の全てを一室へ招き入れる為の算段をしていた。俺はそうした女達の暗躍に気付かされながらも冷めない興奮剤に遣られて快楽に阿って行く為の行為を止(や)める事が出来ず、遂には見て見ぬ振りさえして居た。仕方が無かった。男達は遂に入って来た。

 女達がその男達の侵入を機に途端に俺に対して大胆と成り強く振舞う術を身に付けて行ったのは俺から見て明らかだった。内一人の女は、「ウィザードリィ」に登場する様なヒロインが呟く呪文染みた発声を以て俺の心の臓を押さえるように胸にその両手を当てて来た。気の休まらない俺の周囲ではこれ迄の自然に対して従順だった女達が集団で動く為に、俺は自分の興奮を抑える為の明確な方法を見付ける事が出来ずに、殆ど周囲で飽きもせずにのた打ち廻り俺と戯れ燥(はしゃ)ぐ女達の言いなりに成って行った。その辺りで俺は目が覚めた。



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~修道の悪女~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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