第47話 二人の理由

 テンドウ達が沖縄を出発してから数時間。


 アナスタシアの神器を回収する為に編成されたロシア班は、大型貨物機でユーラシア大陸に侵入していた。


『オーケー、ここもクリアだ。このままの進路で通過しろとの指示が出た。時刻は午前4時31分、予定より40分ほど遅れている。そろそろ準備を始めてくれ』


 薄暗い貨物室にパイロットからの報告が行き届けば、ブーツの紐を固く結び直したヤジマが席を立つ。

 ブーツで鉄の床を踏み歩く音が響けば、積み荷の上で眠っていたアナスタシアも体を起こし、上着を着てから髪を後ろで結び留める。


「よし、お前達、そろそろ時間だ。ブリーフィングを始めるぞ? ほら、さっさと起きろ。休み時間は終わりだ」


 手を叩きながら貨物室を移動するヤジマの呼び掛けにより、今回の任務で同行する事になった数名の自衛隊員も武器を携えて一か所に集合する。


「アナスタシア、ヨシオカを起こしてやれ」


 ヤジマがアナスタシアに指示を出すと、貨物室の片隅に用意されていた女性用の仮眠室からヨシオカと女性の自衛隊員が出て来る。


「大丈夫よ、あなた達は私達が守るから。さ、行きましょう」


 女性隊員に励まされて貨物室の前方に向かうヨシオカの顔は、不安に満ち溢れている。


 自衛隊員は全部で八名。いずれも沖縄基地からアストラルが厳選した隊員で、バイツァダストの心配はない。


 ロシア班の方は、ヤジマ、アナスタシア、ヨシオカと、通訳としてロシア班に加えられた沖縄支部所属のアイギス【トウドウ・アスカ】の四名。


 貨物室の前方に設けられた机の前に、ヤジマを含めた十二名が揃う――


「揃ったな。それじゃあ、今から神器の回収に関するブリーフィングを始める。トウドウ、お前はアナスタシアの側に立って、作戦を伝えてやれ」


 トウドウの返事が響くと、前方に設置されたプロジェクターの電源が入り、目的地の建物【ルーファスの屋敷】が映し出される。


「これが、今回の目的地となる『ルーファスの屋敷』だ。写真で見ても分かる通り、かなり面倒な構造の建物だ。敷地の面積に関しては、大統領が使用する住居の次にデカい」


 ヤジマが話している「ルーファスの屋敷」は、現地で登録されている正式な名前じゃない。


 正式名称は――


 管理者であるルーファス・フレドは、栄光の館を「住居」として使っていない。

 

「元は個人が所有する一般的な建物だったが、悪霊が起こす怪奇現象は近隣の公共施設にまで及んでいた。屋敷を始め、敷地がここまで大きくなったのは、周辺の施設や住居が軒並み撤退したからだ」


 ヤジマがリモコンのボタンを押すと、プロジェクターで映し出されている写真が古い写真に切り替わる。


 映し出されているのは、病室で頭を抱えて苦しむ患者達の姿や、灯りが消えた病院の中を歩く他国の軍人など、様々な写真の寄せ集め。


 全て、モスクワで起きた出来事の写真だ。


「古い写真から最近の物に至るまで、写っているのは全員が幽霊だ。病室で頭を抱えているのも、その病室で死んだ患者。ルーファスの屋敷に幽閉されているのが兵士の悪霊というだけで、彼の屋敷の周辺には別の悪霊が徘徊している。現地の状況と合わさって最悪の環境だ」

 

 バイツァダストの大規模な攻撃を受けた現地の状況は内戦状態。

 暴徒と化した武装集団の中にバイツァダストが紛れている事に加え、ルーファスの屋敷周辺は悪霊の縄張りと化している。


 武装集団と軍の交戦が続いているモスクワ市内で、陸路を使って屋敷に辿り着くのは不可能に近い。


「武装集団を指揮しているバイツァダストに加え、実弾が通じない幽霊……この二つの問題を解決するには、空から飛び降りて屋敷に直接降りるしかない」


 映像を次に切り替えたヤジマが、降下手段を伝える。


 

 ルーファスの屋敷に直接降りる為の手段は、滑空用に開発された――ウイングスーツ。


 自衛隊を含め、降下経験がないヨシオカとトウドウにはメルセデスが誘導役として就く。降下中の制御は全てメルセデスが行うので、自衛隊やヨシオカ達は飛行機から飛び降りるだけで問題ない。


 問題があるとすれば、メルセデスをロシアの領土で召喚する事になるヤジマと、召喚されるメルセデス本人だ。



「アストラルの話によると、メルをロシアの領土で召喚するのは、現地の上級悪魔達に対する挑発行為らしい。管轄外、日本でしか効力を発揮しない許可書を他国で提示するようなものだ。当然、俺とメルは悪魔に命を狙われる」


 実際に二人を攻撃するのは、タナトスになるだろう。

 狙われる可能性が高いのは、物理的な戦闘力を持っているメルセデス。


 ヤジマはメルセデスに守られているだけで、メルセデスを守る力は持っていない。


「神器の回収を優先する為にも、俺とメルはルーファスの屋敷には入らない。タナトスのやり方を考えると、中で戦闘になったら神器の回収どころじゃないからな。現地に到着後は別行動だ」


 ヤジマと自衛隊員はタナトスと武装集団の相手。

 アナスタシアとヨシオカの二人は、ルーファスの屋敷に入って神器の回収。

 帰りの手段は、黄泉の国から戻ったアストラルが陸路を確保する手筈になっている。


 ――現地到着後、武装集団の相手はロシア軍と連携して行われる。


「直接交渉をしたのはタケミガワだが、ロシア軍と協力しろと提案したのはアストラルだ。ロシアの立場的にはアストラルの到着を急いで欲しいところだろうが、到着時間については聞かれても何も答えないで欲しい。確実に来てくれるという事だけ伝えてくれ」


 アストラルが到着するまでは防衛戦。

 タナトスと直接戦う事になるメルセデスの役割も生き延びる事で、逃げる相手に対しては深追いする必要がない。

 

 ヤジマとメルセデスはもちろん、軍の防衛戦が崩壊すれば、屋敷に居るアナスタシアとヨシオカにも被害が及ぶ。


 成功するには、全員の協力が必要だ。



「次に、神器を回収する二人についての話だが、まずはこれを見て欲しい」


 映し出されるのは、回収対象の武器――その部品。


 エーレを発明した一族は、試作品のエーレを九つの部品に分解して別々の部屋に保管している。

 そして、部品の保管場所は管理者のルーファスにも把握出来ていない。


 把握出来ていない原因は、部品が屋敷の中を移動しているからだ。

 

「残念な事に、ルーファスは幽霊屋敷の管理人としての役目を果たせていない。強力に成り過ぎた悪霊達は互いに殺し合い、それぞれがエーレを完成させようと部品を集めている」


 ヤジマの話を聞いて顔色を悪くするヨシオカの横で、アナスタシアは頷きながら息を呑む。


「ヨシオカ。お前の役目は、防御魔法を使い続けてアナスタシアを守る事だ。部品を発見し、それを回収するまでは魔法を解くな」


 頼りない返事をするヨシオカは、今回の任務で重要な役割を担っている。

 悪霊に臆する事なく防御魔法を展開し続け、エーレの部品を持ち歩いている悪霊を見つけるまでは持久戦だ。


「アナスタシア。お前には、タケミガワから借りて来た武器を渡す。悪霊を倒す事は出来ないが、小突いた程度では死なない連中だ。武器は銃の部品を持っている奴に使え」


 ヤジマがタケミガワから借りた武器は、拳に装着して使うナックルダスター。

 武器に宿っている力はタケミガワ本人しか使う事が出来ない代物だが、必要なのは神聖な力が宿っている金属なので支障はない。


「ここまでで、何か質問はあるか?」


 ヤジマが全員の反応を窺うと、自衛隊員の一人が手を挙げる。


 自衛隊員の質問は、危険な屋敷に女を二人だけで行かせる理由。

 常に動き続けている部品を素早く発見する為にも、人数を増やした方が良いのではないか――という提案だ。


「二人だけで行かせる理由は、防御魔法を使うヨシオカの魔力消費を抑える為だ。人数が増えて守る対象が増えれば、ヨシオカの魔力はその分消費される。それに、独房を抜け出して歩き回っているのは強力な悪霊だけだ。部品を持ち歩いている奴は大人数で探すほど居ない」


 探す範囲が広いだけで、探す対象は地下に幽閉されていた悪霊に限られている。人が多すぎると幽霊が姿を現さないという点も、屋敷に行く人数が二人の理由だ。


「二人が無事に武器を回収出来たとしても、今度は二人が地下の幽霊から狙われるだけなのでは?」


 別の隊員の質問も、屋敷に潜入する人数を増やす理由には成らない。

 銃を完成させれば地下室の悪霊達はアナスタシアを集中して狙うだろうが、彼らが追って来れるのは屋敷の中だけ。外に出れば、悪霊達は二人を追って来れない。


「ルーファスの屋敷に居る悪霊は、一種の呪縛霊だ。長く居過ぎたせいでその場を離れる事が出来ないし、屋敷を出た瞬間、奴らは弱体化して自分達の部屋に連れ戻される。二人の方が安全なんだ」


 屋敷の中に居る間は悪霊達が有利。

 呪縛霊として土地からエネルギーを吸収している悪霊達が物理的に人を攻撃出来るのは、屋敷の中に居る時だけ。

 地下室から離れるほど、地下室の悪霊達の力は弱くなる。


「他に質問はあるか?」


 屋敷に侵入する人数が二人なのは決定事項。


 ――二人の必要性を説明したヤジマの質問には、誰も手を挙げなかった。

 


「よし。それじゃあ、後は降下地点に到達するまで待機だ。アナスタシアとヨシオカは、これが終わったらすぐに俺のところまで来てくれ」


 解散して持ち場に戻る自衛隊員と入れ替わるように移動するアナスタシアとヨシオカが、ヤジマの前に並んで屋敷の見取り図を受け取る。


 携帯の画像ではなく一枚の紙に描かれた図を渡すのは、怪奇現象対策だ。


「中に入ったら、電子機器は一切使えない。アナスタシア、お前はヨシオカと違って実戦経験が豊富な兵士でもある。屋敷の中の行動は全てお前が判断しろ」


 狙撃手には、様々な状況で適切な判断力が求められる。そういう意味では、アナスタシアは異世界召喚前から積み上げて来た知識を活かせる。

 

 後は、アナスタシアとヨシオカがお互いを信じて行動するだけだ。

 

「何の励ましにもならないだろうが、お前達はアストラルを慕っていた魔族を殺し、アストラルが居る魔界から生還して地球に戻って来た仲間だ。怖くなった時は、自分達が成し遂げた事を思い出せ」


 ヤジマの言う通り、アナスタシアとヨシオカはアストラルが居る魔界から生還している。

 当時のアストラルが動けない状態だったとしても、二人が魔界から生きて帰れた事に変わりはない。


 ――良いアドバイスだ。

 

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