第44話 一匹狼と荒療治

※ 護衛任務四日目 午前2時35分 アイギス沖縄支部 多目的室 ※


「ここだ」


 ヤジマの案内で沖縄支部の多目的室に連れ出された勇者は、全部で四人。



 部屋に入ってすぐ、奥に立っているアストラルの異変に気付く――テンドウ・タクヤ。


 テンドウの後ろに隠れてアストラルを観察する――キタノ・エリカ。


 二人の後に続いて部屋に入り、誰かを探しているように周りを見渡す――ヨシオカ・ツバサ。


 他の三人と違って、部屋の入口から先に踏み入る事が出来ない――アナスタシア・バーレンハイト。



 隔離室で拘束されていたテンドウ、キタノ、ヨシオカの三人は、外で起きた事をまだ知らない。

 部屋に入って来れないアナスタシアも、病院から退院したばかりで状況を把握し切れていない。


 可哀想だが、自業自得だ。



「いつまでそうやって逃げるつもりだ? アナスタシア。引き金を引いたのはお前だろ」


 アストラルから山梨県の暗殺について指摘されたアナスタシアが、震える手を押さえながら部屋に入る。


 勇者達が全員部屋に入ると、ヤジマが部屋を退出し、外から鍵を掛けて勇者達を完全に閉じ込める。


「俺達を殺す気か……?」


 最初に口を開いたのはテンドウ。


「まずはテンドウ、お前を半殺しにする。話はそれからだ」


 行速で移動したアストラルが、テンドウの腹を下から殴る。

 

「――グハッ!?」


 血を吹きながら天井まで浮いたテンドウは背中を打って床に落ち、恋人を傷付けられたキタノが悲鳴をあげながらその場を離れる。


「どこに行く気だ女狐」


 アストラルが悲鳴をあげて逃げるキタノの頭を後ろから掴み、顔を壁に押し付けながら投げ倒す。


 壁に残るのは、痛々しい血痕。キタノは相当な力で顔を擦られたようだ。


「テ、テンドウさん……キタノさん」


 キタノの血が付着した壁を見て、ヨシオカが初めて口を開いた。


「エ……エリカ……カハッ――」


 アストラルは、吐血が止まらないテンドウの元まで恋人を連れて行き、恋人の腹を目の前で踏み付ける。


「や、辞めろ! エリカは――」

「お前の子供に用はない」


 アストラルがキタノの下腹部を踏み潰すと、骨が砕ける音と共に大量の血が流れ出る。


「――アアア!!」


 子宮を踏み潰された女の断末魔は長く続かず、目を大きく開いて叫び続けたキタノの意識が途切れる。


「なんて事を……子供が居たんだぞ!?」

「当然の報いだ」

「俺達の子供は何もしてないだろ!!」

「何の罪もないなら、この女が産む必要も、お前が育てる必要もない。子供からすれば迷惑な話だ、さっさと流産しろ」


 徹底的にキタノの骨盤を踏み潰したアストラルが、無線で連絡を入れてアイギスの隊員にキタノを運び出させる。


 担架に乗せられて部屋を出て行くキタノの治療は、応急処置程度の回復魔法が使える沖縄支部の隊員任せ。メルセデスが到着次第、キタノの治療は保育士の女が引き継ぐ事になっている。



「さて。子供は始末したし、お前も今すぐに治療が必要な状況だろう。このまま死ぬか、正直に話して治療を受けるか。道は二つに一つだ」


 ――ここからが本題。


 タケミガワに呪物を食わせ、神々を味方に付ければアストラルを倒せるという作戦を思いついたテンドウは、本当に一人で全てを計画したのか。


 イザナミとの約束があったのは知っているが、それ以前の話については聞けていない部分がある。


「……知っている事は、取り調べを受けた時に全部話している。あれが全てだ」

「そう思えないから聞いているんだ。カンザキがヘンドリックからアキラの始末を頼まれたように、お前も誰かに私の始末を頼まれたはずだ」


 アストラルの言葉は、テンドウが私の世界で誰かに頼まれた事を確信しているような言い方だ。


 恐らく、必要なのはテンドウがその事実を認めること。アイギス達に自身の第六感を信じてもらう為の証言だろう。


「さあ、もう時間がないぞ。喋れる内に事実を認めろ。神を信じた訳を話せ」


 黙っていても、テンドウの口や鼻から流れる血が止まる事はない。一滴落ちるごとに寿命が縮まっていてもおかしくない出血量だ。


「……ロゴスだ。ロゴスが、アストラルは地球に行くと言った。地球に行って、全てを破壊すると……止めるには、神々を再び現代に蘇らせて戦うしかないと言ったんだ」


 情報元はロゴスだったか……意外な名前が出て来たな。


「ロゴスの言葉を鵜呑みにして行動するとは、本当に愚かな奴だ。あいつはじゃない。お前達の世界を道連れにしようとしただけだ」


 アストラルの言う通り、ロゴスは善良な神じゃない。同じ言葉でも、全てにおいて同じ結末をもたらすという意味の全良ぜんりょうだ。


 ロゴスは、広大な宇宙を牛耳っている八大宗派はちだいしゅうはの中で、世界を構成する言葉や論理を優先する派閥の神。タナトスやアイギス同様、組織の名前だ。



 八大宗派は、その名の通り八つの宗派に分かれている。


 一つ目の宗派は、物理的世界を基準に行動する――フィジカル。

 

 フィジカルは、物理的な肉体を持つ存在が暮らす土地を構成する役割があり、哲学的な分野においては「土」に該当する。


 二つ目の宗派は、フィジカルに寄り添った世界を基準に行動する――エーテル。


 フィジカルと同じく、エーテルは哲学的な分野では「水」に該当し、魔力や生命エネルギーなど、物理的世界に流れる力を構成している。


 三つ目の宗派は、上位と下位の狭間に存在し、両者に影響されて自在に基準を変える――アストラル。


 アストラルは、哲学的分野では「火」に該当する。変革をもたらす起爆剤、エーテルを動かす動力源でもある。


 四つ目の宗派は、アストラルの暴走を防ぐ為に存在すると言っても過言じゃない――メンタル。


 メンタルの哲学的分野における扱いは「風」で、熱を冷ます、または運ぶ役割を持っている。


 フィジカルからアストラルまでのの派閥は、メンタルが最高位だ。


 メンタル以降の派閥は、全てが実体を持たない領域。魂を始め、霊的な概念や物事の本質を構成している神しか居ない。

 そんな非物理的世界側の派閥の神は、ロゴスが最高位。

 

 ――ロゴスは絶対値を決める存在でもあり、三姉妹の女神が「ロゴス」と呼ばれていた。



「ロゴスにとって、物理的世界は紙に描いた絵に過ぎない。上手く描けなかった世界は破いて捨てるような奴だし、その性質上、他人の才能を妬む傾向にある。お前は、嫉妬深いロゴスに利用されたんだ。テンドウ・タクヤ」


 ロゴスは世界を構成する重要な役割をしていたがゆえに、他の神々のように実体を得て物理的世界に顕現する事が出来なかった神。正しくは、「出来なかった」ではなく「しなかった」だが、物理的世界の生物が強く成り過ぎた事が原因である以上、という表現が妥当だ。



 物理的世界の生物を倒せないロゴスの助言に従った時点で、テンドウは罠に掛かっていた……私の世界で歴史を調べても、そこに記されているのは史実と異なる優秀な神の逸話。騙されるのも無理はない。



「親に成りたいなら、まずは大人に成れ」


 ロゴスの言葉を信じて行動した責任を取れと告げたアストラルが、無線で連絡を入れてテンドウを退出させる。


 担架に移されるテンドウも、先に運び出されたキタノと同じく重症……かなりの荒療治だが、私にはこれで立ち治ってくれる事を祈る事しか出来ない。


 ――残る患者は、ヨシオカとアナスタシアの二人だ。


「次はお前だ、ロシア人。そこに座れ」


 ヨシオカと顔を合わせてからその場に座り込むアナスタシアに対し、アストラルも少し離れた場所で胡坐を組んで座る。


「その指、お前は狙撃手だな?」


 アストラルの声音からして、いきなり殴り掛かる事はしなさそうだ。


「はい。そうです……」


 アナスタシアの方もアストラルと距離が離れている影響なのか、落ち着いて話せている。


「その自信が無さそうな声からして、お前が仕事を辞めた原因は誤射か。ターゲット、殺すつもりが無かった相手を殺したな? 死んだのは幼い子供だろ」


 勘で話しているアストラルの言葉に、アナスタシアがゆっくり頷く。 


「親に責められただろ。一族の面汚しと言われて、家を追い出された」


 アストラルの言葉を肯定し続けるアナスタシアの事情が、徐々に明らかになって来た。


 


 ――アナスタシア・バーレンハイト。


 一度聴いたら記憶に残る特徴的な名前からは、伝統を重んじる一族の拘りを感じる。


 アナスタシアが仕事を辞めた原因は、アストラルが口にした通り――殺すつもりがなかった相手を誤って射殺したこと。


 殺す予定だった相手は生き延び、先祖代々暗殺を請け負って来た一族の名誉に傷が付いた。


 そんなアナスタシアがヘンドリックの召喚に選ばれた理由は、自ら撃ち殺した子供の葬儀に参加し、花を添えると共に武器を手放すと決めた意志。


 アナスタシアが召喚されたのは、子供の葬儀に参加したその日の帰り道だった――

 

 

「お前が撃ち殺した子供は、髪がブロンドの少女だな。今は違うが、山梨で会った時の私と似ていたんじゃないか?」

「はい、似ていました」

「それが震えの原因か?」

「……はい」


 殺した少女と私の姿が重なってしまった事が影響し、アナスタシアは亡霊に攻撃されるような感覚に陥った。

 その感覚が病的な症状に至るまで深刻化したのは、私が山梨で放ったが原因。


 「引き金を引いたのは、だからな。この言葉が、お前を苦しめているのか?」


 声に出して認める事が出来なくても、目に涙を浮かべて頷くアナスタシアの顔を観測出来る私には、その気持ちが容易に想像出来る。

 

 暗殺を再開したのは、魔法を得て誤射する可能性が無くなったから。

 暗殺に失敗し、タケミガワと共にアイギスと行動を共にしているのは、自分を必要としてくれる家族の代わりを探しているから。


 アストラルが勘で言い放つ言葉を次々と肯定して行くアナスタシアの顔は、どこにも居場所が無い事を悲しむ者。


 ――私は、同じような思いをしていた奴を知っている。


「お前が孤独を恐れる理由は分からなくもないが、事ある毎に少女の亡霊が現れるなら、お前はこの先誰にも必要とされない。誰の為に銃を手にするか、もう一度よく考えろ」


 立ち上がったアストラルが、剣を手にして刀身を眺める。


 幾度となく敵を叩き潰して来た剣も、今となっては誰かの形見。使う必要はなく、どこかに収めておくべき思い出の品だ。


「お前が近接武器の使い手なら、亡霊に悩まされずに済んだだろうな。目と鼻の先で死が生まれる世界に、お前が覗き込む世界の常識は通じない」


 アストラルは剣を収め、アナスタシアに退室を命じる。


 これで残るは一人。

 

 部屋を出て行くアナスタシアを追うように歩き始めたアストラルが、ヨシオカの側を通り過ぎる――


「お前はそこを動くな、ヨシオカ・ツバサ。タケミガワから話がある」


 この世の者とは思えないほど冷たい言葉を残して部屋の扉を開いたアストラルの側には、車椅子に乗ったまま部屋の中のヨシオカを見つめるタケミガワの姿がある。


 ここから先は、タケミガワの弟に関すること。


 ――ヨシオカとタケミガワの問題だ。

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