第43話 葡萄園

 ――記憶領域の説明を終えたアストラルの話は続く。


 最初の話題は、バイツァダストが二度と増える事が出来ない状況に陥った事の報告だった。


 次の説明は、バイツァダストの転生や複製を完全に封じたこの世界の仕組み。

 これは、メタフィクション・ディザスター後の世界でも異世界と繋がっている【タナトス】の話題でもある。



「数時間前、私はこの世界に外部からの侵入を禁じる策を講じた。にもかかわらず、一部の敵は未だに異世界に出入りしている。それが出来てしまうのは、この世界の仕組みが原因だ」


 ホワイトボードの絵を消したアストラルが、新たに一本の巨大な木を描き、そこに果物の葡萄ぶどうを付け加える。


 アストラルが描いた葡萄こそ、この地球の構造。

 

「この葡萄が、お前達の世界の構造だ。一つのふさに幾つもの実があり、全ての実がとして存在している」


 アストラルが使用したメタフィクション・ディザスターは、木から葡萄を切り離し、梱包した状態。他の葡萄からの侵入は防げているが、同じ房に実った果実同士の移動には制限が掛かっていない。


 地球はあくまでも世界全体の総称。アストラルが居る世界は、地球という名の房に宿った果実の一粒に過ぎない。


「話をまとめると、『異世界転移』と言っても、異なる房から侵入した場合と、同じ房から移動しただけの奴が居るという事だ。メタフィクション・ディザスターは、前者の転移転生しか防げていない」


 ヤジマ達が気にすべき事は、自分達が同じ房からの転移か、異なる房からの転移だったかということ。転移した結果ではなく、転移させられた原因。

 

 ――本物の異世界転移は、ヘンドリックが行った異世界召喚だけだ。


「どうしてそう言い切れるんだ? 自分の世界以外の異世界転移が偽物だと」


 アストラルは、カゲヤマの唐突な質問にも答える。


 ヘンドリックだけが本物の異世界召喚を行ったと言い切る理由は、地球の住民とアストラル単体の戦力差。


 地球の中に在る異世界の粗悪品は、どれも地球の強さを基準にしてる平行世界だ。


「タケミガワ。私の世界で神々を吸収したお前なら分かるだろ。アイギスの弱さと、お前達が殲滅出来ないバイツァダストの弱さが。あんな連中は、タナトスも含めて私の世界なら数日で滅ぶ勢力だ」


 私の世界に居た神は、その多くが全能。必要なら平気で世界を滅ぼす連中だったし、神々の介入を許さないほど地上の生物は強かった。

 

 地球を基準に生成された平行世界と、何も参考にせず「0」から始まった本物の異世界の間には、それだけの差が生まれている。生まれて当然と言っても良い。


「一体誰が俺達を……」


 ヤジマが囁くと、アストラルがホワイトボードに描いた葡萄の房を黒く塗り潰して行く。


 塗り潰すのは、房で最も太い中央の部分。一本の柱だ。


「柱だ。柱に住み着いている者達が、契約に従ってお前達の人生を管理している」


 アイギスが使用している【契約召喚】も、その言葉通り契約が絡んでいる。

 アイギスが契約している相手は異世界の住人だが、両者の間に交わされた契約は、房の役割をしている悪魔達の契約だ。


 連中が異世界転移を行うのは、神が実体を得て人間界に介入する為の下準備。


 ――真の目的は、神が自ら地上を支配する事だ。


「私の説明は、これで全てだ。神々に支配されたところで、奴らはバイツァダストを一掃出来ない。バイツァダストが地球を支配しても、神々が支配しても、この地球が終わるのは変わらない。星の寿命から考えても、いつかは終わってしまう」


 ペンを投げ捨てたアストラルが、舞台から降りてヤジマ達の間を通り抜ける。


「どこに行く気だ?」

「終わる前に勝ちに行く。お前達は、そこに居る学生達を親の元に帰してやれ。敵は全てこっちで始末する」


 ヤジマに行先を告げたアストラルが会場を出て行くと、カゲヤマやタケミガワがため息をつき、他のアイギス達もお互いの顔を見て「あれは止めれない」と意思表示をする。


「必然か……」


 タケミガワの一言が、会場に居る全員の視線を集める。


「あいつが変わった原因に、何か心当たりがあるのか?」


 ヤジマの質問に、タケミガワがハッキリと「ある」と答える。



 原因は、アストラルがこの世界に来た理由の一つでもある【クサカベ・アキラ】だ。


 アストラルが憧れたのはクサカベ・アキラが語った地球であり、異世界転移や転生のテロ事件から人間を守る特殊部隊が居たり、平行世界を「異世界」と称して転移転生をさせる仕組みがあったり、神が実在している世界じゃなかった。



「この世界は、アストラルが守りたい世界じゃないんだ。この世界を守っても、誰も救われない……」


 ――タケミガワの言っている事は、私も感じていた事だ。


「ハァ……まあいい。自分でケジメを付けた奴の事をグダグダと話しても仕方ない。俺達に出来る事は一つだ。神の始末は、全部あいつに任せよう」


 受け入れられない結末を迎えても、前に進み続ける。それがヤジマの良い所だ。


 後の事は、アストラルに任せて何も問題ない。



「カゲヤマ。お前達は、ここに居る学生達から保護者の連絡先を聞いて、親に無事を知らせてやれ」

「それは良いが、お前はどうするんだ?」

「タケミガワを連れて、アストラルの世界に行った勇者に会いに行く」

「勇者に!? なんで急に……」

「あの勇者達が、アストラルから何の制裁も受けず終わるとは思えない。生かされているのは何か別の理由があるはずだ」


 私もヤジマと同意見だ。

 神の降臨を問題視しているアストラルが、神に変わって地上を支配するなんて事はあり得ない。

 

 アストラルの仕事は、人間には手に負えない存在と決着をつけること。人間界に居るタナトスや悪魔に関しては、人間を助ける事が出来る人間――勇者をぶつける可能性が高い。


 アストラルは、異世界で英雄に成れなかった者達を、地球の英雄にするつもりだろう。



「行くぞ、タケミガワ」

「あ、ああ……分かった」


 タケミガワの車椅子を押して会場を出たヤジマは、駆け足で廊下を進む。


「おいヤジマ、何をそんなに急いでるんだ?」

「急ぐ必要があるからだ」

「だから、その理由を聞いてるんだ! お前までアストラル化しないでくれ」


 急ぐ事情を尋ねたタケミガワの目に、廊下の正面から歩いて来る一人の老爺ろうやの姿が映る。


「またあいつか……」


 喪服の老爺ろうやを目にしたヤジマが、車椅子のタイヤをロックしてタケミガワから離れる。


「おいヤジマ、そいつは誰なんだ!?」

「今調べる。そこで待ってろ」


 ヤジマの間合いに入った老爺が歩みを止め、後ろのタケミガワを確認して首を横に振る。


「今度は何の用だ? 爺さん」

「用が無ければ会いに来てはいけないのか?」

「用も無いのに会いに来るような存在じゃないだろ」

 

 渋々うなづく老爺が、懐から血塗れの指輪を取り出してヤジマに見せる。


「なんだその指輪は……」

「メルセデスの契約に関わる物だ」


 老爺が取り出した指輪には、印のような物が付いている。騎士が剣を掲げている姿を描いた印は、契約書に押す道具と見て間違いない。


「メルに何かしたのか……」

「メルセデスには何もしていない。この指輪は、メルセデスの契約に立ち会った悪魔から奪い取って来たものだ。持っておけ、いずれ必要になる」


 指輪を受け取ったヤジマが、老爺に目的を尋ねる。

 

「なぜこれを俺に?」

「借りを返す為だ」

「借り? お前に何かを貸した覚えはないぞ」

「人を殺しただろ。人間が絶滅した世界で」


 という事は、この老爺の正体は死神か。


 借りを返す為にわざわざ地球まで来たとなれば、この老爺はヤジマの性格を部分的に引き継いでいる死神だ。


「……この指輪は、どうやって使えば良いんだ?」

「契約書に印を押すだけで良い」

「その契約書はどこにあるんだ?」

「この世界に居る天使の一人が持っている。放っておけば、その内あの女が持って来るだろう」


 ――老爺の言う「あの女」は、アストラルの事だろう。


「印を押すとどうなるんだ? メルは死ぬのか」

「蒸気騎士としてのメルセデスは死ぬが、その心臓に使われた人間の魂は解放される」


 これも、受け入れるしかない現実の一つと言える。

 

 メルセデスの心臓には、ヤジマの住んでる世界から転生した兄妹の片割れの魂が使われている。その魂は、メルセデスが生きている限り来世を迎えない。


 これはある種の呪縛……この呪縛も、悪魔の契約によって成立しているものだ。


「生物は、適度に死ななければならない。その理由が、お前達を幾度となく助けているあの女だ。メルセデスを、あんな化け物にしたくはないだろ」


 杖を軸に体の向きを変えて道を引き返す老爺が、何の前兆もなく砂のように崩れ始める。


 この現象は、アストラルのマルチバース・ディザスターだ。


「フッ、まるで機械だな。世間話すら許さないらしい……ああは成りたくないものだ――――」


 老爺の体が完全に朽ち果てると、老爺の最後を見届けたヤジマがタケミガワに確認を取る。


「見えたか?」

「いや、見えなかった。けどあれは、間違いなくアストラルの攻撃を受けた奴の最後だ」

「その場に居なくても殺せるのか……」

「そうらしい……急ごう、勇者が心配だ」

 

 アストラルの説明が強引に打ち切られたように感じるのは、カゲヤマ達が居たからだろう。


 知る必要がある者と、知る必要のない者。アストラルと関わりが深いヤジマやタケミガワは前者に当たる存在だ。


 私の予想が正しければ、アストラルは――


「おい、ヤジマ」

「ああ……」


 ――ヤジマ達が乗り込む予定の車で待機している。


「来てくれると思っていた。流石だな」


 助手席に座って二人を待っていたアストラルが、ヤジマと変わってタケミガワを後部座席に乗せる。


「アストラル。お前、最初から私達が追って来る事を知ってたのか?」

「容易に想像出来る事だ。お前達二人があんな説明で納得する訳がない。お前に関していえば、まだ弟の問題が残ってる」

「え!?」


 タケミガワの弟について話したアストラルが助手席に乗り込むと、タケミガワが体を前に寄せて続きを聞く。


「どど、どういう事だ!? まだミクルの件が残ってるって……」

「お前の弟の死因は呪いだ。運が良ければ、お前の弟は助かる」


 アストラルとタケミガワの会話を聞いたヤジマが、嬉しそうに車のエンジンを掛ける。


「とにかく、まずは勇者達の元に行く。話はそれからだ。車を出せ」


 弟が助かる可能性を示されたタケミガワが、体を元の位置に戻して力強く瞬きをする。


「出すぞ、タケミガワ」

「あ、ああ。頼む……」


 車を発進させるヤジマも、タケミガワに弟の生存を伝えたアストラルも、その表情には隠し切れない喜びが現れている。


 良い眺めだ。


「そうか、助かるかもしれないのか…………」

「可能性の話だがな」

「それでも、『可能性が無い』と言われるよりはずっと良い。お前の言葉なら尚更だ…………」

「そう思うなら、二度と喧嘩するなよ? 家族は大事にしろ」


 普通の人間が呪い殺されているなら話は別だが、呪い殺されたのは私の世界で防御魔法を習った勇者。


 ――本人がそれを望んでいれば、タケミガワ・ミクルの魂は、優しい姉と父親の元に帰れる。

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