第41話 引き金を引けない理由

 軍事目的で使われる基地は、世界が違えど置いている物は同じ。


 武器、乗り物、食堂、寝床、浴室。その他、人が暮らせる環境と、人が強くなれる設備。


 武器の開発を行う研究所が併設されていても、特に不思議じゃない。




※ 護衛任務三日目 午前20時00分 沖縄米軍基地 仮設テント前 ※


「フゥーッ……」


 タナトスに助けられる形で異世界の襲撃を生き延びたヤジマは、仮設テントの入り口付近で煙草を吸っていた。


 襲撃を受けて負傷した沖縄の住民を助ける為に離着陸を繰り返す救助ヘリに加え、食料や毛布といった物資を積んで基地を出て行くトラックの往復……神経質なヤジマにとって、今の環境は落ち着こうにも落ち着けないだろう。

 

 たった一本の煙草で精神の安定を図っているなら、大したものだ。


「ヤジマ!」


 荷物の積み込みをしている軍人を眺めながら煙草を吸うヤジマの元に、数人の仲間を連れたカゲヤマがやって来た。 

 カゲヤマと一緒に居るのは、勇者を取調室の隣で監視していた時に彼と一緒に居た連中だ。同じ班だろう。


「カゲヤマか。街の様子はどうだった?」


 ――ヤジマは、カゲヤマに何かを調べさせていたようだ。


「酷い有様だった。病院は怪我人で溢れかえっているし、まだ救助の手が行き届いていない地域がある。それと、タナトスは救助活動には当たっていない……助けてもらっておいてこんな事を言いたくはないが、あの『タナトス』って連中は信用出来ないぞ」


 ――それはヤジマも同じだろう。


「そうか……初めて意見が合ったな」

「合ったところで嬉しくはないがな。で、どうする気だ? アストラルからの連絡はまだ無いのか?」


 携帯を取り出して着信履歴を確認したヤジマが、アストラルからの連絡が無い事をカゲヤマ達に伝える。


 話を聞く限り、タケミガワの治療を引き受けてもらう代わりにアストラルの居場所をタナトスに教えたのは、ヤジマの提案だったようだ。

 

「黒焦げになったタケミガワを『我々なら治せる』と言い出した口ぶりからして、連中の狙いはアストラルの捕獲だろうな」

「もう捕まったと思うか?」

「まさか。あんな連中に捕まるような奴じゃない」


 ――信頼を得ているようで何よりだ。



 カゲヤマと話しながら煙草の後始末をするヤジマの後方に在るテントの中には、皮膚だけ元に戻ったタケミガワの姿がある。相変わらずベッドの上で寝たきりの生活をしているようだ。


「入るぞ?」


 表で話し終えたヤジマが、テントの中に入って来た。

 手が使えないタケミガワの為に紙パックの飲み物にストローを刺し込むヤジマは、これから先の事を話したそうな表情だ。


「ほら、持っててやるからさっさと飲め」

「もうちょっとマシな言い方は無いのか? こっちは怪我人だぞ」

「自業自得だろ。お前が勝手な真似をしなきゃ、こんな事には成らなかったんだ」


 治療が中途半端に終わっている様子からして、タナトス側にも治癒魔法に詳しい奴が居る。無くなった手足がそのままなのは、沖縄の基地に手足を治すだけの設備が整っていないからだ。応急処置だろう。


「カゲヤマも外に居るのか?」

「ああ。外で他の奴と連絡を取ってる」

「そうか」


 飲み物を口にして一呼吸挟んだタケミガワが、これから先の事をヤジマに聞く――



 カゲヤマと相談していたヤジマがタケミガワの為に用意した選択肢は、全部で三つ。


 一つは、失った手足も治すと約束してくれたタナトスに、タケミガワを預ける選択。

 預ける場合、タナトスの本拠地であるアメリカに行く必要がある。

  

 二つ目の選択は、空挺都市の世界でヤジマに治癒魔法を掛けた魔法商人の元に行き、時間を掛けて傷を治して行く選択。

 魔法商人には、既にヤジマから「連れて行く事になるかもしれない」と連絡を入れてある。


 三つ目の選択は、この米軍基地を抜け出して救助活動に当たっている他のアイギス達と合流し、アストラルが居るちゅららホテルまで移動すること。

 三つ目の選択をした場合は、必然的に二つ目の選択をした事にもなる。


 ――どれを選ぶかは、タケミガワ次第だ。



「治療を受けるのはお前だ。人体実験のモルモットにされても良いなら、一つ目の選択を勧めるが?」

「なっ……お断りだ」

「良いのか? スーパーパワーが手に入るかもしれないぞ」

「あんな目に遭った後で、私が一つ目を選ぶと思ってるのか!?」

「思ってないのか?」

「もう十分懲りてるよ!!」


 タケミガワの叫びを聞いて、カゲヤマがテントの中に入って来る。

 

 ヤジマ、カゲヤマ、タケミガワの三人の判断は同じ。テントの外に居るカゲヤマの班員に関しても、タナトスを信用しないという方向性は一致しているようだ。


 現実的な手段で考えると、タケミガワには三つ目の選択肢しかない。


「三つ目の選択肢となると、これからアストラルに会いに行く訳だが……タケミガワ。お前、会ってあいつと話せるのか?」


 ――ヤジマが気にするのも無理はない。


 アストラルが助けた時、タケミガワは気を失っていた。戦った時も会話をしていなかったし、黙々と戦い続けた相手と再会して今まで通りに話すというのは難しいだろう。


 どんな顔をしてあの時の事を謝るべきか、今のタケミガワには分からないはずだ。


「話す努力はするつもりでいる。出来るかどうかは分からないが……」

「……言っておくが、あいつはお前のせいでかなりの無茶をした。異世界からの侵略を早めてしまう程の無茶をして、その責任を取らされてる」

「分かっている……」

「分かってるなら、出来るか分からないなんて情けない返事は二度とするな。その暗い顔も、あいつには絶対に見せるな。良いな?」

  

 ――味方じゃないからこそ、見せてはいけない顔がある。


 これ以上アストラルに無理をさせるなと釘を刺したヤジマが、カゲヤマに指示を出して車を手配させる。



 意地でも借りを作りたくない男の不器用な祈り……安易に人を助けるべきではないという教訓を得るには十分な出来事だ。


 

 移動の準備をする為、ヤジマが車椅子を用意してタケミガワの側に就く。


「よし、良いか? 3で持ち上げて、3で下ろす」

「ああ」

「1、2、3……!」


 ヤジマに担がれたタケミガワが「3」の合図で車椅子に降ろされる。


「フゥ……それで、この線は何だ? 心電図か」

「ああ。取って問題ない」

「ったく、イライラする配線だな……もっと綺麗にまとめられないのか」

「ここは病院じゃないんだぞ? 我慢しろ」


 吸盤や点滴の針をタケミガワの体から外し終えたタイミングで、一人の軍人がテントの中に入って来る。

 

「おやおや、デートですか? ミスター・ヤジマ」


 テントに入って来て早々ヤジマを挑発した軍人は、胸のあたりに複数の勲章を付けたアメリカ人。日本語で話しているが、敬称など一部の言葉には癖がある。


 ――タナトスの指揮官だろう。


「お前か……」

「お前とは随分と冷たい言い方ですね? 共にこの沖縄を守った仲間じゃないですか」

「悪いが、仲間に成った覚えはない。俺達は隠密部隊、街のど真ん中で神器を振り回すお前達とは、根本的な部分で考え方が合わない組織だ」


 やはりこの軍人もタナトスの一員か。

 見た目は普通の人間だが、ジョンが連れていたナインの事もある。人間じゃない可能性の方が高いだろう。


「空から怪物が降って来たあの状況では仕方が無かったでしょう。不可抗力というものです」

「住民を瓦礫の下敷きにしたのに、その説明が不可抗力なのか?」

「我々は、あなた達の組織では出来ない事をした。怪物を殺すという仕事をしただけに過ぎません」

「俺達には、怪物を倒してるお前達も怪物に見えたけどな」


 タナトスの介入がではなかったのは、ヤジマの態度を見れば一目瞭然。助けられた事に変わりはないが、そのせいで助からなかった命があるのも事実。繊細なヤジマが毛嫌いするのも無理はない。


「ダンバード大佐、ダンバード大佐! どちらに居ますか?」


 誰かがテントの外で叫んでる。名前的に、ヤジマと話している軍人の事だろう。


「私ならここだよ、ミルコ大尉」


 予想通り、ヤジマの前に居る奴の事だった。


「失礼します」


 返事をもらってテントに入って来たのは黒人の女。ダンバード大佐と違って、ミルコ大尉は上着を脱いでタンクトップ姿。左右の腕には鷹の翼の入れ墨が掘られている。かなり筋肉質の女だ。


「報告します。ツーララホテルに行ったトライジア博士と、彼が引き連れていたナンバーズの生命反応が消えたとの連絡がありました……」


 ジョン・トライジアの部隊が壊滅したとの報告を受けたダンバード大佐が、ヤジマやタケミガワの顔を見てからミルコ大佐に聞き直す。


「交戦の許可は出していないはずだが?」

「指示には従っていたとの報告もあります。無線の記録では、交戦の意思はないと告げていました」

「では向こうから襲って来たという事か。話が随分と違うようだ。そう思わないか? ミスター・ヤジマ」


 ダンバード大佐に問われたヤジマが、「友達を紹介したつもりはない」と答える。アストラルはアイギスにとって敵でも味方でもない中立の存在。会いに行って殺されたのなら、それは運が無かっただけだと。


 ――模範的解答だ。


「運が悪かったか……ま、トライジア博士は少し問題がある人格者だった。人選ミスだという指摘を受けても仕方がない。受け入れよう」


 受け入れてなさそうな愛想笑いで話を終えたダンバード大佐とミルコ大尉が、ヤジマとタケミガワに拳銃を向ける。


「さて、では次の話題に移ろうか? ミスター・ヤジマ」


 ヤジマの額に銃口を向けているダンバード大佐は愛想笑いを続けたままで、タケミガワの心臓に向けて銃を構えているミルコ大尉は、何か個人的な恨みがある様子。


 休戦協定は終わりのようだ。


「協力しないのであれば、世界の統率を目指す我々にとって君達はただのレジスタンスだ。日本政府の許可を得て活動していようと、異界連合の前では殲滅対象。例外は認められない」


 ダンバード大佐の主張は、契約を結んで異世界に援軍を要請するアイギスの活動が、様々な異世界の秩序を乱しているというもの。地球を守る為に、地球以外の世界を危険に晒している。


 ダンバード大佐の言葉が本当なら、【異界連合】は異世界の代表同士が結束して全世界の統率を図る組織だ。

 契約を用いず異世界と直接通じている組織が地球以外の世界に出入りしているとなると、メタフィクション・ディザスターの効果に矛盾が生まれる。


 ――矛盾が生じている原因は、この世界の仕組みにあるだろう。


「一分だけ時間をやろう。どちらの立場に就くか、もう一度考えたまえ。我々か、あの悪魔か」


 ダンバード大佐の要求に対し、ヤジマが向けられた銃口に自分の額を押し当てて答える。


「撃ちたいなら撃て、軍人。その引き金を引いた瞬間、この世界が終わるぞ」


 本当に終わるかどうかは別として、脅し文句としては十分過ぎる発言だ。契約を結んでいる組織だと知られているからこそ、その効果を最大限に発揮している。


「残り三十秒だ」

「三十秒も要らない、さっさと引き金を引け」

「…………あと二十秒だ」


 ヤジマがカウントを辞めないダンバード大佐の銃を掴み、何も言わず睨み続ける。


「大佐、発砲の指示を。私が撃ちます」


 ミルコ大尉の言葉は届かず、ダンバード大佐が静かに銃から手を放して後ろに下がる。


「銃を下げたまえ、ミルコ大尉。そちらの女性はともかく、この男を殺すのは危険だ。目を見れば分かる」


 ――上官の命令は絶対。


 ミルコ大尉が銃を下げると、ヤジマもダンバードから奪い取った銃を床に投げ捨ててタケミガワの車椅子を押す。


「その選択が正しい事を祈るよ、ミスター・ヤジマ。君が頼りにしている『アストラル』の正体が何であれ、世界にアレを許す気はない」

「だったらさっさと殺せよ。引き金を引く度胸もないお前に、それが出来るのか疑問だがな」


 テントを出たヤジマが、カゲヤマ達が手配した車にタケミガワを乗せる。

 

 ――心配は要らなかったようだ。

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