第39話 命を懸けて
友達を殺される痛みも、友達を殺す痛みも、私なりに理解はしているつもりだ。
これから先の未来に大きく影響するであろう大切な時期に起きた悲劇。
体を隅々まで調べて生き残った生徒は、元部と鶴友の二校を合わせて四十五人。
四十五人以外の生徒全員の記憶の中に、バイツァダストに関する情報が見つかった。
程度を問わず、「名乗り出ろ」と言ったタイミングで出て来なかった奴らは全員殺した。自分達は違うと、自分達だけでも生き延びようという甘い考えを、私は許さなかった。
生き残った生徒達の中には、私に友達を殺されたと思う者も居るし、庇い切れなかった自分が殺してしまったと己の選択を責める者も居るだろう。
そんな両者を救う為にも、私が手を汚す必要があった。必要以上に残酷に殺し、お前達は悪くないという言葉を信じれるように手を打った。
――どんなに否定しても、私はアトリア・フォン・エヴァレンスの娘だ。
※ 護衛任務三日目 午前17時30分 ちゅららホテル一階 プライベートビーチ ※
五百人近い生徒が居たのに、生き残ったのは四十五人……これだけ殺しても、世界の総人口を考えれば一割にも満たない。
――それだけ、この世界に根付いている問題は深刻だ。
「あの、アストラルさん? 少しよろしいですか?」
ホテルのプライベートビーチに流れ着いた小さな貝殻を拾い集めていると、元部の女教師【
白川が連れて来た生徒の中には、サカモト・リョウの死を惜しむ女子生徒【
生徒と教員の数は全部で九人。全員、血塗れになっていた体を浴室で洗い流し、少し気持ちの整理がついた顔をしている。
「何だ。どうかしたのか?」
「みんなが、お礼を言いたいと……」
拾った貝殻を一つだけ海に投げ入れ、足元に迫る海水の動きを目で追いながら白川との会話を続ける――
「礼を言う必要なんて無いだろ。四十五人しか生き残らなかったんだぞ」
守る気が無かったとも言える。護衛対象の中に敵が潜んでいる時点で、こうなる事は覚悟していた。出会う敵の数が少なかった事も、生徒達の中に潜んでいる敵の数を示していた。
襲撃の頻度が低いのも当然だ。端から連中が襲う予定の生徒の数は四十五人だった。
――私の力不足だ。
「私に礼を言う余裕があるなら、ホテルの中で落ち込んでる他の連中を慰めてやれ。私なら大丈夫だ」
白川達が立ち去る音の中に、数歩だけ歩いて踏み止まる者の音が混じる。
恐らく、立ち止まったのは氷川だ。
「言いたい事があるなら聞いてやるぞ、氷川」
投げた貝殻が、波に揺られて私の足元まで帰って来た。
貝殻を拾って振り向けば、ホテルに戻る生徒達に気にされながらも私を見つめて立ち止まっている氷川の姿が目に留まる。初めて会った日の事を話したそうな顔だ。
「世田谷区で、私が生かした不良の事が気になっているのか?」
私の質問に氷川が頷く。
氷川と初めて出会った日。私は、氷川に絡んでいた三人の不良を追い払った。あれが許せて、なぜ今回の事が許せなかったのか。見て見ぬフリが出来なかったのか。
――サカモトが死なずに済んだ可能性を、氷川は私に求めている。
「そうか……ま、良いだろう。特別に教えてやる」
世田谷区で出会った三人の不良は、責任から逃げた。
そして、自らバイツァダストと関わりがあると主張して前に出て来たサカモトは、責任から逃げなかった。
「サカモトは、責任が取れなくなるような事はしない男だ。危ない橋は渡らない」
――その事は、妹の件で証明済み。
「世田谷の病院で初めて会った時、あいつが素直にバイツァダストの事を私に話していれば、こんな事には成らなかっただろう。あいつもそう思ったから、前に出たんだ。自分で決めた事さ」
情報は私にしか見えないもの。処刑が終わった後なら見て見ぬフリをしてやる事も出来たが、サカモトはその未来を自ら手放した。
あの状態では殺すしかない。自分から出て来てしまった以上、サカモトを生かす事は混乱を招くだけだ。何より、サカモトが自分を許せない。
「お前にとっては辛い出来事だろうが、既に死んでいたサカモトの気持ちも考えてやれ。本物のサカモトは、妹の治療費を稼ぐ途中で死んでるんだ。辛いだけだろ、生きてても」
サカモトの選択を受け入れるしかない氷川の趣味は、ゲームなどに登場する悪役の鑑賞。具体的には、男同士で性的な欲求を満たすボーイズラブに該当する作品だ。
そんな変わった趣味思考を持つ氷川の秘密は、自作の衣装で男装して写真を撮ること。男の覚悟、自分を犠牲にする美学が理解出来ない年頃ではない。
あえて言わなくても、氷川なら分かるはずだ。サカモトの苦しみが。
「私がお前に教えてやれるのは、これくらいだ。早く気持ちの整理をつけろ。次の問題が起きる前に……」
まだ問題が残っている事を伝えた直後、波の満ち引きの音に紛れて飛行するヘリコプターのエンジン音が聞こえ始めた。
――予想通りの動きだ。
「アスちゃん。あのヘリは、アスちゃんの知り合い……?」
「いや、違う」
沖の方から近寄って来たヘリコプターが、浜辺に設置されたテントや日除けを薙ぎ倒す。
上空で旋回して私達を見下ろしているのは、軍事用のヘリコプター。アイギスの物じゃない。
『異世界人に告ぐ。我々は異界連合直属の特殊部隊、名はタナトスである。我々は、日本政府の管理下に在るアイギスの隊員、ヤジマ・テツオの紹介を受けてここに来ている。よって、交戦の意思はない。繰り返す、我々に交戦の意思はない』
何をしに来たのか様子を窺えば、ヘリコプターの左側から一人の隊員がロープを使って降下してくる。
耳障りな音を立てて浜辺に降り立つ隊員の腰には、私に近寄るだけで熱を帯びて溶け始める剣が一本。神器だ。
「氷川、私の後ろまで下がっていろ」
念のために、氷川を下がらせた。
溶けた神器を素手で掴んで砂浜に投げ捨てるタナトスの行動は異常。神器を大事にしている気配が微塵も無い。
「おい、そこで止まれ。当たり前のように近付いてくるな」
剣を向けて警告すると、タナトスの隊員が意味を理解していないような顔をして首を傾ける。
爬虫類のような瞳。
首元に浮き出た黒い血管。
熱を帯びた金属を掴んでも一切の傷を負っていない手。
歩いて来た砂浜を平らにする長い尻尾。
――ヘリコプターから降りて来たのは、どこをどう見ても竜人の類。
「……お前は何だ?」
質問しても無反応。
竜人らしき生き物の後に続いてヘルコプターから降りて来るのは、全員が普通の人間。竜人の身長は、軽く三メートルを超えている。
「失礼、彼はまだ喋れないんだ。調整中でね」
そう言って前に出て来たのは、白衣を来た医者らしき男。糖質を得る為か、キャンディーを舐めている。
「おぉっと、失礼? 私も名乗っておかないと殺されそうだ、ハハッ」
――異世界の研究者か。
「私は、タナトスの武器を製造している技術スタッフの一人、『ジョン・トライジア』だ。どうぞよろしく」
握手を求めて来たジョンの手を無視すれば、周りの連中がお互いの顔を見て言葉の壁を確かめ合う。彼らが話している言葉は英語だ。
「あー、オーケー……君はそういうタイプじゃないんだね? 肝に銘じておこう。馴れ馴れしいのは嫌いらしい。ハハッ」
ジョンを避けて移動して竜人の前に立てば、その大きな体に詰められた欲望が手に取るように伝わって来る。
「……お前、強化人間でも作る気なのか?」
かつて、私の世界でもそれを目指した奴が居た。
そいつも例に漏れず頭のネジが外れた研究者で、魔族の死体から武器を作り始めた一族の末裔だった。
「作るという表現は正確じゃないね。創造と言って欲しい。こう見えても、彼らには自分を産んでくれた母親が居るんだよ?」
「で、お前はその母親と父親を創った神か?」
「まあそんなところだね」
竜人の名前はゼロ。ジョン以外の隊員も、普通の人間に見えるだけで何かしらの強化が施されている人工種。
――メタフィクション・ディザスターの対象から外れた生き物だ。
バイツァダストに加えて、地球で製造されてしまった神器と人工的な亜人……魔法を使わず科学の力で製造されたとなれば、この出来損ない共をディザスター系の攻撃で一掃するのは難しい。地球人を巻き込む可能性が高い。
私のディザスターを知ってから作ったのか、それとも知る前から作っていたのか。どちらにせよ、アキラの地球を穢している忌々しい存在だ。
「それで? お前達の要件は何だ。私の遺伝子でも採取しに来たのか?」
「ワオワオワオ! ちょっと落ち着いてくれよ。交戦する意思は無いと言ったはずだ、だろ?」
「お前達にその意思が無くても、私にはお前達をここで叩き潰す理由がある。さっさと用件を言え、科学者」
「ハハッ! 穏やかじゃないねぇ……」
口にしなくても、気配で分かる。
ジョンを始め、私を取り囲むように並んでいるタナトスの連中の目は、獲物を集団で狩る猛獣の群れ。
「ハハッ……良い殺気だ。痺れるねぇ、君の体には相当な神秘が詰まってそうだ」
――このジョンという科学者の好奇心は、特に制御が利かなそうだ。
「タケミガワに何をした……」
ヤジマの元を訪れたであろうタナトスの行動を予測して口にした言葉が、ジョンにキャンディーを噛み砕かせる。
イカれ狂った眼光は抑えが利かず、噛み砕いたキャンディーを夢中で舐め回すジョンの口からは、甘い臭いの唾液が垂れる。典型的な異常者だ。
「ハァ、ハァ……悪い子だな。君は実に悪い子だ。スゥーチュッチュッ……アァァァァーッ…………良くないなぁ、そういう自分が賢いアピールは……本当に良くない。学者の好奇心を煽るような行為だ」
恐らく、ディザスター対策の答えは前者。ジョンは知ってから亜人を造っている……となれば、情報を引き抜く手段も対策済みか。ジョンはもちろん、他の隊員の臓物を引き抜いても、タケミガワの居場所は記載されていないだろう。
「ナイン」
ジョンの指示で動き始めたタナトスの一人が、着ている服ごとスライムのような形態に変化して氷川の元に飛んで行く。
「――やらせる訳ないだろ」
氷川の元に走ってスライム化したタナトスを剣で攻撃すると、スライムに触れた剣が空間ごと削り取られたように柄を残して消える。
「ハッハァーッ! やっぱりそうか!! その剣も所詮は物質、物理的に干渉出来ない空間には非対応だああ!!」
後ろから聞こえたジョンの声に耳を貸さず、暗黒面に入ってスライムを殴り飛ばしてから氷川を抱き上げて距離を取る。
「大丈夫か? 氷川」
「う、うん……それよりアスちゃん、アスちゃんの腕が……!」
暗黒面に入ったにもかかわらず、スライムを殴る時に使った右腕も消えた。
「ふん……君は意外とチャレンジャーだね。科学に危険は付き物だが、私には真似できないやり方だ」
これも剣と同じ現象……スライムの体を形成している異空間に右腕が持っていかれた。
「アスちゃん、その腕、大丈夫なの!?」
「問題ない。感覚はある。どこかに飛ばされただけだ」
感触的に、人型に戻る事が出来ず砂浜で蠢いているあのスライムは、転移魔法を体の周囲に展開している生物。人型に戻れない原因は、強制的に空間を閉じて私の右腕を千切る事が出来ないからだ。
暗黒面に入っても空間移動系の影響を受け始めたのは、成長の代償。暗黒面に入ってもこの世に干渉してしまう何かが、あのスライムの行動を妨害している。
――今なら出来るかもしれない。
「知り得た情報を基に、対抗策を用意して来た事は褒めてやろう」
「喜んでもらえて嬉しいよ。学者として、君のような存在に警戒されるのは光栄の――」
「だが所詮は子供のお遊戯だ。お前の研究は、大人の世界じゃ通用しない」
「…………言うじゃないか」
暗黒面を解除し、異空間に飛ばされた右腕の拳を握って力を籠める。
「さぁ、歴史的瞬間に立ち会う覚悟は出来ているか? 自称科学者」
成功する確証はないが、成功させる覚悟ならある。
左手を自分の頭に、後は成功を祈るだけ――
「人体錬成、アストラル・ゼロ!!」
前代未聞の人体錬成。
――命懸けの等価交換だ。
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