第36話 赤い部屋

 知識だけでは現実を変える力が身に付かず、力だけでは現実を知る事が出来ない。


 地球の問題点は、アキラが話してくれた地球とは似ても似つかない世界だったこと。


 アキラが話してくれた世界に魔法は無かった。

 アキラが教えてくれた世界に怪物は居なかった。


 鬼のように怖い上司が居たり、悪魔のように男を騙す女優が居たり、お台場に巨大なロボットが在ったり、ゲームの中でドラゴンと出会えたり、そういう世界がだった。


 ――私が信じるのは、後にも先にもアキラだけだ。

 



※ 護衛任務三日目 午前7時15分 ちゅららホテル 一階食堂 ※


 最高神の置き土産からエネルギーを回収して発動したメタフィクション・ディザスターは、マルチバース・ディザスターに届かなかった低次元攻撃。

 低次元ゆえ、人間達の記憶はそのまま残り、異世界から召喚された亜人や神、怪物の類が一掃されるだけで済んだ。


 メタフィクション・ディザスターは、網目が細かいテニスラケットで地球を殴り、網目を通り抜ける事が出来ない異物を全て叩き殺したようなものだ。


 この世界から異世界の生物以外で消えた要素があるとすれば、世界を移動する魔法だ。転生や転移も、行先を問わず今後は不可能になる。


 という表現は正確ではないが、私がマルチバース・ディザスターの攻撃を受け続けているのと同じ原理で、別の世界に行こうとする者、別の世界から来ようとする者は、メタフィクション・ディザスターによって消滅する。


 メタフィクション・ディザスターが残す災害については、パソコンなどのセキュリティー用語で【ファイアウォール】に近いものとして説明すれば分かり易いだろう。


 通過してはいけない物を始末する攻撃が、この地球を青い星に保ち続ける。




「お前達が見た黄金の光の正体については以上だ。何か質問がある奴は居るか?」


 ホテルの従業員を始め、元部と鶴友の二校の生徒と教員に状況の説明は終えた。

 

 これから先の時代、彼らには好きに過去を語り継ぐ権利がある。仕事仲間、クラスメイト、同僚の中に敵が紛れていて、その敵が私に殺されたと語り継ぐのも自由だ。


 自由ではあるが、未来人が今日の出来事に対して抱く偏見までは流石に変えられない。今この世界に残っている者達は、遠い未来で歴史の教科書に載っている偉人程度の認識に変わってしまうだろう。


「何も無いか? 今なら特別に、何でも答えてやるぞ」


 質問しても、友達を私に殺された生徒達が手を挙げる事は無かった。


「質問は無しか。それなら、私から質問だ」


 私からの質問は、酷く冷静な判断から来ているもの。これを確認しない限り、安全とは言えない。


「この中で、バイツァダストの存在を数年前から知っていた者は正直に手を挙げろ」


 殺意を向けて動けなくなった生徒の中には、バイツァダストに誘われて日が浅い者も居たはず。死に対する考え方がそこまで変わっていない軽症の患者と言っても良い。


 ――確実に、この中に紛れている。


「黙っていればバレないと思っているようだな。ま、そう思っていられるのも今の内だ」


 左手を暗黒面に入れ、食堂に座っている生徒達を端から順番に探っていく。


「この世界の政治家は、様々な悪事を裏で働いている。国民から搾り取った税金の使い道を開示しない事や、調べられて困るものは証拠を消す。そういう話題は、ネットで調べれば幾らでも出て来た。異世界から来たこの私にすら、その悪事は認知されている」

  

 左の列から十五人目。

 ゴブリンから守ってくれた女教師に謝っていた生徒の中に、【生徒をプライベートビーチに連れ出して引き渡す】という情報が見つかった。

 

 情報を持っていた生徒から左手を抜き、暗黒面を解いて首元に両手を添えれば、生徒の心音が早くなる。


「そう焦るな。お前にはチャンスをやる。一度だけのチャンスだ。良いな?」


 私の言葉に頷く生徒の首から手を放し、席を立たせて全員に見える位置まで移動する。


「他にも居るだろ。早く出て来い」


 最初に移動させた生徒を床に座らせてから指示を出すと、隠し通せないと判断したであろう十人程度の生徒が前に出て来る。

 次々と席を立って移動する元クラスメイトを見送る生徒達の目は、驚きや悲しみに溢れているものばかり。


 ――当然の反応だ。


「これで全部か? 調べれば分かる事だぞ」


 二校の教員にも視線を送ると、私と目が合ったタイミングで元部の教員だった【サカモト・リョウ】が暗い顔で席を立つ。

 

「そんな……サカティもなの!?」


 静まり返った食堂で声を出したのは、サカモトと親しかったであろうヒカワ。


「すまない、アストラル……」


 私の前で立ち止まったサカモトが、目に涙を浮かべながら謝った。


 ――出て来てしまった以上、彼の覚悟を無駄には出来ない。


「妹を治そうとしたのも、バイツァダスト絡みだったのか?」

「そうだ。死んだらどうなるか分かってたから、死なせたくなかった……」

 

 ――死んだ事があるような物言いだ。


「複製体か」

「ああ……本当の俺は、ミカの治療費を稼ぐ為に働いてた時に死んでる」


 複製体としてサカモトを蘇らせたのは、元部学院高等学校の校長。妹の為に死ぬまで働くその姿勢が気に入られ、声を掛けられていたらしい。


「馬鹿な事を言うなサカモト! 校長が生徒を殺そうとするテロリストの仲間のはずないだろ!!」

 

 校長がバイツァダストの一員だという事実が、それまでサカモトに厳しい目を向けていた教員たちを驚かせた。


 背中に突き刺さる言葉を受け止めるしかないサカモトに変わって、ここは私が答えよう。


「テロリストだからこそ、仲間を連れ込む為に校長を務めている。恐らく、バイツァダストでも重役を任されている者は、企業の社長や政府のトップだろう。十分にあり得る話だ」


 威勢よくサカモトを責めた教師も、私が口にした言葉に異論はない様子。下を向く生徒達も、会社務めの両親がバイツァダストである可能性を考えているのだろう。


 せっかくの機械だ。この場を借りて、生徒達に伝えておこう。


「いいか? 完璧な社会を目指すほど、その社会は遠退くものだ。この場に居る者達全員が同じ社会を目指すなら話は別だが、実現したとしても完璧な社会は人間の住む世界じゃない。ただのコンピュータープログラム、一つの命令によって全てが制御された世界だ」


 不完全な世界だからこそ、その世界を支配する余地が生まれる。バイツァダストは、その余地を辿ってシステムの奥深くに入り込んだウイルスに近い。

 

 ウイルスの対策は人間の体と同じ。外部から薬を打って抑制し、二度と感染しないように免疫を上げる。


「お前達の前に居るこの私は、外部からこの世界に打ち込まれた薬だ。ウイルスを全て排除する事に迷いはなく、それが確実な方法だと学んでからこの世界に来ている」


 ――ゆえに、前に出て来た十名前後の生徒とサカモトをこの場で殺す事に何の迷いもない。


「よって、私はこの者達を生かす事に反対だ。数時間前に殺した奴にも、前例は作らないと言ってある」


 ――だからこそ、肝に銘じて欲しい事がある。


「だが、そう言ったのは私であってお前達じゃない。こうして前に出て来た者達は、お前達と同じ時間を過ごした者だ。友達、同僚、色々な思いが邪魔をして正しい判断を狂わせるだろうが、どんな状況でも狂わない真実がある」


 ――何が正しいかは、人によって違う。


「正しい選択をしたからといって、望み通りの結果になるとは限らない。その事をよく考えた上で、お前達には判断して欲しい」


 ――魂は、手放して良い物じゃなかった。


「私を信じ、この者達を殺す事に賛成の者はその場で手を挙げろ。反対の者は、手を挙げずに私の目を見続けろ。私の瞳の奥に在る物が、この世界の未来だ」


 ――瞳の奥に何を見るかは、その者次第。


 手を挙げる者、手を挙げない者。どちらにせよ、正しい判断をしている事に変わりはない。


 手を挙げた者を数え、手を挙げなかった者達には更に条件を付け足す。


「今手を挙げなかった者の中で、嘘を許せる奴はいるか? 隠している事の度合いを問わず、その全てを許して一緒に暮らせる自信がある者は手を挙げろ」


 集団心理は恐ろしいもので、一人の生徒が手を挙げれば、他の生徒も手を挙げ始める。自分の意思ではなく、周りに同調する事で前に進んでしまう悪癖だ。


「それが答えか……」


 ――生かす事を選択した全員が、バイツァダストの嘘を許す事に賛成した。


「よし分かった。なら、そのまま手を挙げていろ。胸の高さで軽く挙げる程度で良い。もしも気が変わったら、手を下げろ」


 最初に見つけた生徒の首元に剣先を向け、知っている事を全て話させる。


 

 生徒の最初の言葉は、自身がバイツァダストと協力した経緯。


 ――最初の生徒は、連れて来た生徒一人につき二十万円の報酬を受け取る予定だった。


 最初の生徒はサカモトと違って複製体ではなく、バイト先の先輩に稼げる仕事を紹介してもらい、それがバイツァダストに協力する仕事だったというだけ。


 例えるなら、最初の生徒は人身売買に手を出している。一人の命を、二十万円で売ろうとした。



 二人目の生徒の役目は、両親から頼まれて、実際に転生を仕掛けるバイツァダストに情報を流すこと。両親からは、断れば殺すと脅されていた。


 三人目の生徒は両親が大手企業の社長で、一人殺せば小遣いが十万円上がるという仕組みになっていた。元部の生徒は殺していないが、都内の公園で遊んでいた二人の児童をトイレで絞め殺している。


 三人目以降の生徒に関しても、酔っ払いを金属バットで殺していたり、今回の修学旅行で連絡役を引き受けていたり、クラスメイトを脅して協力を求めたり、程度を問わず様々な事をしていた。


 教員の中に紛れていたサカモトは、今回は見学役だった。完全な白として生き延び、来年の襲撃の為に全体的な動きを把握しろというのが命令だった。命令をしたのは元部の校長だ。


 オリジナルを殺し、複製体とすり替えて殺人事件を隠蔽し、仲間として複製体を野に放つ。それが【バイツァダスト】という組織の仕組みだ。誰が複製体で、誰がオリジナルか自分達でも分からなくなるほど、彼らは死を経て転生し続けている。



 ――昨日まで友達だった奴に殺されても不思議じゃない。



 そう伝えると、生かす事に賛成していた者達の手が一気に下がる。


「決まりだな」


 最後に事情を話したサカモトを頭から剣で叩き割り、人体を二つに裂いて隣の生徒の元に向かう。


「公開処刑は、刑の執行を決めた者が期待している程の効果を得られない。なぜかというと――」


 二人目の生徒から噴き出した血が、処刑から目を背ける生徒達や教員にかかり、食堂の天井を赤く染める。


「処刑されるのが罪人だからだ。罪人は、ただの結果だ――」


 食堂に響き渡る悲鳴は椅子が倒れる音よりも大きく、その悲鳴よりも更に大きな音を立てた一撃が、床ごと生徒を叩き潰す。


「先天的な異常者は殺し、後天的な異常者も殺す。異常者が生まれてしまう時点で、その世界には大きな欠陥がある――」


 建物が激しく揺れる程の一撃が、四人目の生徒を肉片に変える。


 五人目、六人目と続いて頭を握り潰しても、血塗れになった私の体が次の生徒の元へ向かう速度は変わらない。

 背後から心臓を引き抜いても目的は変わらず、机の上に並べた食事を口に運ぶような感覚で刑を執行し続ける。


 意識しなくても、命令しなくても、私の体は自然に動く。


「欠陥が無い世界は、残酷な世界だ。最後の一人になるまで、周りの生き物を殺し続ける」


 ――口さえも、勝手に言葉を並べる。


「完璧な世界の定員は、一人だけなんだ」


 最後の生徒の頭を踏み潰しても、特に思う事は無い。死体を踏み歩く足に生暖かい臓物が触れても、何も感じない。


「さて。名乗り出た奴は全員殺し終えたし、特別扱いはここまでだ。本当は殺したくなかった奴を殺してしまった以上、殺したい奴を殺す事に容赦はしない。右端の教員から順に、私の前に来い。バイツァダストに関する情報を見つけた瞬間、そのまま殺す」


 ――これは、私にしか出来ない事だ。

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