第35話 最高神の答え
煮詰まった知識は身を滅ぼすと言うが、鍋が壊れるまで煮詰めた場合はその限りではない。
◆
【506号室】
みんなが倒れてる!
【510号室】
こっちでも倒れてます!
◆
学生達からメッセージが届き始めた。
最初に異常を知らせた506号室に向かえば、胸を押さえて苦しむ元部の生徒達に紛れたバイツァダストの姿が確認出来る。
「あ、あの、殺すマンさん。みんなが突然急に息苦しいって……」
506号室に潜んでいたのは、メッセージを送ってくれた班長一人。何の特徴もない普通の女だ。
「お前はどこも異常がないのか?」
「え、あはい。私は何とも……」
「そうか。ならお前はバイツァダストだ」
――班長の首を掴んでへし折り、次に連絡があった510号室に向かう。
「あ、殺すマンさん。キョウカとアキが……!」
「そうか。ならお前達がバイツァダストだ」
「え……?」
510号室で問題なく動けていたのは五人。血を流さない方法で五人を殺し、倒れている四人の生徒達の息を確認する。
「……お前は大丈夫そうだな」
一人目は軽症。
「お前も問題ないな」
二人目も軽症。
「ふん……少しだけ熱があるな」
三人目も、そこまで酷くはない。
「……大丈夫か?」
四人目の生徒に話し掛けてやると、息苦しそうな顔でも頷いて返事をしてくれた。
「浴衣の帯を解いてやる。仰向けになれ」
四人目の生徒の浴衣の帯を解けば、運動部らしい日焼けの跡が目に留まる。筋肉の付き方から考えて、この生徒は陸上部か何かだ。
呼吸は早いが、心音は正常。このまま放置しても問題ない。
「良し、解けたぞ。楽な体勢で休め。動けるようになったら、水分を取っておけ」
私の言葉に対する反応も正常。首を振って頷く事しか出来ていないが、意識はしっかりしている。
「他の奴も、気分が治まって動けるようになったら水を飲んでおけ。朝になるまで部屋の外には出るなよ? 班長の代わりは、動けるようになった奴が務めろ」
クーラーのリモコンを操作して温度を適温に設定し、風邪を引かないよう四人目の生徒に布団を掛けてから、バイツァダストの死体を廊下に運び出す。
時刻は、午前二時を過ぎたところ。
生徒達に向けて強めの殺気を放ち、体の不調を誘発してバイツァダストを探し出す作戦は上手くいった。
私が放った殺気は、幻覚を見る可能性があるほど強いもの。鈍感な性格の生徒に感じ取ってもらう為にも、強めの殺気を放つ必要があった。
次は、何の連絡も寄こさない部屋の確認だ。殺した五人から携帯電話を回収し、通話履歴や直近のメッセージのやり取りを確認しておこう。
◆
【ヒナ】
まずい事になったわ。身動きが取れない。アストラルが生徒達を部屋に監禁して直接守ってる。
【ちひろ】
生徒達を殺せない?
【ヒナ】
殺しても、魂を回収する準備が出来てない。回収役の神が、このホテルに近付けていないの。アストラルのせいよ、あいつが居る限り神が近付けない。
【ちひろ】
あなたが囮になって外までアストラルを連れ出せば?
【ヒナ】
それも無理よ。一分ごとに状況確認の返事が求められているし、返事の猶予は一分しかない。魔法を使えばバレるし、外に誘い出しても一瞬で元の場所に戻って来るわよ?
【アオハル限界オタ】
こっちもヤバの目。タナトスが街のど真ん中で神器スカンパーリィしてるせいで、ゴッドがウォーして大惨事世界大戦。もう詰んでる説あるコアトルって感じ。
【柴田】
誰だよ、日本は平和な国だから転生テロに向いてるって言い出した奴。
【ヒナ ちひろ アオハル限界オタ】
柴田。
【柴田】
なんで俺になってんの!?
◆
死を恐れぬ集団とはいえ、感情を持つ生き物である事に違いはない。
510号室で殺したバイツァダストの五人は、趣味思考が合う者同士でグループを作り、そこで連絡を取り合っていたようだ。
アオハル限界オタというアカウント名の人物に関しては、この建物には居ないだろう。報告の内容が明らかに違う。
限界オタを除く三人の内、履歴に名前が残っている【ヒナ】と【ちひろ】は510号室で同じ部屋に居た人物。二人のスマホには同じメッセージが表示されている。
ヒナが私に異常を知らせた班長の女で、ヒナの近くに立っていた長髪の女の方がちひろ。510号室で殺した五人の内、同じ部屋に居たにもかかわらずヒナ達と何のやり取りもしていない残りの三人に関しては、違う人物と同じ内容について会話していた。
五人のスマホを見比べて分かった事は、バイツァダストに手を貸している神にも自由があること。近寄らないという選択肢を選べている。
「ねぇ、どうなってるのよ。学生達が倒れてるんだけど……」
「こっちも同じよ。何か変だわ、逃げた方が良い」
死体の側で調べ物をしていると、班長が倒れて周りの状況が分からなくなったであろう生徒二人が、別々の部屋から外に出て来た。
「――どこに行く気だ?」
話し掛け、逃げる二人の内一人を殺す。
もう一人の方は、正面に周り込んでから両膝を剣で叩き折って動きを封じる。
「ま、待って! もう降参するから殺さないで!!」
建物全体の生物の動きを気配で探りながら、降伏を申し出た女と話す。
「お前を許せば、降伏すれば見逃してくれると思う奴が出て来る。そして、お前の真似をして降伏する奴の改心は浅い。許した奴の中にも裏切り者が現れ、また同じ事を繰り返す。ゆえに前例は作るべきではない」
異世界から神や怪物を呼び出しておいて、降伏など愚の骨頂。受け入れてもらえると思っているなら、相当頭が悪い。
「私が今言った事を、転生先の仲間に伝えておけ。さらばだ、メッセンジャー」
剣で頭部を破壊して殺せば、廊下の灯りが全て消える。
――新手だ。
「良く乗り込んで来たな。腕力に自身があるのか、それともただ馬鹿なだけなのか。どちらにしろ、実体を得て人間界に降りた事は評価してやる」
振り返ると、二体の女神がそこに居た。
「私達の力を返しなさい、化け物」
最初に口を開いたのは、私から見て左側に立っている桃色髪の女神。
「返して欲しいならここから出て行け」
重心が必ずしもその物体の中に在るとは限らない。それは私に関する情報にも言えること。
現れた二人の女神が力を失ったのは、私の成長に伴い体外に溢れ出した個人情報が一つの世界観として機能し始めた証拠だ。
地球全体を覆うにはまだ成長不足だが、二人の反応からして、間合いに入って来た相手に世界観を押し付ける事には成功している。
――私の間合いに入った奴は、私に出来ない事が出来ない。
「アテナお姉さま、何を言ってもあの化け物には通じません」
「そのようね。やるわよ、ウテナ」
「はい!」
二人の女神が互いに背中を合わせ、私を指差す。
「「覚悟しなさい化け物! 愛の女神の名に懸けて、ここであなたを――」」
呑気に喋っていた姉の髪を掴んで首を引っこ抜けば、耳障りだった宣言が止まる。
「――お、お姉さま!?」
姉の頭を投げ渡してやると、愛があるとは思えない勢いで妹の女神が頭を避ける。
愛など無かったようだ。
「悲哀の女神に改名したらどうだ」
言葉を失ったまま逃げようとしない悲哀の女神を殺すと、自力で階段を上がって来るしかなかったであろう三人の男神が追加で現れる。
「お前達は何の神だ?」
三人の男神が私の質問に答える前に殺し、階段付近の窓を開けて三人分の死体を外に放り投げれば、ホテルの周辺に漂っていた神々の気配が離れて行く。
『おい、一体あれはどういう事だ!? 話と違うぞ!!』
意識を集中させると、遠い場所で叫んでいる神の声が聞こえる。
『悪いが、俺にも分からない。バイツァダストと名乗る者達の話では、あの者に他者の力を封印するような事は出来なかったはずだ。進化しているんだ、今この瞬間も、内面的な進化を遂げている』
思った通り、全員がバイツァダストの手先という訳ではないようだ。撤退し始めている神の多くが、自分達には手に負えない案件だと主張して逃げている。
『この臆病者め! たかが人間に臆するとは何事だ!!』
逃げる神を許さない上位の神は、相変わらずの性格か。どこの異世界の神か知らないが、世界を治める者の器じゃないのは確かだ。
『エリウス、お前は奴の恐ろしさが分かっていない。あれにかかわった五人の神が人間のように殺されたのだぞ? この意味が理解出来ないほど愚かではあるまい。あの建物に入るのは自殺行為だ』
口にする言葉は違えど、話している内容は何千何万と聞いた事があるもの。賢い奴は争わない事を選び、争わない選択が敗者の選択だと思い込んでいる奴は反論する。
声が聞こえるのは上位の神ばかりだが、上の程度が分かれば下も容易に想像出来る。増えすぎた宗教が信者を奪い合った時と同じように、この世界に流れ込んで来た異界の神々の間でも内乱が起きるだろう。
天界はこのまま放置して問題ない。強い奴が残り、残った強い奴を殺すだけで済む。
次に優先して対処すべき相手は――
『我が世界を貫け、グングニル!』
ホテルの上空から何かを投げ放った神。
暗黒面を利用してホテルの屋上まで飛び上がれば、夜空を黄金色に染める一本の槍が目に留まる。
槍の材質は木の枝。私を捉えていないのに投擲を開始した様子からして、必中必殺の神器【グングニル】で間違いない。
槍の位置は目と鼻の先。鼻先に触れかけたグングニルを頭突きで破壊すれば、屋上に設置された給水タンクの上に鎧の馬に跨った黄金の騎士が降り立つ。
騎士の両肩には、白と黒のカラス。フニンとムギンだろう。
騎士は、事前に調べておいた特徴とほぼ一致している。恐らく地球の神だ。
「爪楊枝で私を殺せると思ったのか?」
話し掛けると、騎士が馬から降りて私の前に立つ。
『この世界から出て行け』
――偽善者め。
「今まで何もしなかったくせに、よくそんな事が言えるな。腰が重かったなら、この世界が終わるその時まで最高神の椅子にへばり付いてろ」
相手は北欧の最高神。私の間合いに入って力を失った神と違い、自らの力で世界を構築して力を維持している。
『グングニル、ミョルニール、レーヴァテイン、グラム、ギャラルホルン、ミストルティン、ティルフィング、ダーインスレイブ、リジル、ジークシュウベルツ、ナグルファル、グレイプニル――』
名前を呼ばれて出現する武器の数は全部で30本。宙を漂う武器の中には、「武器」と呼べない物も紛れている。
「それがお前の答えか……」
ご都合主義の化身に見込みなし。準備が終わるまで待ってやったのに、結局は世界を初期化してやり直す気でいる。
『世界を消却しろ、我が剣達よ!』
宇宙に飛んで行く神器を全て破壊し、壊した武器が実際に壊れ始める前に神器を生み出した最高神とその馬、二羽のカラスも剣で叩き壊す。
破壊した全てが実際に壊れると、世界を初期化する為の力を秘めていた神器の残骸が黄金の粒子となって地上に降り注ぐ。
「自分が無能だと認めた事は褒めてやるぞ、最高神」
剣を空に掲げ、地上に降り注ぐ黄金の粒子に紛れたエネルギーを集める。
こうなる事を予想して神器を生成し、自ら命を絶ったのなら、あの最高神は世界の救済に大きく貢献した「神」と言える。
これが、一度限りの救済兵器……!
「メタフィクション・ディザスター!!」
――黄金の剣が、世界を批評する。
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