第34話 読んで字の如く

『――アストラルか、今どこに居る?』


 地球の様々な事を携帯で調べている間に、何度もヤジマから電話が掛かって来ていた。 


 ヤジマの用件は、世界各地に出現している空間の歪み。その対策に関する相談だ。


 私の現在地は、学生達が宿泊している施設【ちゅららホテル】の屋上。ヤジマが電話の先で必死に説明している光の渦は、数分前から私の方でも観測出来ている。


 時空の歪みから異世界の様々な怪物を転送し続けているのは、バイツァダストの連中だろう。


『時空の歪みは、どうすれば消えるんだ?』

「確実なのは歪みの先の世界を壊す事だが、壊したところでもう手遅れだ。向こうの世界の神がこっちに入って来ている」


 目で捉える事は出来ないが、光の渦から無数の神が流れ込んできている気配がする。

 光の渦、その先に在る世界の数からして、誰かに不安を煽られて地球を侵略に来た異界の者達も紛れているはず。不安を煽ったのもバイツァダストの可能性が高い。


「――貴様が、バイツァダストの言っていた全世界共通の敵、『アストラル』か?」


 役目を終えたであろう時空の歪みが収まり始めた直後、ホテルの屋上に甲冑を着た集団が現れた。

 背中に掲げている旗の紋章から考えて、彼らは戦国時代の武将。屍人の類だ。


 ヤジマに指示を出して、こっちの問題を先に片付けよう。


「ヤジマ、学生達の護衛は私一人で引き受ける。お前達は仲間を集めて基地で待機しろ、タケミガワも連れて行くのを忘れるな」


 返事を待たず電話を切って剣を手にすると、武士たちも刀を抜いて腰を落とす。


「その命、貰い受け――」


 礼儀正しい武将に構わず剣を振って頭を潰し、頭を潰した武将の腹の中から【蘇った経緯に関する情報】を引き抜く。


「この無礼者め! やはり貴様が――――」


 引き抜く作業と合わせて目視で解読を行い、他の武将も倒しながら情報に偽りがないか調べる。


 屋上の武将を一掃後は、施設の中に入って通路を占領している幽霊の掃除。

 壁や床を通り抜けて現れる幽霊からも、タケミガワを元に戻す時に掴んだ感覚を頼りに情報を引き抜く。


 ――殺して殺して殺して、無意識に情報の引き抜きが出来るように成るまで続ける。




「ドゥテハイム! イザレクシア!!」

「カマ、カマ!」


 幽霊を殺しながら下の階を目指していると、正面にダークエルフの特徴を持つ集団が現れた。


 何を喋っているのか分からないが、弓や黒い短剣を握りながら走って来る様子からして好戦的な部族。殺して損はない。


「イムスペス、アライザ!!」


 紫の光を帯びた短剣に構わず正面から突進してエルフ達を押し飛ばすと、衝撃に耐え切れなかったエルフの体が飛び散る。


「ゴ、ゴカマイラ!? アガスニト!」


 七人ほど轢き殺すと、エルフ達が怯み始めた。

 恐怖が顔に現れているエルフの前で突進を辞めて軽く剣を振り下ろせば、相手のエルフがこっちの狙い通り短剣で攻撃を受けてくれる。


「部族風情が」


 日本語の反応を確認しながらエルフの短剣を払い落とし、大きくのけ反ったエルフの腹に片腕を突っ込んで情報を引きずり出せば、未知の言語で形成された情報が目に留まる。

 

 右手で剣を振り、左手で情報を引き抜く。この動作をほぼ同時に行えば、引き抜いた情報とエルフは、腹が裂けて臓物が飛び出した死体のように残ってくれる。


「……流石に読めないか」


 ――倒したエルフ達は、上空に出現した光の渦から初めて地球にやって来た異世界人だった。


 ここまでで分かった事は、引き抜いた情報を読み取るには、その生物が暮らしている世界の文字を習得する必要があること。

 同じ文字でも様々な意味を持つ【漢字】についても言える事だが、状況に応じて読み方が異なる文字は紛らわしい。


 紛らわしいからこそ、そこに答えが在る。


「あ、おい居たぞ! アストラルさん、こっちです」


 始末したエルフの情報を確認していると、アイギスの隊員が数名やって来た。


「アストラルさん、ヤジマさんから連絡を受けて、合流しろとの命令があったのですが――」


 近寄って来た隊員に向かって剣を構え、一つだけ質問をする。


「お前達の中に、『シラカワ・ミミコ』という名の女は居るか?」


 質問すると、足を止めた四人の中で一番奥に立っている女が手を挙げる。


「シラカワ・ミミコなら、私ですけど」

「お前の名前は、漢字で書くとどんな文字だ? 例えで構わない。その場で答えろ」


 シラカワ・ミミコという名を持つ隊員の漢字は、【白川 美巳子】だった。


「あの、どうして名前を……?」


 白川の質問には、殺したエルフの死体を剣で叩き潰してから答える。


「どういう訳か、この亜人の中にお前の名前が在ったぞ。書かれていたのは『シラカワ・ミミコ』だけで、漢字の情報はどこにも見当たらない」


 漢字の情報が見当たらないのは、声だけで会話をした証拠。音で意思疎通を図ったなら、どんな言語だろうと「シラカワ・ミミコ」の名前は変わらない。


 間違いなく、白川はバイツァダストだ。


「漢字を覚えさせる時間は無かったようだな? 


 行動を起こす前に間合いに入って剣を振り、白川を叩き潰すと同時に適当な情報を引き抜く。

 引き抜いた情報は光の飛沫となって周囲に散乱するが、散乱した状態でも部分的な解読は可能。


 ――白川の死を観測して武器を構える残りの三人も、全員がバイツァダスト。


「この――」

 

 学生達を守る為に居るはずのアイギスが、学生達の殺害について話し合うはずがない。


「クソッ、なんて速さ――」


 情報の引き抜きに体が慣れてくれば、叩き潰した時に飛び散る血の中に光の文字が見え始める。


「ハイエンド――」


 背後からの攻撃も、その辺りの床を見れば文字で読み取れる。


「猿の風上にも置けない低学歴め……」


 何も学んでいない連中を倒す事自体は、特に難しい事ではなかった。


「それにしても、流石に目障りだな」


 壁や床が様々な文字で形成され始めた地点で自分の顔を殴り、世界の観方みかたを抑えて踏み止まる。

 

 力を込めて瞬きをすれば、目を開いた先の世界は元の世界。死体や血痕の表面を漂っていた光の文字も消えている。


「フゥ……」


 物理的視界から脱却して世界全体を文字で読み取り続けるには、もう少し工夫が必要だ。今のままでは捌く情報が多すぎて整理し切れない。


 呼吸を整えて、施設内に居る残りの敵を始末しよう。


 


※ 護衛任務三日目 午前1時35分 ちゅららホテル西館 四階 ※

 

「く、来るなら来なさい化け物! この子達に手は出させないわ!!」


 移動を続けて西館に入ると、ゴブリンらしき怪物に向かって椅子を振り回す女教師と数名の生徒の姿が見えた。


『ウキキキッ、シャアアアア――』


 ゴブリンが飛び掛かるよりも先に後ろから攻撃し、剣で押しながら横の壁に叩きつければ、弾けたゴブリンの血が女教師の浴衣を汚す。


「大丈夫か?」


 怯える生徒達をただのパイプ椅子で守っていた女教師に声を掛けると、感謝しているとは思えない表情で礼を言われた。


 私の記憶が確かなら、この女教師は羽田空港でサカモトと話していた「ナナコ」という名の人物だ。


「お前達は、元部学院の教師とその生徒だな?」

「は、はい。そうですけど、あなたは……?」


 ――ごく普通の反応だ。


「化け物退治の専門家だ。お前達を守る為に来た」


 年頃の学生達が興味を示しそうな言葉を使って、簡単に状況を説明する。


 


 今この世界で起きているのは、ゲームや漫画で馴染み深いからの侵略。

 一言に「侵略」と言っても、異世界からこの地球に転送されて来た連中の中には、自分の世界を守りたい一心で行動を起こした者達も居る。だから、攻めて来ている理由に善悪を求めるのは時間の無駄だ。

 

 さっき私が倒したゴブリンも異世界から来た生物だが、この地球で若者を中心に広く知れ渡っている悪役としての「ゴブリン」とは少し違う。


 感覚的には、腹を空かせて人里に迷い込んでしまった猛獣の類。侵略が目的で人を襲っている訳ではない――――


 


「お前達の状況は、動物園から脱走した猛獣に襲われているようなものだ。猛獣を相手に言葉は必要ない。痛めつけて、逃げたら深追いするな。弱者らしく群れで行動しろ」


 敵陣営に乗り込んで敵将の首を刎ねる武将は別だが、自分の巣穴に敵を誘い込んで狩りを行うゴブリンが武装集団と正面から戦う確率は低い。

 さっき倒したゴブリンが女教師を相手に笑い声を発したのは、敵の戦力が女教師一人だと確信したからだろう。


 学生達にも身近な物で武装してもらう必要がある――


「お前達は、何か武器になるような物を持っているか? ボールペンやカッターナイフ、使い方次第で敵を殺せる物なら何でも良い。殺すかどうかはお前達に任せるが、殺されない為には牙を見せる必要がある事を覚えておけ」


 必要な事を伝えても、浴衣姿の学生達が持てる物はヘアピンや携帯電話程度しか無かった。実に地球らしい装備品だ。


 女教師の話によると、このホテルに泊まっている生徒達の多くが、今も部屋で待機している状態。各部屋には班長が存在し、その班長には教員から携帯で「部屋を出るな」と指示が出されているらしい。


「私は、連絡がつかなかったこの子たちと部屋が近かったので、様子を見に部屋へ行ったんです。そしたら居なくて、探し回っていたらここに……」


 消灯時間を無視して部屋を出ていた生徒達の言い分は、ホテルのプライベートビーチの写真撮影。

 自由行動の時間が少なく、用が無い場所に行ってはいけないという思春期には難しいルールが身勝手な行動をさせてしまったようだ。


「ごめんなさい先生。私達、まさかこんな事になるなんて思ってなくて……」


 ――それもそうだ。


「良いのよ、無事だったんだから。さ、部屋に戻りましょ」


 外を出歩いていた生徒の数は全部で九人。

 生徒達の部屋まで同行し、部屋に異常がないか探ってから生徒を中に入れて鍵を閉めれば、生徒達を守っていた女教師の表情に迷いが見える。


「どうかしたのか?」

「え? あいえ、別に……」


 女教師に関する情報は一切得れていないが、何か言いたい事があるのは間違いない。


 恐らくこの女は――


「シラカワ・ミミコの事を心配しているなら、数分前に殺したぞ」


 ミミコとナナコ。語呂の良さと姉妹ならあり得る組み合わせだと思って口にした言葉が、女教師の表情を歪ませる。


「ならあれは、見間違いじゃ無かったんですね…………」


 死を知らされても反応が薄いのは、あの女が既に死んでいるからだ。この女教師は、シラカワ・ミミコという女の死を見届けた人物だろう。


「目撃したのは、ここ数時間の出来事か?」

「はい、ゴブリンに襲われる少し前です。階段を上がって行く人達の中に、小さい頃の姉に似ている人が居て……」


 聞けば、女教師の姉は今から三年前に亡くなっているらしい。


 亡くなったはずの人間が当時より若い姿で階段を上がっていたのなら、嫌でも記憶に残る。


 これでまた一つ、転生組との決着に向けて情報が集まった――――


「あの、私達はこれからどうすれば良いですか?」


 ――良い質問だ。


「お前の連絡先を教えろ。主流のアプリのアカウントだ」

「あ、じゃあQRコードで……」


 カメラで相手のコードを読み取ってアカウントを登録し、女教師に私のアカウントを他の教員と班長の全員に送らせれば準備は完了。

 

 グループチャットの機能を利用して登録したばかりの友人を招待し、生徒と教員のアカウント名を部屋番号に変えさせれば、私がやろうとしている事が伝わるはず。


 私のアカウント名は、牽制も兼ねて【バイツァダストぶっ殺すマン】だ。



 ◆



【バイツァダストぶっ殺すマン】


 何か異変があれば、すぐにメッセージを送れ。状況の説明は必要ない。一文字でも良い。

 

 これより先、生存確認は一分間隔で行う。

 返信の猶予は一分以内で、この非常時に眠る奴は私が直々に叩き起こしに行く。誰も寝かせるな。


 理解出来た者は「はい」と返事をしろ。それ以外の返事をした奴の部屋は今すぐ様子を見に行く。


 

 ◆



 メッセージを送信してすぐ、全ての部屋が指示通りの返事をしてくれた。

 

 後は待つだけ……ゲーム用語を借りて表現すれば、トラップハウスの完成だ。 

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