第32話 原点回帰

 全てを終わらせた世界で始めた無意味な戦い。

 攻撃を当てる度に鳴り響く金属音が、タケミガワの肉体的強度を教えてくれる。


「どうしてだアストラル、どうしてお前はこんな事をした連中を許せるんだ!?」


 イザナミの力を取り込んで人間を超越したタケミガワの耐久力は、一割未満の力で振った剣を素手で弾ける程度。一割に近い威力の攻撃は流石に耐え切れないようで守りに使った腕が爆ぜるが、爆ぜた腕は数秒で回復する。


「どうして――」


 刺突の構えから剣を伸ばして的確に顔を粉砕しても、残された体はその後も戦闘を継続可能。今のタケミガワには、顔を潰されても周囲の様子を見れる第三の目に近い物があるようだ。


「ここまでやられたのに、お前ともあろう者がなぜあいつらを殺せないんだ!」


 顔を再生させたタケミガワの行動は、数分前と変わらず受け身。片腕を犠牲にして反撃をして来ても、その反撃を捌いて刺し込む私の一撃には対応出来ていない。

 

 殴って、投げて、剣で叩いて潰して、臓物が床に散乱した城の中に押し込んでから床を掃除する勢いで猛攻を仕掛けても、タケミガワの体は瞬時に再生されて行く。


「何か答えてくれ、アストラル!」


 剣を振る度に、剣先が床や天井に干渉して火花が散る。

 火花によって薄暗い廊下が照らされ、攻撃と攻撃の合間に写り込む勇者達の行いがタケミガワを追い詰めているのは確実。


 無言で攻撃を続けているからこそ、タケミガワの弱点が自分の事のように伝わってくる。


「アストラル!!」


 私の名を強く叫んだタケミガワが、初めて私の剣を無傷で弾き返した。


「お前に――」


 弾かれた剣に引っ張られて体勢を崩した私に放ってくる蹴りも、今までとは比べ物にならない程の威力。


「――出来ない事なんて無いだろ!!」


 タケミガワの前蹴りが、私を数十メートル後方まで飛ばし、壁を突き破って食堂まで後退させる程の威力に達した。


「お前はもっと強いはずだろ!」


 起き上がった時には既に私の背後を取っている様子からして、タケミガワは徐々に力を上げて来ている。

 慣れか、それとも何かの異能による強化か。どちらにせよ、もう一割程度じゃダメージが入らない。


「マイティー――」


 雷を纏い始めたタケミガワよりも先に剣を振り、一人の人間を数百の肉片に変える。


「そんなに力が欲しいなら、ここで死んだ連中を取り込んだらどうだ?」


 私の声に反応し、肉片が動き始める。


 食堂の至るところに飛び散ったタケミガワの肉片は、一つ一つが魔族達の死体を取り込みながら成長を続け、二本の角が生えたタケミガワ、ドラゴンの尻尾を生やしたタケミガワ、吸血鬼の翼を得たタケミガワなど、様々なタケミガワに分裂して再生を果たす。


 見たところ、視界に映る数百人のタケミガワは全員が本物。分身の類ではなく、一人一人が強力な力を有している。


『どうしてだ……』


 全員が同じ言葉を口にし、一斉に襲い掛かって来る。


 姿形を問わず、魔族達の面影を持つタケミガワ達の力は均等。

 攻撃の威力に関しては、私を正面から殴り、城から数キロ離れた位置にある魔界の商店街まで吹き飛ばす程度。

 防御力に関しては二割程度で肉片になるが、飛び散った肉片が商店街の死体を取り込みながらタケミガワの大群と化し、更に強化されて前線に戻って来る。


『どうしてお前は、自分が嫌がる事を平気でするんだ。ここで死んでいた連中が、お前をどれほど大切にしていたか……心を病み、死に掛けたお前をどんな思いで心配していたか…………知らない訳じゃないだろ、お前は!!』


 構わず殺し続けて数を増やして行く内に、タケミガワの大群は商店街を呑み込む程の津波と化す。


『助けてくれと誰かに言え、辞めてくれと私に頼め、死んでくれとあいつらに言え! お前なら出来るだろ、アストラル!!』


 津波に飲み込まれても攻撃を続けていると、次から次へと入れ替わるタケミガワの大群が、二割程度の攻撃では傷付かなくなった。


「――誰がお前如きに頼むものか」


 一気に出力をあげて五割程度の力で剣を振ると、光が届かないほど増えたタケミガワ達が私の体から発生した光に包まれて消し飛ぶ。


「どれだけ増えようと、どれだけ力を得ようと、お前が私を超える道理はない。お前の進歩は、私にとっての退化だ。雑魚は大人しく現実を受け入れろ」


 響き渡る轟音と土煙に紛れ、空気のように私の周囲を漂っていたタケミガワの気配が一か所に集まる。


 集まっている場所は、魔界の遥か上空。


 神々の墓場だ。



「――この世界の神を殺してまで、お前は勇者を探したはずだ。それなのに、どうしてその手を止める。止める事は、お前が殺して来た者達に対する裏切りだろ」


 一筋の光が魔界に射す。

 光の中を通って魔界の大地に降臨するタケミガワは、全身に雷を纏い、女性用のキトンに身を包んだ一人の女神だけ。

 魔界の魔族と合わせ、天界の全ての神の死体を取り込んだとなれば、核爆発を起こす程度のエネルギーでは傷付かない。


 疑似的な全知全能。私に殺された神々の記憶と概念を引き継いだ今、もう誤解はないだろう。


 ここからが本番だ。


「そこがお前の天井か? タケミガワ」

「私の天井じゃない。ここは、お前の天井だ」

「……そうだと良いな」


 体を動かし、剣を肩に乗せて首をほぐしながら六割程度の戦闘に備える。


 ここから先は宇宙規模の戦いだ。タケミガワの耐久力が私の想定以下なら、タケミガワは私の攻撃に耐え切れず消滅するだろう。


 諦めるか、それとも最後まで戦って死ぬか。ヤジマには「殺してしまった」と言えば済む話だし、殺したところで特に何かを感じる訳でもない。

 

「覚悟は出来ているな? 

「お前に今の私は殺せない」

「そう言う奴を私は殺して来た」


 タケミガワが構える前に動いて六割程度の力で腹を殴ってやると、タケミガワが火達磨に成りながら大気圏を突破して宇宙空間に放り出される。


「殺してしまいそうだな……」


 宇宙まで殴り飛ばされたタケミガワの飛距離は、感覚的に三十億光年前後。


「スーッ……」


 意識を集中させて地面を蹴り、タケミガワが漂っている三十億光年先の宇宙空間まで行速で移動すれば、半径三十億光年の大爆発が起きる。


『アストラ――』


 脳内に直接言葉を送り込んで来たタケミガワを殴りつければ、一撃目とは桁違いの爆発が起き、事象の地平線すら飢え死にする空間が形成される。


『カッ……なっ…………何をやってるんだお前は…………!?』


 何も残す気が無い私の攻撃は、黒い空間を白に塗り替え、私の星が在った宇宙が極小の黒点に見える位置までタケミガワを飛ばした。

 

 白い空間を漂うタケミガワは、四肢を失った状態から再生が出来ず、欠損した部分の原子が乱れている。


 所詮は傲慢な神の力……全知全能など、原点回帰を果たした私からすればに過ぎない。


『教えてくれ、アストラル。ここまで出来るお前が、どうしてあいつらが殺せないんだ……』


 宇宙の果てを超えた先に在る白い空間は、声が出せない領域。

 タケミガワの質問に答える方法は、右の人差し指だけ暗黒面に入れて、次元の壁を爪で削りながら文字を残す程度しか思いつかない。


 これは、ヤジマの友人から学んだ方法だ。


【あの勇者よりも先に、殺したい相手が居る。その相手は、今お前の前に立っている】


 行速で移動出来る私が、この世界の全ての生物を絶滅させるのに掛かった時間は約一年。

 未知の惑星に降り立ち、そこで暮らす生物を調べ、無関係な奴だと判明するまでに掛かった時間は三十分前後だ。

 調査が終わった後は、女子供を問わず一人ずつ行速で殺している。


 三十分程度の積み重ねで一年。そこまで探しても見つからず、私は原点に帰ってしまった。


 唯一の希望だったヘンドリックをも殺し、アキラを殺した七人の勇者が地球から来ている事が確定した時点で、自分の死に場所を失った事にも気付いていた。


 ――世の中には、死なれると困る奴も居るし、死ねずに困る奴も居る。


【お前は、私の六割でその様だ。そんなお前のどこに、私を助ける余裕がある?】


 日本語を覚えておいて良かった。

 もしもここで何も伝えられなければ、きっと誤解を生んだだろう。


 そろそろ頃合いだ。


【帰るぞ、タケミガワ。アイギスには、お前が死ぬと困る連中が沢山居る。まずは、そいつらの為に生きろ】


 白い空間で全身を暗黒面に入れ、身動きが取れないタケミガワの腹に右腕を突っ込む。


『よ、よせアストラル。この力は必要だ! みんなを守る為には、この力が必要なんだ!!』


 私の右腕を掴もうと足掻いても、今のタケミガワに腕は無い。仮に腕が在ったとしても、暗黒面に入っている私に触れる事は出来ない。


 余計な情報が漂っていないこの空間なら、タケミガワの体の中から不純物を取り出す事に集中出来る。


 あくまで可能性の話だが、やってみるしかない。


【まずはそのクソみたいな考え方を捨てろ。みんながお前に求めているのは、こんな力じゃない】


 左手で文字を書きながら、タケミガワの体内を漂う情報に干渉し、人間を超越した要因と思しき【神産みの力】を腹から引きずり出す。


『――ガアアアア!!』


 激痛に悶え苦しんでも力を緩めず、発光する紐状の物体を最後まで腹から引き抜くと、引き抜いた物体が塵になって消滅する。


 これで一つ目。


『アァ……アス、トラ――』

 

 二つ目は、この世界でタケミガワが取り込んだ全ての力。神はもちろん、魔族達が有していた力も全て引き出す。


『ハアアアアッ――アアア――――!!』


 片足で押さえながら情報の束のような物体を引き続ければ、様々な姿形をしたタケミガワの幻影が重なって苦しみ始め、その幻影の一番後ろに人間だった頃のタケミガワの姿が現れる。


『『『よせ、辞めろ! 私は戻りたくない、ミクルを守れなかった自分には戻りたくないんだ!!』』』 


 頭に響く声に構わず情報の束を完全に引き抜き、黒い血飛沫を撒いて暴れ回る情報の束を剣で攻撃して破壊すれば、人間の体に戻ったタケミガワだけがこの世に残る。

 見えていた幻影は一人も残っておらず、欠損部位の原子の乱れも治まった状態。皮膚は焼け爛れているが、回復の見込みはある。

 優しく腕を潜らせて他に何か残ってないか探ってみても、特に異常は無い。


 吸収した力の多くが神々の力の一部として紐付けされていた影響か。後天的に取り込んだ力は、さっき取り出した分で全てだ。


 窒息で死なれる前に、タケミガワの魔力で地球に転移しよう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る