第31話 悪魔的発想

 タケミガワが食中毒を起こした件で心当たりがあった私は、再び動植物保護楽園へ足を運んだ。


 一日目に続いて、二日目に楽園を見学している学生達も屋敷の食事には大興奮。漫画の中に迷い込んだような屋敷の内装は、相変わらずの人気だ。




※ 護衛任務二日目 午後12時15分 動植物保護楽園 水生植物エリア 屋敷の書斎 ※


「いきなり現れて何を言い出すかと思えば、失礼にも程がある暴論だ。私の権利を侵害しているのは君じゃなかったかな? 忠告はしたはずだぞ、『君は私が誰か分かっていない』と」


 白髪の女に事情を話すと、何とも悪魔らしい回答が返って来た。


 白髪の女と初めて出会った時、たしかに女は自分の正体を私が知らない事を指摘していた。

 あの言葉の意味は、「私自身にも自分の事が分からないから、手を出すのは辞めた方が良いぞ」というものだった。


 勇者達から電話が掛かって来たのも、アナスタシアが誘拐されたのも、全ては白髪の女が無自覚に発動させている奇跡。権能ではなく、権能が止まったから見境なく発動している神の御業だ。


 タケミガワが人間を超越したのは、誰かの力に成りたいタケミガワ自身の望みだったと言える。


「お前の力を完全に把握していなかったのは私のミスだ。その点に関してお前を責めたりはしない」

「ならどうしてここに? 権能の侵害を辞めてくれる訳じゃないんだろ?」

「私がここに来たのは、お前とマツルちゃんの契約の為だ」


 一緒に会話を聞いていたマツルちゃんには、白髪の女と契約を結ぶ事に関して幾つか注意点を伝える。


 一つ目の注意点は、白髪の女の権能に守られる代償として、周りの人間が死ぬリスク。正確には、迫りくる死を回避する為の生贄が要求される事だ。


「マツルちゃん。お前の普段の行動に、どれほどの危険が潜んでいるかは私には分からない。その未知数の死因がこの悪魔と契約を結ぶ事によって避けられた場合、回避した死は別の人間の元に向かう。残念ながら、これは避けられないものだ」


 なぜ避けられないかというと、死期の選定者が別に居るからだ。私のように実力で死を回避する力が無い限り、選定者が定める死は決定事項に近い。


「つまり、ズルをして生き延びる代償が、他人の命という事か?」

「そういう認識で問題はない。選定者の目を誤魔化す為の生贄だ」


 神が自ら守ってくれるなら話は別だが、協力者は神に及ばない上級悪魔。運命に関する神の生まれ変わりだろうと、悪魔に成った以上は格差が生まれる。


「ふむ……自分が生き延びる代わりに誰かが死ぬとなれば、あまり良い話ではないな。で、他にはどんな注意が必要なんじゃ?」


 生贄以外の注意点として、いつかは必ず死ぬという事が挙げられる。これは一つ目の注意点とも関係している事で、選定者の目を永遠に騙す事は出来ない。悪魔達が暮らす魔界、またはそれに近い場所に定められたルールのようなものだ。


「果たす気のない契約は『契約』とは言わないし、永遠に守るという契約は、それに見合う対価が用意出来ない。契約を結ぶ悪魔の立場的には、契約の抜け目を探して意地でも殺す必要がある。そうしないと、悪魔社会が成り立たない」


 悪魔は、「序列」という概念的なものに巣を作って生きている。その序列は「柱」や「塔」など別の表現をされる事が多く、その概念を保つ為には相応のエネルギーが必要となる。そのが、契約によって得られる魂だ。


 この地球の悪魔学をネットで調べた限り、ソロモンと呼ばれる王が使役する悪魔には「72柱」という表現が使われていたし、悪魔社会に序列が存在しているのは間違いない。


 そもそもの話、序列が無ければ「上級悪魔」は生まれないのだから、在って当然だ。


「二つ目の注意点に関しては、今話した通りだ。いつかは殺されるし、その『いつか』の決定権は悪魔側にある」

「そうか……あまり魅力を感じない話じゃな」

「そう感じるなら辞めた方が良い。自分で財産を得れるなら、自分の力で生きて行けるなら、悪魔と契約を結ぶ価値は無い。そういうものだ、悪魔との契約は」


 一般的に、悪魔と契約を結んだ者は罪人だ。悪魔が契約を経て回収した罪人の魂は、序列維持の為に消費され、罪を吸い付くされて浄化された魂は天に昇る。

 

 悪魔の食物連鎖は、食事に使った皿を返却口に戻すような仕組みだ。


「今日までワラワが生きてこれたのは、母の前払いがそれだけ価値のある物だったという事で良いのか?」

「それは本人に聞いた方が確実だろう」


 実際のところどうだったのか白髪の女に聞いてみると、「王族の女が簡単に魂を差し出した罪は重い」という答えが返って来る。


 罪の重さは悪魔にとって最も重要なこと。食材の栄養価と言っても良い。


「そっちの女は知っているだろうが、罪の重さを保つ為には、こちら側もその罪に見合った功績を残す必要がある。私が今も母親の魂を持ち歩いているのは、罪人の魂を献上するには功績が足りないからだ」


 と本人は言っているが、白髪の女が今もマツルちゃんの母親の魂を持ち歩いている理由の中には、小瓶の中に詰めた罪の美しさを鑑賞し続けたいという想いがあるだろう。


 自分の子供がどんな顔をして生きているか。マツルちゃんが辛い思いをすればするほど、母親の罪は重くなる。


 白髪の女は、下級悪魔の自分に魂を差し出した母親の気持ちが分からずにいる。だから考え続けているに違いない。


「なるほどのぉ……話をまとめると、ワラワがこの悪魔と契約を結ぶ価値はないという事か。母が犯した罪、その清算が終わっていない内は、生き延びれると。そういう事じゃな?」


 上手く伝わったようだ。流石はエルフ、悪魔からすれば嫌な客だろう。

 母親の魂を手元に置いておくなら再契約の必要はあるが、契約を果たしている上級悪魔に魂を返すなら、再契約の必要はない。


「まったく、余計な事をベラベラと。君のせいで私は大が付く程の赤字だ。悪魔社会の仕組みを全て話すなんて……」

「母親との契約を果たせば損失は取り戻せるだろ」

「だとしてもだ。君のやり方は卑怯過ぎる。見てみろ、マツルのあの勝ち誇った顔を!」


 母親の魂が入った小瓶を机に置くマツルちゃんの顔は、憎しみを忘れさせる程の勝ち誇りっぷり。


「フッフッフンッ。悪魔よ、これからもワラワを守るのじゃ。これまで積み上げて来た苦労が水の泡とならぬよう、応援くらいはしてやるぞ? ヒッヒッヒッ……イヤァー、愉快愉快、愉快よのお!」


 私が権利を侵害している限り権能を使う事は出来ないが、出来ないからこそ、白髪の女はマツルちゃんの側に居る。何かあった時は、実力で対処するしかない。


「それじゃ、私はもう行くぞ? 魂を返した以上、契約の更新は無しだ。立会人も必要ない」

「タケミガワの件は良いのか?」

「その件については心配ない。お前は、この間抜けな悪魔をしっかり笑ってやれ」

「フフッ、それなら任せておけ。顎が外れるほど笑ってやるつもりじゃ。今まで黙っていた償いはしっかりと受けてもらう」

 

 これで、マツルちゃんの件はひとまず片付いた。

 長引くと思っていた問題がすぐに解決したのは、マツルちゃんが母親の魂を悪魔に返すという選択をしてくれたおかげだ。 

 白髪の女からすれば権能が使えない問題は残っているが、その程度の問題は悪魔の悪知恵で対応出来る。そうでなければ、とっくの昔にマツルちゃんは殺されている。


 次はタケミガワの件だ。



 

※ 数分後 食堂前広場 ※



「――お前は私の思考が読めるのか? アストラル」


 時刻は、午後13時過ぎ。 

 マツルちゃんと白髪の女が居る書斎を出て階段を下った先には、昼食を逃したタケミガワが居た。

 タケミガワの行き先は一階の食堂ではなく、私が数分前まで話していたマツルちゃんの書斎。

 

 階段で立ち止まって私と見つめ合うタケミガワは、テッポウユリ公園で見た時よりもかなり体調が回復している。


「食堂は一階だぞ、タケミガワ。二階にお前の食べ物は無い」


 進んで欲しい道を伝えると、食堂の扉に視線を向けたタケミガワの口からため息が出る。


「ヤジマに頼まれて、そんな事を言っているのか?」

「なぜそう思う」

「今の言葉は、お前が絶対に言わない言葉の一つだ。まだ助ける方法があるなんて、思ってないだろ」


 話していると、タケミガワの腹から空腹を知らせる音が鳴る。

 腹が音を立てれば息も乱れ、その口元からは唾液が垂れる。

 

 虚無感、力に対する飢え、無力さ。日頃から感じていた物を満たす為に、タケミガワは命を喰らう者に成ったようだ。


「私はお前を助けたいだけなんだ、アストラル。助ける為に力が要る。お前は、あの勇者を殺せない。あいつらが生きている限り、お前は苦しみ続ける。もうこれ以上見ていられないんだ、お前のその顔を……」


 宮古島に一人で行ったのも、勇者を殺す事が目的だったようだ。


 私が行けば、また勇者を生かす。許せるはずがない相手を生かし、何も感じていないような顔をして涙を流す私の姿が、タケミガワをここまで追い込んだのかもしれない。


 追い込んだ理由の中には、弟の死を自分のせいだと受け止め切れない苛立ちもあっただろう――――


「お前の弟については、勇者から聞いている。弟が家に帰れない環境を作ったのは、お前らしいな。剣道を勧めたのもお前で、勇者はお前の弟が剣道に向かない事を指摘した。盾を持てと言った時、お前の弟は喜んだそうだ」


 階段を一段だけ下りると、階段に片足を掛けていたタケミガワが一歩下がる。


「カンザキが殺したアキラも、死に際に喜んでいたはずだ。アキラは私を殺せなかった。殺せないから帰れず、みんなに迷惑を掛けていると思い込んでいただろう。あの勇者達は、私がやるべきだった事を代わりにやっただけなんだ」


 タケミガワは下がり続ける。聞きたくないという顔をしながら、「そんなお前を助けたい」と理解を求めるように首を振りながら、私が階段を下りる度に下がり続け、その連鎖は屋敷の入り口まで続く。


「もう一度だけ言うぞ、タケミガワ。私に助けは必要ない。もしもまだ助ける気でいるのなら、私はお前を殺す。お前もそうしろ。私とお前は、何も間違っていないんだ」


 扉に肘をぶつけながら拳を引いたタケミガワの動きに合わせ、伸びて来た拳を捌いて背負い投げをする。


「――死にたくなければ自分を助けろ! タケミガワ・リョウコ!!」


 触れているタケミガワの魔力を操り、玄関扉前の床に一回限りの転移魔法陣を描く。そこにタケミガワを叩きつければ、発動した魔法陣が壊れて床が消え、クサカベ・アキラと七人の勇者が戦った決戦の地【アストラル城】の上空に出る。


「ここは――」

「私の世界だ!」


 余所見をしたタケミガワの顔を殴って城の中庭まで落とし、動き難い上着を破り捨てて大地に降り立つ。


 二度と見たくなかった場所にして、絶対に知られたくなかった私の世界。


 落下の衝撃で舞い上がった土煙を剣で払い去れば、勇者達に殺された仲間達の骸が視界を埋め尽くす。

 前後はもちろん、右も左も死体だらけ。土を払って立ち上がるタケミガワの体にさえ、死体の一部がすがり付く。


「気を抜くなよ、タケミガワ。ここは、お前の墓場に成り得る場所だ」


 全ての原因は、タケミガワに理解を求めなかった私にある。


「さぁ、拳を構えろ。お前に、私を救えない理由を教えてやる」


 助けるのはヤジマの仕事。

 

 ――私の仕事は、壊す事だ。

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